§033 ペトラ鉱山

 私達はペトラ鉱山の入口に来ていました。


 そこは閉鎖された炭坑を想起させる坑道でした。

 入口付近には警備兵などの姿はなく、暗い入口だけが迷宮へといざなうが如く、パックリと口を開けていたのです。


「なんだか、嫌な雰囲気がしますね」


 私の中を渦巻く不安がつい口をついて出てしまいます。


「これから鉱山に入るが、今回の目的はあくまでレアシウムを確保だ。特級指定魔物が『呪い』と確定していない以上は無駄な交戦は避けるつもりだ。なので、もし、特級指定魔物に出くわすことなくレアシウムを確保できれば万々歳。仮に出くわしてしまった場合でも、相手が『呪い』だった場合は俺が対処できるからそれも万々歳。最悪なのが相手が本当に特級指定魔物だったときだ。そのときは可能な限り俺が足止めをするからラフィーネは一目散に逃げること。これは絶対厳守だ」


 真剣な表情を湛えていつもよりも細かく指示を出すハルト。

 特級指定魔物との交戦とはそれほどまでに厳しい戦いということなのでしょう。


 私はハルトもこんな表情ができるんだなと一瞬ぽぉーっとしてしまいましたが、冷静に考えてさすがにハルトからの指示は承服しかねます。


「私だけ逃げるなんて無理です。どうせ私は逃げ足が遅いのですぐに捕まってしまうでしょうし。それなら私も鑑定ビジョン付与魔法エンチャントでハルトを援護させてください。さすがに私のレベルでは攻撃は心許ないですが、鑑定ビジョンなら相手のステータスを読み取ることができますし、付与魔法エンチャントならハルトの身体と武器を強化することができます」


「いやダメだ。お前は逃げろ」


「絶対いやです!」


「レベル1の魔導士にできることなんてないだろ。特級舐めるなよ」


「私はレベル2です! それに腐っても元魔女です! その辺の魔導士と一緒にしないでください!」


「ダメだ!」


「いやです!」


「ダメだ!」


「いやです!」


 私はこう見えて結構頑固なのです。

 一度決めたら簡単に考えを曲げるつもりはありません。


 両者の睨み合い。


「ラフィーネ、頼むよ。もしお前に何かあったら俺が例のメイドに殺されるだろ」


 これでは埒があかないと思ったのか、ハルトは今度は泣き落とし作戦に切り替えてきたようです。

 しかし、私は尚も強い視線を送ります。


「ビオラは関係ありません。私は『仲間』として貴方と一緒に戦いたいのです。仮に私だけ逃げて生き延びたとしても、私だけ残されたこの世界で……私はこれからどう生きればいいのですか?」


 この言葉にハルトの表情が一瞬歪みました。

 おそらく昨日の私の話が頭を過ったのでしょう。

 ええ、少し卑怯かなと思いましたが、ハルトが断れないように言葉を選んだのですから。

 私は本当に悪い女だなと思います。

 でも、どうやらこれで勝負は決したようです。


 ハルトは大きな溜息を漏らすと、諦めたように言います。


「お前は本当に強情だな。わかった。今回は譲歩するが、特級指定魔物に出くわしたら逃げるという方針は変わらないぞ。俺はお前を引きずってでも逃げるからその辺は覚悟しておけよ」


「出来ればお姫様抱っこでお願いしたいところですが、そこは最悪我慢するとしましょう。それでは……」


 私達は頷き合うと、鉱山の中に足を踏み入れたのでした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

決して死ねない最強の魔女、冒険者ギルドに登録する 葵すもも @sumomomomomomomo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ