§032 夢想

 そこまで話し終えた私はゆっくりと目を開きます。


「とまあ、私の過去はざっくりとこんな感じです。300年も前のことですし、この話を今まで誰かにすることもなかったので、大分記憶が薄れてしまってはいますが」


 そう言って私は空元気とも取れる笑顔を湛えてみせます。

 少し重い話だったと思いますし、普段はおちゃらけているハルトですから、どういう反応を見せてくれるかなと思いましたが、ハルトは何かを思案するように感慨深げに星空を仰ぐと、ゆっくりと口を開きました。


「パーティメンバーの皆は何を思ってラフィーネを生き長らせようと思ったんだろうな」


 その問いに私は瞑目すると首を横に振ります。


「死者に口無しです。皆の中で何か話し合いがあったのかもしれませんが、私はそれを知る術を持ちません。正直、命を賭してまで私を助ける理由が見出せませんので、もしかしたら『終焉の魔女の涙』の誤作動とか、やむにやまれぬ事情があったのかなとは思っています」


 尚も星空を見上げているハルトが言います。


「でも、不思議なことに、俺は皆がラフィーネを助ける気持ちはわからなくないんだよな。なんだかお前を見ていると元気になるというか、守ってあげたいって気持ちにさせるんだよな」


「///// ハルトからそういうことを言われるとなんだか調子が狂います。あんまり勘違いさせるようなこと言わないでください」


「バカ。誰も告白のつもりで言ってねーよ。あくまで仲間としてって話だ」


「それはわかっていますが、私はチョロい女にはなりたくないので、その話は聞かなかったことにします」


 そこからは少しだけ沈黙の時間が続きました。

 そして、最初にハルトが口を開きます。


「でも、そうなるとラフィーネの言う『失ったかもしれない記憶』っていうのはどうなるんだろうな。聞いていた感じだと随分と克明に覚えているみたいだったけど」


「そうなんですよね……。だからわからないんです。別に記憶が欠落しているところが無いのに何か大切なことを忘れている違和感というか……。でも、やっぱり記憶がないというのは私の気のせいなのかもしれないですね」


「まあ、それをゆっくり探していく旅だ。無理矢理に今結論付ける必要もないと思うぞ。そういえば少し気になったんだけど、ラフィーネのパーティには剣士はいないんだな。ラフィーネが剣の扱いがうまいのはてっきりそのパーティメンバーの誰かに習ったんだろうと思っていたんだが」


「……剣士」


 そう言われれば、大抵のパーティには剣士がいますが、なぜうちのパーティには剣士がいなかったんでしたっけ……。


 単なる偶然?


 先ほどは付与魔法エンチャントを使うには武器攻撃が有効的だから剣で戦うスタイルを確立したと言いましたが、今思えば、それは別に剣である必要はないんですよね。

 リーダーが槍術使いなので私が槍を使ってもおかしくないですし、付与魔法エンチャントは斬撃によるダメージを期待しているわけではないので最悪、杖とかでもいいはずです。


 それなのに私はなぜ剣を……。


 ……剣士。

 この言葉に何となく私の記憶の謎を解くヒントが隠されているような気がするのですが……。


 そう思って更なる思案を巡らせようとした瞬間――


(ズキッ)


 ――突如、頭に割れるような痛みが走りました。


「痛っ!」


 そんな脳天を突き抜けるような痛みに、私は思わず頭を押さえます。


「お、おい大丈夫か」


 正直、大丈夫じゃありませんでした。

 本当に頭がかち割れるんじゃないかというほどの凄まじい痛みに、私は息も絶え絶えになり、脂汗が額を伝います。

 身体を支えるのもやっとで、フラッと横に倒れかけたところを、ハルトが駆け寄って身体を支えてくれました。


「初日からちょっと無理をしすぎたのかもしれないな。見張りは俺がやるからラフィーネはもう休め」


 ハルトが心配そうに私を見つめています。

 けれど、これが疲労からくるものではないことは明白でした。

 ただ、こんな頭痛は生まれて初めてでしたし、激痛から思考は滞ります。


「はは、毒キノコでも食べちゃいましたかね。さすがの私の胃袋でも毒は中和できないようです」


「冗談を言ってる場合じゃないだろ。とりあえずテントまで運ぶ。明日鉱山に向かうかはちょっと様子見だ。お前はもう寝ろ」


「手間のかかる女の子ですみません。では今日はお言葉に甘えて」


 ハルトに迷惑をかけたくない。

 そんな気持ちはありましたが、身体はもう限界でした。

 私はハルトに横たえられるままに目を閉じると、意識はそのまままどろみの中へと落ちていったのでした。


 ♦♦♦


 私は夢を見ました。

 それは私がまだ魔女になる前の出来事のようでした。


 『終焉の夜明け』のパーティメンバー四人で焚き火を囲んで野営をしているところでしょうか。


 私と談笑しているのは、女の子同士でとても気があった僧侶のティアラ。

 魔法で手際よく食材を調理しているのが錬金術師のエドリック。


 そして、狩りに出ていたのでしょうか。

 大きなイノシシのような魔物を担いでこちらに手を振りながら戻ってきているのが、槍術使いのラン……。


「あれ?」


 夢の中の私は不思議な違和感に襲われて、思わず疑問の声を漏らしていました。


 魔物を担いでこちらに手を振っている人物が、私の記憶にない人物だったからです。


 遠目なので顔まではわかりませんが、明らかにランスとは異なります。


 黒い髪に背中には漆黒の大剣を帯同している剣士風の男です。


 夢の中の私は思わず立ち上がっていました。

 同時に自分の目から大粒の涙が零れ落ちるのがわかります。


 私は自分がなぜ泣いているのか俄にはわかりませんでしたが、その人の存在がとても懐かしくて、とても愛おしくて、涙を抑えることができなかったのです。


「……■■」


 私はその人の名を呼ぼうとしますが声が出ません。

 そして、次第にそんな光景は、涙で視界が霞むかのようにぐにゃりと歪み出します。


「待って! もう少しだけ! せめて顔だけでも!」


 私は夢の中の藻掻くように必死に叫びますが、そんな抵抗も虚しく、視界は完全に暗転しました。


 ――その瞬間に、私はハッと目を醒ましました。


 冷や汗が滲む額を拭いつつ、私は視点の定まらない双眸で茫然と辺りを見回します。


 鉄の支柱で支えられた天幕。

 天井からぶら下がるランタン。

 背中に伝わるごつごつとした感覚。


 そこはハルトが頑張って設営してくれたテントの中でした。


 ――ああ、夢か……。


 瞼に焼き付いた光景が夢だとわかり、私は思わず安堵のため息をつきます。


 私は身体を起こして、荒くなった呼吸をどうにか落ち着かせようと早鐘のように鳴り響く心臓を両手で押さえます。

 すると、服が汗でぐっしょりと濡れていることに気付きました。


「ラフィーネ、大丈夫か。ひどくうなされていたみたいだけど」


 すると、呆然としている私の横から耳慣れた声がしました。

 そちらに目を向けると、『とある魔女の冒険譚』を片手に私のことを心配そうに見つめるハルトの姿がありました。


「……ハルト。よかった」


 一瞬何が「よかった」のか自分で言葉を発しておいてわかりませんでしたが、ハルトが横にいてくれた事実が私をとても安心させてくれました。


「心配をおかけしてすみません。どうやら夢を見ていたみたいです」


 私がそう言うとハルトが目を拭えよとジェスチャーで示してきます。

 私は自身の瞳に指を当てると、大粒の涙が滴っていました。


「何か怖い夢でも見てたのか?」


 ハルトの問いかけに私は首を振ります。


「怖い……とは少し違いますね。どちらかというと懐かしいというか……でも、何か不思議な夢だったと思います」


「そっか」


 ハルトはそれ以上深くは聞かずに、優しくホットミルクを渡してくれました。


「飲めば身体が温まる。落ち着いたら顔、洗ってこいよ」


 ハルトはそう言うとテントを出ました。

 私が汗をかいていることに気付いたのでしょう。

 着替える時間をくれたのです。


 本当におちゃらけていない時のハルトはイケメンです。

 これは弱ってる時に優しくされたらコロッといっちゃうかもしれません……ね。


 私は手渡されたホットミルクで暖を取りながら、まだ覚醒しきっていない頭で先ほどの夢を思い出します。


「……それにしてもあの黒髪の男は一体誰だったのでしょうか」


 『終焉の夜明け』のメンバーは私が在籍していた2年間、誰も入れ替わることなどなかったと思うのですが……これが私の記憶違い? 実は黒髪の剣士がいた時代もあった?


 こんなことをぐるぐると考えていましたが、結局、答えは出ませんでした。


「着替えは済んだか? 入ってもいいか?」


「あ、今下着姿なのでちょっと待ってください!」


「じゃあ、お邪魔します」


「死んでください。そういうハルトは嫌いです」


 とまあこんな感じに少し時間を置いていつもの調子を取り戻した私達は、今日、ペトラ鉱山に挑むことを決めたのでした。




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明日(1月30日)の更新はお休みします。

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