第三夜「始まりの夜に集う」(Bパート)⑤
ようやくちさとが落ち着いた頃、
「いやいや、お二人ともご苦労さん」
他人ごとのように言いながら、ミツヒデがやってきて。
「あーっ!」
ミツヒデの手の中にある、金属製の筒状の物を認めて、ちさとが声を上げた。
「それ! 勝手に持ち出しちゃいけないんだよ!」
言いながらさっと立ち上がり、武王と鎧王を左右の手に構え、マサトを庇うように、絶対に近づかせないと言う気迫で間に立つ。
「マサトくん、このひとの言葉を、耳に入れちゃ駄目だよ」
どこか、おぞましい害虫の生態を口にするような、彼女らしからぬ、硬い口調。
「このひとは、多分、マサトくんを戦わせたくないなら、それはいいことだ、戦いたくない君は正しいって言うし、その逆だったら、戦わないなんて良くないことだ、恥ずかしい事だって言う。 ――きっとそういう風に言葉を使うんだ」
――ことばは、そんな風に使っちゃいけないんだ。
「あなただね、マサトくんを困らせたのは」
ちさとはそう言って、ミツヒデを睨み付けた。
「……許さないから」
「――ッははは」
作ったような軽薄な声で、ミツヒデが嗤い声を上げる。
「ああ、そういうことを言う時には。――「わたしは難しいことは判らないけど」とでも上の句をつけとくと、可愛く思われると思いますよ」
「――わたし別に頭悪くないから、やめとく。漢字も読めるし、計算もできるよ」
「上の句なぞ不要。と。おお、こいつは至言ですな」
気安げにそう言うミツヒデの姿に、
「え、なに?知り合い?」
とちさとに尋ねてみるも、
「知らない! わたし知らないよこんなひと!」
と、酷い侮辱を受けたかのように返される。
「……まあ、貴方の大切なマサトくんをいじめるような事をしてしまったのは申し訳ありませんが」
「ふわっとした言葉でごまかさないで! ……いじめ? あなたはわたしの大切なひとを、悪意を持って攻撃してるんだ!」
思えば、ちさとは〈カグツチ〉に対しては、必ず倒すと言う意思の下に戦ってはいたが、怒ってはいなかった。
イワクラ卿やその周囲の者たちにモノのように扱われても、それを悲しみはすれど、彼らを憎んではいなかった。
ミツヒデのありとあらゆる言動が尽くちさとの逆鱗に触れたらしく、――マサトが初めて見る、ちさとの怒りの感情の発露だった。
「わたしは人が笑ってるのを見るのがすきだけど、怒ったり悲しんだりしているひとを嗤う笑顔は別だ!」
鋭い声で言い放ち、ミツヒデに詰め寄る。
今にも鎧王を振り上げ、ミツヒデの脳天に叩き込みそうだ。
灰色の羽が再び舞い、〈灰羽孔雀〉がミツヒデの前に姿を現す。
「……これは流石に勝ち目がないんで、退散させて頂きたいですな」
マサトも再び意識を切り替える。
この場で、こいつと戦うべきか?
だが、こいつの操る〈灰羽孔雀〉は直接の戦闘力は低いが 厄介だ。
ちさととて消耗が激しいはず、この場で戦うと言うなら、それなりにリスクがある。
ちさとに戦うように指示を出すか、逡巡する。
と、その間隙をついて、
――おん あしゅらや そわか。
朗々と、そう謳う声が響く。
「――
ついで放たれるのは、激情の発露そのもののごとき怒声と、
地上を薙ぎ払わんばかりの、火焔の砲弾。
「おっとっと!」
先ほどちさとが周囲の空間全ての炎を吸収したおかげでひとまず鎮火していた周囲が、再び火焔地獄と化した。
間近まで延焼しそうになる炎は、ちさとが即座に吸収する。
「ちょっと戦部さん、危ないよぉ!」
そして多量の粉塵と、くすんだ煙のその奥から姿を見せる。
堅牢な鎧甲と、数多の銃砲を背負った、鋼の巨躯。
――これが、戦部ユウスケの戦う姿か。
「そこの腐れ外道。てめェ、嵯峨様が仰っていた、明智光秀だな!」
彼自身の人となりの詳細はまだ知らぬが、一応こちらに気を使ってくれているものの、相変わらず形容しにくいガラの悪さだ。
顔を覆うフェイスシールドを展開し、素顔を晒している。
わざわざそうする理由も思いつかないが、「面と向かって痛罵してやらねば気が済まない」というところか。
「この恥知らずの主家潰しの裏切り者が! このお山から生きて帰れると思うなァ!」
「は は は は は――!」
――史上最大の叛逆者は、声を上げて獣のように嗤う。
「……そういうモノ言いだったから、あの人はその
そしてこれもまた大きく口を開き、殊更相手の神経を逆撫でするように、煽り言葉を重ねる。
「で、あんたもその口かい? 元
「――ッ?」
戦部ユウスケの顔が引きつるのが見えた。
何故それを、と、そう訝しむような表情。
「そっちにいるのは、麗しの犬飼かなめ嬢だな」
続けてミツヒデは、戦部ユウスケの後ろ。
彼が入って来た方へと目を向けて言う。
はたしてそこには、知った貌の少女が、上半身を未だ痛々しく包帯で括ったまま、苦痛に顔を歪めながら立ち、ミツヒデを射殺さんばかりの眼光を注いでいた。
犬飼かなめ。――犬飼先輩?
あの手負いで、ここまで来たのか?
「ああ、あんたは立派だよ、先刻犬と呼んだことに関しては謝罪しよう」
と、妙に殊勝なことを言いながら辺りを見回し、
「……で、姿は見えんが、まだどこかにいらっしゃるみたいだな、南風原くん」
と、重ねて、高らかな声で告げる。
「全員にお目にかかれるとは何たる幸運だ!
――嵯峨かのん!
――戦部ユウスケ!
――風見・南風原・ハルタ!
――犬飼かなめ!
――チ號参拾!
そしてそして、――祇代マサト!」
何だ?
他の面々はともかく、なぜそこに、自分の名前が並ぶ。
マサトの脳裏に立て続けに疑問符が浮かぶ。
こいつは、何を知っている?
誰か、こいつが何であるのか、知る者はいないのか?
けれど、戦部ユウスケも、犬飼かなめも、南風原と言うらしい義手の青年も、そしてちさとすらも、その答えを持っておらず、判っているのは、――ミツヒデが、この場にいる全員を万遍なく嘲弄しつくすつもりであるらしいこと。
マサトの疑問に対する答えではなく、
「へえ」
という素っ気ない声が、虚空から漏れる。
ふっ……と、何もない空間から、ロングパーカーの、少女のような顔の青年が、再び姿を見せた。
「おまえ、火神帝國か?」
「ああ、そうだよ南風原くん」
応じるミツヒデに、
「……なら、ぼくの敵なんだよー」
そう告げると共に、義手の青年――南風原くんが、「視認可能な速度で動く」のを止める。
「その首、もらうんだよー?」
次に彼が姿を見せるのは、ミツヒデの上空。
ちさとのように、大仰な武器を担いでいるわけではない。
戦部ユウスケのように、大量の火器を引っ下げているわけでもない。
素手。――少なくともそうであるように見える。
武器と化した四肢そのものを振るう、強いて言うなら〈カグツチ〉に近い。
右手の連結刃ではなく、左手。
鋼鉄色に輝く左腕を振り上げ、疾走の加速と落下の勢いを加え、一直線に叩き下ろす。
「ミツヒデの首が落ちる」
――その場にいた凡そ全員がそう確信するものの……
響き渡る金属音。
最初からそこに居たように、新たに人影が現れていて。
「これはまあ……何ともっ!」
――短くそう叫びながら、南風原くんの一撃を受け止めていた。
「――なっ!」
戦部ユウスケが、驚嘆の声を上げる。
「何者だ、あの野郎――刀で南風原の一撃を止めやがった!」
「おお、上泉先生に刀を抜かせるとはな!」
今度は、感心したようにミツヒデが言う。
新たに現れた人物は――少なくともミツヒデ同様、まともな姿かたちをしていた。
歳で言っても、マサトとそう変わりはなさそうな――細面の、精悍な容姿の青年。
「ああ、助かったよ先生」
「ミツヒデ、……あまりそう煽るなよ」
きちんとネクタイを締めた、整った身なり。
妙に人の良さそうな、落ち着いた風貌。
後頭部で一つに束ねた頭髪。
「そういうこというから、お主は皆に嫌われるんじゃよ」
と、諌めるようにミツヒデに告げた。
そして、手に持った――折れも曲がりもせずその輝きを示す、一振りの刀。
「聞いてた通り、大した腕前だ! 愛を知らない哀しい南風原くん!」
「だから、そういうのを控えろと言うとるじゃろ」
――南風原……くんが、奇妙に語尾を伸ばした口調で尋ねる。
「……戦部ー、こいつなんで、ぼくたちのことしってるんだよー」
「俺だって知らん!」
どうも、
こっちは向こうの事を知らないのに、向こうはこっちのこと、こっちの事情を一方的に知っていて、見透かしたように口にしてくる。
その違和感が、マサトがミツヒデに対して覚える嫌悪感の一部であった。
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