ダメなタイプの異世界召喚にて怒れる神が召喚されたようですよ

やみあるい

ダメなタイプの異世界召喚にて怒れる神が召喚されたようですよ

 その町は神により守られている。

 神の名は贄神。町とその近くに聳える山一帯を守護する神として、古くから町に住む人たちに信仰されてきた。

 だが、贄神と呼ばれる神が、遥か昔には人間の男の子だったということを知る者は、もはやいない。



 それは現在から数百年前のこと。

 ある山の麓に、名も無き小さな村があった。

 その山には恐ろしき神が住まう。荒々しき怒りを内包した神が。

 神を怒らせてはならない。その村に住まう者たちは誰もがそれを知っていた。

 同時にその恐ろしき神の噂が、自分たちの村を支配者層たちから隠していたことも。

 あえて危険な地の近くに住まうことで、その村は貧しいながらも平穏な暮らしを得ていた。


 そんなある年の事、村に飢饉が訪れる。

 寒波による実りの減少、それによる餓えた山の獣による獣害。

 少しずつ村から食料が減っていく日々。

 村の者たちはある日、ついに限界を感じ、禁忌に触れてしまった。

 神の住まう山に立ち入り、野草や野獣を狩ったのだ。

 村人の餓死を防ぐためには、それ以外に方法は無かった。

 しかしその選択が、神の怒りを買う結果を生む。

 神は村に生贄を要求した。


 生贄を差し出さねば、村を跡形もなく滅ぼす。


 神がそれを実行できることを、村人たちは知っていた。

 怒れる山の神ならば、麓の小さな村を潰すことなど造作も無い。

 その時、一人の男の子が生贄に名乗りを上げる。

 男の子は親のいない孤児であった。

 今までずっと村人たちの好意により育てられてきたが、自分に直接の血縁は一人もいない。他の誰よりも、悲しむ者は少ないはず。今こそ、これまで育ててもらった恩を返す時。

 心優しい男の子は、そう考えて自ら手を上げたのだ。

 男の子の決断を止めようとした者たちは多くいたが、誰もが最後には男の子の強い決意を変えられないと悟った。


 生贄を捧げる日。

 村人たちは、神の元へ向かう男の子がせめて不遇な扱いを受けぬようにと、村で一番高価な着物を着せた。

 そうして男の子が山へ向かう時が来る。

 男の子を見送るため、全ての村人が山の入口へと集まっていた。誰もがその目に大粒の涙を浮かべ、心の底から嘆き悲しんでいる。


 そこで男の子は初めて理解した。自分がどれだけ、愛されてきたのかを。

 身寄りのない孤児であった自分だが、村人たちは本当の家族と変わらぬほどの愛情を注いでくれていた。

 離したくないとその手を握る村の女たち。自らの不甲斐なさに握りしめた拳から血を滴らせる村の男たち。行かないでと泣き叫ぶ村の子供たち。

 男の子は彼らが抱く愛の深さを知ると、胸を張り山へと向かう。

 生贄になると決意したその時とは、全く違う意志を抱いて。

 これから僕は、愛する家族を救うのだと。



 それから。

 山の神への生贄として死んだ男の子は、何故か山の神に気に入られ、山の神の神使として山の管理を任された。

 これは男の子が死した後に知ったことだが、実は生贄を要求した神は多くの山を司る高位の神であったのだ。数多の山を支配する山神にとって、その山は然程特別な山ではない。だが、だからと言って自分が管理している山を、人間が好きに荒らすのは我慢できぬ。生贄の要求はそういう意味があったらしい。

 その生贄が丁度良く適性があり神使となった事で、山神はその小さな山の管理を神使へ投げることに成功した。そして男の子は神使となることで山の管理者となり、自分の大切な家族が住む麓の村を見守り続けることが出来る。

 そうして男の子が山神の神使となることで、全ては丸く収まった。

 ただ一つ、山神が美しい着物を来た男の子を女の子と間違えて、神使の姿を与える時、女の子にしてしまった事以外は。


 一方で、男の子の献身を忘れてはならぬと、村では男の子を祀るための小さな社が作られた。それは時と共に立派な神社へと姿を変え、男の子は村を守る守り神として祀られることとなる。ただ、神使となった男の子の姿が影響を与えたのか、守り神の姿はいつしか、女神として語り継がれるようになってしまうのだが、それはまあ些細なことだ。


 その後も男の子は贄神として、村と村人を多くの悪意から守り続けた。

 村の外から忍び寄る悪意にはもちろんの事、村の中に育つ悪意にも目を光らせて、村を害する者たちを影ながら摘んでいく。

 村はやがて町となり、その姿も移ろっていくが、贄神の守護は変わらない。

 贄神は今もなお、町を守り続けている。




 そして現在。

 贄神の守る町では、数年前から不可解な行方不明事件が起こっていた。

 住人たちに神隠しと噂されるその事件へ神が関わっていないのは、贄神からすれば明白なこと。贄神はそれに関与していないし、他の神が関与していたならばもっと大がかりな力の流れを察せられるだろう。

 数百年の月日は、贄神を山神の一神使という立場から、眷属神という高位神に連なる神という立場へと変化させていた。それにより贄神は、より多くのことができるようになった。

 町全体を見渡す眼もまた、その力の一端だ。

 いつもは定期的に見守るため使っている程度だったその力を、今は常時発動させている。住人が消える瞬間を見逃さぬために。


 そうして幾年かが過ぎた頃、贄神はついにその瞬間を目撃した。

 限られた領域内にのみ出現した不可思議な力の流れ。それは住人たちを呑み込み、何処かへと連れ去ろうとしていた。

 即座に贄神はその場へと意識を飛ばす。力の流れは、大地に不思議な模様を形作っていた。丸い幾何学模様を描くそれは、贄神を祀る神社の神主の娘がよく見ていたアニメに出てきた魔法陣のように見える。

 それが今まさに呑み込もうとしているのは、数人の学生集団を中心とした多数の住人達。その中には件の神主の娘、贄神を祀る神社の巫女の姿まで。

 ただでさえ、自分の大切な住人たちを奪い続ける現象に苛立っていた贄神の怒りは、その瞬間に振り切れた。


 ――我が巫女を返せ!


 空気を揺らさぬ魂の叫びが贄神から放たれ、救いの手が巫女の身体を掴む。しかし、不可視の力はそんな贄神すらも浸食し、その場の全てを呑み込んだ。


 こうして贄神は巫女と共に、世界から消えた。




 世界との繋がりが薄れていく。

 その不思議な感覚に身を委ねつつ、贄神は現状を観察していた。

 巫女の身に異常は無いが、目を覚ます様子はない。どうやらここは時間の流れから切り離された空間らしく、今は人間が知覚できる状況には無いようだ。

 贄神の身は現在、山神により与えられ、信仰により強化された精神体。それ故に、時間の流れが存在しないこの場所でも、自由に動くことが出来ている。

 住人たちを包む小さな空間は、今も何処かへと向かい落ちていた。落ちるというのは勿論、贄神が感じたものを比喩した言葉だ。ここに上下の概念は無く、ただ周囲から感じる現実感が希薄になっていることだけが分かる。それと共に贄神は、自身の力が相対的に強化されていくのを感じていた。

 とはいえ、自身の守護する町を離れ、何処まで神の力が保つかは分からない。贄神の主である山神程の神ともなれば、己の守護する地を離れても然程その力に影響は無いけれど、贄神はまだそこまで至った訳では無い。守護する地を長く離れていれば、次第にその身を満たす信仰は薄れていき、神の力は失われていく。

 このまま物理的な干渉が不可能な精神体で、神の力を失ってしまうことは避けたい。そう考えた贄神は、一か八か信仰の力を束ねて物理的な肉体を生み出した。


 神と人の世を分ける世界の理。

 本来ならば世界の理に反するそのような行為を、下位の神である贄神が行うことは出来ないはず。だが、元の世界より離れたこの空間では、そんな理も薄れているようだ。

 随分久方ぶりな生身の身体で、贄神は巫女の身体をそっと抱き寄せる。何が起こっても巫女の事を守れるように。

 ただ一つ。生前の身を想像して生み出した身体が、何故か少女の姿だった事だけは解せない。山神に少女と間違われ、住人たちに女神と信仰されようとも、贄神は己が男であることを忘れた事など無かったのに。

 まるで呪いだ。贄神は何とも言えぬ表情で、苦笑いを零した。




 ハルザール新王国、王都ザール。王城地下、儀式の間。

 比較的新しい王国であるそこでは現在、年に一度の王族や貴族の楽しみである、召喚ガチャが行われようとしていた。

 王城の広間では、結果を期待する貴族たちが、その時を今か今かと待ちわびている。


 異世界召喚の儀式。またの名を、召喚ガチャ。

 それは数百年前、強力な魔族の侵略により存亡の瀬戸際にあった人間たちへ、神々が授けた秘術だ。

 当初、この秘術により召喚された人間はとても弱かった。特異な力こそ身に宿していたが、元々その人間が生きていた世界は平和な世界だったらしく、命のやり取りに慣れていなかったのだ。だが召喚された人間は、厳しい戦いの中で次第にその頭角を露わにしていった。そうして急成長を果たした人間は、やがて現地の人間たちでは敵わなかった魔族たちをも打ち破り、最後には魔族を支配する王、魔王をも倒すに至る。

 人間たちはその勇気ある偉業を称え、召喚された人間を勇者と呼び称えた。


 勇者の成した偉業はまさに世界の歴史に刻まれる伝説だ。だが、そんな偉業を成した後も、勇者はそれを誇示するようなことは無く、未だ戦争の爪痕を残す人々の生活が少しでも良くなるようにと、自身の持つ異世界の知識を使い、文明の復興を手助けしていった。それが自身の使命だとでも言うように。

 しかし、長くその状況が続けば、それを快く思わぬ者たちも現れ出す。

 王侯貴族と呼ばれる人々の支配者層たちだ。

 彼らは勇者の人気を危険視した。今はまだ、勇者は地位に固執していない。だが、いずれは自分たちにとって変わる可能性がある。そう危ぶむほどに、勇者の人気は絶大だったのだ。


 異世界人の持つ力は、あまりにも強すぎる。


 自分たちで制御できぬ力など、有害でしかない。ついに王侯貴族たちは、魔王をも打ち倒した勇者の持つ力を理由に、勇者を捕らえ牢へと入れた。

 当然のことながら、人気の絶頂にあった勇者が理不尽な理由で捕らわれたことに、多くの人々が反発する。その言い分はあまりにも横暴が過ぎる、と。

 だが、王侯貴族たちはそんな人々の言葉にこう返した。


 確かに同じ人間であったなら、確かに彼の行いは英雄のそれだ。

 しかし、異質な力を宿し、自分たちよりも早く強く成長していく者たちが、同じ人間である筈がない。見た目や思考こそ似ているが、異世界人の持つ強い成長性と特異な力は、同じ人間と言うにはあまりにも異質。

 果たしてこれ程異質な存在が、人間と言えるのだろうか?

 むしろこれは、神々が我々に授けて下さった道具なのではないか?

 であるならば、我々にはこの道具を適切に管理していく義務がある。


 王侯貴族たちは禁呪と呼ばれる力を使い、勇者に隷属の呪いを植え付けた。

 当然ながら勇者がそれを望むはずがない。


 俺を厭うと言うならば、元の世界へ還してくれ。


 元々、この世界が安定したら元の世界へ帰るつもりでいた勇者は、王侯貴族たちにそう訴えた。だが、その訴えはあっさりと却下される。


 召喚が成された日、勇者はこの世界の人々とある約束を交わしていた。

 全てを終えたら、自分を元の世界へ必ず還す。そういう約束を。

 だが実際、後に勇者が知ったのは、元の世界へ還す方法を彼らは知らないという残酷な真実だった。しかし、それが無くとも彼らは勇者を還さなかっただろう。

 勇者の持つ強さと異質な力、そして異世界の知恵はそれほどに、人々を魅了していたのだ。


 最初の内こそは、勇者を道具扱いする王侯貴族の言葉に反発する者たちもいた。だが、そんな訴えも人々に都合のいい思想が浸透していくことで、次第に沈静化していく。

 王侯貴族たちの訴えた思想は、異世界人という道具の便利さもあり、あっという間に人々の間へ浸透していったのだ。

 そうして異世界より召喚された勇者は、最下層の奴隷として異世界の人々に使い潰され、その生涯を異郷の地で終えた。


 召喚された異世界人の物語は、ここで終わる。

 だが、それは同時に新たな悲劇の始まりだった。



 魔族は滅ぼされ、もはや人間たちに脅威はない。

 だが、脅威が消え去っても、人間たちには欲望がある。

 もはや人々は、異世界人という便利な道具が無かった時代には戻れない。

 そうして彼らは新たな異世界人を召喚する。新たな道具とするために。


 その手軽さと異世界人の利便性から、世界中で多くの異世界召喚が行われ、その度に召喚された異世界人は奴隷として搾取されていく。そうして世界は異世界から召喚された者たちを対価に大きく発展していった。


 多くの召喚が行われるようになれば、異世界召喚に対する見識も深まっていく。

 異世界召喚の儀式で召喚される異世界人は、いつしか有する特異な力を元にして、幾つかのランクへ分けられるようになっていった。

 強力な力が宿っていれば当たり、扱いづらい力や使えない力が宿っていれば外れというように。異世界人が齎した知識は、このような部分にも多大な影響を与えていた。

 彼らは一年に一度、異世界召喚の儀式を行う条件が満たされる日に、ギャンブルの如くのめり込み、その結果に一喜一憂する。

 そうして神々が授けたその秘術は、いつしか人間たちの娯楽へと変化していった。まさに召喚ガチャという名がふさわしい、一介の娯楽へと。



 彼らはまだ知らない。その娯楽が何を呼び込んでしまうのかを。

 大外れを引いた時、何が起こるのか。その時はすぐ側まで迫っていた。




 山伏シトネはその時、学校からの帰宅途中であった。周囲には仲の良い数人の友達。数日後には完全に忘れているような、割とどうでもいい話題で盛り上がっていた事だけは覚えている。

 そんな当たり前の日常は、唐突な地面の輝きによって消え去った。

 道路いっぱいに広がる光が、地面に何かを描き出している。驚き、戸惑い、とりあえずその場から逃げ出そうとした時には、もうシトネを含む、周囲の人間たちは指一本動かす自由すらも失っていた。そうしている間にも、次第に身体は光の中へと溶け消えていく。


 ――我が巫女を返せ!


 意識を失う瞬間、シトネは実家で祀る神の声を聞いたような気がした。



 肌に少し湿った空気を感じ、次に聞き慣れない音が耳へと入り込み、最後には瞼を通して光が目に染みる。

 シトネが目覚めた時、そこにはもう彼女の知る風景は無かった。

 石を切り出して作った床と壁と天井。それなりに広いその空間に窓は無く、空間を照らすのは空中に浮いた不思議な光の玉。

 そこは何処か現実感に欠けた場所だった。

 周囲にはシトネとともに歩いていた友達と、同じくあの光に巻き込まれたと思われる見知らぬ人たち。

 その光景にシトネの心の中で不安が増し始めた時、誰かがシトネの腕を引いた。


「えっ?」


 思わずそちらに視線を向けると、小学生程の少女が冷静な表情でシトネを見返している。

 シトネには、その少女の顔に何処か見覚えがあった。だが、何処だったか思い出せない。その時、唐突にシトネは意識を失う瞬間に聞いた声を思い出した。


「まさか、贄が――」

「しっ」


 少女は自身の唇に人差し指を当てると、鋭く息を吐き出す。その姿を見てシトネは、言おうとしていた言葉を止めた。


「巫女よ。今しばらく待っておれ。すぐに助けてやるからな」


 鈴の音のような凛とした声は、とても優しく温かい。少女の声を聞いた瞬間、シトネの心を蝕んでいた不安は、すぅーっと消えていった。

 シトネは言葉に出さず、ただ少女へ頷いて見せる。それを見ると少女は柔らかな笑顔を浮かべ、周囲へ意識を向けた。

 シトネの心の内に、もはやこの状況に対する不安は無い。だが、代わりに別の不安が産まれつつあった。


 山伏シトネの実家は、町に古くからある神社だ。

 山伏家は代々、その神社にて贄神という神を祀ってきた。

 それ故か、山伏家に産まれた者には、不思議な力が宿っている。

 本来ならば聞くことの出来ない贄神の声を、聞くことが出来るという力だ。

 シトネもまた例外ではなく、幼い頃から贄神の声を聞くことが出来ていた。

 だからこそ分かる。少女の声が、贄神のものであるということが。それにその姿は、神社に祀られる贄神の姿によく似ていた。

 何故、贄神が実体を持ってそこにいるのか。それはシトネにも分からない。

 だが一つだけ、分かることはある。それは贄神が、静かな怒りを抱いているということだ。

 山伏家に伝わる古い文献にて、シトネは贄神の本質を理解していた。

 贄神は町に住む住人たちを守護する慈愛の神だ。だが一度、守護すべき住人たちが悪意によって傷つけられれば、贄神は恐ろしき荒神に変化する。そうして悪意を持つ者を、その圧倒的な力で消し去るのだ。

 シトネは贄神を祀る巫女である。それ故に、贄神の力と気性はよく理解していた。

 きっと恐ろしい事が起きる。シトネは、その時のことを思い、その胸に新たなる不安を抱いていた。



「静まるがよい。異世界より来られたし、英雄たちよ」


 唐突に声が響き、壁の近くに並べられていた鎧が動き出す。

 皆が飾りかと思っていたそれには、どうやら人が入っていたらしい。


「唐突なことで不安も多かろう。だが、恐れることは無い。お前たちは選ばれたのだ! さあ、我らに付いてくるがよい。異世界より来たりし、英雄たちよ」


 強い力の込められたその言葉には、人をその気にさせる何かが込められていた。召喚された人々の不安は変わらない。だが、少なくとも何をどうすればよいかも分からず、ただ不安に震えていた者たちにとって、その導きは希望であった。

 召喚された者たちは、鎧をまとった集団の先導を受けて、部屋の端にあった階段を登っていく。



 長い階段を上った先にあったのは、豪華絢爛な調度品が並ぶ西洋風の城の中だった。

 そのまま柔らかな赤絨毯の敷かれた廊下を進み、召喚された人たちが案内されたのは、豪奢な衣装に身を包む沢山の人々が集まる広間。

 強い熱量を持った視線を方々から受けながら、召喚された人々は広間の中心に立たされた。


「ようこそ、異世界人たちよ。我はこのハルザール新王国の国王、リグネスト・ルセブ・シラ・ハルザールである。突然の事態に戸惑う者たちも多かろうが、お前たちにはまず、その資質を確かめさせてもらう。全ての話はそれからだ」


 壇上に一人座る王冠を被った壮年の男が、召喚された人々へ向かい、そう告げる。

 そうして召喚された人々の前に、台の上に乗せられた水晶玉が運ばれてきた。


「順番にその水晶玉に触れるのだ」


 何の変哲もない水晶玉のように見える。だが、この異様な状況下で、さすがにこのまま水晶玉へ不用意に触れるような愚か者はいなかった。

 今までは状況が分からず、一先ずと言われるがままに鎧を着た者たちについてきたが、この広間の状況はただ事ではない。何よりも周囲に並ぶ者たちの熱気と、こちらを品定めするかのような無遠慮な視線が、召喚された人々の危機感を煽っていた。

 召喚された人々は広間の中心に固まり、周りの状況を伺っている。何が起きても対応できるように。時間だけが過ぎていく。そして、


「何なんだ、あんたらは」


 ついに召喚された人々の中から、一人の男がそう叫んだ。

 スーツを着た二十代前半の男は、視線を周りに廻らせた後、国王を名乗る男へさらに言葉を続ける。


「何をするにしても、まずはこの状況を説明してくれ。あんたらは何か知っているんだろう?」


 それに対する国王の返答は。


「ふはははっ」


 人を見下すような呵呵大笑であった。


「今回の異世界人奴隷共は存外、頭の切れる臆病者ばかりだな。異世界人奴隷共の能力査定までは芝居を続けていようと思ったが、滞るのならばこちらの方が早いか。おいっ!」


 国王の掛け声に応じて、鎧を纏ったものたちが、手にした槍を召喚された人々に向ける。


「これで状況は分かったかね? まあこのような事をしなくとも、お前たちは最初から我の言葉に逆らう事など出来ぬのだがな」


 自信たっぷりに語る所を見るに、その言葉には確かな裏付けがあるようだ。


「――異世界人奴隷共よ、動くな――」


 その言葉は確かな力を宿して、召喚された人々の身体を縛った。


異世界人奴隷異世界人奴隷らしく、我らが言葉に従っておればよいのだ。くっくっく、貴様らの力は我らが効率よく使ってやろう」

「ふむ。我が愛すべき家族たちを攫ったのは、そういうゴミどもか」


 言葉と共に召喚された人々の中を掻き分けて出てきたのは、その声音に似つかわしい可憐な幼い少女。だがその姿に反して、纏う気配は見る者に寒気を及ぼす。


「貴様、何者だ? なぜ、隷属紋が効かぬ」

「ああ、こちらに来る際に仕掛けられた模様の事かの? あの程度の呪いで、我は縛れぬぞ。特に今の我はな」

「無効化系の力か。だが、そんな異世界人奴隷共は今までにも数多く見てきた。そのための騎士たちだ。やれっ、その小娘を叩きのめせ!」


 槍を手にした鎧姿の騎士たちが、幼い少女へと近づいていき、槍の柄を振り下ろした。

 だが振り下ろされた槍の柄は、幼い少女に近づくより前に、硬い音を立てて弾かれる。

 当然ながら、幼い少女には欠片もダメージは通っていない。しかし、幼い少女の腕はふるふると震えていた。

 幼い少女の正体を知らぬものが見れば、それは恐怖によるものと思うだろう。

 だが、幼い少女の正体に心当たりのあった一部の者たちにとっては、それが別の理由によるものだとすぐに分かった。


 あの町に古くから暮らしているの者たちであれば、一度は見たことのある神の姿。

 少女の姿はそれにとてもよく似ていた。

 彼らは知っている。その神の優しさを。そして、恐ろしさを。




 贄神は怒りに震えていた。

 それは自身が攻撃されたからではない。

 それはこのような横暴な行いが、これまでにも行われていたことを知ったからだ。

 贄神は己の知覚を世界に広げた。今までは自身の守護する町一つを見守ることが精一杯であったのに、それはあっさりと成功する。その知覚は神の眼よりも詳細な情報を、贄神へと届けてくれた。この世界の在り方を残酷なほど、正確に。

 この世界のあちこちで、贄神が守るべきだった住人たちが物のように使い潰されている。

 その中には既に死した魂のみの存在も。

 この国だけではない。それは世界中で行われていたのだ。


「許さぬ。許さぬぞ! 貴様ら、我が愛しき家族に何をしたっ!!」


 贄神の怒声へ呼応するように、大地が激しく揺れ出す。


「なっ、おい! その小娘を止めろ。いや、殺せ。殺してしまえっ」


 異変の原因を察した国王の命令を聞き、騎士たちが剣を抜き、黒ローブの集団は詠唱を始める。そして黒ローブたちから、巨大な炎の波が贄神へ向けて放たれた。

 炎は贄神の身体と共に、その背後にいた召喚された人々まで呑み込んだ。

 しかし、炎が消えた先にあったのは、無傷の贄神と召喚された人々の姿。

 贄神の張った結界が、あらゆる厄災から召喚された人々を守ったのだ。


「滅べ、ゴミどもよ」


 贄神が静かにそう告げると、滅びが周囲へと広がっていく。


「ひ、ひぃっ。なんだ、なんなんだこれは!?」「身体がっ、身体がっ」「嫌だ、死にたくない。死にたくない」「止めろ、止めろ、止めろぉーーっ」「う、ぐあ」


 召喚された人々を除いて、騎士たちも黒ローブの者たちも品定めをしていた者たちも、誰もが滅びに呑まれていった。

 血肉は腐り、骨は風化し、自然の一部へと帰っていく。

 贄神の怒りは広間の中だけでは終わらない。それは、城を呑み込み、城下町を呑み込み、国を呑み込んでいった。


「な、何故だ。何が、起こったと、いうのだ」


 ただ一人、国王だけが辛うじて、原型を留めている。

 だがそれは、贄神がそう望んだからだ。

 勿論のこと、それは助けるためではない。


 いつの間にか、贄神の側に古い蔵の扉が現れていた。

 それは軋みを上げながら、開いていく。

 中からは暗闇と、この世の者とは思えない呻き声だけが漏れてくる。

 そこは贄神の生み出した断罪の間。

 悪意に満ちた魂に、永劫の報いを受けさせる場。

 贄神によって滅ぼされた者たちの魂は、そこへと収められていく。

 贄神は無造作に国王の下へ近づくと、その身を片手で持ち上げて、扉の奥へと投げ込んだ。

 贄神は、己の魂に力が満ちていくのを感じた。

 信仰は神の力となる。だが同時に、恐怖や畏怖、絶望も神の力だ。

 特に贄神は山神の系列。山神は自然への恐れから生まれた神だ。

 それ故に人の恐怖や畏怖、絶望は贄神にとっても供物となる。


「我が愛しき家族たちよ。かの町の住人たちよ。お前たちは先に元の世界へ送り返そう。我はもう少しこの地にて、ゴミ掃除とまだ生きている住人たちの救出を行ってくる」


 そうして召喚された人々は贄神の力により元の世界へと送り返され、贄神は異世界を巡る旅へ。


 それは紛うことなき世界の終わりの始まりであった。

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