心霊現象研究部『現実になる夢』

こってりイカ

写し夢

 夏空に入道雲が浮かぶ、金曜日の放課後。

 教室札に心霊現象研究部と上書きされた教室で、俺は読めもしない外国語の本を片手に目の前の少女を見ていた。


 ハリネズミの様なボサボサな髪をし、丸メガネを掛けたナマイキそうな小柄の少女、季節遅れの冬服を着たその少女は睨みつけるような目で外を見ている。


 なんか暇そうだなぁと思った俺は、心霊現象研究部っぽく、こんな話題を振ってみた。


「なぁ、正夢って信じてるか?」

「正夢ぇ?」

「夢で見たことが現実になるっていうアレだよ」

「あぁ、一月一日にいい夢を見ると、一年中幸せでいられるって言うよな」

「いや、それは初夢だろ」

 

 俺は読めない外国語の本をぺらぺらとめくりながら、話を続ける。


「実は今日、正夢を見たんだ」

「ふーん、どんな夢見たんだよ?」

「数学の授業で指される夢を見たんだけどさ、実際今日、指されたんだよな」

「へえ、そうなのか」

「それだけじゃないんだ。弁当がのり弁だったんだけど、それも夢で見てたんだよ」

「それは、正夢かもな」

「しかも、今こうやって、こんな雑談をしているのも正夢で見たんだ」

「うーん……それは正夢か?デジャブ的なやつなんじゃねーの?」

「確かに、ここまでの情報じゃ信用できないかもしれないが、この夢には続きがあってだな、美少女が訪ねて来て、俺に抱き着いてくるんだよ!」

「うん、それは正夢じゃないな」


 小柄の少女は、バッサリと俺の正夢を言葉のナイフで否定した。


「大体、根暗でぼっちで何考えてるか分からないお前が、美少女にモテるわけないだろ」

「失敬な、俺はクールで一匹狼でミステリアスな男子高校生なんだよ。きっと需要はあるはずだ!!」

「流石、年齢=彼女いない歴の人間が言うと説得力が違うなぁ」

「うっ……」


 痛い所を突かれて、反論する言葉を失い、精神にひびが入るくらいのダメージを負う。

 小柄な少女はニタニタと笑い、上機嫌に語りだした。


「まぁ、超絶美少女の私が目の前にいるから、ある意味それはもう正夢と言っても過言ではないのかもしれねぇな」

「なーにが、超絶美少女だ。お前鏡見たことあるか?そのまっさらな大地じゃ男の一人も寄り付かねぇよ」

「これだから年齢=彼女いない歴の勘違い童貞は!お前の目はおっぱいしか追いかけないおっぱいロックオンシステムでついてんのか?」

「知らないようだから教えてやるよ!おっぱいロックオンシステムはすべての男の目についてるんだよ!だからお前は誰からもロックオンされてねぇんだよ!!」


 俺と少女の間でバチバチと火花が舞う。

 一触即発の空気の中、教室の扉が開いた。


「あのぉ…心霊現象研究部ってここですか?」


 そこにいたのは美少女だった。おっぱいはそれほどでもないが、その子からあふれる美少女オーラが、彼女の美少女を肯定していた。


「あぁそうだけど、君は?」


 俺がそう言って近づくと、彼女は俺の胸に飛び込んできた。


「助けて下さい!」


 涙ぐみながら助けをこうその姿に、ドキッとしたのは、また別の話である。



「一年二組の痣縄あざなわ はるかと申します」

「俺は、二年六組の心堂しんどう 見栄流みえるだ。よろしく」


 互いに軽い自己紹介をし、本題の話を聞く。


「ところで、助けてって言ってたけど、一体何の話だったんだ」

「そうですね。見てもらった方が早いかもしれません」


 そういうと、彼女は服を脱ぎだした。

 服を脱ぎだした!?


「ちょちょ、ちょっと待ってくれ!なぜ脱ぐ必要がある⁉いや俺としてはやぶさかではないのだけど!」

「あぁ、気にしないで下さい」

「あいにく気にさないメンタルは持ち合わせていなくてね…」

「違います、そういう意味じゃなくて…」

 おれはこっそりと目を隠した指の隙間から、痣縄 遥の姿を覗いてしまう。

 しかし、そこにあったのは


「僕、男なんです」


 女装男子というオチだった。



 すらりとした体、綺麗な手足、しかし、そこに俺の求めるものはなく、代わりに求めていないものが生えているという、なんとも不思議な状態だった。


「痣縄は、どうして女装をしているんだ」

「ええっとですね、これには深い深い訳があって……見て分かりませんか」


 俺は、胸を手で隠した痣縄の裸体をまじまじと見つめる。いやまじまじと見つめるまでもなく、気になる事があった。


「その、痣が多いみたいだけど、喧嘩でもしたの?」


 そう、痣縄の体には、大きな痣や腫れている場所が何か所もあった。まるでいじめにでもあっていたかの様に……


「そうなんです、信じてもらえないかもしれないんですが実は……」


 痣縄の話を要約するとこうだ。


 最近、夢のなかで、何者かに暴力を振られている夢をよく見る様になり、朝起きると夢で殴られた場所に痣が出来ているという事だった。


「それで、周りに心配をかけるわけにはいかないという事で、女装をしていたという訳だな」

「そういう事です。うちの高校の夏服は半そでしかないから痣が見えちゃうけど、女子の制服は露出が少ないので、痣を隠すには丁度いいなって」


 だとしても、女装をするのはいかがなものかと思うけども、まぁ、やぶさかではないし何も言わないでおこう。


「それで、そういった事は、以前にもあったのか?」

「いえ、そもそも僕って、眠りが深い方で、夢を見る事すらなかったんですよね」

「だけど最近は夢を見る様になって、痣も出ると」

「はい、そうなんです。頻度はバラバラなんですけど、夢を見た日には必ず痣があって……」


 夢で見たことが現実に起こる、正夢ならともかく、夢で見たことが現実になるなんて事が本当にあるのだろうか?

 俺は、腕を組みながら、頭をひねらせる。


「今は、女装趣味って事でなんとか隠し通せてますけど、ずっと隠し通すのは難しくて……バレたら学校沙汰になるし、母にも迷惑が……」

「ん?お母さんには言ってないのか?」

「はい、母は最近疲れているので、できるだけそっとしてあげたいんです」

「疲れてるって、何かあったの?」

「ええっと、実は……3か月前に、姉が死んじゃって……」

「姉がいたのか」

「はい、1個上に……交通事故で僕を庇って。優秀な姉だったんです。だから母は姉を溺愛していて、失ったショックも相当デカかったんだと思います」

「なるほどなぁ……」


 たしかに、そんな状況で、息子から謎の痣が出てるって知ったら、追い打ちをかける事になりそうだ。


「とにかく、原因を解明してくれませんか!どうしてもバレたくないんです!」

「いいぞ。承った。」


 俺は読めない本を閉じて、そう答えた。


「え?いいんですか?」

「いいも何も、心霊現象を解き明かすのがこの部の活動だ。むしろ俺から頼みたいくらいだよ。原因を探らせてくれってね」

「あ、ありがとうございます!!」


 そうして、俺は、痣縄の持ち込んだ心霊現象を調べる事になった。

 名前は、そうだな……。


 写し夢とでも名付けようか。


 俺は、近くの薬局で適当な食料とあるものを購入してきた。

 日が暮れて暗くなる学校の廊下を進み、心霊現象研究部の部室に戻る。

 そこには、一人の女子…じゃなく、男子がとある雑誌を読んでいた。

 この部室に備え付けてある、オカルト雑誌である。

 真剣に見てる感じ、過去に同じような事例がなかったのかを探しているのかも。


「ただいま。痣縄」

「あ!おかえりなさい。心堂さん!」


 今のやり取り、結婚ほやほやの新米夫婦みたいだなぁと思ったのは、胸の内に秘めておこう。


「何買って来たんですか?」


 そういって痣縄はレジ袋の中を軽く漁ってくる。

 なんか距離が近くなってないだろうか。まぁやぶさかでもないしいいか。

 とりあえず、俺は袋の中からあるものを取り出した。


「なんですか?それ」

「睡眠薬だ」

「睡眠薬?」

「正確には睡眠サプリメントだけどな。普通の睡眠薬は、医師による処方が必要だし、副作用もあるからまぁこのくらいがちょうどいいかなって」

「なるほど、もしかして寝つけが悪いとか?」

「いやいや、俺が使うんじゃなくて、お前が使うんだよ」

「え?」

「寝てる姿を確認しないと何が起きてるか分からないだろ?だからとりあえずここで寝てくれ」

「えぇ……いきなり寝てくれって言われても……どこで寝れば」

「そこにソファがあるだろ。そこで横になるといい」

「あ、はい」


 俺は教室のロッカーから色々な物を取り出して、眠らせる用意をする。


「あとコレふかふかの毛布。それとホットミルクだ。これを飲んだ後はいい眠りにつけるぞ」

「……ありがとうございます。なにからなにまで、まさか僕の為に用意してくれたんですか?」

「いや、おれたまにここで寝泊まりとかするから」

「えぇ!?学校で寝泊まりしてるんですか!?」

「ほら、ここって心霊現象研究部だから、夜の学校に滞在することが許可されてるんだよな」

「そうなんですね……」

「今日は、泊りの予定だから、親御さんには連絡しておいてくれよ」

「えっ⁉」

「ん?どうかしたか?」

「いや、なんでもありません……ちょっと電話してきます」


 そう言うと駆け足で、彼女もとい彼は教室の外に出た。

 そういえば、母親にはあまり迷惑を掛けたくないと言っていたな。

 とは言えこれは仕方ない事なのである。彼の言っている事が本当かは、見て見ないと分からないのだ。

 教室の外に耳を澄ませると、彼の謝っている声が廊下に響いていた。


 どうやら彼は風呂上りではないと眠れないという事だったので、人気ひとけのない銭湯に来た。

 ここなら、彼の体の痣が人目につく心配もないだろう。

 男湯に入るとき、痣縄が止められて、女湯に入れられそうになってたのは、まぁやぶさかでもなかったけれど。

 そんなこんなで、風呂場まで来た。だだっ広いわりに、人は泡風呂に入っているおじいちゃんだけだ。

 ここの経営は大丈夫なのだろうか。


「心堂さん、待ってください」

 後ろを振り返ると、そこには、タオルで前面を隠した痣縄が立っていた。

 なんというか、見えない分、エロさが増しているというか……。ホントに男なのかお前?

 とりあえず、体が冷える前に、体を洗ってしまおう。

 俺は適当な椅子に腰を掛けて、お湯を出し始める。

「あ、心堂さん」

「ん?どうかしたか?もしかして、銭湯に来るのは初めてだったか?」

「いや、そういう訳じゃなくてですね……色々迷惑かけてる訳ですし、お背中でも流しましょうか?」

「……痣縄、話を受ける時に言ったろ、俺が原因を探りたいんだ。お前は何も迷惑なんて掛けてねぇよ」

「そう、ですよね……すいませ……」

「まぁただ、背中を流してもらうのは――やぶさかでもないかな」


 という事で、背中を流してもらうことになった。


 ごしごしごし


「力加減とかはどうですか?」

「うん、丁度いいかな」

「ならよかったです」


 ごしごしごし


 なんだこの、新婚ほやほやな夫婦みたいなやり取りは⁉

 このままじゃいけない。俺の中にある大切なものがそう呟いてる気がする。

 とにかく、なにか話して気を紛らわせなければ。


「痣縄はよくこういう事をしてたのか?」

「はい、姉が生きてる時はよく、姉の背中を流していました」

「そうなのか……」


 さりげなくつい最近まで姉と風呂に入っていた事がカミングアウトされた気がするけど、まぁいいか。


「心堂さんは、誰かに背中を流してもらったりするんですか?」

「いや、俺はこれが初めてだよ」

「え!そうなんですか⁉」

「まぁ、俺は一人っ子だし、一匹狼で生きて来たからな。こうやって、流してくれる相手はいなかったんだ……」

「そうなんですね……じゃあ今日は、僕がいっぱい流してあげます!」


 その後、背中がひりつく位ゴシゴシされたのは、いい思い出である。


「それじゃあ、次は俺が痣縄の背中を流すか」

「いや、いいですよ別に。そういうつもりでやったんじゃ……」

「遠慮するなって。ほら、俺こういう事やった事ないし、やってみたいんだよ」

「まぁ、そういう事なら……」


 そういう事で、俺と痣縄は向きを入れ替えた。

 そして、痣縄の背中を見た時、ふと思った言葉が口から零れた。


「綺麗な背中だな……」

「えッ⁉心堂さん?それってどういう……」


「いや、そのままの意味だよ。本当にきれいな―――痣一つない綺麗な背中だ……」


 そう、痣縄の背中には、痣がなかったのだ。

 あれだけあった痣が、背中には一つもない。まるで、背中の傷は剣士の恥だと言わんばかりの背中である。

 一体どういう事なのだろうか?


「痣縄。なにか心当たりのある事はないか?」

「いえ……というか、背中に痣がない事は、今初めて知りました。自分の背中って、見る機会がないので……」

「そうか……」


 たまたま、偶然かもしれない。

 だけど、その違和感が、妙にのどに引っかかった。





 風呂に入った後、俺たちは教室に戻って来た。

 え?なんでその描写がないのかって?

 男同士が風呂に入るシーンなどむさくるしいだけだろう。

 という事で、痣縄の入浴シーンは俺の記憶の中だけにしっかりと焼き付けておこう。


 ちなみに痣縄は今、体操服を着ている。

 学校にある替えの服がこれしかなかったのだから仕方がない。

 それにしてもまぁ、いけない事をしてる気分になるのはどうしてだろうか?


 痣縄はソファで横になり、俺は椅子の上に座る。

 電気ストーブの光を頼りに、俺は外国語の本を開いた。


「よし、じゃあ今から見てるから、存分に寝ていいぞ」

「分かりました」


 そうして一時間後、痣縄は寝ているように見える。だが……。


「痣縄眠れないのか?」


 痣縄はビクッと肩を浮かし、後ろを振り返った。


「どうして、分かったんですか?」

「そんなガチガチに固まってたら、誰だって気づくさ」

「そ、そうですか……」

「……」


 少しの沈黙の後、痣縄は語りだした。


「実は怖いんです……眠るのが。また夢の中で襲われるんじゃないかなって」


 当然の恐怖だった。それに、それが体に刻み込まれるのだとしたら、なおさら怖いのは当たり前の事だ。

 俺は、何かできないかと痣縄に近づいて、頭をなでた。


「安心しろ、なんかあったら、俺が何とかしてやる」

「……はい。ありがとうございます」


 数分後、痣縄は寝息を立て始めた。睡眠サプリが効いて来たのだろう。

 俺は、そのまま痣縄を眺め続けた。

 滑らかな足、華奢な腕、色っぽい首筋……。


「うん、なかなかに眼福だな」

「何が眼福だ」


 俺の背後に現れた、生意気な少女がチョップでおれの頭を叩いた。


「お前はアレか?おっぱいだなんだとほざいておきながら、実は同性愛者なのか?」

「いいや、そんなことは無い!……と言いたいところだが、実はそうなのかなと思っている自分がいるのも確かだ」

「いや、そこは否定しろよ」

「否定も何も、俺は思ったことをそのまま言っているだけだよ」

「そーかい。相変わらず正直なこった」


 俺は、買っておいた、ちょっと甘い缶コーヒーのふたを開けながら、ナマイキ少女ガールに問いかけをした。


「それで、お前はどう思う?」

「どう思うって?」

「今回の件だよ。夢の中で起きたことが現実に反映されるなんて、ありえると思うか?」

「まぁ、普通に考えたら、ないだろうな」

「だよなぁ……だけど、実際にはそれが起こってる」

「一応聞いとくけどよぉ、お前は何が原因だと思ってるんだ?」

「うーん……あるとしたらやっぱり、姉の霊が、なんか呪いをかけてるんじゃないか?」

「はっ!おばけなんか信じてるのかよwそもそも姉は弟を庇ったんだろ?なのに何で呪いなんてかけるんだ?」

「そうだよなぁ……でもそんな事でもないと、夢が現実に反映されるなんて事、ありえないだろ」

「そこまで分かってんのに、なんで答えが出ないかねぇ……」

「まるで、知っている様な言いぶりだな。何か分かったなら教えてくれよ」

「分かったも何も、答えはもう出てるじゃねぇか」

「は?」

「分からないのか?いや、分かりたくないのか」

「それってどういう事だよ」

「さぁな、そんなに知りたいなら逆立ちでもして、考えてみたらどうだ」


 少女との会話はそこで終わった。


 三本目の缶コーヒーを飲み終えたころ、カーテンの隙間から日の光が射した。


 結局その日、痣縄の体に痣は現れなかった。


 昼の12時近くまで寝ていた痣縄をなんとか起こして、今日は解散という形になった。


「あの、心堂さん、今日は、ありがとうございました!」

「あぁ、昨日も言ったけど、痣縄の為とかじゃなくて、好奇心に従っただけだから。気にしないでいい……」

「心堂さんにはそうかもしれませんけど、僕にとっては、感謝したい事なんです」

「……そっか。じゃあ、どういたしましてだな」

「はい!また来てもいいですか?」

「おう、いつでも来い」


 そうして、連絡先を交換した後、痣縄は家に帰った。

 そして今日、この日は、家族と担任の連絡先しか書かれていない俺の電話帳に、初めて、友達の電話番号が登録された記念日となった。



 さて、結局、痣縄が見る正夢の正体を掴むことが出来なかった。

 まぁ、そもそも起こらなかったので、しょうがないとも言えるのだが。


 ただまぁ、起こらなかった事にも、何か原因があるのではないだろうか。

 例えば、環境。家と学校で何かが違ったから、起こらなかったのではないだろうか。


 いや、そもそも痣縄は、夢を見なかったと言っていた。

 やはり、夢を見ることがトリガーとなっているのだろうか。

 確か、人が夢を見る時って、レム睡眠という浅い眠りの時だというのをネットで見たことがある。

 つまり、眠りが浅い時に、痣縄の痣は出来るってことなんじゃないか。

 確かに、痣縄は最近よく眠れていないと言っていた。

 つまり、そういった心的ストレスが、体に痣を作り出してるのではないだろうか。


 ただ、そうだった場合、背中に痣が現れない事の説明がつかない。

 そもそも、夢で見た所が痣になると言っていた。

 ストレスなんて、あやふやな言葉で片付けていい問題じゃないんじゃないか……。


「――分からん」


 俺は、痣縄が眠っていたソファの上で仰向けになる。


「もう、喉元まで出かかってる気はするんだけどなぁ……」


 そう、いうなれば、あと一つピースがあったら答えにたどり着けるような、そんな感じだ。

 あれこれ考えていると、ふとナマイキ少女が言っていたセリフを思い出した。


「逆立ちでもして考えろ……か」


 あいつはもう、答えにたどり着いているという感じだった。


「試しにやってみるか」


 俺は、息を整えて、逆立ちに挑戦する。

 全てが反転した世界で、腕をぷるぷるさせながら、今回の事を考える前に、俺は転倒した。

 当然の結果である。普段から外国語の重い本を持っているからと言って、インドア派であることには変わりないのだ。


「いてて、なにやってんだか俺は……」


 何かのヒントになると思っていたのだが、逆さまになったところで何も……。


「……いや、そういう事なのか?」


 俺の中で、何かが繋がった。


 あぁそうか、足りなかったのはピースじゃなくて、パズルを見る向きだったのだ。

 ただ、もしこれが、そうだとするならば……。


「あまり、考えたくはないな……」


 俺は、先ほど追加された電話番号に、さっそく電話を掛けた。ただ一言。


 ――悪霊を払いに行くと。




 月光りが射しこむ夜。

 痣縄家の二階。痣縄 遥の部屋。


 そこには、ぐっすりと眠る痣縄の姿があった。

 その寝顔のかわいさと言ったら、もう辛抱堪らんといった感じだろう。

 そんな痣縄の部屋の扉が、ゆっくりと開き、一つの影が侵入してきた。

 その影は、痣縄の上に覆いかぶさり、その拳を振り上げ……。


「そこまでにしてもらおうか」

「⁉」


 俺は、影の腕を掴み、その拳が痣縄に届くのを食い止める。

 影は、俺の腕を振り払い、一歩二歩と後ずさんだ。


「誰……?」

「そうだな、友人Sとでも名乗っておこうか」


 俺は、そう言いながら、扉のほうに近づく。


「ずっと謎だったんだ。夢で見たことが現実に反映される。そんなことがどうやったら起きるのか」


 そう、結局これは最後まで分からなかった。いや分かるはずなかったのだ。


「全て、逆だったんだ。夢で見たからではなく、現実で起こっていたから、夢で反映されていた。そうだろ?」


 俺は、照明のスイッチを押し、影の正体を明らかにする。そこにいたのは女性。そう、この家にいる女性と言えばただ一人。


「あなたが、この心霊現象の犯人だ。痣縄のお母さん」


 そう、実の母こそが、痣縄の痣を作り出していた犯人だった。


「あなたは、大切な娘さんが死んで、多大なショックを受けていた。そして、その苦しみを、娘が死んだ原因を作ったとも言える、自分の息子にぶつけたんだ」


 親が、自分の息子を傷つけるなんて、考えたくもなかったけどな……。

 痣縄の母は、少しを開けた後、冷静な顔をして話し出した。


「いったい何の話ですか?私はただ、息子の寝顔を見に来ただけですが」

「あくまでしらを切るつもりか」

「しらを切るも何も、あなたの言ってることは、可笑しいんじゃないですか?だって、あの痣が殴られて出来たものなら、起きて気づくはずでしょう?」


「いいや、そんな事はない。痣縄は、元々眠りが深い方なんだ。現に今、こんなに騒いでもこいつは起きる気配すらない。思いっきり揺さぶっても……この通りだ」


 痣縄の、すやすやと眠る可愛い寝顔が崩れる事はなかった。


「たとえ、思いっきり殴られたとしても、眠りが浅くなるだけだろう」

 そう、これが、痣縄が夢を見る原因だ。


 暴力を振られることで、眠りが浅くなり、その痛みが脳に伝わり、夢に反映される。

 そうすることで、痣縄は、夢が現実になったと、錯覚してしまったのだ。

 背中に痣がなかったのも、仰向けの状態で殴られていたからなのだろう。


「それに、痣縄は言っていたな。母親には、痣の事を隠しているって。なんであんたが、その事を知っているんだ?そして、知っていたとして、どうして、痣縄に何も言ってやらなかったんだ」


 それを聞いた、痣縄の母は、どんどん顔のメッキがはがれていく。そして、その仮面の下にあったのは、明確な怒りだった。


「娘は……あの子は天才だった。何をやらしても完ぺきにこなして……将来は国立の大学に行って、うちの仕事の跡継ぎになる事は、間違いなかった……。なのに、あんなポンコツのせいで、命を奪われるなんて!あなたに何が分かるの⁉娘を失った私の気持ちの何がッ‼」

「いや、分からねぇよ。そうやって、適当な理由をつけて、息子に暴力を振るDV野郎の気持ちなんて、分かりたくもないね」

「じゃあ、家庭の問題に首突っ込んでんじゃないわよ‼」


 母親は、痣縄に向けていた拳を、俺に向けて、振るってきた。

 俺は、避けずに、その拳を顔面で受け止める。


「……たしかに、家庭の問題に首を突っ込むのはよくねぇよな。だけどよぉ……」


 俺は、片手に持っていた、外国語の本を振りかぶり……母親の顔面を強打した。


「俺の友達にこんな拳振るわれてんのに、黙ってみてる訳には行かないだろうが‼」


 俺は、母親の首根っこを掴んで、壁際まで押し込む。


「痣縄はなぁ!あんたに心配かけないようにって、必死に痣の事を隠してたんだぞ!あんたの為に女装までして、あんたの為に、自分で抱え込んでたんだぞ!!」

「だ、だからなんだって言うの!私はそんな事、頼んだ覚えは……」

「うるせえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 俺は、大声で叫びながら、母親を床に投げ飛ばした。


「あんたは、痣縄の事、どう思ってるか知らねぇけど、痣縄はあんたの事が好きなんだよ……」

「……」

「もう、娘は帰ってこないんだ。ならその分、息子に愛情を注いでやれよ」

「……そんなの、無理な話よ。私はもう、息子に手を出してしまった……。今更、なんて言えば……」

「……今回の件、痣縄には、心霊現象のせいだって、伝えてある」

「え?」

「母親が、原因だって聞いたら、悲しむに決まってんだろ」

「……」

「だから、あんたは、隠し通せ。だれにも懺悔せずに、その秘密を墓まで持っていけ。それが、あんたの罪だよ」

「……うっ、うっ」


 こうして、夢が現実になる『写し夢』の事件は、幕を閉じたのであった。



 一か月後


 痣縄はいつものように、心霊現象研究部の部室にやって来た。

 痣はほとんど引いて、男子の制服を着ながら、オカルト雑誌を真剣に読んでいる。

 あれから、霊的なものが本当にいると思ってしまった痣縄は、そういう物に興味を持ってしまったらしい。

 俺は、いつものように、読めない外国語の本を開き、痣縄の姿をチラチラと眺めていた。


「言っとくけど、それ、別にカッコよくないからな」


 横にいた、ナマイキ少女が俺に向かって、そう毒を吐いた。


「べ、別にカッコいいとか考えてないから。ただ、こうしてると心が落ち着くんだよ」

「何が心落ち着くだ。今だって、本じゃなく、女装男子の方をチラチラ見てたじゃねーか」

「うっせえ。こうやって目の保養をすることで、脳の働きを活性化させてんだ」

「活性化させてんのは、別の場所だろうが」


 なんて、雑談をしていると、オカルト雑誌を読み終えた痣縄が、俺に問いかけをして来た。


「あの~ちょっといいですか?」

「どうした、痣縄」


「心堂さん、さっきから―――誰と話してるんですか?」


「あぁ、気にしなくていいよ。こっち側の話だから」 

          

                                    end

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心霊現象研究部『現実になる夢』 こってりイカ @moinoyousei

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