第2話 新世界

 陽の光に照らされて自然と目が覚めた。社会に出てからは時間に追われる日々で、まともに寝たことなんてなかった。こうして気持ちよく目が覚めるのはいつぶりか…



「なんだここ…」



 頬を撫でる心地よい風、腐った心を浄化するほど澄んだ空気が肺を満たす。まるで別の世界に来てしまったかのようだ。もしかすると異世界…いや、もしかしなくても異世界なのではないだろうか。



「えっ、俺マジで異世界飛ばされちゃったの!?」



 辺り一面には大草原が広がり、ぐるりと見渡してみると見たこともないほど壮大な景色が飛び込んでくる。



「とりあえずそこら辺動き回ってみるか。どうせならこの世界をぐるっと周って見るのとかアリかも…!」



 腰を上げ、背伸びをする。そして、深呼吸。あまりの気持ちよさに一言。



「新世界の空気気持ちよすぎだろ!」



 これを言いたかった。



 ~~~~~



 しばらく歩くと、浜辺に着いた。砂粒が太陽の光をキラキラと反射していてとても綺麗だ。エメラルドブルーの波が引き立てる音が耳をくすぐる。



「綺麗すぎる…」



 圧巻な景色を堪能しながら海岸沿いを歩いていくと、ある大きな岩が目に入った。



「どこかから流れ着いたのか?にしても大きいなぁ~!」



 岩に近づいていくと、何やら歌声のようなものが聞こえてきた。よく聞くと、歌声と言うよりもボイストレーニングでもしているような感じに近かった。足音を立てないように声のする方へ向かっていくと、岩陰に一人の女の子がいた。



(すごく頑張ってるな~)



「だ、誰ッ!?」



「ご、ごめんなさい!覗き見するつもりはなかったんだけど…」



「ふ~ん…アンタも私の事笑いに来たのかしら?」



 お怒りの言葉かと思い身構えたが、予想の斜め上の言葉が飛んできた。



「べ、別に笑いに来た訳じゃなくて…」



「あっそ。それじゃあとっとと回れ右して帰りなさい。」



(つ、冷てぇ…!?)



「も、もしかして何か嫌なことでもあった…?」



「うっさい!さっさとどっか行っちまいなさいよ!」



 超ブラック企業に勤めて来た颯馬は、人の顔色を伺うのが癖になっている。どうやら焦りに近い何かが彼女を追い詰めているようだ。



「落ち着いて話でもしようよ。吐き出すと楽になると思うし」



「アンタなんなのよ!いきなり来て!気持ち悪いのよ!さっさとどっか行け不審者!」



「うっ…」



 颯馬には美少女に罵られて興奮するような趣味は持ち合わせていないため、もろに大ダメージを喰らった。確かに初対面でいきなり『お話しようよ』と言われるのは恐怖でしかないだろう。そこで颯馬は『本音をぶちまけよう作戦』の実行を試みる。ブラック企業務めにとって、傷の舐め合いは得意分野の一つである。



「俺は君みたいに頑張っている子をバカにしたりはしない。こうして人知れず頑張っている君の力になりたいんだ!」



「ふ、ふぅ~ん…そんなのは誰だって言えるのよ。せめてもっとマシな言い訳をする事ねっ!」



(あら、案外ちょろい?)



 口ではそう言う彼女だが、その空色のロングヘアの毛先をくるくると弄っていて、どうも落ち着かない様子だ。これは効果ありと言ったところか。すかさず颯馬も追い込みをかける。



「言い訳か〜。…君の(必死に頑張る)姿が綺麗だったからかな」



「は、は、はぁぁぁ!?!?あ、アタシが綺麗…っ!?デタラメ言ってたら蹴っ飛ばすからね!」



(よし、俺のギャルゲー知識によると…あとひと押しってところだな!典型的なツンデレで助かったぜ…)



 倉石颯馬、ここに来て言葉足らずの大失態。彼女にあらぬ誤解を植え付けてしまった。



「そ、そこまで言うなら…わかったわよ。話してあげる、私の事…」



「あ、あぁ…」



 彼女はこの近海に住むセイレーン。セイレーンとは、主に水中で生活し、女性は生まれながらに男を魅了するほど綺麗な歌声を持ち、それを使って地位を確立させる。つまり歌が上手ければ上手いほど偉く、男に好かれやすいのだ。しかし、歌が得意でないセイレーンは仲間はずれや嫌がらせを受け、グループを追放される。そして彼女も追放された身で、もう一度皆に認めて貰えるようにこうして練習をしているようだ。



「そうだったんだね。うんうん、辛いのによく頑張ったね。」



「皆、アタシのことバカにして…仲間はずれにして…っ!」



 いつしか彼女の目には大粒の涙が溜まっていた。弱者の気持ちは弱者が一番理解することが出来る。共感し、寄り添うことで少しでも傷の痛みを和らげる。これがブラック企業を生き抜いてきた颯馬のメンタルサバイバルスキルである。



「こういう時は、自分が得意なことで向かっていけばいいんだよ。『歌が上手いから偉い』なんて固定概念を君がぶち壊すんだ!」



「私にできること…?アタシ…演歌が歌える!」



「は?演歌?」



「うん!他のセイレーンたちは皆綺麗な声で民謡とかを歌ったりするけどね…やっぱりおかしい…?」



「いや、おかしいも何も…演歌って…」



 颯馬の中で演歌とは、年配の方々が温泉で熱唱するイメージしかなく、目の前の美少女がそんな渋いものを歌うとはとても思えなかった。



「…やっぱり変だよね、私…」



(やばい、いい感じに上がってきた好感度が急降下してしまうッ!!)



「ああいや、そうじゃなくて…セイレーンの間では民謡が流行りなの?」



 ここは『あからさまに話を逸らす作戦』を行い、どうにか好感度降下を阻止する。



「そうよ。歌いやすくて懐かしさを感じるからって。」



「それなら演歌で勝負すればいいんじゃないか?ほら、自分の自信をそのまま仲間たちにぶつけてもう一度戻──────」



「嫌よ」



社会復帰?のために背中を押そうとしたが、彼女の言葉によって遮られた。



「もう戻る気なんて無くなったわ。」



「えっ…」



 彼女の口から飛び出した言葉に絶句、もはやお手上げ状態となった。



「参考までにお聞きしたいんだが…なんで戻りたくないの?」



「アタシを虐げる奴らより、アンタといた方が絶対に楽しいもの!」



「いやでも、親御さんが…」



「アタシ、孤児院で育ったから親いないし。」



(うっっっっわ、ここに来て激重…っ!!)



「そ、そうか…」



「だからアタシもアンタについて行くわ!」



「俺は旅人?みたいな感じだから家なんてないぞ…?」



「え?」



「え?」



 お互いに間抜けた顔をして目を合わせる。この世界で旅人って無職と同じ感じなのだろうか。



「あ、それなら待ってて!」



「おい!そっち海だぞ!?あ、そういやあいつセイレーンだったわ。」



 彼女が走っていった先は海。いきなり何をしだすんだと驚愕したが、よくよく考えたらそういう種族だった。

しばらくして、彼女が海の中から現れた。



「な、なんだその大荷物は…」



「え?旅に出るのならこれくらい必要でしょ?」



 当然、とでも言うようにあっけらかんと答える彼女にもはや頭を抱える余裕すらなくなった颯馬。



「そういえばまだ名前を教えてなかったわね!アタシはリジィ!リズって呼んでくれて構わないわ!」



「お、おう。俺は倉石颯馬、よろしく。」



「クライシソーマ…?なんだか不思議な名前ね。ソーマって呼んでいいかしら?」



「呼びやすいようで構わないよ。これからよろしくな、リズ。」



「うん!不束者だけど末永くよろしく頼むわ!」



 ほぼほぼリズのペースに飲まれてしまったが、颯馬の孤独な一人旅に新たな仲間が加わった瞬間である。



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全てがおかしい異世界転移 @Fuuuuuuuuu

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