第3話

「あら」

「あららぁ」


ばったりと出会ってしまった。


「あんときの若女将やんけ。いやぁ着物姿もええけど私服もバッチグーやな」


前の週に会った新規客のうちの一人であり、一番うるさかった輩であり、一番話しかけてきた男である。


今ともえちゃんはショッピングモールで、買い物をしようとしている。


「そういう貴方も素敵なおべべ着てはりますな。ほんまに似合ってはりますよ。貴方にしかないみたいやわ、ルージュさん」


また皮肉を言ってしまったが、期待していた反応とは違った。彼、ルージュは照れている。


「やめてくださいっすよ〜ほ、本気にしたらどうするんすかァ...!と、ともえさん!」


ともえちゃんは表情を変えずにただ、微笑んでいた。


(なんで照れてはるんのやろ、アホか?)


彼は以前に店を訪れていた時より、服装が大人しい。ただその大人しいが普通の人の格好より派手である。


「てか、名前...覚えてたんすか」

「とても印象的だったので」


それは事実だった。


「ま、俺も覚えとるんやけど」

「自分のお名前を?」

「それは当たり前やろ」


ツッコミと同時に少しぺちっと、ともえちゃんはしばかれた。


「買いもんなら俺もついていってもいいすか?京都とかバカ知ってる訳でもないんで、迷うんすよ」


ともえちゃんは照れているルージュの早口についていけなかった。まだ口をモゴモゴしながら、話している。


「バカ...?」

「誰がバカすか!」


街中で大声を出した。周りにいた人達がにこちらの方を見て小声で、ルージュについて話しているようだった。


「バカを形容詞に使うやなんて...」

「ジェネレーションギャップってやつすか?」


このアホは周りの目線に気がついていないみたいだ。


居心地が悪くなったともえちゃんは段々と話すのが嫌になってきたので、嘘をついてこの場から退散する事にした。


「うち、ちょっとこの後用事あるさかいに、帰らなあかんのよ。堪忍ね?」

「そうすか...いやぁデートしたかったんすけどしゃーなしっすね」


本当に残念そうな顔をしている。彼から少し離れると、後ろから肩に手を回された。手を見るからにルージュではない。


彼はこんなに肌が黒くなく、腕時計なんてもってのほかだ。なら、コイツは誰なのだろうか。


「おう久しぶり、元気してた?いやぁー相変わらず可愛いよな」


ともえちゃんは停止した。


「...どちらさんです?」

「え、俺だって俺。分からん?え?」


頭の隅から隅まで探してみても、そのようなお客様は見つからない。今まで来た客ならば、彼女は絶対に覚えている。


「あーっ...えーっ...」


本当に知らない人物だった。顔の距離が近いので、風貌やら雰囲気やらをじっくり観察するが、やっぱり知らなかった。


「なんやその煮え切らへん返事。俺とめっちゃ仲良かったやんかぁ、もしかして忘れた?」

「いや、そんな事は...」


もしかして、学生の頃の友達だろうか。


ともえちゃんはあまり友達は居なかったが、縁は切れていない。だがその中から探してみても、やっぱりこの男は居なかった。


「これから遊びに行こーや。俺と久しぶりに遊びに行こ?」


ともえちゃんは戸惑った。


(だ、誰!?ほんまに分からへんけどもし万が一お客さんやった場合、うちのお店の評判に傷がつく...どないしよ。どうすればいいんやろう...)


そうやって困惑していると、その男の肩に誰かが手を置いたみたいだった。


「嫌がっとるやんけ、ちょっと離れたすきにこれかいな」

「あ?お前誰やねん」


男は先程までの媚びた声ではなく、ドス黒い声を出してルージュを威嚇した。


そして、ともえちゃんの肩に乗っている手を強引に引き流し、彼女を自分の方へと引っ張った。


「こっちのセリフ盗んなや。ったく、最近の若い奴はナンパのひとつもろくに出来へんのか?」

「聞いてりゃ貶しやがって...!」


男はそのまま彼を殴った。頬は少し赤くなっているが、彼の目はずっとその男の目を捉えたまままだった。


瞬きもしていない。


「ひっ!」


その威圧に負けたのか、男は怖くなってしまい、殴った手が痛くなっていくのを感じた。


「なんやビビって。後ろに警察がおるからか?」

「えっ...?」


ともえちゃんとルージュには見えていた。どんどんと近づいてくる警察官が。


「君、ちょっと署まで来てもらおか」

「暴行罪かねぇ」


男は後ろにいた警察館に引き取られて行った、半端無理やりに。


(な、なに?この心臓のおと...!)


この男、ルージュならば絶対に殴り返すかと思いきや、後ろに警察がいるので自分が殴り返すと犯罪になる為、あえてなにもしなかったのだ。


ともえちゃんは男性経験はあるが、こういったタイプは初めてだった。


「逃げていかはりましたな...」

「ああいう奴は何してもあかん奴や、気にすることちゃう」


ルージュはずっと横抱きにしていた腕を離して、少し距離を取った。


「てか大丈夫すか?俺が入ったからええけど、次はあんな奴について行ったらあかんで?」


ともえちゃんを心底心配している様子だった。頬が赤く腫れており、ルージュの方が心配される立場なのに。


「やっぱ店継ぐだけあって構えがちゃうわ。こうどっしりって感じ?」

「それ褒めたぁらへんでしょ。助けて頂いたのは感謝しますけど、うちはまだ21です」


ともえちゃんはムスッと、子供のように拗ねている。

年相応に見られないのは分かっているが、お相撲さんのように例えられたのが嫌だったのだ。


それより、彼はともえちゃんの歳を聞いて驚いているようだ。


「え、にじゅうい、え。と、ともえさんやなくてともえちゃんって事か」

「アンタは何歳なんです?うちよりも年下の若造に見えますけど」


ともえちゃんはルージュを18か19ぐらいだと思っている。

それぐらいの年齢が地下アイドルをやっているのだろうという偏見から基づいているが。


「毒吐くタイプやったか!?お、俺、34歳。ちなみにまだ独身や」


ともえちゃんは言葉を失った。


「え、さんじゅうよ、え。ルージュさん、早う仕事したらどうですの?」


三十路になってまで、途方もない夢を追いかけているその姿は彼女からはほぼ無職に見えている。


彼は見た目だけなら三十路には見えず、なんなら言動もおじさん臭くはない。


「ちゃんとしとるわボケ。なんか、ともえちゃんそんなオモロい子やった?」


彼は急に何だか面白くなってきたようだ。テンションが高くなっている。


「オモロいも何もありゃしませんわ。うちは今後ともあのお店を守るです。その為やったら、面白いもん全部捨てても構いやしません」


ルージュは引いた。心の臓までこの子はお店第一なのだと。


「関西人でオモロいもん捨てたらあかんやろ...」

「それぐらい大事ってことやないの!」


呆れ返っている彼に対して、ともえちゃんは本気になってツッコミをしている。


「ま、応援しとるわ。だからともえちゃんも俺のアイドルへの道応援してな」

「ハローワークの道なら応援するわ」

「手厳しいなぁ」


そのまま二人はショッピングモールでちゃっかり、いや、気づかないままデートをしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

一見さんお断りのはずですが 坊主方央 @seka8810

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ