一見さんお断りのはずですが
坊主方央
第1話
ともえちゃんは保守的だ。
「ええ飲みっぷりですなぁ」
「ともえちゃんが可愛いさかい、べらぼうに呑んでしまうわあはは!」
金だけは持っているデリカシーの欠けたオヤジの相手をしながら料理を作っていく。この態度にも慣れたものだ。
彼女の母親は机の隅の方の席にある茶碗等を片付けているようだった。
「お口に合って良かったです」
「しっかしここの母娘はべっぴんさんやな、酒もつまみも進むわ!手ぇもかわいらしいしなぁ」
彼女の手先は桜色で、色白である。
見た目は典型的な大和撫子で優しそうな雰囲気を持っている小柄な女性だ。
「うちなんかまだまだひよっこです、皆さんがお店にお越しくださるから繁盛出来るんですよ」
「こんなええ娘さんおってええなぁ、女将さん」
別の常連のおばさんが彼女の事を褒める。彼女は箱入り娘ではあるが、ある程度の事は弁えてある。
これ以上会話を続けると話がともえちゃんを褒めるだけとなってしまうので、彼女は出来たての天ぷらをカウンターに置いた。
「お熱くなってますから気ぃつけて食べてくださいね」
客は目の前に出された天ぷらに釘付けだ。すぐさま彼女を褒める話は終わり、料理の感想を言い合う雰囲気へとなった。至極単調である。
「おいでやす〜ご予約の鴨田さ...」
「ここならいけそうちゃうかぁー?すんませぇーん4名行けます?」
ともえちゃんはとても、とても驚いた。派手な髪色に私服なのかコスプレなのか分からない服、そして一見さん。
そう、一見さんお断りという看板をデカデカと立てているのに入ってくるというそのすぶとさ。
「ごめんなさいね、うち一見さんお断りでやらしてもろてるんです」
「え、ほんまに?うそやろ?行かれへんって。どうする?」
ともえちゃんはまた驚いた。行かないという言葉を行かれへんと言ったことに。普通は行けへんというのではないだろうか。
そして気づいたことがある。彼らは大阪の人であると。
彼女は人間関係にも保守的なので、もうこれ以上新しい人には出会わなくていいと思っている。つまり、現状維持だ。
「ともえちゃん、もうお母さん的には一見さんお断りやなくてもいいと思ってるんや」
またまた、ともえちゃんは驚いた。この店は創業半年ほどから100年以上まで、ずっと一見さんお断りを貫いてきたのだ。
それを今更やめるだなんて、母は何を考えているのだろうか。
「え、じゃあ入れるってことすか?」
「三席ちょうど空いてるし、入ったらええよ。試しの一見さんおこしやす〜」
派手な新規客は店内に入ってきた。
母はどちらかといえば楽観的だと思っていたが、これ程までだとは思っていなかった。
「ちょ、ちょっとお母さん。ちょーっと来てくれへん?」
「あら、どうしたん?」
ともえちゃんはそんな母に苛立ちを覚えながらも、冷静になって、母を呼んだ。
「どうしたああしたももあらへんやろ。何で?急すぎるわ。うちのお店は一見さんお断りで100年以上続いてきたんやからこれからもそうしなあかんねんって。しかも初めての一見さんがあんなアホって頭どうかしたん?」
厨房よりも裏の、つまりバックヤードだ。そこで彼女は母とあの客に対しての不満をぶちまけた。
「怒涛に喋らんといて、ついていけへんからお母さん」
「そんぐらい緊急事態ってことやんか。なんで分からへんのよ」
母はともえちゃんの饒舌にびっくりして、あたふたしている。そんな楽観的な母にまた彼女はイライラしている。
「お母さんああいうタイプ好きやで?」
「そんなことな、誰が聞きたいん?やからうちのお父さんはあんなにかっこよかったんやろうなぁ」
実際ともえちゃんの父は、有名なメンズアイドルだった。系統はV系である。
しかし、彼女の父は幼い頃に死んでいる。
死因は自分の吐瀉物で足を滑らせて坂を転げ落ちた後に、ご婦人が持っていたバナナで頭を打撲し、その勢いのまま家屋に突っ込み死亡した。
そんな思い出もない父の事をともえちゃんは好きではなかった。
「天国のお父さんも笑ってはるわ...」
「何が?」
父も母もどうやったら出逢い結婚したのかは知らないが、ひとつ言える事といえば二人ともアホという事である。
「あのぉー注文いいすか?」
「はーい、すぐ向かいますのでぇ」
少し遠くから声がして、母はともえちゃんにお先と言った後にすぐに店内へと戻った。
(ほんまに有り得へんわ...)
そう思いつつも、足取りは店内の方へと向かっていた。
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