第三夜「始まりの夜に集う」(Bパート)⑥
「……さて、それではこれにて、今宵は退散させて頂く!」
その場にいる全員が、混乱のただ中にいる状態で、一方的にミツヒデが宣言する。
「おい待てェ!逃がさねえと言ってるだろうが!」
戦部ユウスケの火筒の先端がミツヒデを捉え、鉄弾をばら撒くも――
全身を羽毛に解いた〈灰羽孔雀〉がそれを防ぎ、さらには羽毛の奔流が視界全てを覆うような勢いで拡散し、全員の行動を阻害する。
「一応挨拶くらいしておこうか――俺はミツヒデ、火神帝國の明智光秀。……ほら、先生も名前くらい名乗っときなよ」
「同じく――火神帝國九大騎士の第四騎士・剣将「不穢の剣聖」上泉信綱」
――上泉、信綱?
明智光秀と同様、数百年前の――伝説的な剣の達人である。
彼が名を名乗ったのに、先ほど仕留め損ねた南風原くんが、いち早く反応する。
「――しくじったのは久しぶりだよー」
「ほう」
「上泉とか言ったな。――次は絶対に外さないんだよー」
高襟の服のせいで表情は伺えないが、凍える様な殺気を放ちながら言う彼に。
「……ではまたいずれ、その時は、ゆるりとな」
と返し、上泉信綱も、そしてミツヒデも、灰色の羽毛の雲霞の中で、呑まれるように姿を消した。
○
腰を下ろし、マサトはぼんやりと呼吸を整えていた。
マサトくん、大丈夫?
と繰り返し尋ねてくるちさとに生返事を返しながら、慌ただしく教皇院のスタッフが行き来するのを眺めていた。
何しろ、この施設の中に敵対者が侵入し戦闘が行われることなど、ついぞなかったこと――であるらしい。
経緯の検証、被害状況の確認、再発防止の対策。
とにかく多忙らしい戦部ユウスケは遅参を詫びる言葉もそこそこに、手負いの犬飼かなめを担いで行ってしまったし、南風原くんに至ってはいつの間にかふいっといなくなっていた。
ちさとと二人ぽつんと残されて、手持無沙汰のままである。
「おーい、おーい、マサトくん?」
「……ああ、なに?ちさと」
「何って言うか……マサトくんぼんやりしてたから……あ、色々あったし疲れてるよね? 横になって休む? わたしのお膝、枕にする?」
「いや……起きてるよ、そのまま気を失いそうだし」
「じゃあ、お喋りする? 何の話がいい?」
「……何でもいいよ」
と答えると、ちさとは少し考えてから、
「あのね……ねえ、マサトくんは、生まれ変わりって信じる?」
と、問いかけた。
「……よく、わからないな」
もしも死んだら、二度と生まれ変わってなど来たくない。
こんな苦痛を日々味わい続ける人生など、もう御免だ。
常日頃、そう思っているのだが、それを言葉には出来なかった。
こどもにそういうことを聴かせるものではない。という良識らしきものが、マサトにも存在したし。その手の言葉だけは、彼女にだけは言う事が出来なかった。
「わたしは、今度生まれてくるときは、コサージュじゃなくて、本物の魔法つかいがいいなあ……」
隣に座るちさとが、ぽつりとそんな風に呟いた。
「魔法つかいはね、ひとにもよるけど、長く生きられる人は、何百年もいきて、たくさんのひとを幸せにできるんだよ!」
「……コサージュは?」
尋ねたマサトに、
「コサージュは、生きてていい期間が、決められてるから……わたしは、あと一年くらいかな」
ちさとはこともなげに、そう返す。
「……え」
「あ、でもでも、まだ結構あるから、それまで、たくさんマサトくんのお手伝いできると思うよ!」
背筋が凍りつくのを必死に包み隠しながら、マサトは問い返した。
「……だって、君は命を作れるんだろう?」
「……うーん、なんていうか……、髪の毛? 髪の毛なら、切っても伸びてくるでしょう?」
何でもないことのように、料理のレシピの話でもするかのように、彼女はそう語る。
「あれは、わたしの命を少しづつ削って、切り分けて、少しお休みして回復したらもう一度、って、そうやって作ったの。だから、もともとその体が生きられるくらいでしか無いと思うよ。例えば、ふつうの……外のひとにあげたら90年か100年くらいはもつと思うけど、犬とか猫にあげたら、三十年くらい……かな」
ちさとの顔を見返すことすら憚られるように思いながら、
「……じゃあさ、さっきもらった命、返すわけにはいかないのか?」
と申し出ると、
「……わ、わ、そんなの駄目だよ、絶対ダメ。そんなことをしたら、マサトくんはあと十分くらいしか生きられないよ。マサトくんの命は、もうボロボロだったもの」
……だったら、だったら猶更、自分をほんのわずか生き永らえさせるくらいなら、と、そう口に出そうとして、
「だから……だから、うん、そんなの絶対ダメ。 わたしは、マサトくんに生きててほしい! それも、ただ生きてるだけじゃなくて、たくさん美味しいものを食べて、たくさん綺麗なものを見て、優しい人に囲まれて、できるだけ元気で、長く生きてほしい!」
ちさとの眼差しの前に、やっぱりそれだけは、声に出せず。
代わりに、隣に座る造花の少女の掌を取って。
「ちさと、頼みたいんだけど」
と、声をかけた。
「え? なになに? お手伝い?」
と、意気込んだ口調で返される。
「お手伝いって言うか……」
涙が零れてしまわないように、自分自身に嘘を吐きながら、
これは嘘だ、よくないことだと思いながら。
「さっきの、もう一回言ってくれないか?」
「ほっ?」
「……ほら、がんばれ。ってやつ」
それで意図が通じたようで、ちさとは一度「うん」と頷いて、マサトの手を握り返す。
温かい掌が、マサトのそれを、包み込む。
「がんばれ、わたし」
何だかやけに幸せそうに、ちさとはそう囁いた。
「がんばれ、マサトくん」
ひとつ、そう囁くたび、鼓動が、体温が、掌から伝わる。
「がんばれ、わたしたち!」
ちさとの手は、温かい。
きっと、沢山のひとを温められる手だ。
その温もりだけで、柄にもなく。
マサトは――これは偽りでなく――もう一度目が覚めてもいいかという気になった。
●
けれど。
――これより一年後に、この物語は終わる。
祇代マサトは、絶望の中で孤独に死亡する。
戦部ユウスケは、守りたかった物を守れず、汚辱に塗れて命を失う。
南風原ハルタは、辿り着きたかった場所にけして辿り着けない。
犬飼かなめは、己の名と誇りを奪われ、教皇院の戦奴隷に身を落とす。
――ああ、そして、彼女は。
繰り返す。
この先に、愛と勇気の勝利は待ち受けていない。
幸福な結末は用意されていない。
繰り返す。
これは――「すべてを喪う物語」である。
●
魔法少女くおん――イツワリノメサイア――
第二夜「焔―Im fire―」了
次回
第三夜「母―mother―」
「――我が子、祇代マサト」
魔法少女くおん/開幕前夜―イツワリノメサイア― 関守乾 @utakata-tutusimu
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