第12話「どうやら俺も変態らしい」


 えらいえらいされたい。

 えらいえらいされたい。

 えらいえらいされたい。


 頭の中はピンク色のお花畑だった。

 口が勝手に動く、体が勝手に動く、ギギギギギギとまるでさび付いたロボットの様に深層にいる理性がそれを引き留めようと筋肉に働き替えていたが今更、そんなのは遅かった。


 にしても、俺にもまだ理性が残っていることに驚きだ。

 いやぁ、まだ人間を捨ててないんだな俺。大好きだった可愛い可愛い先輩になでなでされたいがためにすんなり認めているのに心の中では止めようとしている自分もいて、まるでゾンビに変りそうな映画の主要人物みたいだ。


 だが、何度も言おう。


 すでに戦いは決していた。


 俺の体は言うことを聞かない。欲望に従順で、飼い主に尻尾を振る犬も同然だった。


 足も手も、四つん這いでハイハイの格好で動いていた。


 止まらない。


「こっちだよぉ~~、堀田くん~~」


 あぁ、やばい。

 頭の中が嬉しさと恥ずかしさでふわふわしてくる。


 欲望過多だ。いや、糖度過多でもあるし、なんなら色気過多でも、ママ属性過多でもあった。


 赤ちゃんになりたい。

 俺って先輩の赤ちゃんになりたかったのかな。

 こんな風にハイハイして、先輩のお膝を目指しておねんねして、そして最後はえらかったねのご褒美「よしよし」をされたかったのか。


 去年、高校三年生だった俺を本気にさせた先輩は、また俺を覚醒ほんきさせる。


 血の巡りを感じる。

 すべての血が頭に登る。


 赤血球が欲しているのは酸素じゃない。

 ヘモグロビンが結びつきたがっているのは酸素なんかじゃない。

 白血球は俺の中の理性を食い尽くし、血小板は俺の体にぽっかりと開いた理性の穴を埋め尽くしていく。


 完成してしまいそうだった。

 俺の中の俺が飛び出ていくように、iOSのアップデートの様に足りないエロスと欲望をアップデートして補っていく。


 理性という名のバグを消し去る様に、バクバクした心臓はヤッケになってママを欲する血液を身体中に送り出していた。


 血流が目指しているのは酸素じゃない、母性ママだった。

 俺の中のママ。

 藤宮ママを目指していた。


 俺だけの藤宮ママを目指して、体が傾く。

 姿勢が崩れてもママを目指して直進する。


 視界はないが、耳と第六感、そしてほのかに香るいい匂いを頼りにその残り香を辿っていく。


 ママ、ママ、ママ。

 本当のお母さん、ごめんなさい。俺は大好きな人の匂いを嗅いで居場所を辿れる変態です。どうか、どうか悲しまないでください。いい子なんです。ママに褒められるために頑張るいい子なんです。


 今、立ち上がろうとハイハイをする赤子同然の真っ直ぐな男の子なんです。


 もはや、頭の中は飽和状態。

 渦巻く感情がぐちゃぐちゃに混ざって偽りの俺は俺を見失っていた。


「こっちだよぉ、おいでぇ~~」


 甘い囁きが聞こえてくる。

 悪魔と天使のバトルなんて決着がついていた。

 むしろ、悪魔も天使もどちらも俺を応援していた。

 ママのところへ行きなさいと、そう言っていた。


 そして、ぴたり。


 顔に何か柔らかいものがぶつかった。

 

「ひにゃっ!」


 柔らかい悲鳴が聞こえた。

 そして同時に、香りが強くなった。鼻を抉る様にいい香りが突き抜けて体の中が浄化されていきそうになって、ゾワッと背筋がピンとした。


「あぁ、もう……そんなにがっつかなくても逃げないんだよ?」


 何が逃げないのだろうか。

 そして、俺は何とぶつかっているのだろうか。

 ていうか、今の俺はその中にがっついているのか?


 見えない。

 しかし、同時に感じる。


「でも、こっちまで来たんだね。えらいねぇ……目が見えてないのに、私のところまで来れるなんて……お鼻いいのかなぁ?」


 お鼻はイイ。

 今、めっちゃイイ。

 これが、犬になることです、か。


 わおーん。


 思わず衝動的に遠吠えをしたくなっている自分がいる。


「まるで、ワンちゃんみたいだねぇ……赤ちゃんから、私のペットになりたいのぉ?」


 もはや主旨なんて変わっていた。

 俺はその瞬間、ショタからペットになっていた。

 飼い主の場所に走っていくペット、犬だ。ショタから赤ちゃんへ、そしてペットの犬にジョブチェンジ。


「よぉし、お膝に乗っていいよぉ~~いいこいいこ、えらいえらいしてあげようねぇ~~」


 甘い吐息と共に、頭ぐらッとする。

 しかし、そんな不安定な頭を優しく包むように藤宮ママ、いやご主人様の温かい手が俺を膝へ誘導する。


 ぽてんとおかさって、頭に柔らかい感触が広がって——すぐに疲れが消し飛んだ。


 くる、くるぞ、くるぞ!


「えらいえらい~~。堀田君は頑張りましたね」


 そして、膝枕をされながら頭を撫でられる。

 今まで感じたことがないような感触で、ドギマギしたのも束の間、一瞬で俺の体は軽くなった。


 数秒程、ペットの子犬をあやす様になでなでしてくる藤宮先輩。


 まだ、アイマスクをしているからどんな表情をしているかは見えなかったがきっと、今の藤宮先輩はとてつもないほどに色気のある顔しているのだろう。天使、というよりは女神。聖母のような手つきで撫でてくる。


「でも、いいのかな。堀田君って……先輩の言いなりになってなでなでされちゃう変態なの? 恥ずかしくないの、大学では真面目な私にこんなことされちゃっていいのかな? 友達はどう思うんだろうね?」


 撫でる手つきは変わらないが、声はいつもの声に戻っていた。

 意地悪く質問してこられて、俺は生唾を飲み込む。


「——こ、こんなのは、見られたら縁を切られる、かもしれない……」

「だよね。私と密会するだけでもすごいのに、私になでなでまでされちゃったらみんなおこっちゃうよね……。でも、なんで今の堀田君はうれしそうにしてるのかな?」

「んぐっ……それはっ」


 だめだ、俺ってそんなに嬉しそうな顔してるのか。

 体が言うことを聞かない。

 体は本能の制御下に置かれていた。


 ずしッと乗った妄想が離れない。


【先輩のペットにされちゃう妄想】


 いつも、寝る前に考えていた妄想が一つ叶った。

 内緒、内緒だ。何を考えても、頭の中で何を考えていいからと、思っていたことが現実になっていて、それを欲していたのである。


「やっぱり、堀田君は私と一緒の変態さんなんですね……」

「変態、らしいです」

「今度も私と一緒にモデル、してくれるかな?」

「します。したいです」


 言いなりのイエスマンになっていた。

 そうか、俺は先輩のイエスマンなんだ。将来の夢が決まった。

 それだ!!!


 そうして、アイマスクを取ると……そこにいたのはママになった先輩ではなく、知らない天井があったのだった。


「へ――?」






<あとがき>


 大変遅れてしまって申し訳ありません。

 まだまだ更新やめません。

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大学で一番かわいい先輩の裏の顔がR18漫画家だった件。〜ねぇ、私の漫画のモデルになってくれないかな?~ 藍坂イツキ @fanao44131406

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