悪女と執事〈後編〉

 あまりに予想外の主の発言に言葉を失っていると、モナルク様はさらに畳み掛けてきた。



「アエスタとベニーグ、夜に二人だけでこっそりお話してたの、モニャ見た! その後二人でアエスタのお部屋に行ったのも、モニャ知ってる! モニャとアエスタ、二人きりで散歩してたら、ベニーグ飛んできた! 他の男と一緒にいるの、やだったからって嫉妬してアエスタに怒ってた! その時にアエスタ、ベニーグとのこと、モニャに打ち明けようとしてた! アエスタとベニーグ、愛し合ってたんだよね!? なのにベニーグ、何で他に好きな子できるの!? アエスタ、きっとすっごくつらい思いした! モニャも……モニャだって、つらかったんだからね!」



 あっ……これはもしや。


 モナルク様の理知的かつ明快なご説明により、私もやっと合点がいった。


 あ、あーあー……私とアエスタ様が避けられていたのは、このトンデモ勘違いのせいだったのか。我々の行動が誤解を生み、このような恐ろしくも悍ましいお考えに至ってしまわれた、と……はいはい、なるほどなるほどー。


 理解するや、腹腔が燃えて焼けて溶け崩れるほどの怒りが湧いた。



 …………っあんの、おバカめぇぇぇ!!



 よりにもよってモナルク様に、よりにもよってあんなおバカと、よりにもよって恋仲などと誤解されていたとは……最凶の置き土産をしてくれたものだな!


 冗談じゃない、あのおバカはやはり悪女だ! 私にとって最低最悪の超悪女だ!


 これは、殴り返しに行かなくては気が済まない。こちらは心から慕うモナルク様に二発も食らったのだから、十倍、いや百倍にしてお返ししてやらなくては腹の虫が収まらない!


 だが、私一人で行ってバカスタを殴ったところで、モナルク様の誤解が消えるとは思えない。あのおバカ悪女本人に、モナルク様へ弁明してもらわねば。


 ということで、煮え繰り返る怒りを脳内でバカスタをフルボッコにガブガブすることで必死におさえ、私は不敵に笑ってみせた。



「何故モナルク様がお怒りになるのか、私には理解しかねます。たとえ私が二股をかけていたのだとしても、モナルク様には関係のないことでしょう? 大体バカスタ……いえ、アエスタ様がつらい思いをしたからといって、何なのです? モナルク様がおつらくなる理由にはならないのでは?」



 本当はすぐにでも、誤解を解きたかった。私があんなおバカを好きになるわけがない、あんなおバカでも良いと広い心で受け止められるのはあなたくらいだ、と訴えたかった。


 だが、敢えてそうしなかった。モナルク様から本音を引き出すために。



「そ、それは……モニャが……その……むきゅ……」



 しかしモナルク様は口ごもり、全身の桃色を華やかに濃くして慎ましく俯いてしまわれた。控えめな性格でいらっしゃるせいで、なかなか本音を明かせないのだ。


 だが、ここで諦めてはならない。

 私は次の口撃に打って出た。



「それは……何です? まさかモナルク様、シレンティに恋慕なさっていた、とでも?」


「違うにょ! モニャは、アエスタが好きにゃの! モニャが好きなのは、アエスタにゃにょ! にゃ〜……噛んだぁぁん……」



 ああ、ここでお噛みになられるとは……さすがモナルク様、空気を和ませるのが大変お上手である!


 しかし、まだ攻撃の手を緩めるわけにはいかない。



「そのお気持ちを、アエスタ様にお伝えしましたか? しておりませんよね? なのに私を叱るのは、ただの八つ当たりではありませんか? それは間違った行為ではありませんか?」



 くっ……我ながらひどいことを言っている。モナルク様、涙目になっておられるではないか。つらい、とてもつらい。


 だがそれでも、この方を動かすにはこう言うしかないのだ。



「ご、ごめんなさい、ベニーグ……モニャ、八つ当たりしちゃいました。モニャが間違ってました。お返しに、ベニーグの気が済むまで、モニャを殴ってください。十倍でも百倍でも、モニャ、全部受け止めます」



 ぺこりと、モナルク様がぺこもふんと頭を下げて詫びる。


 素直ーー! 泣けるくらい素直ーー!

 余計つらくなるから、謝らないでーー! あと殴られるべきなのは、バカスタですからーー!



「お返し、ですか……でしたら、私と共に来ていただきましょう」



 申し訳なさに揺れ動く心を死にものぐるいで押さえ込み、私は平然とした顔で提案した。



「んきゅ? どこに?」



 モナルク様がお顔を上げて問い返す。



「アエスタ様とシレンティのもとへ。今から追えば、森を抜ける前に捕まるでしょう。そこで私は改めて、二人の前で自分の気持ちを伝えます。アエスタ様の前できちんと、シレンティへの想いを打ち明けます。そうして私がケジメをつけるところを直にご覧になれば、モナルク様も納得してくださいますよね?」


「むきゅぅ……でも……」



 しゅんと毛が萎びる。

 アエスタ様が振られるところを見せられると思うと、胸と心が痛むのだろう。


 やれやれ……あんなおバカのために、そのお美しい毛に包まれた精悍なお胸も、透き通るほどに純真なお心も痛める必要など全くないのですよ?


 だって、アエスタ様もモナルク様のことを――。


 私は微笑み、モナルク様に近付いた。



「モナルク様、良いことを教えてさしあげましょう」

「もにゅ?」



 モナルク様がこちらを向く。


 そのお耳――ふっさりとした毛で隠れているが顔の両脇に小さくハート型に空いた、可憐なる形をした外耳道の右側に、私はそっと口を寄せた。



「振られた女性というのは、直後のアプローチにとても弱いそうですよ。ちょっと優しい言葉をかければ、コロッと落ちるのだとか。ですからモナルク様も、アエスタ様に慰めのお声をかけてみてはどうです?」


「そ、そうにゃの? でも……そんなことしたら、何だか、傷ついた心に付け込むみたいで、可哀想な気がする……」



 恋愛小説で得た薀蓄を教授するも、モナルク様は優しさ故に躊躇うばかり。


 よーし、ならば!



「でしたらぁ〜、アエスタ様と次にお会いになるカロル様がぁ〜、美味しいとこ取りをすることになりますねぇ〜? あ〜あ〜、せっかくのチャンスなのにぃ〜……本当にいいんですかぁ〜? カロル様に横取りされてしまってぇ〜?」



 秘技、当て馬男の召喚である!


 ちなみに、このテクニックも恋愛小説で学んだ。

 モダモダ状態の打破には、二人の仲を邪魔する他者の存在が効果的らしい。特に受け身なタイプは相手に負けまいと闘志を燃やし、熱くなる……とのことだ。



「で、でも、モニャ……でもでもでも……」


「では、私は行きますねぇ〜。モナルク様はどうぞごゆっくりお留守番を〜」


「……むきゃあんっ! 待って待って、モニャも行くっ! アエスタ、渡さない! モニャ、頑張って、アエスタに好きになってもらうにゅーー!!」



 一足先に駆け出すと、モナルク様もころころ転がりながら追いかけてきた。


 ふっと、笑いが漏れる。


 初めて、この方の願いを聞けたことが嬉しくて。

 そして、その願いは既に叶っている――そう知っているから可笑しくて。




 ころころ転がりながら道中、モナルク様はずっとアエスタ様がどれだけ素敵な方かを語って聞かせてくださった。


 少し畑のお手入れを手伝っただけで、一生懸命にお礼を言ってくれる優しい子なんだ〜だとか。

 素敵なブラシをプレゼントしてくれたんだ〜、それを使うと彼女にナデナデしてもらってるみたいでブラッシングがとても楽しくなったんだ〜だとか。

 花の茎の他にイッツゴゥのヘタが大好きらしくて、ちょっと変わってるところも可愛いんだ〜だとか。

 自分のことを忘れてほしくないから、せめてこの地を覚えていてほしくて一緒に夜空を見たんだ〜、でも彼女の横顔は星空よりも綺麗だったんだ〜だとか。


 いつまでも続くアエスタ可愛い烈伝に辟易しつつ、私は適当に相槌を打ってやり過ごした。心の中に、怒り以上の決意を燃やしながら。



 悪女バカスタよ、待っていろ。私はお前を許さない。


 モナルク様に気味の悪い誤解をされたことにも、そのせいで殴られたことにも腹が立つ。だがそれよりも……貴様はモナルク様のお心を奪った。これは重罪だ。貴様は悪女すぎるほどの悪女なのだ。


 貴様には罰として、何としてもモナルク様と結ばれ幸せになっていただく!


 そしてモナルク様の恋を叶えたあかつきには、私もシレンティを伴侶にするのだ。


 そのためには、片付けなくてはならない問題が大きくそびえているが……そんなこと、知るものか! バカスタに全部丸投げしてやる!

 ……で、でもモナルク様とシレンティのためでもあるし? 頼まれれば、私も手伝ってやらなくはないぞ!?


 四人一緒に力と心を合わせれば、どんな困難にも打ち勝てる――何の根拠もないけれど、そう思えた。



 決意と希望と――そしてやはり消えない超おバカ悪女への怒りを胸に、私はモナルク様と共に、それぞれの愛しい者へと向かって走り続けた。






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悪女と魔獣〜王子に婚約破棄されて愛くるしさが過ぎる人外辺境伯の婚約者候補になったけれど、笑えるくらい心を開いてくれないので、観察記録をつけて彼の好みを探ろうと思う〜 節トキ @10ki-33o

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