惨めさへのララバイ

真花

惨めさへのララバイ

 そこの男の肥え太った体。手入れを放棄されたよれよれのスーツ。ネクタイは哀しく曲がって、髪はもっと哀しく乱れて。濁った瞳で物色をしている。男は惨めさを背負っている。それを隠すことを諦めている。惨めさが漏れ出て悪臭を放っている。

 そこの女の流行りの服。人造皮膚のような、既製品に近似しようと塗り込められた顔。その顔面に力を入れていても眼までは誤魔化せない。足取りには正体が映る。女は惨めさを背負っている。それを隠すことに躍起になっている。だけど、惨めさが漏れ出て悪臭を放っている。

 帰り道に商店街を歩いた。

 今、追い抜いた男の高い襟。黒いコート。身をよじるように足早に去って行く。男は人を避けながら、歩く速度を緩めない。人混みに男は溶けて消える。男は惨めさを背負っている。それから逃げている。

 若い男女が腕を絡ませてお互いの顔を見ながら笑みを交換している。のそのそと進む二人に遠くから冷たい風が吹き付ける。二人はぎゅっと身を縮ませながらも、その笑みを崩さない。男女は惨めさを背負っている。それを忘れようとしている。

 駅。ホームに並ぶ。

 スマートフォンをずっといじっている男、女、男、女。並んでいるその背中にそれぞれの濃さの影が乗っている。それらは重く、しつこく、粘っこい。男も女もスマートフォンをいじることから脱せられない。もしそれを切ったなら、今日一日で蓄えた惨めさと向き合わなくてはならない。車窓に映る自分の顔の中に刻みつけられた惨めさを味わわなくてはならない。男も女も惨めさを背負っている。目を背けている。

 喋り続けるグループがいくつかある。言葉を出して、受けて、また出すことで、時間を潰している。でもその時間潰しには意義がある。グループの誰もが惨めさを背負っている。言葉を出し入れすることで惨めさを誤魔化している。


 惨めさを背負った背中しかいない。


 家に帰って、天井を見る。

 同僚に冷たくされたことも。

 上司に嗤われたことも。

 後輩に資格で追い抜かれたことも。

 いつもだったら家に帰ってまで思い出さないのに今日は、マックの紙袋みたいにお持ち帰りをしている。いっそ紙袋の中が空っぽだったらいいのに。そうしたら、空気をパンパンに入れて、思い切り潰して、破裂の音を響かせてやるのに。


 帰り道、同じ背中を探した。


(了)

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