06-53-銀河7 -〝武〟-


「ごちそうさまでしたー♪ ではるうなはこれにてー!」


 月宮さんはアントン、カタイネン、ペッレルヴォ、タルモ、タルホを連れて第2区画にある『エクレールの羽』へと旅立った。

 おっちゃんたちには今日も1シルバーずつ渡してある。きっと今日も月宮るうなのステージを盛り上げてくれるだろう。


 月宮さんがいなくなって空いた席に、


「いいですか?」

「おお、もちろん」


 今日の大将、黒乃さんがふらふらと腰掛けた。


「毎回頼りきりですまん。寿司、めっちゃ美味い」

「いえいえ、よかったです。私はなにも……お魚が美味しいんです」

「魚が美味いってのもあるけど、それが全部だと、寿司職人は要らなくなっちゃうだろ」


 俺の言葉に黒乃さんは諦めたのか「ふふっ……ありがとうございます」とはにかむ。


「寿司、家でも握ってたのか」

「はい。母と一緒に一度だけ」

「一度だけ……? それでこんなにしっかり握れるもんなのか……?」


 俺は回転寿司にしか行ったことがないが、月宮さんの言葉からすると、黒乃さんの腕はプロ顔負けだ。

 黒乃さんの母親が寿司職人なんだろうか? なんて思ったが、たしか彼女の母親は日本舞踊の先生だったはずだ。えー、黒乃一族何者なんだよ。


 黒乃さんはこくこくと喉を鳴らして水を飲み、ふうとひと息ついてイクラに手を伸ばした。


「そういや海苔のりも美味かったんだけど、海苔ってオラトリオにもあったんだな。昨日、南西地区に行ったときに買ってきたのか?」

「いえ、先日、イェスパーさんに採ってきてもらったんです。それをペースト状にして広げて2階のテラスで干しておいたんです」

「ええ……? 2階のテラスってさっき行ったけど、トマトと小麦だらけだった気がするんだけど」

「いえ、東側ではなく、西側で」

「ああ、そっちか」


 教会の2階には東西南北にそれぞれ、ベランダと呼ぶには広すぎるテラスがあるが、俺が出たことがあるのはほぼ東側のテラスだけ。

 太陽光を利用した雨水の簡易浄化装置が置いてある、ってこともあるけど、俺の部屋が東側にあるから、ってことが大きい。


 ちなみにテラスの南側は男性の服を、北側は女性の服を乾かす場所になっており、北側のテラス前には〝オトコ侵入禁止、入ったら処す。絶対に〟という相馬さん手書きの恐ろしい立て看板が置いてある。なんだよ絶対にって。しかも〝絶対に入るな〟じゃなくて〝絶対に処す〟のほうにかかってんじゃねえか。怖すぎるだろ。


 ともかく、弓道と薙刀ができて、寿司を握れて海苔の加工知識と技術を持つ高校一年生って、この世に黒乃さんだけな気がする。

 そのうえ礼儀正しくて、優しくて、なんていうか、穏やかで。


「あ……あのっ……?」

「お、おああ、ご、ごめん」


 気づけばめっちゃ見つめてしまっていた。じつに幸せそうに寿司を頬張る黒乃さんの邪魔をしてしまった。


「な、なんかさ。俺もちょっとくらい習い事をしておけばよかったな、って。スイミングには通ってたんだけどさ。武道っぽいのをやっておけばよかったな、って」


 なんだか気まずくなって、話を逸らす。

 ……なんにもやってこなかった俺が、いろいろとやってきた黒乃さんに向かってこんなことを言うのは失礼だったかな、とバツが悪く感じたが、黒乃さんは気にしたふうもなく箸を小皿に置いて柔らかく笑う。


「ふふっ……。そんなことをしなくても、要さんはすでに〝武〟をお持ちですよ」

「ええ……どういうこと」


 刀の扱いも槍の扱いもイマイチ。白銀さんと舞原さんみたいに魔法も使えない。

 ついさっきもマイナーコボルトに殺されかけた俺が武を持っている……?


「どう考えても気のせいだろ」


 じゃなきゃ、追従ついしょうの言葉だ。


「要さんは……〝武〟という漢字をどう書くかご存知ですか?」

「……え?」


 思いがけない話だったから、戸惑ってしまう。


「〝ほこ〟を〝める〟と書いて〝〟です」


 戈を、止める。ああ……たしかに。


「あのとき、私たちはなにもできませんでした。……前領主の理不尽な戈を止めたのは、要さんです」

「やめてくれよ。俺はなにも……」

「私たちは戈を止めるために、武器を構えました。たとえ勝っても良い方向へは進まないことを知りつつも、やむを得ず。それは一種の諦めに通ずるかと思います」


 たしかに、少なくとも異世界勇者組は全員武器を構えていた。白銀さんの前には魔法陣まで見えたもんね。

 ……俺だっていちおうは構えた。もっとも、持っていたのは武器じゃなくてペレ芋だったんだけど。


「要さんは、諦めませんでした。最後まで話し合いで解決しようとして……二転三転ありましたけど、結局は良い方向に導いてくれました」

「うあ……いや、も、持ち上げすぎだろ」

「いいえ。要さんは……とても優しく、強いです」


 褒められすぎて、自覚できるほど顔が赤くなる。


「とても、素敵な〝武〟でした。……とても」


 今度は俺が優しく見つめられて、眼鏡越しの瞳から目が逸らせない。

 黒乃さんは俺の赤面に気づいたのか、


「す、すみませっ……! わ、私、急にこんなこと……」

「い、いや、その、あ、ありがとう」


 顔を赤くして、互い同時に顔を背ける。


 ちらっと視線を黒乃さんに向けると、黒乃さんも赤面しながら同じようにしていて、目があって、余計顔を背ける。


 な、なんだろう。

 黒乃さんって、こんなだったっけ……?


 いや、戦闘中とか仕事中はめっちゃ凛としてて、でもでも普段はちょっと気が弱くなるというか、スイッチを切ったように弱気になるところがまたかわいいって思っちゃいたけど。


 く、黒乃さんって、こ、こんなにもかわいかったっけ……?


 黒乃さんに視線を戻せない。

 顔を背けていたもんだから、寿司を囲んでわっしょいしていたおっちゃんたちと目があった。


 そのひとり、ヘンリクが、にたぁぁぁ……といやらしい笑みを浮かべ、


「いやあ寿司とは美味いもんだな! 皆の衆!」


 まるで「見なかったことにしてやる」とでも言わんばかりに語気を強めた。


「酢飯のこう……甘酸っぱい感じが胸に響いてたまらんのう!」


 ……あいつ絶対勘違いしてんだろ。


「ひみこー、かなめー」


 なぜか訪れた意味不明な窮地に、新しい風が吹いた。

 白銀さんはちょっと疲れた様子でとててとやってきて、黒乃さんの隣に「うんしょ」と腰かけた。


「おー……。ジャパニーズスシ。テンプラ。ごちそう。……ひみこ、どうしたの」


 白銀さんの登場でいくぶんか復帰した俺とは違い、黒乃さんはまだ赤面して顔を逸らしている。


「ふーん。かなめ、こんどはなにしたの」

「俺がなにかした前提、みたいな言いかたからすこしずつ直していこうな」


 本当に俺なにもしてないんだって。むしろされた側なんだって。


「白銀さんは寿司を食べたことがあるのか?」


 困ったときは秘技、話逸らしである。


「ない。わたしはおさかながにがて。となればもっと。しょうじきはある。でもすごくおいしい、ってゆうめいだからがんばってたべる」


 白銀さんは歯抜けになった木桶から中トロを手で掴み、醤油もつけずにあーんと頬張る。


 もしゃもしゃと咀嚼しながら、大きなアイスブルーがきらりと輝いた。

 ごくんと飲み込んで、


「おー……。とろける。おいしい」


 次はサーモンに手を伸ばした。


「おいしい」


 唐揚げをフォークで刺して頬張り、


「おいしい」


 いや、わかる。わかるぞ。

 本当に美味しいものを食ったときって、美味い以外の言葉が出なくなるんだよな。


「おいしい」


 すっかり〝おいしいマシーン〟になった白銀さんの隣で、息を吹き返した黒乃さんがほっと安堵の息を吐き、天ぷらに箸を伸ばした。


「あーーーーつっかれたー! 要、となりいー?」


 俺が返事をする前に、相馬さんが俺の隣にどっかりと腰を下ろし、長い脚を組む。

 金髪の上には ( *xωx* ) こんな顔をしたうに子が帽子のようにぽてりと載っていて、お腹が空いてもうだめ、といった風情である。かわいい。


「相馬さんおつかれ。うに子、大丈夫か?」


 問うと、( *´ω`*;) こんな顔で無理やり笑ってくれる。

 ううん、申しわけないけどかわいい。


 うに子の下半分に巻かれた『☆ウォームス』に表示されているゲージにはうに子のMP残量は1割ほど、と示している。先ほどの採取で子どもたちのサポート、それが終わったら料理に大忙しな奥さまがたへのバフ魔法、とてんてこまいだった。


 俺もそろそろ頑張らないとな、と食卓を辞そうとしたとき、


「要、悪いけどうに子に食べさせてやってくんない?」


 世界一幸せな仕事を仰せつかってしまった。

 いいのか? と訊き返そうとしたが、相馬さんの顔には「うに子に食べさせてあげる余裕ない」と書いてある。


「俺でよければ。うに子おいで」

「うににー……♪」


 両手を出すと、うに子は相馬さんの頭上から俺の腕にぽてりと落ちてきた。


「今日は寿司だから熱いの怖がらなくていいぞー。まずはマグロからでいいか?」

「うにー!」


 左腕でうに子を抱き、右手でマグロを掴んでほんのすこし醤油につけ、そっと口に近づける。

 うに子はひと口で、なんなら俺の指ごと口に入れ、俺が指を引き抜くともっちゃもっちゃと ( *´ ༥ `* ) こんな顔で咀嚼する。


「うに、うにー!」

「おー、美味いか。次はブリ……だっけ? タイだっけ? まあなんでもいいか」

「あんた、ブリとタイの違いくらい知っといてもいーんじゃない……?」


 なんか同じようなことを月宮さんにも言われたな。

 というか魚って難しいよな。魚の姿をしていても、こうやって切り身になってもなんの魚なのかよくわからない。

 なんなら焼肉屋でカルビとロースとハラミが出てきても、どれがなにかすらわからない。魚関係ないじゃねえか。


「うにー!」


 もっちゃもっちゃ。


「これも美味いか。じゃあ次サーモンいっとくか」


 もっちゃもっちゃ。


「そういやうに子って上手に咀嚼してるけど、歯ってどうなってるんだ? 口の中見せてみ」


 うに子は素直に ( *´O`* ) こうやって口を開けてくれる。


 ……口内には歯どころか歯茎も歯肉もなく、宇宙みたいな空間が広がっていた。

 ……あんまり気にしないようにしよう。うん。なでなで。


「んじゃ次はイクラいっとくか。……え、な、なに」


 ふと、俺に視線が集まっていることに気がついた。


「……え、っとですね、子煩悩な父親っぷりが板についてきたな、と思いまして」

「ええ……。これ、子煩悩なの? 俺がどうこうっていうより、うに子がかわいすぎるのが問題だろ、な、うに子」

「うににー♪」


 うに子は目の前のイクラに興味津々ながらも、後頭部を俺の胸にこすりつけてくれる。かわいい。


「むー。わたしもたべさせたい。うにこ、あーん」


 白銀さんはテーブルに身を乗り出して、俺が持つイクラを押しのけるようにしてうに子の口に中トロを持ってゆく。


「かなめのおすしと、わたしのおすし。どっちがおいしい」

「うにー♪」


 うに子は短い手で白銀さんを指す。


「ほら」

「いや待てそれ単純にマグロとサーモンより中トロのほうが好みだったってだけだろ」


 白銀さんは勝ち誇ったようにふんすと薄い胸を張る。

 いやどれも美味いけど俺だって中トロが一番好きだって。だから最後に残しておこうと思ってたのに!


「そいやさー。天ぷらはどーだった?」

「もちろんめっちゃ美味かったぞ。いつものざっくりしてんのも美味いけど、今日のはなんかふんわりしてて、こっちはこっちで美味かった。お、せっかくだしうに子も天ぷらいっとくか」

「うにっ!」


 寿司の後に出てきた唐揚げとポテトの盛り合わせも、野菜の天ぷらもめっちゃ美味かった。申しわけないくらいたくさん食べてしまった。


「今晩までは片栗粉で揚げてたからさ。昨日、フロウ麦? だっけ? 手に入ったじゃん。それ小麦粉にしてバッター液に使ったんだけど」

「んあー……よくわかんないけど、美味かった」


 我ながらひどい感想である。

 どうやら片栗粉? というのはペレ芋から抽出したデンプンを使用した粉のことらしい。

 で、小麦粉は昨日獲得したフロウ麦を乾燥させ、粉に加工したもののことだ。これは昨日聞いたから知ってる。


 ただ料理をしない俺には、芋からつくった粉と麦からつくった粉は別物だ、ということはわかっても、使用用途の違いや、違う料理にどう変化するのかがわからない。


「ぷっ……。うん、あんたはそれでいーよ」


 相馬さんが吹き出した。

 俺の無学に対する笑いであることには違いないが、それをあざ笑うようなニュアンスではなかった。


「あんたは、食べたもんがおいしかったら、正直にそー言ってくれるだけでじゅーぶんだし」

「そうですね。ふふっ」


 相馬さんと黒乃さんはふたりで笑い合う。

 ええ……俺、そんなんでいいの?


「いまはかてない。でもいつか、げこくじょうぶちかます」

「あはは、覚えたらあたしなんてすぐに抜けるって。でも黒乃の壁はでかいよー? あたし、魚さばき……ってか包丁さばきで完敗したの初めてだし」

「いえ、そんなこと……。私、相馬さんみたいにちゃきちゃきできなくて……」


 白銀さんじゃないけど、俺にもちょっと悔しいって思いはある。


 ……悔しい。でも食べちゃう!


「あんなかじゃ、誰がいちばんいー感じ?」

「そうですね……。スサンナさんとへリュさんはとくに頼りにさせてもらっています」

「あー、あのふたりいーよね。覚えんのはえーし、手早いし。そーいやスサンナって、カタイネンの奥さんだっけ。紡績と縫製ほーせーのほーでもエースらしーよ」

「まちがいない。スサンナはおばばのもいい」

「つーかおばば様もすげーよね。奥さんたちの仕切り全部ひとりでやってんでしょ?」

「区画の資材管理もなさっているようです。ミシェーラさんのお手伝いもされているようですし」

「すげーよね。女丈夫じょじょーふって感じで、マジ憧れる」


 おばば様に憧れる相馬さんの図を見てしまった。


 ……ともかく女子たちが食べて喋ってをしているあいだに、


「うにー……♪」


 満腹になったうに子が ( *´༥`* ) 幸せそうな顔になっていた。かわいい。


 女子トークをしているところ悪い、と手刀を切って立ち上がる。


「ごちそうさま。めっちゃ美味かったわ」

「お粗末さまでした」

「ん。お皿、置きっぱでいーからね」


 そんなわけには、とわずかに醤油が残った小皿と箸を持ったが、洗い場に持っていく途中、


「レオンどの、そんなもんワシがやるぞい!」


 とウオティに奪われてしまった。


「みんな俺を甘やかしすぎなんだよなあ……」


 これは、当たり前のことじゃない。

 なら、俺も当たり前じゃないくらい頑張らなきゃな。


 そうわずかに誓いを立て、まだ白い光が残っているであろう西口に歩を進めた。


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