第11話「おねショタ展開」


 ――――というわけで、今に至るわけである。

 うん、ごめんなさい。結構今動揺していて頭の中がぐちゃぐちゃなんですよね。


「っはぁい。哺乳瓶飲みましょうねぇ~~」


「んっ、んっ」


 お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、今まで育ててくれたすべての教育者の皆さま本当にすみません。俺は今、憧れだった大学で一番かわいい先輩の家のソファーで赤ちゃんプレイをしています。


 藤宮先輩は俺の頭を自分の膝に置いて頭をなでなですりすりしながら、片手に哺乳瓶で中に入っているミルク(牛乳)をちゅうちゅうと吸わせる。


 ただ、先輩も先輩でそのままやるのは恥ずかしいとのことなので俺はアイマスクを目に付けていた。


 視界がない真っ暗な世界で響く色っぽい声と唇に触れる柔らかい感触。正直、創造さえ、視点さえ変えてしまえればそれはもうおっぱいを吸う赤ちゃん同然だった。


「っん、っん」


「一杯飲みますねぇ~~、直哉くんはかわいいでしゅねぇ~~」


「んんっ」


「うぅ~~もっといっぱい、お姉さんのミルク飲みましょうねぇ~~」


「んんん!!!」


 新たな扉が開く。

 俺の中の変態な扉がコンコンとノックされた気分だった。


 優しい手つきに甘く色っぽい声が響き渡り、ぼこぼこと心にある変態的な液体を沸騰させる。こんなのを受け身でやっている俺はなんなのか、冷静な目で考えることすらできなくて俺はそのまま先輩の描こうとしている漫画の中のショタになり切っていた。


 変態だ。

 超がつく変態だ。

 もしかしたら、藤宮先輩なんかよりも俺の方が変態だったのではないかと感じてしまうくらいにこの状況が心地よかった。


 もはや、漫画など忘れていたかもしれない。


 そうこうしているうちに今度は違うインプットが始まる。


「よぉし、なおやくんすっごくがんばってて、いっぱい飲んじゃったからたくさんうんどうしないと太っちゃいますからねぇ~~、きょうはハイハイでうごきまわっちゃいましょうねぇ~~」


 肩をトントンと叩かれて身を起こすとどたどたと脚音がして、先輩の声がどんどんと遠のいてく。


 もちろん、目にはアイマスクがあって周りは見えない。頼りなのは音と手足の感触だけだった。


 ハイハイで歩く。

 先輩の声がするところまで行けばいいのか?


 そうか、それなら……。


「こっちおいでぇ~~なおやくぅん~~。よくできる子ならお姉さんの場所にたどりつけましゅよねぇ~~、えらいえらいされたいもんねぇ~~」


 な、なんだ⁉

 えらいえらい、とは一体なんなんだ⁉


 血流がブクブクと回る。

 別にお酒は飲んでいない。だというのにグルグル回る、ふわふわしてくる。


 なんなんだ、この感情は。

 俺は思っているのか?

 心の中で先輩からのよしよしなでなで、えらいえらいが欲しいのか!?


「お、俺っ……こんなっ、いいんですかっ……」


 ふと、冷静に戻る。

 しかし、そんな俺に対して藤宮先輩は見透かしたように優しい囁き声で言葉を返してくる。


「——いいんだよ? 堀田君、今、意地悪をしてくれる優しくて小悪魔なお姉さんを欲しているんだよね?」

「っえ」


 まるで、俺の心の中を見透かしたようにそう言った。

 何が彼女をそう思わせているのか。俺すらも分かっていない、別にお姉さんを星っていたわけではないはずだ。


 俺が欲しかったのは可愛い可愛い先輩だけ。別にお姉さんを欲していたわけではないはず……。


 なぜ、なぜなんだ。

 一体、その理由は何なんだ⁉


 ドキドキする心の中。

 何も見えないのに、そこにいるかのように藤宮先輩の声が耳元で聞こえてくる。


「だって、堀田君。私を助けてくれた時、胸触って他の覚えているよね?」

「っそ、それは……」


 またまたそんなことを聞いてくるのか、この人は。一体何をそれで引き出そうと——と考えていると今度は反対の耳に先輩の声がぞわりと撫でる。


「あの時、ドキドキしてたよね?」

「そ、そりゃっ……」

「私の胸触って、ヤバいななんて思って、目と目が合って余計にドキドキしちゃって、心がぶわって跳ねたんだよね?」

「んなっ」


 確かにそうだった。

 あの時は、本当にドキドキしてしまった。


 だって、憧れの先輩が目の前にいて、ファーストコンタクトでまさか抱き合うみたいな形になるなんて思わなかったんだから。


 そして、思わず倒れそうになっている先輩をキャッチしたら……手にはあの豊満な胸があって……。


 それはもう、やってしまったと思った。

 人もみしてしまったんだから、そりゃそうだろう。



 ——でもそれは例え先輩じゃなくてもそう思うはずだ。


「——でもそれは誰でもっ」


 そう呟くも、今度はまた反対側から否定の声が聞こえてくる。


「誰でも出はないよ? だって、もしも堀田君が意地悪したがりで、年下の子が好きだったら虐めたくなるはずだもんね? あそこで、ムニュムニュってもんじゃったりすりもんね。さっきだって、私が寄ったところ見計らってお持ち帰りしようとするよね?」


 超絶怒涛の勢いでスピード感だった。

 見透かしたように言われて俺は唖然とする。

 

 言われてみればそうだ。


 確かに俺はあの時感じていた。


「真っ赤な顔で、何か要求されるんじゃないかって思っていたんだよね? だからあんなにも早口で弁明していたんだよね?」

「んぐっ」


 やばい、そんなところまで見透かされていたのか俺は。

 どうして、そんなところまで知っているんだ。藤宮先輩は。


「どうして見透かされてるのかって思ってるのなら……私が、漫画家だからなのかな? 観察眼が凄いんだよ、私?」

「っく」

「ほら、ふぅ……」


 視界がない、聴覚を研ぎ澄ませていた俺の耳に先輩の温かい息を吹きかけられた。

 優しく、生温かい息が耳を包み込み、背中をゾワリと逆立たせる。


「んっ⁉」


 思わず、声が出て口を手で覆った。


 すると、クスッと笑っていた先輩の声は再び離れていく。


 そうして、さっきと同じセリフが聞こえてきた。


「——えらいえらいされたいんだよねぇ?」


 ぞわり、ぶわり、ふつふつと湧き上がってくる感情に俺は抗えなかった。


 俺は、お姉さんに悪戯されたい。


 ――その頃には俺はもう染め上げられていて、心の底からそう思ってしまっていた。


 

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