第33話 お姉さんとワン子ちゃん

 夕凪ちゃんとの時間を取り戻して二日後、テストは始まった。

 精神的にも落ち着きを取り戻し体調も戻ってきている。でも、肝心のテスト勉強はろくに出来ていない。

 きっといつも以上に酷い結果になるだろう、そう覚悟していた。

 でも、それでよかった。

 いつも以上に充実した気持ちでテストに挑めることができたし、それになにより――とてもとても大切なものを、失わずにすんだのだから。

 そして、三日間のテスト期間が終わり、その週末――結果が出た。




「ねえ、一つだけ言わせて優奈……どういうことなの?」


 学校帰り、隣を歩くひばりに突然尋ねられた。

 彼女の手には、女子高生の片手には少し大きく感じる透明なプラスチックのカップ。フローズン状のコーヒーにたくさんのホイップクリームが乗り、その上からこれでもかとかけられたチョコレートとストロベリーのソースが口にしなくても甘さを口の中に運んでくる、スタバの新作だ。

 私がひばりに驕ってもらう予定だったけど、この間のファミレスでのお詫びに私が驕ったのだ。


「『テスト前から散々で精神的にも色々危うかったけれど、ワン子との絆を取り戻して元に戻りました』はまだいいわよ」

「そうなの?」

「ええ。『おかげで危うかったテストも、なんとか乗り切れたよ、やったー! チャンチャン』それもいいわ、許してあげる」


 なんでひばりに許してもらわなきゃいけないんだか。

 ツッコミたいところだけれど、まあ、いっか。


「でもさ、なんで? なんでなの?」

「あはは…………」

「なんでアンタ、前より成績上がってるのよ!?」


 そう、こればっかりは私も不思議でならなかった。

 勉強もほとんできていないテストなど、どうせろくなことにならない、と半ば諦め、ほとんど投げやりの状態で挑んだのだけれども……。

 結果は悪いどころか、普段よりもいい成績になっていた。


「優奈……アンタやっぱバカでしょ」

「酷い言われようね」


 恐らくだけど、理由は単純に勉強していたからだろう。

 夕凪ちゃんと合わなかった時にしていた勉強は、色々トラブルに見舞われたりして全く身に入ってないと思っていたんだけど、なんやかんや入るものは入っていたようだ。

 おかげで、念願でもなかったけど、学年の順位も一桁代になっていた。

 そりゃあひばりが驚くのもむりはない。


「まあ、その話はもういいとして……で、結局どうなの?」

「どうって?」

「だからワン子、夕凪の事よ」


 ああ、そのことか。

 ひばりにも相談してたんだから、知りたいわよね。


「答えは出たの?」

「うん」


 似たような質問の度、私は今まで曖昧な言葉しか返せなかった。

 でも今は違う。

 ハッキリと頷き、答えることが出来る。


「ほほう、ようやく自覚したか。少女の淡い恋愛感情に」

「え、違うけど」


 と、きっぱり言い切り、ひばりが漫画みたいなコケ方をする。

 危うく、スタバの新作を溢すところだった。


「ど、どういうことよ!?」

「どういうって言われても……」

「百合でしょ? 恋愛感情持ったんでしょ!?」

「そういうのとは……うん、やっぱり違うかなぁ」

「えぇ…………じゃ、じゃあなんだって言うのよ?」

「それはね……」

「それは?」


 これでもかと言わんばかりに勿体ぶらせる。

 そして、僅かに微笑んでこう言った。


「フフ――秘密」

「もう、優奈ってば!」

「フフ、アハハ!」


 こうして悪戯っぽく笑うのは、まるで夕凪ちゃんみたいだな。

 ひとしきり笑い、再びひばりが話題を変えてくる。


「ねえ優奈、明日から休みだけど、どうするの?」


 テスト期間は終わり、週末の土曜日がやってくる。

 テストという拘束から解放感で、今まで我慢していたことをやりたくもなるのは当然だ。

 既にひばりやクラスの友人達とテストの打ち上げはすでに済ませている。

 となれば――することは一つだ。


「聞かなくても分かるでしょ」

「ま、それもそうね」






「はい、いっちに、さんし」


 翌日の昼下がり。

 よく晴れた天気の下で、近くの公園で準備体操をする私、そして――


「にーに、さんし」 


 夕凪ちゃん。隣で元気よく私の動きを真似している。

 晴れ渡って気持ちのいい空、一面青々とした芝生。夕凪ちゃんでなくてもすぐにでも駆け回りたいところだけど、怪我をしないように準備体操はしっかりと、ね。

 あれからの私達に変化があったかというと、そんなことはない。

 ただ元に戻っただけ。なんならテスト中だって普通にご飯を食べ、普通に遊んでもいたくらい。こうして、また何気ない日常送っている。

 それが、言葉にできないくらいの幸せだった。


「さんに、さんし。よんに……」


 と、腋を伸ばす体操をしていると――


「えーい!」


 隣の夕凪ちゃんが、ふざけてぶつかってくる。


「こら、夕凪ちゃんってばもう!」


 叱りながらも、口からは笑いが溢れる。


「にしし!」

「やったなぁ」


 お返しとばかりに私が夕凪ちゃんに抱きついてやる。


「このこのぉ」

「アハハハハッ!」


 芝生の上で転げ回る私達。


 私達の関係は、もしかしたら周りからはちょっと変わっているように見えているのかもしれない。

 同じマンションのお隣さん?

 歳の離れた友人? それとも恋人?

 もしかしたら、一番近いのは犬の飼い主とそのペットかも。

 でも、犬や猫を飼っている人達は、昔みたいに番犬やネズミ捕りのために飼っている人は多分ほとんどいないだろう。

 私だってそうだ。

 自分が百合なのかどうか、それはまだ私にもよく分からないけど、それでも私と夕凪ちゃんの関係は今ならハッキリと言い切れる。

 そう、私達は――


「ゆなさん」

「夕凪ちゃん」


 家族だ。

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お姉さんとワン子ちゃん~隣に住むワンコみたいな小学生にじゃれつかれながらお世話します~ 碧崎つばさ @Librae_Y

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