第2話

ズカズカと入ってくる新規の客に、元から居た古参の客は少し威圧感を持って、彼らに話しかけた。


「お兄ちゃん、ここに一見は来たらあかんやろぉ」


それを聞いた母は少し決意が揺らいだように見えた。新規の客か、古参の客か、どっちをとるのか天秤に掛けている。


(ナイス!おっちゃん!)


そのまま古参の客に傾いてしまえと、ともえちゃんは願った。


「今から一見さんも入ってもらうことにしたんですよ」

「それは店の風格っちゅうか、風流がなくならへんかぁ?」


どんどんと天秤は傾いていく。おっちゃんは酔っているなりにも、店の空気が変わっていくのを感じる。


「そうやろか...」

「そーや!そーや!...ぷっはぁ!」


ともえちゃんはニヤケが止まらなかった。このおっちゃんにはいい思い出はあまりないが、今だけは感謝している。


(そのまま...!そのままいったらコイツら追い出せる、お店の名誉にも傷がつかんくなる!)


そのままだったら一見さんお断りと、今まで通りのルールになっていただろう。


「そんなけったいな事言わんといてくださいよ、男前がもったいないっすよ?」

「そーっす!そーっす!」


しかし、新規客がそのおっちゃんに媚びたので空気の流れが変わった。


「兄ちゃん達、気に入ったから俺がこの店を招待しちゃる。もうこれで一見さんやないな」


この歳で何かを褒められることはないので、舞い上がったおっちゃんは彼らを歓迎した。


「まじすか!あざーっす!」


そして、彼らは席に座った。


「何してはるんですか...!あとちょいとやったのに...!」


ともえちゃんはボソッと、誰にも聞かれぬように呟いた。

まさか、あの一言程度で決定意思が揺らぐだなんて思いもしなかったからだ。


「お姉さん俺生ビールね」


あの連中の中で一番若そうで、あのおっちゃんを褒めていた輩が、ともえちゃんに注文してきた。


「うち、日本酒しか置いてないんです」


ここは居酒屋ではなく割烹料理屋だ。


「じゃあからあげひとつね」

「うち、鶏肉は仕入れてないんです」


仕入れていても出さないだろう。


「じゃあおまかせで。俺らあんま金もってねぇけど、よろしくおなしゃす」

「...はい、承知しました」


本来、割烹料理というのは板前と客の間にカウンターを挟み、料理は板前が直接客に料理を提供するスタイルだ。


客の好みのものを作ったりすることが多い。ともえちゃんの店は大体が顔見知りなので味の好みは分かっている。


「お姉さんどこ住み?ここに住んでるんすか?」


余っていたアサリの味噌汁を火にかけていると、急に話しかけられた。


「うちは生涯に通じてここを切り盛りするつもりです。お客さんは色々な所を楽しんでそうでええですなぁ」


ともえちゃんは苛立ちを隠しながら、対応していく。しかし、ともえちゃんの性格的に皮肉を交えてしまう。


「あ、やっぱみえます?俺ら遊びみたいな仕事なんで。つかよく分かったっすね?すげぇ観察眼やな」


誰だって分かるだろうに、彼は少し動揺しているみたいだった。


(見た目通りのアホや...)


日本酒を人数分用意して、カウンターに出すと、それにすぐ手を出している。


「特にルージュは遊んでばっかやもんな。名前の通りに」

「いやぁ俺はこれでも一途になったほうやで?今は若女将に夢中やし」


ちょっとアルコール度数がきつい酒を出してみたが、彼らは慣れているのか水のように飲んでいる。


「全然一途じゃねぇし!あっはっは!」


そして店内が段々とうるさくなっている。隣にいるおばさんが若い男にメロメロになっているのも相まって、ともえちゃんは引いた。


「ルージュって言うんか?本名?」


流石にそれは芸名か何かだろうと、誰もが思った。


「実は本名なんすよ、保留の留にうさちゃんの兎、それで寿司の寿で、ルージュって読むんすけど親アホっす」


その通りだなと、ともえちゃんは初めてこの男と意見があった。


「何回聞いてもおもっ...!っはは!」

「人の名前で笑てんちゃうぞ!」


店内は更に騒がしくなった。普段は落ち着いて料理の味を楽しみ、ゆったりと過ごす場なのに、今だけはライブ会場のようだ。


「面白い名前やねぇ、私は気に入ったわ!」


母がそんな事を言うので、ともえちゃんはお味噌汁を少し零してしまった。幸い鍋の中に、汁は落ちていった。


「お母さんに言ってもらえるとありがたいっすね。こんな美人に」

「あらやだ♡」


そうやって、一見共は店内を賑やかにしていった。それと比例してともえちゃんのストレスも増加していった。

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