呪われた橋

篤永ぎゃ丸

ジョウカノハシ


 この橋から見る川の眺めは、いつ見ても綺麗で理解できない。だから僕は、心療内科医から貰った診断書を穏やかに流れる川に向かって投げ入れた。環境破壊で衝動を発散し、悪い事を成し遂げる事で抱かれるこの心地良さが、たまらない。


 このポイ捨て癖の始まりは、小学生の時からだった。こっそり持って帰った給食のみかんの皮を投げ入れたのが始まり。いたずら心のままに、いらないものを橋から川に投げ入れる。僕にとって、これ程楽しい遊びは無かった。そしてそれは、成長と共にエスカレートしていった。捨てたはずなのにいつまでも鮮明に覚えているから、頭の中は何年経っても片付かない。


 近所のおばちゃんから貰った飴玉


 親に見せる通信簿


 部活のユニフォーム


 推薦入試の合格通知


 通学定期券


 卒業証書


 バイトのシフト表


 町内会の回覧板


 自転車


 結婚指輪


 相続登記


 スマートフォン


 今日に至るまで、僕にとっていらない物を橋から川に投げ入れた。もう何十年とこれを続けているのに、真下の川は全く汚れず、いつも澄み切っている。川のゴミ拾いをしてる人がいるのだろうか。ここの土壌が良いのだろうか。それにしたって、ここまでこの場所が綺麗なのは、どうしても理解できない。



 山に囲まれた田舎町に架かるそこそこ高い鉄橋だけど、僕は橋の名前を知らない。あるんだろうけど、興味がないんだ。そんな事を把握しているのは、この場所での生活に満足してる人間くらいだろう。


 ここは空気も悪い。育った野菜は不味い。広い田畑が続くのに、狭苦しい。そしてこの鉄橋も、川も、僕を逃してくれない。故郷がどこまでも纏わり付いてくる。


 この場所から出られない事が辛いくせに、僕自身は外へ出る憧れも度胸もない。こんな所で、育ったせいだろう。恐怖心を植え付けられて、何も出来ない。視野を狭くさせられて、逃げ道も分からない。だからこうして、静かに駄々を捏ねるだけだ。


 僕はあの日から『橋』そのものだと、今になって気付いてしまった。そこに縛られて地元民の足踏みで軋みを上げる毎日。動かず、ジッと川を見下げるだけの、地域の一部だ。


 こんな地域の人達を繋ぐに、名前を付けるのなら、『呪われた橋』が相応しいだろう。ここに生まれてしまった事を、居座る事だけが役割である事を、こうして叩き込んで。透明に煮凝ったあの川へ、再びゴミを手向けよう。もっと、もっと汚れるように。


 橋に身を乗り出して、僕は考える。



 明日は、橋から——何を投げ入れよう?

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呪われた橋 篤永ぎゃ丸 @TKNG_GMR

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