【新春】授業中スマホが \ウサ娘!/ と鳴り響いてしまいオタ迫害されると思ったら、クラスのギャルと急接近したんだけど。【干支】

和三盆

新春記念! 先日投降した\シカ娘!/の兎版です!

「 \ウサ娘! キューティーレーシング!/ 」


 授業中、静かな教室に青天の霹靂!!!!


 ざわつき始めるクラスメイトたち。



「今の誰だ」



 柔道部の顧問も務めるゴリ先の野太い声に、教室中の視線が僕に集まる。そして導かれるように迫る重い足音。



「没収だ」


「……はい」



 クスクスと周囲からの笑い声。さらば我がスマホ。きっとゴリ先の握力で粉々だ。


 いや、粉々なのは僕の青春。終わった。さらばバラ色の高校生活。

 いや、バラ色なんかではなかったが、少なくとも目立たず静かにオタ活を楽しめていたのだが……見ていろ、次の休み時間にはオタ迫害だ。明日には椅子と机が教室の窓から放り投げられ「おめーのせきねーです」ってな。



「お前、さっきのマジかよ」


「なに? トレーナーなの? 授業中鳴らすとかマジで引くだけどぉ」


「だっさ。これだからオタクは。どうせ休み時間に画面触ってニヤニヤしてんだろ」


「キモスマホご愁傷さま~」



 休み時間、早速クラスのカースト最上位グループ男女四人に囲まれ、子うさぎのように震える僕。スマホを破壊された上に学生生活すらも破壊されるとは。

 神も仏も無いのか? うさぎは神の遣いじゃなかったのか?



「ほっときなよ」



 投げかけられる声に皆が視線を向ければ、僕を囲むグループのリーダー的な位置づけのギャルが、視線をよそに不機嫌そうな顔をしていた。


 校則ギリギリアウトの明るい髪色に、着崩した制服。化粧ののったパッチリとした目鼻立ち。そして校則違反もののけしからん胸。

 真っ先に僕を迫害すると思われた彼女から出た意外な言葉に、グループメンバーは疑問顔だ。



「オタがオタクっぽいゲームしてて、普通すぎでしょ」



 確かにと同意する子分格の四人。彼女の不機嫌顔は印籠か何かなのだろう。


 でもこの時彼女の顔が少し赤くて照れているかのように見えたけど、その理由はじきに知ることになる。



 ◇ ◇ ◇



「ねぇオタク」



 放課後の静かな教室、ゴリ先の少し長い説教を終えた僕は、音を消したスマホでゲームの推しキャラの頭を撫でていた。

 可愛らしい反応。半日会えなかったことがどれだけ辛かったか。あ、デイリーミッションこなさねば。



「ねぇオタクってば!」


「ヒィッ!」



 すっかり推しを愛でることに集中していた僕は、突然かけられた声におどろいて、ナチュラルにモブ声が出てしまった。



「リアクション、いちいちオタクくさいなー」



 そこにいたのは、例のリーダーギャル。

 なんだ、この誰もいない放課後わざわざ声をかけてくるとは……まさかカツアゲ!



「あのさ」


「はいっ!」


「いや、怯えすぎでしょ」



 なにを言うか。この状況で怯えない理由があったら教えて欲しい。



「午前中の授業中」


「オタクくさくてすみません」


「そうじゃないって。なんていうか、ほら、これ」



 そういって取り出したスマホを見せつけてくる。

 ギャルのスマホなんて興味は……あ、僕のよりひとつ新しい機種じゃん。うらやましい!



「わかんないかなー、ほら」



 そういって揺らして見せる合皮のカラフルなストラップ。

 気づいた僕は目を見開いた。だってそれは――



「ウサ娘のイベントで限定販売された、ロップイヤーちゃんカラーストラップ!」



 赤茶と緑の特徴的な2色のカラーリングに、一件わからない小さなロゴのチャーム。見間違えようがない。なぜならば僕も持っているからだ。



「その、あたし……実はハマっててさ、ウサ娘に」


「え? 嘘だろ?」


「嘘じゃないよ! ほら、見て」



 起動されたゲーム画面。それは間違いなくウサ娘のそれで、縦画面に収まるのはゲーム内人気キャラランキング8位、二つに結った髪が可愛いツンデレ気質のロップイヤーちゃん。

 それも、最近のゲーム内イベントで結構頑張らねば手に入らない限定衣装。にわかではなく、結構やりこんでいるという証左だ。



「あんた、結構やってんの?」


「あ、はい、それなりに」



 ゲーム画面を見せる。そこに映っているのは、偶然にも彼女と同じロップイヤーちゃん。ちなみに僕の方はメガネ装備だ。



「リスト見せてよ」


「あっ、はい」


「へー結構そろってるね。あ、ミニうさぎちゃんの衣装出てんじゃん」


「これ、貯めてた石放出してもなかなか出なくて、最後小遣いで10連回したら出てくれて」


「まじか。あたし出なかったんだよねー。あ、動き可愛い!」



 リーダーギャルが、僕のスマホを手に画面をツンツンしている。

 自慢ではないが、こんなに女子と近づいたのは初めてだ。甘いいい匂いが……



「ねぇ、フレンド登録していいかな?」


「あっはい。どうぞ」


「なんで敬語?」


「いや、その、まさかこんな風に声かけてくれるとは思わなくて」



 というか、カースト最上位にいるギャルの彼女がウサ娘をやっているのが不思議すぎて。



「意外でしょ。ウサ娘やってんの」


「うん、しかも結構ガチだし」


「こう見えて結構アニメ見ててさ、キュアプリとかフロカセとか、VTuberとかも見るよ」


「結構重度のオタクじゃん!」


「そ! 隠れオタク。結構大変なんだよ」



 普段の言動からは、まったくオタクには見えない。

 それはそうか。ギャルなのにオタクコンテンツを愛するなど、バレては立場が危うかろう。



「あのさ、よかったら連絡先も教えてくれない?」


「へ?」



 再び青天の霹靂。僕は今日何度雷に打たれればいいのか。



「はい、メッセージアプリ登録完了」


「鮮やかな手並み。言うなればうさぎの中で最速を誇るジャックウサギ」


「ウケる。キミ、時々変な話し方するよね」


「恐縮至極」


「あ、ニホンノウサギちゃんの真似じゃん」



 なんだろう、この話が通じるという嬉しさ。これがオタク仲間というやつか。嬉しさのあまり心臓までドキドキしてきたぞ。不整脈か?



「そろそろ、あたし先帰るね。ほら、一緒にいるところ見られるとお互い都合悪いっしょ。じゃ!」



 そう言って太陽のような笑顔で、スマホを持ちながら手を振る彼女。

 ロップイヤーちゃんのストラップのチャームが、校舎に差し込む夕日を反射しキラキラと輝いていた。



 ◇ ◇ ◇



《今度の土曜日ヒマ?》



 彼女の秘密を知ってしばらく経ったある日、人知れず毎日やり取りをしているメッセージアプリに、そんなメッセージが届いた。



《暇じゃないよ》


《行く?》


《行く》


《じゃ、9時に現地の駅で待ち合わせね》


《断ることは許されぬか》


《屈したそちが悪い》



 ということで聖地秋葉原。この日は『ウサ娘!』のリアル謎解きイベントの開始日である。

 アプリと位置情報を使い、提示された謎を解きながら街を巡りゴールを目指すのだが、クリア特典もあるためファンならば参加必須である。


 楽しみにしていただけに普段以上に胸がドキドキし、昨晩は6時間しか眠れなかった。



「よっ! お待たせー」



 明るい声とともに肩に衝撃。振り向くと当然、彼女がそこにいた。



「ううん、全然。1時間しか待ってないよ」



 嘘です。2時間前には来て下見してました。



「殊勝な心掛けだな。褒めてつかわす」


「恐悦至極」



 いつもメッセージアプリでやっていた、ニホンノウサギちゃんを真似たやり取り。

 学校ではほとんど話すことがなかったから、声に出すのはなんだか新鮮で心が弾む。


 それにしても……目の前の彼女はもちろん普段の制服姿ではない。

 校則ギリギリアウトの明るい髪は二つに結ってキャップをかぶり、“死舞谷” や “覇羅宿” で見られるような、おしゃれなパーカーにショート丈のキュロット姿だ。


 正直もっとギャルギャルしく、かつ校則違反ものの胸の谷間を拝めるような姿で来るのかと恐れていたが、少々大人しくて意外というか、意外過ぎて胸が苦しくなってきた。

 どうした僕の心臓。誰だ僕の名前をDESUノートに書いたのは。



「私服、思ったのと違うんだけど」



 彼女がくりっとした目を僕に向ける。



「なんかこう、チェックのシャツにケミカルウォッシュのジーンズで、バンダナ巻いてる感じ?」


「絶滅危惧種じゃないかなそれ。ナキウサギみたいな」



 僕の方はスタンドカラーの長袖シャツにロールアップの綿パンという、何の変哲もない姿。

 私服は母親と妹が勝手に買うのでセンスのほどは知らん。



「結構似合ってんじゃん」


「チェックのシャツにケミカルウォッシュのジーンズ、バンダナスタイルにすればよかった」


「それはそれで見てみたいかな」


「じゃ、行くか」


「うん。うーーー、ウサだっちゃ!」


「うーーー、ウサなべ! ウサなべ!」



 アニメ版のオープニング曲にすっかり洗脳されている僕たちは、休日の賑わう秋葉原へと分け入った。



 ◇ ◇ ◇



「はーーー、なんか疲れたぁ」


「最後をここにして正解だったね」


「ナイス判断。褒めてつかわす」


「恐悦至極」



 僕たちはスタンプラリーをこなし、最後の一か所であるコラボカフェに来ていた。



「いっただっき……あ、写真写真と」



 食事の前に、フードの写真を撮るのは当然のマナーだ。僕も彼女に負けじと撮影する。角度を変え、寄りも引きも。

 いや別に、決して彼女を撮りたいとかではないぞ。あくまで風景としての記録であり、多少鼻息が荒くなっているのはコラボメニューの仕上がりが素晴らし……



「ねぇ」


「は、はひ!」


「なにキョドってんのよ。ほら、撮って。ウサポーズ」


「はい……撮れた」


「お、結構よく撮れてんじゃん! あとで送って。キミも、はいポーズ。あは、いい感じ!」



 送られてきた写真はなかなかに間抜けで、我ながら恥ずかしい。

 そう思いながら真面目に悩んでいると、パシャリと音が鳴る。



「あ、いや、ほらっ! 真面目な顔だなーっと思って」


「なぜ撮る」


「ま、いいじゃん。あははは。ほら、食べよ!」



 手を合わせていただきますをする彼女。

 スプーンやフォークを手に嬉しそうに食べ、コラボドリンクを口にする。


 僕もキャラクターが印刷されたモナカにアイスを乗せて食べていると、なんだか嫌な気配を感じ、なにごとかと周囲を見回した。


 男、女、男、男、女、男、女……へー、このゲーム結構女性ファン多いんだーじゃなくて、おひとり様から寄せられる恨みがましい視線。

 しかもそれは、彼女ではなく僕に向けられている気がする。ええい、南無三ッ!



「どしたの?」



 いいのだ、君は知らなくていい。そのまま優しくあってくれ! 因幡の白兎伝説における大国主のように!



 ―― しかしこの時僕らは全く気付いていなかった。恨みがましい視線に紛れた、スマホのレンズに。



 ◇ ◇ ◇



《今日はありがと。楽しかったよ!》


《僕も楽しかったよ。感謝申し上げ候》


《大儀である。またイベントあったら行こうね》



 一昨日やり取りしたメッセージを見返す。

 ニヤニヤしてしまうが学校でそういう顔を晒すわけにはいかない。母校と言えどは基本的にアウェイだ。油断していると刺される。


 校門をくぐりたどり着く教室。

 彼女はまだ登校していないようだが、クラスの様子が普段と違う気がする。


 居心地悪くしていると、彼女と同じカースト上位グループの男子の一人が、こちらに近づいてきた。



「おい、これどういうことだよ」



 高圧的な言いように腰が引けるが、見せつけてきたスマホの画面に一気に血の気が引く。

 そこには彼女と僕が仲よさそうに談笑している、カフェでの様子が映っていた。



「なんでお前があいつと秋葉原でデートしてんだよ」


「は、え? デート?」


「とぼけんのか。これウサ娘のコラボカフェだろ」


「え、あ、その……」



 これ盗撮じゃ? ではなく、やばい!

 このままでは彼女の身に迷惑が……ここで僕がなんとかせねば。



「いや、他人の空似じゃ」


「んなわけねーだろ。この写真で間違えるかよ」



 誤魔化せねーーー! 恨むぞ、僕のボキャブラリーの無さ!

 どうする、親戚が危篤ということでこの場を脱出するか?



「はよーっす。あれ、どうしたの?」



 間の悪いことに、彼女が教室に現れた。



「おい、この写真」



 僕に迫っていた男子が、彼女に写真を見せる。途端彼女は、凍り付いたかのような表情へと変わった。



「お前どういうことだよ。なんでオタとデートしてんだよ」


「あ、いや、偶然通りかかって」


「偶然通りかかるくらいで一緒にカフェに入るかよ」


「あ、なんか面白いカフェあるなーって」


「これ、ウサ娘のコラボカフェだよな」


「……」



 返す言葉が思いつかないのか、無言になる。

 表情は青く、そこに普段の堂々としたたたずまいはない。


 クラスの皆も彼女に視線を集め、成り行きを見守っていた。



「お前さ、もしかしてウサ娘好きなのか?」


「は、え? どうしてそうなるわけ? ただカフェに入っただけっしょ」


「秋葉原で限定オープンして、イベント中だろ。ウサ娘が好きじゃなきゃそんなところ行くかよ」


「でもあたしオタクじゃないし、ギャルだし」


「だから、なんでこいつとウサ娘のコラボカフェなんて行ってんだよ!」


「いや、あの、その」



 やばい、責められて混乱している。お目目グルグルだ。



「あ、あの、彼女は……」


「お前には聞いてねーよ」



 フォローに入ろうとするも、カースト最下位のモブにはこれが限界だ。



「おい、答えろよ」


「ね、ほんとどういうこと?」


「もしかして、あんたオタクだったの?」



 他の陽キャ仲間からも囲まれて責められ、後ずさる。

 軽くパニックなのか、彼女は泣き出しそうにも見えた。



 彼女は語っていた、陽キャでいることの大変さを。

 周囲に合わせ、自分の本当に好きなものを隠し、敵を作らぬように気を使い、仲間をフォローし、流行もチェックし、大好きなウサ娘のことは一切語らず。


 僕はクラスでも存在感の希薄な陰キャだ。だから授業中にウサ娘が鳴り響きオタク扱いされても、それはただの事実確認であって何も失うことはない。

 しかし彼女はどうだ。取り繕っていた牙城が崩れれば、居場所さえ失ってしまう。


 でも、僕は彼女にはこれからも輝いていて欲しい。

 たとえ僕が、陰から出られなくなろうとも。


 意を決して息を吸い、そして声を張り上げる。



「違……」


「違うの!!!!」



 僕の声を塗りつぶす、大きくよく通る声。



「私がウサ娘が好きだとかロップイヤーちゃん推しだとかそんなオタクとかじゃなくて!」



 自分からバラしてないか?



「じゃあなんだよ!」


「単にこのオタが好きで一緒に出かけただけだから!」



 彼女の叫ぶような声。

 しんとなる教室。



「「「えーーーーっ!」」」



 声を合わせる学友たち。とそこで彼女は、言った言葉の意味に気づいたか、顔を真っ赤にしワタワタしはじめる。



「いや、うそ、うそ! あたし、別にこのオタが好きなんじゃなくて」


「え、じゃあウサ娘が」


「いや、違っ、オタが好きなのほんとだし! ウ、ウサ娘が好きとかじゃなくて……あ、あれ、あたしなに言ってんだろ。いや、オタが好きで、ウサ娘も好きで、ほら、でもあたしオタクなんかじゃないから、ほんと!」



 女子諸君がキャーと声を上げているが、なにに叫んでいるんだ? そんなに彼女がウサ娘が好きなことがショックなのだろうか。



「もしかして、お前ら付き合って……」


「違っ、それはまだだから!」


「まだ?」


「っ! ……うーーー」



 唸りを漏らしながら無言になる彼女。そして。



「もう、ほっといて!」



 彼女はダッと駆けて教室を飛び出していった。


 しーんとする教室に、廊下でゴリ先が彼女を呼ぶ声が聞こえる。

 呆然とするクラスメイト。もちろん僕もだ。


 こんな時、どうすればいいのだろうか。追いかけるべきなのか? でもそれは彼女に迷惑をかけてしまわないだろうか。「ほっといて」とも言っていた。

 クラスメイトからの刺すような視線。



 ――その時、ふと僕の頭に、ある歌詞が思い浮かぶ。


《勝利の女神は 頑張るキミだけに微笑む》

《行こう ピリオドの向こうへ》

《大地をけって風となり 心に光ともして》



 そうだ。ウサ娘で繋がった僕らの関係は、こんなところで立ち止まっていいものではない。だって、ウサ娘たちはあんなにも必死になってフィールドを駆けているじゃないか。

 そのトレーナーたる僕が、臆病風に吹かれ二の足を踏むなんて許されない。

 ゴリ先がなんだ。カーストがなんだ。ギャルとオタクがなんだ。だって僕は彼女のことを!


 軽やかに駆けて行った彼女と違い、机や椅子やゴリ先にぶつかったりしながら情けなく駆ける。


 彼女はきっとあの場所に。



 ◇ ◇ ◇



「いた! やっぱりここか」



 体育座りで芝生に座り込む、校則ギリギリアウトの明るい髪色の生徒。

 彼女は僕の想像通りの場所にいた。



「あんた、なんでここに」


「なんでって、ぜぇぜぇ……それは、ウサ娘と言えば、っはぁはぁ、グラウンド、で」


「大丈夫? ちょっと落ち着きな。座って呼吸整えて」


「はぁはぁ……ごめん、運動不足で」



 芝生に二人並んで腰を下ろす。それはグラウンドを囲う段差部分にある、ちょっとした芝生。

 1時間目も始まる前なので、校庭には誰もおらず二人っきりだ。



「ごめん、巻き込んじゃった」



 彼女が体育座りの膝に顎を寄せ、弱弱しく呟く。



「あたし、自分の立場守るのに必死でさ、周りに合わせて自分を繕って、好きなことを隠して。でもそれでも我慢できなくて」


「うん」


「私バカみたい。結局バレてこうなるの分かり切っていたことなのに、舞い上がっちゃってさ」



 ひた隠してきた反動なのかもしれない。

 一緒にイベントを巡った彼女はとても、心底楽しそうで、それは学校で友達の輪に囲まれているときよりもずっと自然な笑顔に見えた。



「だから、楽しかった私の学校生活ももうおしまい。友達からはハブられて、一人っきりになって、いじめられて。あーあ、私もギャルなんかやってないで、最初っからオタクやってればよかった。中学生の頃みたいにさ」


「あれ? 中学はギャルじゃなかったの?」


「うん。ダサいフレームの眼鏡に髪モサモサの、いかにも陰キャって感じ」


「それ今の僕と一緒じゃん」


「いや、キミは全然そんなこと! って何言ってんだろ」



 赤くなってそっぽを向く彼女。



「あのさ、さっき僕のこと」


「あーいや、その……」


「“おしまい” じゃないよ」


「ん?」


「学校生活、おしまいなんかじゃない。確かに今までのようにはいかないかもしれない。でも僕がいる」



 続く言葉が胸につっかえそうになる。でも、ある言葉が思い浮かんだ。



《心からの気持ちなら、ちゃんと直接伝えといた方がいいよ。私みたいにならないように》



 アニメ版ウサ娘のロップイヤーちゃんの言葉だ。

 過去に想いを伝えることをせずに後悔した彼女が、絞り出した言葉。

 そして後のシーンで彼女は想いを口にし、ライバルと最高のレースを見せる。


 だから ――



「僕も、君のことが好きだ」



 芝生を吹き抜ける風。

 それは校則ギリギリアウトな明るい髪を揺らした。


 彼女は驚いたような顔で見つめるから、僕も思わず顔が熱くなっていく。



「あ、その……ごめん。そうだよね、僕なんかが迷惑……」


「……うそ」


「え?」


「だってあたしギャルだよ? いわばオタクの天敵。最初怖がってたじゃん。なのになんで」


「楽しかったから。毎日のメッセージのやりとりも、コラボカフェも」


「それは私だって……」


「だから、これからもずっと一緒にいられたらなと思って」



 頭の中は真っ白。

 気の利いたことなんて言えるわけがなくて、こぼれ出た言葉だけがレースを繋ぐ。



「一生懸命なところとか凄いなって思うし。僕なんて殻に閉じこもってて、なんか眩しいなって。だから一緒にいれて、なんというか誇らしかった」


「私だって……自分を守るのに必死で、周りにも自分にも、ウソ、ついてるし」


「君は頑張ってるよ! だから、見習いたいなって」



 そうか、僕は彼女のことを尊敬していたんだ。

 だから眩しくて、でも少しでも近づきたくて。


 ロップイヤーちゃんも、ライバルとのレースの時はこんな気持ちだったのだろうか。

 いや多分違うけど、でも、勇気がもらえた気がした。



「君のことが、す、好きだ。だから、その、これからも……」



 言いかけたとき、ドンと衝撃を受ける。

 甘い匂いと、体温と、重さと、髪の毛のくすぐったさ。そして、たゆんと柔らかい感触。



「つまりさ、あたしたち両想いってことじゃん!」


「は? え、あーうん、そうだね」


「うーーーーーーっ」


「ちょっと、うっ、首、ぐ、ぐるしい!」


「あ、ごめん」



 彼女があわてて腕を解く。正直名残惜しいけど。



「それより、君はなんで僕なんかを好きになったの?」


「それは……最初はさ、前の自分みたいで仲間だーって思ったんだよね。だからいつか声かけてみようと思ってたんだけど、なんだろう。こじらせた?」


「こじらせたかー……いやいやいやいや!」


「あははは。でも割とほんと。だからあの時教室でウサ娘の音が響いたとき、声かけるチャンスだって」



 僕は最初から最後まで、ウサ娘に助けられてばっかりだな。

 でもあの時不意に鳴ってしまったこと、最初は最悪と思ったけど……幸せってなにがきっかけで訪れるか、わからないもんだな。



「そろそろ戻ろうか。1時間目もう始まってるだろうし」


「そうだよね。あーーー目立つだろうなぁ、あたしたち」


「なんか……教室に戻りたくない」


「このままサボる?」


「残念だが、オタクにその選択肢はない」


「あんた、なんだかんだ、オタクであることにプライド持ってない?」



 ◇ ◇ ◇



「で、どういうことなんだよ」



 次の休み時間、彼女と二人で陽キャグループに囲まれ尋問の始まりだ。

 しかし彼女は凛として答える。



「あたしたち、付き合うことにした」


「マジで? このオタクと?」


「うん。あとさ、みんなごめん! あたし自分がオタクなの隠してた!」



 頭を下げ、スパっと謝る彼女。



「実はウサ娘の大ファンで、写真のこともほんとで、こいつと一緒にイベントに行ってたんだ。でもあたし自身オタクだなんてわかったらみんなガッカリすると思って、言えなかった……ほんとゴメン」


「マジかよ……」



 クループメンバーががっかりしたような様子で目線を逸らしていた。

 中心的存在である彼女が、見下し忌避していたオタクという存在だったとはショックなのだろう。



「あのさ、見てくれ」


「これって」



 差し出されたスマホの画面に映し出されていたのは、可愛い立ち姿を披露する、クリスマス限定衣装をまとったホーランドロップちゃん。



「私も」


「俺も」



 続いて各々の画面を出す、グループのメンバー。



「俺ら、前からウサ娘にハマってて、今まで言えなかったんだけど」


「ほらぁ、オタクだって思われたらハブられると思って~」


「この前はああいったけどよ、実は」



 まさかグループの4人全員……



「えっ、マジ!? やってないの私だけじゃん。なんなの!」



 あ、女子ひとり違ってた。



「だからさっきも、お前ら二人でイベントに行ってるの見かけて、詳しく話を聞こうと思って」


「え? 見かけた?」


「ああ。俺ら三人もあのイベントに行ってたんだ」



 だからあの写真を持っていたのか。盗撮だし、ひとりハブられてるけど。



「お前らが付き合うのは意外過ぎんだけど……まぁ、今時ゲームするのもアニメ見るのも普通だし、別にオタク趣味だからって軽蔑したりしねーよ。お前も」


「僕も……」



 そうか。オタクは迫害されると勝手に思い込んで、レッテルを貼って、忌避していたのは僕自身だったんだ。

 オタクであることを、他人と向き合わなかったことの言い訳にして。



「でも、お前ら付き合うっての本当なのか?」


「あ、はい……」


「本当だよ。あたしたちなんてゆーか、両想い的な」



 クラスのあちこちで悲喜こもごも悲鳴が上がる。



「マジかー、ちょっとショックなんだけど」


「こいつ、お前のことちょっと好きだったんだよ」


「おいやめろ!」



 男が肩を落とし、他のメンバーがその背をポンポンと叩いている。



「ごめん。でもあたし、こいつのことずっと好きだったし。だから残念でした!」



 急に僕に抱き着く彼女。

 校則ギリギリアウトの明るい髪が顔をくすぐり、たゆんとした柔らかいものが背に触れ、甘い匂いが鼻をくすぐる。


 クラスメイトによる再三の悲鳴が聞こえないほど、僕の心臓は高鳴っていた。



 ◇ ◇ ◇



「よっ! お待たせー」



 明るい声とともに肩に衝撃。振り向くと当然の当然、彼女がそこにいた。



「ううん、全然。1時間しか待ってないよ」



 嘘です。3時間前には来て下見してました。



「あーーーライブ楽しみ!」


「僕も。昨日6時間しか寝れなかった」


「しっかり寝てんじゃん!」


「ははは。結構人多いね」


「そりゃー、そうでしょう」


「その、はぐれないように……」



 片手を差し出す。



「殊勝な心掛けだな。褒めてつかわす」



 言いつつ手をつなぐではなく、腕を組んでくる彼女。

 いかん、たゆんと柔らかいものが……



「あの、ちょと恥ずかしいというか、照れくさいというか」


「いいじゃん。ほら行くよ!」



 そう言うと彼女は、あいた片手をグーに腰だめにした。

 彼女がなにをしようとしているのか理解した僕も、同じように手をグーにする。



「ウサ娘!」


「キューティーレーシング!」



 僕らは二人声を張り上げ、青空へと手を突き上げた。




―――――――――――――――――――――――

《作者より》

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします!

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2023年、皆さまにとって良い一年になりますように!

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