「ゼドグライガー、大地に立つ!」
レンズマン
「ゼドグライガー、大地に立つ!」
17年前。
鋼ダイゾウは受話器を握りしめたまま、膝から崩れ落ちた。
「ワシの、たった一人の娘が……死んだ……」
涙が溢れて目からこぼれ落ち、やがて床を濡らしていく。
不幸な交通事故だったと言う。結婚したばかりの娘は、夫と共に、父であるダイゾウを残して世を去った。
「ワシは、何のためにこんな研究を」
恨めしそうに自身の研究物達を見上げる。無数の計測機器達は、世界でも最高峰の技術の結晶であり、世界中の科学者達のあこがれの的であった。そのために費やした年月も、費用も、莫大なもの。その価値を疑ったことなど、今の今まで一度たりともなかった。
世界を守るために必要な研究だった。だが、愛する娘のいない世界で、一体何のために、何を守れと言うのか。
その時。計測機器が一斉にアラートを鳴らす。
「な、なんじゃと」
鋼ダイゾウの操作無しでは決して動くはずの無い計測機器達が、何かの計測結果を出力している。
印刷された資料達を必死に読み漁る鋼ダイゾウ。そして、完全なブラックボックスだったその箱が、開かれようとしている事がわかった。
「今、開かれる……この星の力。……これが……!」
機器の扉が開き、その箱は眩い光を発している。鋼タイゾウは悲しみを忘れ、その光に目を奪われた。
「ゼドエネルギー……!はっ!?」
そして、光は収束し、やがて人の形を取った。細い体系は、女性のようにも見えた。
宙に浮く光はゆっくりとダイゾウへと近づく。
『人間よ。
「お、お前は……いや、貴方はまさか」
目の当たりにし、鋼ダイゾウはその存在を知る。
『人間達にそのための力を授けます。この力は、必ず
「た、端末……!?何を言っているのだ」
問いに、光は言葉を返さなかった。だが、その真意を間も無く知ることになる。
光はやがて小さくなり、やがて赤ん坊ほどの大きさにまで縮小する。そして、徐々に光を弱め、輪郭をはっきりとさせていく。
「まさか」
鋼ダイゾウは慌てて両手を差し出す。手の中で、光は人間の赤ん坊となった。
「光が人間の赤ん坊に……!?端末とは、この赤ん坊のことなのか!?」
子は産声を上げ、泣いている。その姿は、これから彼が背負う宿命の重さを全く感じさせないほど、弱々しいものだった。
そんな存在が今、鋼ダイゾウの手の中にある。
「娘よ……地球よ! 全てを失ったワシに、まだ生きろと言うのか……!!」
計測計器が導き出したのは、エネルギーの数値のみ。鋼ダイゾウの問いに答える者は、誰も居なかった。
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
……17年後!ついに宿命の時は訪れる!
鋼ダイゾウは、鳴り響く警報装置を手動で停止させ、計器から出力された情報を読み取る。
「ついに気付かれてしまったか…!」
外のカメラの映像が映したのは、
もう、時間がない。
「なー、じいちゃん。こんなところで何するんだ?」
声に振り向けば、そこには逞しく成長した孫の姿。名を、飛竜蓮二と言った。自らの孫とするため、彼には娘夫婦の姓を与えていた。彼の生まれが人間ではなく、両親はおろか
ダイゾウは悩んだ。あの時の赤ん坊に、手塩にかけて育てた愛する孫に、その宿命を背負わせるべきなのか。今ならまだ、この子は何も知らず、生きて行くができるのではないだろうか。
「じいちゃん、そんなことより早く避難しようぜ。このままじゃこの研究所も危ねえよ」
「それは、できんよ。蓮二」
一瞬の迷いだった。しかし、全てはこの日のために備えてきたこと。もし、あの声の言う事が正しければ、地球を救う方法はきっとこれしかない。
「よいか。お前は地下に行け。ワシは、後から避難する。地下に行って、そのロボットに乗り込むのじゃ」
「なんでだよ?そんな時間ないって」
「飛龍蓮二!」
突然大声で名前を呼ばれて、蓮二は驚く。
……ああ、何度こうやって、この子を大声で叱っただろう。ワシには男の子供がいなかったから、正しい育て方は出来なかったかも知れん。お前には母親がいないから、正しい愛情を与えてあげられなかったかも知れん。だけど、これが最後だ。
思わず感極まってしまいそうな自分の心を律しながら、研究者、鋼ダイゾウは告げる。
「今だけはワシの言うことを聞きなさい。それからは、お前の心に従うのじゃ」
蓮二はその言葉の意図がわからず、目をぱちくりさせて驚いた。だけど、信頼する祖父の言葉に、最後はいつもの、朗らかな笑顔を持って彼の言葉にうなずいた。
「わかったよ。じいちゃん、俺地下に行く。けど、必ず避難してくれよ!」
「わかっとるわい。さっさといかんか!」
装置を起動し、蓮二を半ば強引に地下へと送り込む。困惑する蓮二を、せめて笑顔で見送った。
最後の孫の姿を目に焼き付けてから、ダイゾウはモニターを見る。
「お前だけが最後の希望。
センサーが新たな機体の接近を感知した。それはラーフ帝国ではない、フォーチュンに所属している旧友の機体。
「祖父はせめて、為すべきことをしよう。蓮二よ、今までありがとう。楽しかったぞ」
回線を開き、旧友と通信を開始したダイゾウ。研究所が潰れるその一瞬まで、ダイゾウは人類と、最愛の孫の未来を案じ続けた。
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
「うおおおっ!?……あでっ!」
地下に放り出された飛龍蓮二は、身体を硬い鉄の床に叩きつけられてしまう。
真っ暗な空間は、蓮二の姿を闇の中に隠してしまって、彼もまた、周囲の状況が掴めずにいた。
「じいちゃん、ここどこだ?……じいちゃん?」
いつまでも自分の後を追ってこない祖父に疑問を覚える。
しかし、そんな暇はないと言わんばかりに、次々に照明がついていく。まるで、蓮二に『先に進め』と急かしているよう。
「進めって事か?」
野暮ったく伸びた髪を揺らしながら、立ち上がった。真っ黒な学ランは埃で汚れているが、ソレを気にする余裕はなかった。
連続して点灯していく照明に導かれるように、蓮二は歩き出す。黒い瞳は、遠く続く照明の光を反射していた。
歩きながら、何故だか胸の高鳴りを感じていく。この非常時に、焦りではなく、期待感で胸が埋め尽くされていく。
この先に何があるのか?どうしてもそれが気になった。
やがて、暗がりの中で大きな影を見つける。まだ照明に照らされていないそれは、身体を巨大な鉄の足で支えている、巨大ロボットであるように見えた。
「なんだ……これは!?」
驚く蓮二に応えるように、照明がその巨体を照らす。薄青いカラーリングの、角ばった二足歩行の人型ロボットだ。
その存在にただ圧倒される。武骨な外見のソレは、見てくれなど意識されていない、何かの実験機だろうか。
だが、蓮二には
「は……はは!」
何かに取りつかれた様に、蓮二の頬は吊り上る。やはり、非常事態にもかかわらず、高揚感を抑えきれずにいた。
目の前の巨大ロボットは、蓮二が近づくと、突然膝を曲げ、腰を下ろした。
駆動する時に発生する、金属の関節が擦れる音、エネルギーが発生している音が、静かなこの地下格納庫に響いていく。
そして、ぎこちない動作で、右手を蓮二の前に差出した。
「乗れっていうのか?」
問いかけるが、答えは返ってこない。衝動のまま、右手の上に飛び乗った。
右手は胸元に移動する。そして、空気を排出する音を出しながら、胸元のハッチが開いた。
導かれるまま飛び乗ると、そこはコックピットだった。座席を中心に無数のボタンやレバー、計器が並んでいる。
蓮二は無数の計器の中から、その記号を見つけ出す。「XeDo energy」。それは、おそらくこのロボットの動力源だった。
「ゼド……エネルギー。これが……そうか」
見たことも聞いたこともない名前。しかし、なぜか、この名前を当たり前のように知っていた。
幼いころから、ずっと、この名前が頭の中にあった。でも、これが何を意味する単語なのか、彼には分らなかった。
一度だけ、祖父にこの名を尋ねたことがある。すると、彼は顔を青ざめて、今は聞くな、と言った。以来、一度も誰にも、尋ねたことはない。だけど、興味が尽きることはなかった。
「じゃあ、このロボットの名前は……!『ゼドグライガー』!決まりだ!」
本能のまま、このロボットに名前をつける。
ゼドグライガーと名付けられたスーパーロボットは、名前をつけられた事に呼応して、その
眼前のモニターを見る。外の様子が映し出されているようだ。
両手でレバーを握る。ロボットの操縦は初めてではないが、授業の行程で作業用ロボットを歩かせた程度であり、このロボットはそもそも操作系統が全く違う。しかし、彼には
「行くぜ、ゼドグライガー!!」
ゼドグライガーはゆっくりと歩き出す。蓮二はレバーとボタンを駆使して出力を調整。おぼつかない歩き方はやがてしっかりとした足取りになり、そして走り出した。
長い地下通路を走るゼドグライガーのカメラは、やがて行き止まりをモニターに映し出す。
……これは、後にわかった事だが、防衛システムの動作不良のせいで、本来ならゼドグライガーの接近を感知して自動で開くはずのシャッターが開かなくなっていた。
何にせよ、この先は行き止まりだ。しかし、飛龍蓮二とゼドグライガーは、もう止まらない!
「突っ込め!ゼドグライガー!!」
掲げた右足を真っ直ぐ突き出すと、そのシャッターを蹴り破った!
ここは鳳山の中腹。衝撃と共に木々を吹き飛ばし、土煙の影の中に巨体は現れた。
光るアイラインが存在を主張する。そして、土煙が晴れると、ゼドグライガーは太陽の下へその姿を晒した……!
☆☆☆☆☆
『ゼドグライガー、大地に立つ!』
☆☆☆☆☆
飛龍蓮二の操縦により、地下格納庫から飛び出したゼドグライガー。
しかし、その存在は戦場を混乱に陥れるのであった。
「どういう状況なんだ?」
蓮二はゼドグライガーの首を回すことでカメラを操作し、周囲の状況の把握に努める。
見慣れた鳳市の街並み。今日は普段より高い場所から景色が見える。
そんな見慣れた景色の中に、異質な存在感を放つ巨大ロボット達の姿がある。それらは二手に分かれて戦っているようだった。
「参った、これじゃ敵と味方が分からねえ」
どちらかが
レバーを握りながら焦る。すると、通信を知らせるアラートが点灯した。
「そこの所属不明機!誰が乗ってる?とにかく、退避しろ!」
恐らくフォーチュンのものと思われる通信。しかし、蓮二にはどの機体から発せられたものなのかわからなかった。とにかく、返事をしようとコックピット内の通信機能を探す。
ようやく見つけたのはマイクのボタン。それを力強く押した。マークが赤く点灯したことを確認すると、蓮二は叫ぶ。
「こちらゼドグライガー!パイロットは俺、飛龍蓮二!よろしくな!!」
オープンチャンネルで蓮二の声が鳳市中に響き渡る。
「お前、その声……!?てか、気を付けろ!」
遠くで青い機体がこちらに手を伸ばしている。同時に、斧を持った機体がこちらに走って来ていることに気がついた。
「なんか向かってくるな?あれ、敵か味方か……どっちなんだ?」
目を細めてモニター越しに観察する。その機体は、ゼドグライガーに接近すると、『ヒートトマホーク』を振り上げた。
敵か味方か。よく考えてみれば、一つ確かな事があった。
「……って、俺を攻撃しようとしてるって事は、敵じゃねえか!?」
真実にたどり着くと、素早くレバーとボタン入力を行う。
動揺しているような台詞を吐くが、語尾は自身と期待に笑いを押し殺したような声になり、コックピットの中ではギラついた笑顔を浮かべていた。
「
蓮二の気合に応えるように、ゼドグライガーは、右手の甲の分厚い装甲を突き破り、その中から突き出た
金属と金属がぶつかり合う。ゼドグライガーはメタルダガーで、敵機『RGD-52C2 ヴィクラマ』のヒートトマホークによる攻撃を受け流した。
「
続いて、ゼドグライガーの左手を
不意を突いたのか、ただ運が良かったのか、ミサイルは4発命中。炸裂する音とともに煙が上がる。しかし、行動を停止するには至らない。
「頑丈だな。こうなりゃ直接ぶん殴るしかねえか!うおおおっ!!」
オープンチャンネルで鳳市に響き渡る蓮二の声。それは意図せず、敵に蓮二の作戦を伝えることになってしまった。
「どりゃあああ!」
ゼドグライガーが大地を踏み抜くたび、鳳市が揺れる。その体重を乗せたゼドグライガーの拳は、既存の火力兵器を凌駕する破壊力が予測される。
しかし、当たらなければ意味がない。
巨体を支えるゼドグライガーの移動スピードは残念ながら鈍重であり、その攻撃をかわすのはあまりにも容易であった。
スラスターを噴射し、ヴィクラマはその巨体を僅かに宙に浮かせると、前を向いたまま後ろに後退する。その最中、道路に止まっていた自動車や街路樹が薙ぎ倒されていくのは当然お構いなしだ。
距離を取られたゼドグライガーの攻撃は失敗に終わる。一方、ヒートトマホークを腰のホルダーに収納したヴィクラマは、背負っていた56mmリニアマシンガンを構え、連射した。
ゼドグライガーは両手を交差し、その攻撃に耐える姿勢を取った。太く角ばった両腕は弾丸を防いでいる。攻撃を受けるたび、装甲が火花を散らし、少しずつ傷つき、削れていく。
コックピットの中の蓮二は、その衝撃に身体を揺らされながら、力強く握ったレバーを離さない。
焦りと緊張で汗が額に滲む。しかしその表情は逆転を確信した笑顔にすら見えた。
「
ゼドグライガーは防御姿勢のまま、腹部の装甲が剥がれて、地面に落ちる。僅かに見える黒い溝に、空気が吸い込まれていった。
「
吸い込まれた空気はゼドエネルギーの出力を受けて竜巻を発生させる。
竜巻はリニアマシンガンを奪い取る。鳳市上空に巻き上げられたマシンガンは『鳳スペースポート』よりわずかに手前、海の中へと沈んでいった。
「こんな重い装甲はいらねえ!ゼドグライガー、真の姿を見せるんだ!」
蓮二の願いは叫びとなって響き渡った!ヴィクラマのモノアイが捉えたゼドグライガーの姿が変わっていく……!
全身の装甲が、大きな音を立てて切り離されて行く。現れたのはゼドグライガーの真の姿。実験機としての武骨だった、丸みを帯びたデザインは、余計な装甲を切り落とされ、より人型に近くなった。洗練されたその姿はまさしく青い巨人。山吹色に光る目の点灯が、そのロボットがまるで生きているかのように錯覚させた。
ゼドグライガーは、右手の甲に装着されたメタルダガーを収納する。そして、走り出した。
「ゼド!クラッシャァー!」
筒抜けの音声により、接近戦を仕掛けてくるのが丸わかりだ。ヴィクラマはスラスターを使って距離を取ろうとする。しかし、スラスターの不具合なのか、機体はちっとも移動しない。
その原因が先ほどの
明らかに動きが早くなっている。余計な装甲を切り離したことで、スピードが上がったのか。しかし、それはパンチの攻撃力低下も意味する。ヴィクラマは左腕を上げて、ゼドグライガーが振り上げた右腕の拳を防御しようとした。
「パァアアンチ!!」
その衝撃は、凄まじいものであった……!!
振り上げた拳は急加速し、ヴィクラマの頭部を左腕ごと粉砕した。
スーパー級ガーディアン、『ゼドグライガー』。そのパワーは、並のガーディアンを凌駕すると謡われたヴィクラマであったとしても、残念ながら比較にはならない。
メインカメラを破壊され、衝撃で倒れたヴィクラマは動かなくなる。操縦していたラーフ帝国のパイロットも気を失った。
「おっし、勝った!で、どうやって降りるんだ?」
周囲の戦闘も落ち着いたようだ。適当にボタンを触るうち、座席の裏にあった真っ赤なボタンを深く押し込む。すると、勢いよく座席が急上昇して。
「ああっ」
緊急脱出装置を作動させた蓮二は、勢いよくゼドグライガーの外に放り出されたのであった……。
☆☆☆☆☆
やがて。戦闘を終えたゼドグライガーと飛龍蓮二はフォーチュンに接触、その一員として戦うことになった。
あの時、祖父は命を落としていた。しかし、涙を流している暇はない。
アビスの力を巡る戦いに、自らの意思で飛び込んでいく、飛龍蓮二とゼドグライガー。
襲いくるラーフ帝国の謀略に、仲間たちと共に強い意志で立ち向かっていく。
祖父・鋼ダイゾウの願いと、
『ゼドグライガー、大地に立つ!』……完。
☆☆☆☆☆
あとがき
はじめまして、レンズマンと申します。
TRPGの自分のPCの小説を書くことが趣味で、少しでも多くの人に読んでいだきたく、この場を借りて公開させていただきました。
飛竜蓮二のキャラクターを考えた時、出生に地球意志をダイスで引いたことが、彼をある種の申し子として作り上げていくきっかけになりました。ゼドグライガーは、それより前から、黒鉄の城、みたいな王道スーパーロボットがやりたい!と思って考えました。技の名前は、ルールブックの武装の名前がかっこいいから、そのまま使おう、と、採用させてもらっています。本文では使いませんでしたが、他にもプラズマスマッシャーや、ストームブリザードなどを搭載しています。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。赤の他人の、知らないキャラクターの話を読んでいただいたこと、とてもうれしく思います。いかがでしたでしょうか。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
誤字脱字の報告、又は感想お待ちしております。
「ゼドグライガー、大地に立つ!」 レンズマン @kurosu0928
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
眼鏡拭き/レンズマン
★18 エッセイ・ノンフィクション 連載中 446話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます