やれやれ系チート主人公がどこまで願いを聞いてくれるか、検証してみた。
四角形
第1話
我が志麻東高校は、40人で一組、全九組、一学年計360人で構成されている、と思う。
少なくとも後輩、先輩にあたる一年と三年はそうだ。三年は退学者が数名で358人になってはいるものの、元は360人だった……はずだ。
不確かで曖昧なのは俺が常日頃から世を拗ねているから、というのもすこーし影響はあるけれど、一番の理由は――我が2年7組に、41人の生徒がいるからだった。
あれー? おかしくない? だって、他はみんな40人なんだよ? 転校生とかも来たこと無かったよね? あれ?
つい最近までは気にならなかった。先日足をぶつけた拍子に、んだよこのクソせめー教室は、だのと不満を漏らしたところで、ふつと疑問が湧き上がったのだ。
そんな疑問が浮かび上がってからというものの、とある男が気になるようになった。
「八神〜! また明日のバスケの練習試合、助っ人頼める?」
「やれやれ……仕方ねぇな」
「やがみくん! 委員会の仕事手伝って欲しくて、帰り残ってくれるかな?」
「やれやれ……仕方ねぇな」
――八神龍騎だ。
俺の教室には、こいつが、やれやれ系主人公がいる。
やれやれ系主人公。
あらゆるライトノベルで腐るほど描かれてきた、もはや『記号』として扱われる食傷気味のキャラである。
陰キャな俺の知るところではないが、ヤツ――
「え? 今何か言った?」なんて、ヒロインの純情を踏みにじって平然とした顔でそう言うに違いない。
やれやれ系主人公と難聴系の親和性は異常なのだ。
「やれやれ」なんて肩を竦めながら、バスケ部のヤツらと教室を後にする八神の背を見送る。
……あの肩の竦め方、そしてため息、所作の全てがやれやれ系主人公そのものだ。
そこで一つ仮定を立てた。八神は、『世界のバグ』なんじゃないか、と。
すなわち、あいつが増えたのだ。あいつが増えたから、我が2年7組は41人になったのだ。
であれば、なぜ増えた?
思索を巡らせる。
かの有名な小説家、チェーホフは言った。
もし、舞台に拳銃が登場したのなら、それは必ず発砲されるべきである。そうでないなら、そこに拳銃を置いてはいけない。
やれやれ系主人公も同じだ。
そこにやれやれ系主人公が登場したなら、それは必ず頓痴気なお願いを任されて、いとも簡単に、投げかけられた無理難題を解かなくてはならないのだ。
やれやれ系主人公がいるからには、無論これから不可思議なことが起きて、彼が珍事に巻き込まれていかなくてはならぬのだ!
さりとてこいつはいかにせん。
……何も起きなかったのだ。八神の日常は昨日も今日も変わらぬままで、平穏そのものなのである。
帰りの用意を済ませ、八神の後をひそりとつける。
ゴムの摩れる耳障りな音が響く体育館を覗けば、軽やかに3Pを決める八神の姿がある。どう考えてもプロ顔負けだ。そのくせ見た目も抜きん出て良い。
なのにこれはなんだ。女の気配がまるでしないのてある。そうだ。やれやれ系主人公はこうでなくてはならない。
異常なほどに高スペックであるくせに、なぜか女子にモテない男。そうでなくして、やれやれ系主人公はつとまらぬのだ。
かたずを飲む。
やっぱ、どう考えても完璧だ。ビュリフォーだ。八神はやっぱり、やれやれ系主人公そのものだ。
なのに。
八神の日常には、今日も今日とて『異変』が起きない。
ブザーの音が鳴り響く。どうやら試合が終わったらしい。88-23の圧勝だ。
「っしやぁ! 八神、まじでいつも感謝! お前強すぎんだろ!?」
はぁ。ため息をついて、八神が気だるげに口にする。
「やれやれ……仕方ねぇやつだな」
……やっぱ異常だ、と俺は思う。
バグであると、同時に思った。
八神は第一声に、必ず「やれやれ」をつけるのだ。
それに気づいているのは、多分俺だけだ。
俺の気のせいならそれで良い。
ただ、壊れているのが八神なのか、みんななのか、もしくは俺なのか、試したくなった。
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