リカちゃん人形製造工場 🙇‍♀️

上月くるを

リカちゃん人形製造工場 🙇‍♀️





 記憶というものの不思議さよ……このごろ橙子さんはなにかにつけ思うのだった。

 ふと目にしたドラマの場面から古いむかしの聴覚、視覚、触角が立ち昇って来る。


 今朝、瞬時によみがえったのは窯から吐き出されたパーツの熱さ、ベルトコンベアに持って行かれた頭部、胴体、手足を拾う先輩女工に、思いきり舌打ちされたっけ。


 

 ――リカちゃん人形。(/・ω・)/



 アメリカ仕込みの金髪&青い目が、当時、なぜあれほどの人気を博したのだろう。

 高度経済成長期の日本人は「ウサギ小屋」と揶揄される家に住み中流を標榜した。


 その象徴が夢見る少女たちの心をとらえたリカちゃん人形だったような気がする。

 橙子さん自身は、祖母手づくりの和人形の着せ替えを楽しんだものだったが……。




      🧚‍♂️




 苦い追憶から醒めると、ドラマの場面は質素な部品工場の応接室に変わっていた。

 作業服のシニア経営者がスーツの銀行マンにぎゅうぎゅうにやりこめられている。

 

 橙子さんの思い出も何十年もジャンプし、銀行の融資係の尖った革靴を呼び出す。

 それにもうひとつ、事務所の応接室でふんぞり返る、国の保証機関のわかものの。



 ――いいですか、おたくは当行の顧客中で最低のEランクなんですよ。(=゚ω゚)ノ

   全国の業界のグラフと比べ、おたくの財務状況はわるすぎて……。(´-ω-`) 

  


 なにを言われても、どれほど口惜しくても、ただひたすら頭をさげつづけていた。

 なんなら大学出たてのマンボズボンに、その場で土下座してもよかったんだけど。




      🏦




 屈辱の記憶から醒めれば、テレビ画面はまた変わっていて、不仲の両親がもたらす子どもへの好ましくない影響や心に与える傷について、アツい討論を展開している。


 司会もタレントも視聴者も寄って集って駄目親の駄目な点をビシバシあげつらう。

 これまた仕事上の弾劾よりずっと辛い審判なのだ、シングルの橙子さんにとって。


 だよね、だよね、本当に至らない親だったよね、ごめんね、ごめんね、ごめんね。

 駄目親の自分を、何度もいつまでも責めつづけずにいられない。(ノД`)・゜・。




      🌨️




 初めて「毒親」という愛の欠片もないことばを聞いたときの衝撃が忘れられない。

 愛して愛して愛して無限に愛して育てたつもりだけど、それがいけなかったの?


 Wikipediaによれば、1989年、米国のスーザン・フォワードさん(医療関係のコンサルタント、グループ・セラピスト、インストラクター)による、造語だとか。


 あらためて確認してみれば、かかりつけの心療内科に自分が該当するか訊ねたとき「学術用語でもないのに論じる意味がない」即却下された本義が冷静に理解できる。


 けれど、それでもなお、毒親ショックは橙子さんを太い鎖で呪縛しつづけている。

 自らに駄目親の烙印を押したまま生涯を終えるとしたら、すこし悲しいかも。💧




      🖊️




 数日後、橙子さんはかつて一度だけ電話でお話したことがある作家の執筆スタンスに関する番組を魂が震えるような感銘をもって観ていた、あの先生ならやっぱりね。


 社会派として知られた大作家は呟く「あらかじめ選択された情報を流すマスコミに操られた世論が人間を追い詰めていいのか」……ラベルのライン、だれが決めるの?



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