小さな小さな世界

ねむるこ

第1話 小さな小さな世界

「よし!できた」


 ぼくはピンセットを置いて声を上げた。


「またそんなものを作って……。子供は外で遊んできなさい」

「はあい」


 母さんの言葉を聞いてぼくはミニチュアの小さな家から手を離す。


 外に出て、目に飛び込んでくるのは奇妙な形の山脈だ。

 あの山々の名前をこの国の誰もが知らない。呼び名がなくて「神々の山脈」と呼ばれていた。なんでもぼくたちを見守ってくれてるからそんな風に読んでいるらしい。


 あの山々は日によって形が変わるから不思議だ。

 一番高い山が日によって変わるから、そんな神秘性も相まって「神々の山脈」なんて呼ばれている。


 家畜を育てる小屋、農作物を育てる畑が広がり、三角屋根の家々が所々に立っている。

 ぼくの生きるこの世界は穏やかで平和だ。だけどそれが堪らなく退屈に思える。


 一度、母さんや父さんにそんなことを呟いたら酷く非難されたっけ。


「何言ってるの!私のおばあ様がこの土地に越してきてから一度も戦争がないのよ?大きな災害もないし、不況もない。飢えることもないし、仕事もある。人はみんないいし、退屈だなんて罰当たりなことを!」

「そうだぞ。お前ももういい年齢だ。しっかり勉強しなさい。俺の家業を継ぐんだから」

「……はあい」


 ぼくは気のない返事をした。


 退屈ではあるがこの素朴な国が嫌いなわけではない。皆、それぞれ誇りをもって働いている。仕事に対する対価も正当で、誰か一人が富を独占するようなことはなかった。


 仕立て屋さんにパン屋さん。工具屋に家具屋……。生活していくには皆の力が必要で、必要のない人なんて誰もいなかった。

 皆心身ともに健康で、お互いを尊重している。だから犯罪を犯すような悪人もこの国にはいなかった。


 もう1つ、この国には不思議な教えがある。


 『悪行を行うと楽園から永遠に追放される』というもので過去に1人、高い税金をかけて私腹を肥やそうとしていたおさが姿を消してしまったことがあった。だからこの国に住む人々は善良であることにつとめている。


 何ともよくできた世界だな、なんて思う。


 まるで天から神様が僕らの事を見ていて、善良に生きさせようとしているみたいに感じられた。

 だからだろうか。僕はそんな世界がとても窮屈に感じられた。まるで今、僕が作っているミニチュアの家の中に閉じ込められてるみたいなんだ。


「そんな大げさよ!私、この世界が好きよ。だって、平和なんですもの」


 近所に住む、ぼくと同い年の少女が笑顔を浮かべて答えた。大きくなったらお嫁さんにもらうと言われている少女だ。

 そんなこと言われてもいまいちピンとこないまま、僕は友人と話すみたいにその少女とよくおしゃべりをしていた。

 

「そうかな……。なんかさ、おかしくない?」

「どこが?家族を作って仕事をして、おばあちゃんになる。それほどとうといものはないでしょう?」

「ぼくはもっとこの世界の事も知りたいし、他の世界の事も知りたいよ」

「……へえ。変わってるのね。知る必要ないんじゃない。だって私達、こんなに満たされてるんだもの」


 皆、同じことしか言わない。少女の発言にぼくはがっくりと項垂うなだれた。


 本当にぼくらは幸せか?

 

 ぼくは無性むしょうにこの国から出たくて仕方なくなった。




「本当に行ってしまうの?」

「考え直してくれ!」


 数十年後。

 僕はこの国を出る決意をした。


 もう1つ、この国には不思議な教えがある。


『ある一定の年齢を満たした者で希望すれば国の外にでることができる。ただし、二度と戻ることはできない』


「うん。僕はこの国以外の景色を見てみたいんだ。そのために命だって惜しくない!」


 両親は酷く悲しんだが、最終的には許してくれた。僕の覚悟が伝わったのだろう。


「寂しくなるわ。……元気でね」

「うん。結婚のことごめんね。他の人の元でも、幸せに」

「あなたこそ」


 そう言ってかつて少女だった女性と別れを惜しんだ。

 僕は知り合い全員に別れの言葉を告げる。役所に書類を提出すると、馬車で国の果てに連れていかれた。

 『神のゲート』と呼ばれる門をくぐりぬける。


  その後の記憶は……ない。



 ドーンッという地響きと振動で僕は目を覚ました。


「あら、おはよう」


 僕は初めて聞く声に飛び起きた。ぺったりとした顔つきの女性に驚く。初めてあの国以外の人を見た。髪も黒い。


「こ……ここは?」


 入院ベッドのような場所で寝かされているらしく、腕にはくだが刺さっている。あの国では見たことない、機械類に目を見張った。

 どうやらこの国は僕のいた国よりも格段に文明が進んでいるようだ。


「ここは……。なんというか、の世界。貴方がいた世界はあそこ」


 そう言ってガラス張りの先を指さす。

 ベッドから立ち上がった僕は言葉を失った。


 白衣を着た、研究者らしき人達が取り囲む中にあったのは……ミニチュア……というよりジオラマのようなものだった。

 ジオラマは宙に浮き、拡大された画面が壁に映し出されている。その中に僕が別れた女性、父や母がいたから驚いた。


 僕が今まで生活していた風景が一面に映し出されていて、その光景の奇妙さに息を呑む。その画面を黙り込んで機械を操作する研究者たちが不気味だった。

 こんな風に僕の生活が監視されていたのかと思うと……何だかゾッとする。

 

「元の世界はね。環境悪化に人口増加、格差社会に戦争……。とても住めたもんじゃないわ。そこで政府が進めているのが『人類ミニチュア化計画』。人を小型化すれば物理的なスペースも、あらゆる不足が解決するってわけ。

ついでにちゃんと管理すれば平和な世界を創ることだってできる。

敢えて牧歌的な暮らしをさせることで争いも無くす。文明レベルを調整することで人類は平和を維持していくことができる。

……その代わり誰かがミニチュア化した世界を維持調整する私達、「神」が必要なんだけどね」


 僕は女性の話をただ黙って聞いていた。女性が話している間にもまた地響きとドーンっという音が遠くに聞こえる。


「今日は一段と空爆が激しいわね。本当、止めて欲しい」


 女性が深い深いため息を零す。


 そこでやっと理解した。

『神々の山脈』は、僕達の世界を監視する研究者の人影だった。時々耳にする『神の教え』は研究者の指示だったのだ。


「どちらが幸せなのかしらね。この世界と小さな世界」


 女性の問いかけが部屋の中で木霊こだまして消えていった。




 

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