第7話 サポート犬になってかあさんと再会する 🌸




 いよいよあんずにもサポート犬の訓練が始まった。

 たくさんのことを完璧にマスターする必要がある。


 聴力の弱い人には、家の中では、玄関チャイム、電話、目覚まし時計、防犯ベル、赤ちゃんの泣き声などを知らせ、おもてへ出ると、車や自転車の近づく音を教える。


 視力の弱い人にはいつも横に付き添っていて、欲しいものを運んだり、冷蔵庫から必要なものを出したり、屋外では車や信号、道の段差に気をつけなければならない。


 覚えることがあまりにも多すぎて、ときどき自信を失いかけたが、そういうときは決まって先生方のだれかが「あんずはがんばりやさん」やさしい声をかけてくれた。


 人間にとっては当たり前でも、犬にとってはとてもむずかしいことを、ひとつずつマスターするたび、あんずの心にサポート犬としての自覚と誇りが芽生えていった。




      🍃🌗🌌🍂



 

 それから三年あまりの月日が過ぎ去った。

 あんずは立派なサポート犬になっていた。


 春の日、あんずを連れて武蔵野を歩いていた聴覚障害のひふみさんは足を止めた。

 いままで一度もなかったことだが、あんずがピタッと立ち止まってしまったので。


 あんず、どうしたの? 顔をのぞきこんでも、あんずは前方を見据えたまま……。

 得意先の印刷会社との約束の時間がせまっているひふみさんは、困ってしまった。


 近道が工事中だったので、やむなく今日に限って遠まわりを余儀なくされていた。

 早く、早く……あんずを促しているうちに、ひふみさんはあることに気がついた。


 鈴のような白い小花を咲かせる満天星躑躅どうだんつつじの垣根の向こうの庭に、犬がいた。🐕

 それが、その老犬が、あまりにもあんずにそっくりだったので、もしかして……。


 そっくりな二頭は、どちらからともなく無言で駆け寄った。

 再会した親子のうえに、桜の花びらが、ほろほろと降った。




      *




「あんずはね、わたしの大切な末むすめなのよ」それがひふみさんの口癖である。

「この子が来てから、かあさん、すっかり変わったよね」夫や息子も口を揃える。


 生活に張りが出て行動に自信が生まれ、自ら進んで印刷会社の入力の仕事を探して来たし、服装にも気をつかうようになり、われながら十歳は若返ったと思う。(笑)


 季節ごとにオシャレな格好をして、ルンルン気分で外出するひふみさんに付き添うあんずの心が幸せでいっぱいになるのは、もちろん大好きなかあさんに会えるとき。


 老いたかあさんのお腹が膨らみ始めていることが気がかりではあったが、たくさんの苦しみを経験して来たあんずは、取り越し苦労はしないことに決めている。【了】




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あんずちゃん 🙋‍♀️🐕 上月くるを @kurutan

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