第32話 ふたり

 それからまもなく、私達は自宅に入ってお風呂へ。

 いい加減、雨で冷えきっていた体を暖めないとせっかくの再会なのに風邪を引いてしまう。

 もちろん、夕凪ちゃんと一緒にだ。

 ずいぶんと久しぶりに感じた。

 夕凪ちゃんと一緒にお風呂に入ることもだけど、一緒になにかをすることが。以前はごくごく自然に感じてたけど、今は違う。

 こんな何気ない日々が、とても大事で、とても好きなんだって。

 だからこそ、大切にしたい。二度と手放したくなんかない。

 そうと分かれば、迷う事なんて無い。

 一足先にお風呂を後にした私は、やることが――ううん、やりたいことがあった。

 



「ゆなさん……」


 私に遅れてしばらく、お風呂から上がってきた夕凪ちゃんが私の元にやってくる。

 お風呂上がりで肩にタオルを掛けて、ほんのり頬を赤く染め上げている夕凪ちゃんが着ているのは、私が昔着ていた服。だけど今じゃもうすっかり夕凪ちゃんのものだ。


「なにしてるの……?」

「ん~? 晩ご飯作ってるんだよ」


 鍋はコトコトと音を立て、醤油とショウガの甘辛い香りがキッチンに広がる中、サラダに使う野菜達を手際よく切っていく。

 ご飯は冷凍のものしかないけれど、鶏肉とケチャップで炒めて卵で包んでオムライスにでもしよう。スープはあっさりとコンソメ仕立て。

 後で冷凍していたオレンジをシャーベットにしてデザートにしよう。今日は普段よりも少し贅沢な晩御飯になりそうだ。


「もうすぐできるからね」 

「でも……お勉強は、いいの?」


 夕凪ちゃんには似合わない遠慮した尋ね方だった。

 きっとまだ、無理に気を遣っているのだろう。


「夕凪ちゃん」


 私は料理の手を止め、夕凪ちゃんに振り返る。

 そして腰を落とし目線を合わせると――


「ほれ」

「んん~」


 むぎゅっと、タオルで夕凪ちゃんのほっぺをワシワシ。

 柔らかくてつるつるのほっぺがタオル越しでもよく分かる。


「ねえ、夕凪ちゃん。宿題とかお勉強って好き?」


 私の質問に、夕凪ちゃんはなんだか嫌なものを思い出したような顔を作る。


「……あんまり、好きじゃない」

「そっか。実はね、私もそうなの」


 続けて私は尋ねた。


「じゃあ、私のことも好きじゃない?」

「そんなことない!」

「それも私も同じ。夕凪ちゃんのこと大好きだよ」


 その一言は、すごく自然に出てきた。 


「夕凪ちゃん、心配してくれてありがと。でもね、そんなに気を遣わなくていいんだよ。テスト勉強するにしても、ご飯を食べて力付けなきゃ全然身につかないもん」

「でも……」

「そもそも、今までだって夕凪ちゃんと一緒にいても、テストで悪い点なんてとったことないもの。夕凪ちゃんだって知ってるでしょ?」


 思い返してみればそうなのだ。

 いつも夕凪ちゃんと一緒にいながらも、いつも夕凪ちゃんに振り回されてきても、不思議なことに成績を落としたことなど無かった。

 なんで今まで気づかなかったんだろう。それくらい自分の視野がせまくなっていたのかもしれない。


「むしろ、今日まで会えなかった間の方が調子悪かったくらい」


 むしろこのままテスト受けていたら、どうなっていたか。

 考えたら恐ろしくてたまらなかった。


「それに、一日くらいサボったってなにも問題ないよ」

「でも、しんろ、は?」


 んーそうだね。

 確かにそれは大事なことだし、考えなきゃいけないことだけど。


「テストで悪い点取っても、今すぐどうこうなるものじゃないよ」


 まして、死んじゃうようなことでもないし、いくらでも挽回できる。なにより自分にとって大切な時間を手放さなければならないことでもない。


「だから夕凪ちゃんが心配しなくていいの」

「ゆなさん……」

「それよりも夕凪ちゃんと会えないことの方が死んじゃうよ~ほれほれ~」


 タオルでくるんだ夕凪ちゃんの顔をワシワシ。


「ゆなさん、やめてってば、もう!」


 夕凪ちゃんも嬉しそうな声を上げてくれ、心なしか笑顔が戻ったように思える。


「ふふっ。さ、ごはんにしよ!」

「でも、晩ご飯には少し早くない?」


 今は夕方の四時を少し過ぎたくらい。

 たしかに晩ご飯には少し早い気もする。


「だって夕凪ちゃん、学校終わってから家に入れなかったからお昼も食べてないでしょ?」

「それは……うん」

「それに、ね」

「それに?」


 まるでとっておきの計画を見せるように、私は夕凪ちゃんに教えてあげた。


「早くご飯食べて、いっぱい遊びたいじゃない!」


 その一言が、全てを元に戻した。

 夕凪ちゃんのどこか遠慮がちな様子を。

 そして、私達の日常を。

 夕凪ちゃんの表情が、今まで見た中でもぱあっと明るくなる。

 そして、元気よく告げた!


「うん!」


 体中に元気をもらえる、そんな笑顔が世界を明るくする。

 よし、そうと決まれば話は早い。

 まずは晩ご飯からだ。


「ゆうなぎも手伝う!」

「お、偉いぞ~」


 キッチンから覗く窓を見れば、いつの間にか雨は止んでいた。

 夕暮れの差すキッチンで、私達は二人で並び一緒にご飯を作る。


 それから――


 二人で一緒にご飯を食べた。

 二人で一緒に片付けをした。

 二人で一緒にポイッキュア見た。

 二人で一緒にお菓子を食べた。

 そして――夜遅くまで、いっぱいいっぱい遊んで疲れて。

 一緒に布団に入った。


 テストは明後日。

 まともに勉強も出来ていない。

 それでも――うん、それでもだ。

 今日だけは――今日だけはいいよ、ね?


 その日ほど、ぐっすりと眠れた日はなかったと思う。

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