第2話「赤い目」パート3「襲撃」

 そしてレッドアイ盗賊団アジトの探索と襲撃の日。できれば下調べをしておきたかったが、賊の監視がある中でその賊のアジトの場所を調べる事は流石にできない。方法はいくらでもあるものの、アイニィたちが只者ではないことを隠しながら行うには多少手間がかかり、手間をかければその分怪しさも増してしまうかもしれない。実力を隠すことができようとも、露見する可能性を最小限にするにはそういう行動を最初からとらないのが一番である。

 しかし、今回の襲撃は新人の冒険者パーティという枠には当然収まらない一件だ。多少腕に覚えがあると言っても、たった4人で盗賊団を討つなど多勢に無勢であり普通は不可能である。だが、アイニィたちは今のところこれが最善だと判断している。賊に目をつけられている問題を解決し、ラカカ村に何かがある可能性をなくすには、賊をどうにかするしかない。

 戦闘力や総合的な対応力から、今回の件はアイニィとバーグの二人で行う。実力の隠蔽はある程度行うものの、今までの人間界における活動よりは多少派手になるだろう。クロ、シロも剣士としての腕は立つがアイニィとバーグの二人とは比べ物にならない差があり、いざという時に足手まといになるか、自らの刀剣に戻るための隙が生じてしまう可能性がある。クロとシロのような刀剣精霊は本来、刀剣に宿り、魔剣の力の制御、管理の補佐を行い魔剣の力を最大限に引き出すのが役割であり、それが最も戦闘力を高める配置である。


「さあて、行こうかねぇ、バーグや。」

「そうですねぇ、御主人様や。よっこいしょ。」

 早朝、何故か仲睦まじい老夫婦のような言葉遣いの二人。特に意味はないのだが、よっこいしょと言いながらクロ、シロの宿る2種類の魔剣を背負うバーグ。これがバーグ本来の装備であり、大剣は数が多かったり大きい敵に、長剣は数が少ないか小さな敵にそれぞれ使い分けられている。バーグも人間でいう12歳程度の容姿なので、大剣は鞘に入ると小さくなるようになっている。そうでもしないと地面に引きずってしまうのだ。

 一方のアイニィは普通にこの前人間界で買ったショートソードを差しているだけである。有事の際は亜空間から本来の得物をいつでも取り出せるので、問題はない。バーグも亜空間を操れるが背負う方が慣れているので背負っている。

 そして二人ともフード付きの外套をかぶり、すぐには姿がばれないようにした。

 朝早く、街の門が開くのを待って出立した二人。なるべく街中では普通の人間を装っていたが、姿が街から確認できなくなると、走って移動することにした。当然普通の人間の動きではない。

 アイニィもバーグも、キルトアに初めて着いた時から気になっていたことがあった。荒野の砂丘地帯に、わずかに魔力の反応がある場所があったのだ。魔術の反応と言ってもよい。アジトに魔法をかけるとは、一介の盗賊団にしては手が込んでいるが、ギルドで閲覧した情報から、かなり高い確率でアジトはその反応の場所であると二人は踏んでいた。反応から察するに認識阻害魔法と結界魔術がかかっているのだが、魔術師に大金を積んでアジトに魔法をかけてもらったのか、あるいは魔術に長けた盗賊でもいるのか…いずれにせよただの盗賊団にしては高度なのが気になる。そこまでする盗賊団はそうそういないだろう。

 荒野を抜け、砂丘地帯へ。

「ふむ、おそらくこの辺りに何か…ほう。」

 足元の砂丘の砂を弄るアイニィが何かを見つけた。それは50センチメートルくらいの黒い立方体。これは結界と認識阻害魔法を賊のアジト一帯にかけている魔術発生装置を入れた箱である。しかもこの箱にはご丁寧に簡易とはいえ隠蔽魔法と認識阻害魔法がかけられている。つまりアジトの結界と認識阻害と、その発生装置の箱にも隠蔽と認識阻害という2重の備えがしてあったということだ。ここまで丁寧に隠されては、普通はまず気づけない。そもそも砂丘地帯で砂の中から箱を見つけ出すなど現実的には不可能と言っていいだろう。

「これは…人間レベルにしては手が込んだ方だね。」

 これと同じ箱があと2、3個存在し、これらを結んでできた三角形、あるいは四角形の中に魔法を作用させている。

「アジト自体も思った以上に立派ですわね。」

 既に見えているアジトと思しき建物…それは旧大戦時代に建てられた石造りの城砦だった。旧大戦時代とは、魔族と人間の間に起こった戦争の時代である。

「御主人様、お耳を。作戦を思いつきました…ひそひそ。」

「ほほー面白いね。じゃあ僕は…ごにょごにょ。」

「…上手くいくといいですわね。」

「相手は中々優秀そうだからね。」


 2人は認識阻害魔法と隠蔽魔法を自らにかけ、賊のアジトへ潜入した。賊の道を大きくふさいだり、派手にぶつかったりしなければ誰も2人には気づけない。

 さて、ここは十中八九レッドアイ盗賊団のアジトであるが、確証を得なければならない。城砦内の掲示板、賊同士の会話からそれは程無く得られ、ほぼ間違いないだろう。念のため内部の構造を調べながら上を目指していく2人。

(…魔術師がいるね、この部屋だ。賊にしては腕利きの者達が集まっている…ここが集会部屋かな。)

(魔術師は魔力の波動からして手練れのようですわね。しかも接近戦も強そうです…お頭でしょうか。)

(可能性は高いね…ここは後回しにしてさっさと城砦内部を全て調べてしまおう。)

(承知。)

 城砦内には特にこれといった細工も無く、魔術がかけられている様子もなかった。細かく言えば、ある一室には魔術が使用された痕跡があったが、脅威になるようなものではなかった。おそらくあのお頭と思しき者の部屋だろう。もう一つ気になるとすれば、手練れと思われる賊の一人が自分の部屋に一人でいたことだ。しかも、それは男の格好をしている少女だった。魔術師の反応ではなかったが、意識的に魔力を操作できる様子もあった。

 実は魔力は魔術を介さずとも直接身体能力の強化として使うことができる。アイニィたちは普段からこの技術を使いこなして活動しているが、一般的には加減が難しく高度な魔力操作が必要なため、補助魔術の身体強化魔法を使う事が多い。つまり先の少女の魔力反応はかなり珍しく、アイニィたちは少し興味を抱いた。

(城砦内はこんなところかな…あの子は気になるけど、今は集会部屋か…行ってみようか)

(そうですわね…行きましょう)

 集会部屋の前に戻り、今一度外から中の気配を探り様子をうかがう。手練れの賊が集まり席について、レッドアイ盗賊団について話している様子がアイニィ達には手に取るようにわかる。その声の中には、この前アイニィたちを襲いに来た刺客のおっちゃんもいる。お頭から順番に大体の実力順で座っているようだが、おっちゃんは自身の口ぶりのようにこの中では下位の方ではあった。しかし過激な発言に対して反論しており、この中では良識派である事がうかがえる。

(それでも一応幹部だったってことでしょ?やるじゃん、おっちゃん。おっちゃんがいるなら、もう流石にここがレッドアイ盗賊団のアジトかどうか、疑う必要はないかな、ね?)

(ほぼ間違いないというところでしたが、また一つ確証を得ましたね)

(じゃ、入ろうか)

(はい、行きましょう)

 作戦の一つとして、今回は魔法を主にバーグに使ってもらうことにしている。本来アイニィの方が魔法を得意としているが、バーグの方が魔法に長けているように見せかける、念のための策である。潜入開始時の魔法はもちろん、今、集会部屋の扉に掛けている認識阻害魔法もバーグによるものである。

 静かに扉を最低限開き、中に入ったアイニィたち。おっちゃんの顔も確認し、お頭や賊幹部の面々も一目見て確認した。一番気を付けるべきなのは、やはり「お頭」と呼ばれている魔術師で盗賊を兼ねる、波打つ長髪の男性。威圧感があり、壮年の、いわゆるイケメンおじさんである。

(お頭さん、声もかっこよかったけど顔もかっこいいね)

(確かに、これは2枚目ですわね)

(さて…そろそろ…作戦開始だね)

(御意に)


 レッドアイ盗賊団アジトにて。団長で頭の男、「赤目のレオナルド」ことレオナルド・アーベルは団の重要な会議に出席していた。盗賊団だけあり過激な意見も多い中、貴重な良識派が反論し、そこにレオナルドが口添えをすることでなんとか盗賊団の方針を持続可能な方向へ導こうと心理戦を繰り広げている。

「はーい、みなさん、こんにちはー!」

 そこに、甲高い子供の声が響く。誰もが耳を疑う、鈴が転がるような可愛らしい声だ。声の主はアイニィなのだが、こんなならず者上がりの賊ばかりひしめく部屋に響く声としてはあまりに場違いであり、この場にいる賊たちは反射的にブロンドの美少女であるアイニィと、ロングヘアのミステリアスな美少女メイドのバーグの方へ顔を向けた。

「なん…!っ!」

 賊の面々がアイニィたち、可愛らしく美しい2人の子供たちを視界に入れた瞬間、バーグは指を鳴らし単純な精神操作魔法を賊全員に掛けた。そう、この集会部屋のみならず、アジトに居る賊全員が対象である。これほど大規模な魔法を指をただ一度鳴らすだけで実行できているなら、その魔術の技量は驚嘆に値するわけだが、実はこの魔法は何もない所から発動させたわけではない。アジトに結界魔法と認識阻害魔法をかけている魔法発生装置を見つけたあの時に、ちょこちょこっと細工をしており、それを利用して発生させているのである。

 精神操作魔法にかかった賊は体が動かせなくなり、それどころか勝手に腕が動き差しているナイフを取り出し、自らの首元に突き付けてしまう。精神操作魔法は精神という複雑なものを扱う、難易度が高い少しマイナーな魔法だが、魔法耐性や精神操作に対する備えのない者に対しては無類の強さを発揮する恐ろしい魔法である。

 一瞬である。一瞬で、盗賊団の命運はアイニィたちの手の中となってしまった。手練れとはいえ魔法に関して知識の浅い賊幹部たちは完全に混乱してしまっていた。青い顔でナイフを持った自らの手を何とか動かそうと躍起になり、部屋の中にいきなり出現した(ように感じる)美しい子供たちの姿に、現実感が湧かず、もうわけがわからない。

 団長はいち早く我を取り戻し、その優れた頭脳で現状を分析し始めていた。

 盗賊団のアジトに、このような美しい子供の2人組がいることの不自然さ、そしてその盗賊団相手に彼女らがこれだけの事を仕掛けている違和感は、レオナルドに薄ら寒い恐怖感を覚えさせた。

(ちっ、精神操作魔法か…魔法自体はレベルの高いものではない…俺自身に掛けられた魔法だけなら破ることは可能だが、妙なことをすれば首元にナイフが突きつけられてる皆の首がとぶか…。しかしどうやって瞬時に現れた?認識阻害魔法などを使って潜入したにせよ、転移で現れたにせよ、この精神操作魔法と合わせれば魔術師としてはかなり高いレベルの者が相手だろう。待て…この魔力の流れ、馴染みがある…そうか!アジトに使っている魔法発生装置を利用して…!どうやってあれを見つけた?こいつら…何者だ?先程指を鳴らした…魔力の流れから言っても、あのメイドが魔術師か。しかも上等な剣まで背負ってやがる…剣に見せかけた魔道具か?メイドの方は要注意だが、もう一人のブロンドはただの子供に見える。ショートソードは差しているが、魔力もほとんど感じない。所作からも戦闘力を感じない。しかし、このガキどもだけで動いているとは考えにくいか…まだ他に仲間がいるはずだ)

「お頭さん!」

 ブロンドの子供、つまりアイニィが団長に声をかける。そしてメイドの方、バーグが指を横に動かすとレオナルドの口元だけ魔法が解除され話せるようになった。

「…聞きたいことは山ほどあるが、要求はなんだ?」

「流石にお頭さんは話が早くて助かるなぁ~!要求はあるけど、今言っても叶わないだろうから、提案!あたしと、一騎打ちしよ?」

「…、一騎打ち…だと?おま…君と?」

「そ!で、負けた方は勝った方の言うことを聞くんだー!どう?やらない?やるでしょ?」

 どのみち、団員を人質に取られ、レオナルドに選択の余地はない。

(それにしても、この子供は何を考えているんだ…この俺とただのお子様が一騎打ちだと?…おそらくガキどもは陽動…一騎打ちの隙に残りの仲間が何かするつもりなのだろう。目的はなんだ…金か?それにしては手が込みすぎている…こんなガキどもまで使ってただの金目当てとは…考えにくいが。今は、受ける以外に手はないか…くっ)

「…わかった。その一騎打ち、引き受けよう。」

「ふふーん!そう来なくっちゃ!じゃ、みんな表に出ようね!」

 バーグの精神操作魔法で軽く賊たちを操り、全員を城砦前に移動させる。これは精神操作魔法の便利な点の一つで、直接作用している対象が被操作者の身体ではなく、精神なので、いちいち身体の操作をして歩かせずとも、「城砦前に移動せよ」というたった一つの意識操作でこれだけの芸当ができる。もちろんナイフは首に突き付けられたままだ。アジトに居る全ての賊が無言で、自らの首にナイフを突きつけながら、ぞろぞろと城砦前を目指して歩くさまは異様である。

(ちっ。あのアジト用魔法発生装置を利用されている時点で予想はできたが、アジトの団員全員に魔法がかかってやがる。こいつはかなり厄介だぜ…。)

 程無くアジトの賊全員が城砦前に集まった。集会部屋に居なかった団員達の混乱は極まっており、1周まわって逆に落ち着いているくらいである。何が起こっているのか全く見当がつかないため、脅威すら感じられないのである。多分夢か何かだろう、というような具合で、自分には何一つできることがない、という点も落ち着きにつながっているだろう。ただナイフが首に突き付けられているので緊張状態ではある。不安も当然あるが、もはや状況を見守る以外に他ないのである。

「よーし、集まったね。皆さんには、今から行われるあたしとお頭さんの一騎打ちを観戦してもらいます。いわば、立会人だね。いい?勝った方が負けた方の言うことを聞く、そういう勝負だからね?」

 観戦に集中してもらうため、精神操作魔法は一旦解除する。そのためにバーグは指を一度鳴らした。そして間髪を入れずにもう一度指を鳴らし、花でも手折るように、優雅に両腕を目の前で交差するように振った。その両手にはナイフが計6本、指の間に挟まれている。ため息を一つ漏らしたバーグは、いつもの穏やかな声色とは打って変わって、ドスを効かせた声を拡声魔法に乗せ賊どもに浴びせかけた。

「はぁ…賊ども。おとなしく一騎打ちを観戦しろ。さもなくば、殺す」

(くっ…ダメか)

 今起こったことを記述しよう。バーグが指を鳴らし精神操作魔法を解除した瞬間、レオナルドと投げナイフの名手である「巨人のボジョー」を始めとした投てきに秀でた手練れの賊達は、一瞬の判断で持っていたナイフをバーグに投げたのだ。合計で6人ナイフを投げたことになる。投げナイフはその素早さと静かさで防ぐのは難しいが、バーグは全く動じることなく、いとも簡単に防いでしまった。そう、バーグの指の間に挟まれた計6本のナイフはレオナルド達が投げたナイフだったのである。レオナルドなどは、射線上にアイニィがいたため少し軌道を逸らしてナイフを投げ、その軌道を空中で曲げバーグに命中させる芸当まで見せた。無論魔術を行使して曲げたわけではない。完全に投てきの技術である。

 バーグは精神操作魔法を解除するために一度指を鳴らし、その後すぐにもう一度指を鳴らし精神操作魔法を再度発動しており、また賊たちは自らの首にナイフを突きつけている。

 ナイフを投げていない団員たちは何が起こったのか理解するのにしばらくかかったが、これでおとなしく一騎打ちを観戦する以外にはできることがないことがわかった。一瞬の隙をついてもダメ、しかも何かしようにも瞬間的に精神を操作されて自分達の首がとぶ。万事休す…あとはこの一騎打ちしかない。

 バーグは指をもう一度鳴らし精神操作魔法を解いた。今度は流石に誰も行動を起こすことはできないと見えて、幹部も団員達も黙って、皆の前に対峙して立つレオナルドとブロンドの美少女、アイニィを眺めている。

 そんな中、勇気を振り絞って一人の男が声を上げた。

「あの…一ついいか?お頭に君たちの事を伝えてもいい…でしょうか。」

 声を上げたのはあのおっちゃんだった。

「ふむ…いいでしょう。大した情報はないだろうし。」

 アイニィの許可を得たことで、おっちゃんは情報をお頭に伝える。

「ありがとうございます。お頭、こい…この子供たちはクロワパーティの子供たちですぜ!」

「クロワというと…あの俺たちから武器を盗ったという…」

「そのクロワです!ブロンドの方がアイニィ、メイドがバーグという名前です。なんでもアイニィは火の魔法が使えるとか…。メイドの方がここまでできるとは情報にありませんでしたが、バーグは確かシーフだったはずです…今ある情報は以上…です」

「なんだと!?ブロンドが魔法を使える!?しかもメイドはシーフ…メイドの方は情報が錯綜しているな。どうなっていやがる…。だが…今は少しでも情報があるだけマシか…情報、感謝する。」

(思っていた通り、仲間がいるということだろう。クロワパーティのクロワとシロナ…どちらも剣士だったはずだ。剣士の二人が主力に見えて、実はこのメイドが中心のパーティだったのだろう。メイド…ということはバックにこれだけのメイドを召し抱えるような、力のある何者かが控えている可能性もある…こいつは思った以上に大事かもしれん。しかしこの一騎打ち、どうしたものか。おそらくメイドの方が何らかの形で干渉してくるはずだ…情報にあるようにブロンドの方が魔法を使えるとは思えんが…。)

「お頭さん、もう一度確認するよ!あなたとあたし、勝った方が負けた方の言うことを聞く!いいね?」

「ああ、いいぜ。こう言っちゃ悪いが、正直負ける気がしないんでね。本当にこれが君と俺だけの一騎打ちなら、だが。」

「ほほーう?何か疑っているね?そんなふうに一騎打ち以外のことに気を逸らしてちゃ、あたしに負けちゃうよー?」

「はは。ただの子供相手なら、多めに言って5秒もかからないぜ?」

「おー大きく出たね。じゃ、条件ひとつ足しちゃおうかな?5分!あたしが5分、まいったって言わずに耐えたらあたしの勝ち、どう?」

(これは…まずったか?いや、一騎打ちが時間稼ぎだとしたら、その時間稼ぎを制限することができる…はずだ。しかし向こうからこんな提案をしてくるのは妙だ…本当に一騎打ちを勝ちに来ている…のか?)

 レオナルドは一度深く思考を巡らせた。

「…ここは念のため、10分にしてもらえないか?君が火の魔法を使えるという話を忘れてはいけないからな。」

(ちっ…打開策はいまだ見えないが…。一騎打ち、やるしかないか)

「うむ、10分ね!いいでしょう!時計は持ってる?そっちの時計でいいよ。その代わり時間確認役は情報提供してたおっちゃんね!ズルしないでよ~?不正があったら皆殺しだからね!」

 可愛い顔して皆殺しなどと発言するアイニィ。無論冗談でも何でもなくそのままの意味であり、比較的落ち着いて状況を見守っていた団員たちは、肝を鷲摑みされたような気分になっている。レオナルドは自分の時計をおっちゃんに投げ渡した。

「10分以内にあたしにまいったって言わせるか、どっちかが気絶したり戦闘不能になったらその人は負け!そして負けた方は勝った方の言うことを聞く!いいね?おっちゃん、準備ができ次第始めの合図をお願いね!」

「わ、わかりました…では……はじめ!」

 そうおっちゃんが合図した瞬間、皆の眼前からレオナルドが消えた。レオナルドの得意技で魔術を使った移動技である。瞬時に相手の背後を取る技で、その後は首を切るなり、ナイフを突きつけるなどしてジ・エンドである。レオナルドと対峙した事のある団員たちは、この技の前にことごとく敗れており、未だ誰もこの技を破った者はいない。ちなみに、団員たちはレオナルドが魔術を使うことができることは知らない。レオナルドも手の内をそうそう明かしたりはしていないということだ。

 団員たちが多少なりとも落ち着いていられる、その理由の一つに、頭であるレオナルドの存在がある。この場にレオナルドがいる事と、そのレオナルドとブロンドの子供との一騎打ちが今後を左右するらしいという事。これらが団員たちの心を支えているのは大きいだろう。皆自分たちのお頭を信じている。

 レオナルドが消えた瞬間、団員たちは「勝ったな」と思ってアイニィを見た。アイニィは何故か自分の足元を見ており、次の瞬間、レオナルドはアイニィの背後に現れた。首にナイフを突きつけられたアイニィは「まいった」と言わされる。誰もがそう思った。アイニィとバーグ以外は。

「まいったと…!?」

 レオナルドがアイニィの首にナイフを突きつけようとした瞬間には、アイニィはなんとしゃがんでおり、その位置にアイニィの首はなかった。

「あ、トカゲ!…うわ、っと!」

 アイニィは一騎打ち開始の合図があった瞬間に、足元にトカゲを見つけており、それをしゃがんで拾い上げていた。そして背後のレオナルドに気付き、慌てながらも子供にしては滑らかな動作で前転し距離をとった。結果としてアイニィのこの行動はレオナルドの得意技を回避することになったのだった。まさに奇跡の回避行動といえるだろう。

 レオナルドは唖然としている。団員たちはあまりの出来事に吹き出して笑ってしまっている。

「いやーびっくりしたぁ!いきなり後ろに立ってるんだもんね。あ、見てよほら!可愛いトカゲさん!」

 アイニィは一騎打ち前の、のほほんとした雰囲気のままだ。呑気に捕まえたトカゲをレオナルドに見せている。

「はは…俺も驚いたさ…。っ!」

 苦笑していたレオナルドはそのままふ、と姿を消した。再度得意の背後をとる技を使ったのだ。

「まいっ…っ!」

「あ!なんかでっかい鳥!」

 今度のアイニィは急にある方向を指さしている。その指のすぐ隣にはレオナルドの冷や汗をかいた顔がある。確かにやや珍しい大きな鳥が飛んでいたが、そんなことは今はどうでもいい。

 レオナルドが再度技を発動した瞬間にアイニィは鳥を見つけ、その鳥を指さそうとした。その指が向かう先は丁度背後に移動するレオナルドの目が移動してくる位置である。何とかレオナルドは避けることができたが、危うくレオナルドは片目を失うところであった。

 団員たちはあまりの「偶然」、あまりの「奇跡」に、またしても大笑いしてしまった。

「お頭~しっかりしてくださいよ~!」

「がははは!」

 団員たちはレオナルドが負けるとは全く思っていない。だからこんな応援もできるのだ。しかし当のレオナルドは一抹の不安を感じ始めている。

(今のは…なんだ?偶然にしては出来すぎている。あの位置は丁度左目だった。間違いない。俺の動きが…読まれている…?)

「…はっ。はは…すごいな、2度も防がれたのは初めてだぜ。」

「お頭さん、どうやってるの~?なんで気付いたら後ろにいるのー?アイニィ、わっかんなーい!」

「お頭ー!教えてやったらどうすかー!?」

「ぎゃははは!」

 団員たちは呑気に応援しているが、レオナルドは背後をとる術を使うのをやめて、バーグに声をかけた。

「バーグさん、さっき俺が投げたナイフを返してくれるかい?できればナイフを返してくれるこの時間は10分から外してくれると助かる。」

「投げナイフ、ですか…いいでしょう。アイニィ、しゃがんで。」

「え、うん…ん!?今の危なくなかった!?」

 言われたまましゃがんだアイニィの頭上を高速で飛んでいく投げナイフ。バーグがレオナルドに向かって盗賊顔負けの速さ、正確さでナイフを投げ返したのである。普通の感覚ならナイフが向かっていく先のレオナルドと軌道のすぐ近くにいるアイニィにとって危険なのだが、バーグはそのようなことは一切考慮しなかった。レオナルドも当然のように飛んできたナイフを受け取っている。団員達からすると(ほんとにやべえなこの人ら…)という感じである。

「あんた、マジでシーフ…なのか?」

「どうでしょうねぇ?おっちゃんさん、もう時間を計り始めてください」

「は、はい…。」

 レオナルドは受け取った投げナイフを元通り腰に差し、戦闘用ナイフを二本、両手に一本ずつとり構えた。鋭い視線をアイニィに向けている。そこには先程まであった楽観的な様子はなく、一切の油断がない。

「お、お頭マジだぜ…」

「ああ…あの子、死んじまうんじゃねえか…」

 レオナルドが勝たなければ団員たちの首も危ないのだが、相手がほんの子供ということもあって、少なくない数の団員達がアイニィを憎み切れていない。無論、盗賊団の団員たちは皆、何かしらの修羅場を経験している。子供だからと言って素直で良い子とは限らないことも重々承知している。だがアイニィの天真爛漫な様子に少しずつ引き込まれていた。

「ほほー?お頭さん、やる気だねぇ?ならこっちも剣を抜こうかな!」

 レオナルドの視線に射すくめられるかに思えたアイニィだが、全く動じず隙だらけの動作でショートソードを抜いて、なんとなく構えた。その動きは完全に素人で団員たちから見ても非常に頼りないものであった。そもそも足が伸び切って棒立ちだ。流石に真正面からぶつかってはアイニィに勝機はなさそうだな、と誰しもが思った。レオナルドとアイニィ、バーグ以外は。

「はぁっ!」

「うわっ、うわぁっ!あっ、あああっ!」

 気魄一閃、レオナルドがアイニィにナイフの二刀流で切りかかる。レオナルドはここでも油断しない。いきなり致命傷を負わせるための攻撃はせずに、相手の出方を伺うように比較的浅めの攻撃を繰り出し、アイニィの実力を測ろうとしている。

 一方、アイニィの防戦はそれはそれは見事にダメダメである。怖々剣を前に出しているが、レオナルドのナイフが剣に当たるたびにびっくりして腕が縮んでいる。少しずつ後ろに下がりながら、なんとなく剣とナイフがぶつかっているだけである。

(ちっ…さっきのは本当にまぐれだったのか?なら、これで…おしまいだ!)

「…ふん!はぁぁっ!」

「うわっ!ひぃぃ!」

「くっ」

 しびれを切らしたレオナルドはついに深い攻撃を仕掛けるが、アイニィはそれを今までの浅い攻撃とほぼ遜色ない形で防いだ。防いだと言っていいのか微妙なところだが、剣がナイフに当たったのとアイニィがびっくりして後ろに下がったためにレオナルドの深い一撃は十分な効力を発揮しなかった。

「お、おい!今の…!」

「い、いや、まぐれだろ!」

「お頭さん、もっとお手柔らかに…ひっ!?」

(くっ!様子がおかしい…なぜこのガキはまだ目の前に立ってやがる…!?)

 レオナルドが測ったアイニィの実力は一騎打ち前とほぼ変わらない。勘の良さと基本的な戦闘の動作がある程度形になっている点以外は素人の子供同然である。しかし、その子供相手にあのレッドアイ盗賊団団長が手こずっている。いや、手こずるというより、何故か仕留めきれないでいると言った方が正しいかもしれない。レオナルドは小技に大技を混ぜ確実に仕留めるつもりで連撃を繰り出す。

「ふっ!これで…終わりだ!」

「いっ!いゃ!ひっ!ぶへっうわああ!!」

 アイニィは持ち前の勘の良さ?で小技に対応して剣を動かし何度かナイフにぶつけていたが、防いでいるというよりは体勢を崩されているという具合だった。区切りとなる小技の一撃で完全にバランスを崩されたアイニィは、次に来るレオナルドの大技に対処することは、もはや不可能であり、勝負は決着する…はずだった。バランスを立て直すのに手いっぱいで大技をまともに受ける以外に道はない…レオナルドの計算通りに戦闘は進んでいたが、アイニィは…こけた。

「ひぐぅ!!いった~い!わわわ!はぁっはぁっ…はぁ」

「…!!くそっ!」

 レオナルドの大技を足を絡ませ後ろにこけることで回避し、受け身だけは見事で厳しい局面をアイニィは乗り越えてしまった。

「お、お頭…今本気だったよな?見間違えじゃないよな?」

「あ、ああ…」

 レオナルドの攻めはもう一度ふりだしに戻ったかに思えたが、次の瞬間レオナルドはアイニィの剣の腕を見切った上で最大限踏み込んだ目にも止まらぬ素早さの必殺の一撃を見舞う。アイニィにその攻撃を視認出来た様子はない。わけもわからないうちにアイニィの薄い胸にレオナルドのナイフが沈み込む…ように見えたが、アイニィはびっくりして両目をつむり、なぜかショートソードを絶好の位置に移動させていた。攻撃の軌道が見えていたわけではなく、勘の良さで何かを感じたアイニィが驚いた拍子にたまたま剣を移動させてしまっていたのだろう。アイニィはナイフこそ防いだものの、勢いで後ろに吹っ飛んでいった。

「い、う、んん!?今のなんだ!?ガキがとんでいったぞ!?」

「お頭の攻撃だろ!?多分…」

「ああ、くそっ!なんだよ今の…なんで防がれるんだ!」

 レオナルドの方からすればこの勝負、この戦闘は非常にストレスを感じる戦いだった。それは当然だ。間違いなく入る攻撃が入らない、間違いなく通る一撃が通らない。確実に仕留めたと思えば仕留めきれず防がれる。レオナルドの戦闘の勘からすれば、全ての攻撃はアイニィの命を奪っていてしかるべきものだった。その上で防がれた場合の布石も惜しまず打って連撃も繰り出した。全てを見切った必中必殺の一撃も見舞った。

(それなのに…なのになぜ!このガキは!)

「あ、あはは…いたた…吹っ飛んじゃったよ。吹っ飛ぶのってこういう感じなんだね」

 流石に疲弊している様子のアイニィだが、顔には笑みすら浮かべている。まいったと言う様子では…ない。

(御主人様、すごい…すごすぎるわ!本当にただの子供にしか見えない!すごい!可愛い!)

「今…何分だ?」

「あ、4分半たったところです…。」

「ちっ」

 どういうわけかはわからないが、レオナルドの感触では今のまま続けても時間内にアイニィを仕留めることはできないと推測してきていた。理性ではいつでも殺せると結論付けているが、直感がそれを否定し始めているのだ。

 ナイフの二刀流以上の戦いをするのはいつ以来か。同じ仲間とは言え油断のならない者も多く、盗賊団の連中にもあまり手の内を見せたくはないのだが、そうも言ってられない状況になってしまった。負ければ最悪、盗賊団はほぼ全滅だ。レオナルドだけなら逃げ延びることができるかもしれないが…とレオナルドは考えている。

(また…俺はすべてを失うのか?それは…それだけは…)

「させない…俺は…負けない…!」

 レオナルドは最低限の動作で素早くナイフを投げた。常人ならまず間違いなく反応などできない。痛みもろくに感じず、眉間にナイフが刺さり即死だろう。アイニィは「たまたま」ふらついてナイフを避けた。

「…え?今なんか、通り過ぎた…?うわっ!ちょっと!」

 アイニィが避けたナイフは空中で軌道を変えレオナルドの元に戻った。そのナイフをもう一度アイニィに投げる。アイニィはそれを間一髪避けた。勘の良さで対処しているようだ。全く信じられないことだが、もうレオナルドはいちいちアイニィの動きに反応することはやめた。

 レオナルドは全部で6本の投げナイフを腰に差していた。これが意味することは何か?つまり、こういうことである。

「お、おいお頭のナイフどうなってんだ?投げたそばから戻ってくるなんて…」

「わ、わからねえが…お、おい、おいおいおいマジかよ…!」

 レオナルドはナイフが戻るのも待たずに次々にナイフを投げる。どれも即死級の素早さ、軌道である。それをアイニィがワタワタ避ける。ナイフは軌道を曲げ手元に戻る。団員たちはあまりの光景に唖然とするしかない。

 今や6本のナイフが自在に空中を舞い全方向からアイニィに襲い掛かっている。そしてアイニィは何故かすべてを避け続け、かわされたナイフはレオナルドの手元に戻りまた投げられる。

 まさにナイフのサーカスである。その光景はなぜかとても美しかった。

「な…なんじゃこりゃ…」

 この一言が団員たちの総意である。投げる方も避ける方も人間離れしすぎている。アイニィなぞは相変わらず偶然と奇跡でかわし続けているようなので、これまた異常である。

(くっ…これでもまだ…足りない…なら!)

 今度はレオナルドの背後に「黒い光の玉」が浮かび上がり、中から黒い本が現れた。

(ほう、お頭さん…ついに魔術を使い始めましたか…さて御主人様相手にどれだけできるか…)

 ナイフに加え純粋闇魔法の魔矢までがアイニィを狙い始める。

「な、なにそれ!?え、ちょっとなにこれ!?」

 そんな余裕があるのか、アイニィが律儀にリアクションを取りレオナルドの魔法に驚いている。

(へぇ、闇の気配は感じていたけど、まさか「闇の書」とはねぇ…第1巻のみとはいえ、人間でこれを読みこなすなんて、こりゃみっけもんかもね。ちょっと危ない感じだけど)

 闇の書とは純粋闇魔法に特化して書かれた魔導書であり、魔界で魔族に読まれるほどの優れた書物である。アイニィは第896巻まで読破しており、闇魔法を学んだ。その続きも探しているがなかなか見つからず難儀している。ちなみに、人間界では禁書である。力を求めすぎるあまり闇に体を許しすぎてモンスターに成り果てる者が後を立たなかったという背景がある。しかし初歩の初歩から高度な魔法までよくまとめられており、体系的に学ぶことができるため最低限の魔術の才と根気があれば読める…かもしれない。あまりに踏み込んだ内容なので、途中でここまではいいや、となってしまうパターンも多い。なお、アイニィすら把握できていないことだが、闇の書は全1021巻まである。

 レオナルドはまだモンスターに成り果ててはいないが、力を求める傾向は比較的強く、アイニィから見ても結構危ういところだ。今のレオナルドを支えているのは、盗賊団の存在、団員たちと彼の娘の存在である。

 ナイフのサーカスに闇の魔矢に魔弾の全方位攻撃だが、アイニィは「今まで同様」、「辛うじて」「偶然」と「奇跡」で避け続けている。団員たちは何が何やらわからないが、一騎打ちであることも忘れ見入っている。

「くっ…はははは…まさか!いやまさかな!ははは…」

 突然レオナルドが笑い出したため、団員たちは驚きその様子に何か物悲しい不安を感じた。レオナルドは少し迷ったが、最後の大技を出すことに決めた。詠唱に多少時間はかかってしまうが、だからこそ今この時が最後のチャンスだろう。ナイフ投げを一旦やめ、すべてのナイフが戻ると浮かんでいた闇の書を手に取り、載っている最後の魔術のページを開く。アイニィは息も絶え絶えである。

「ふぅ…ふぅ…やっと…お頭さんやっと諦めてくれた…?もう命がいくつあっても足りないよ…ってまだ何かやってるし…」

 アイニィの言葉は完全に無視し、レオナルドは目を閉じ魔術の詠唱を始めた。

「闇の神よ、常闇の住人よ…」

 黒々とした寒々しい闇のオーラがレオナルドを包んでいく。今までとは空気が完全に変わり、不穏で何か恐ろしいことが起こることを予感させる。このままでは、何かが、何かが危うい。何か、何とかしてあの詠唱を止めなければいけない。この場にいるレオナルド本人とアイニィ、バーグ以外をそんな気にさせている。

(む!あれか、あれをやるのかお頭さん!へぇ本当に読み込んでマスターしちゃってるってことだね!こりゃすごい…ますます興味が沸いちゃうね!)

(おどろいた…!人間の身で本当に闇の書を読みこなし使いこなすなんて…)

 これにはアイニィ、バーグ両名とも少しばかり驚いている。

 アイニィはようやく我に返ったふりをして、慌てふためいている。

「え、ちょっとなになになに!?なんかこわいよー…疲れているけどしょうがない。ファ、ファイヤーボール!」

 ますます黒いオーラを纏わせていくレオナルドに、火の魔法が得意な幼女ことアイニィはお得意の火魔法をついに繰り出した。火球はレオナルドに命中し団員達も本物の火魔法に驚いたが、レオナルドは無傷で何事もなかったように詠唱を続けている。

「うそ!ファイヤーボールだよ!?じゃ、じゃ、じゃあ…ファイアブレス!」

「あの子本当に魔法使えたんだな…それでもお頭は止めらんねぇか…」

「ああ…大丈夫だよな…お頭の魔法…」

「お頭なら…大丈夫…大丈夫…」

 祈る思いで自分たちのお頭を見つめる団員達。アイニィは火の息吹でレオナルドをあぶり続けているが、レオナルドにその熱は届いていないようだ。アイニィはこれ以上続けると自分の魔力が枯渇してしまうという体で諦めることにして、神妙な面持ちでただショートソードを構えレオナルドの魔法を待ち受けることにした。

 レオナルドは詠唱を終え、目を開けた。その目は、妖しく赤く輝いている。

「あ、赤目のレオナルド…お頭の二つ名はこれだったのか…」

 レオナルドの二つ名「赤目のレオナルド」…この二つ名の意味を知るものは本人を除いて誰もいなかったが、今ようやくその意味を団員たちは知った。

 ついにレオナルドは動いた。目にもとまらぬスピードでナイフを6本次々に投げ、その速さは今までの比ではない。最後の2本には魔力も込められているようだが、それに気づけたのは本人を除けばアイニィとバーグだけだった。

 アイニィは上手くよろめいて偶然初めの2本を躱し、ショートソードで次の2本をたまたま弾き、最後の2本は前の2本を弾いた反動でよろめいて躱し、ナイフを避けたと思った瞬間にはレオナルドがアイニィの首に見慣れない淡く黒い光を放つ剣を突きつけていた。

 投げナイフは陽動でレオナルドは最後の一撃に全てをかけていたのだった。

「…時間です。」

 おっちゃんが一騎打ちの10分が終わったことを告げる。

「うううう、うおおおおおおお、お頭あああああ!!!」

「お頭、お頭、お頭ああああああああ!!!!」

「お頭がやったあああああああああああああ!!!」

 一騎打ちを見届けた団員たちは歓喜に包まれていた。歓声を上げ抱き合って喜ぶ団員達。あまりにうるさくて耳をふさぐバーグ。浮かない顔のレオナルド…青白い顔をしている。えへへと笑うアイニィ。

「お頭さん、まあ団員さん達には黙っといてあげるけど、一騎打ち、あたしの勝ちでしょ?まいったって言ってないもん」

「ああ…完敗だ」

 団員達の目には入っていなかったようだが、レオナルドがアイニィの首に剣を突きつけるのと同時にアイニィのショートソードがレオナルドの心臓に突きつけられていた。そしてアイニィは「まいった」と言っていない…つまり、実際にはレオナルドの敗北、良くて引き分けといったところだった。

 レオナルドの最後の大技、それは闇の書第1巻の最後に記された、自らの魔力と血を消費しながら強力な吸血鬼の力を一時的に身に宿す魔術を用いている。使い方を誤れば自らの命すらも危うい。そして最後の一撃に用いた剣はレオナルド自作の準魔剣である。魔剣とは一般的に魔力を宿した力ある剣のことだが、準魔剣は魔力を宿してはいないものの魔力を注ぐことで力を発揮する類の剣のことである。レオナルドは吸血鬼の力で身体の感覚や魔力の感覚、身体能力など総合力を飛躍的に強化し、その上でレオナルドの平常時には不可能な魔力を直接身体能力強化に使う技も使い、準魔剣でさらに身体感覚、魔力感覚、身体能力を大幅に強化していた。まさに全身全霊の一撃だ。当然アイニィの首を断つつもりだった。

 しかし、自分を強化し感覚を研ぎ澄ましていく中では、何故かアイニィの存在が段々と大きく感じられていった。そしてそれは恐怖と確信に膨らんでいった。こいつは、何か、おかしい。

 それを振り払って、力任せではなく今までのアイニィの動きも加味し緻密に計算し尽くした全力の攻撃を行った。だが、極限まで研ぎ澄まされた感覚の中で最後の準魔剣による一撃を繰り出す間に見たアイニィは、今までに見たのほほんとした笑顔ではなく、ただひたすらに、ひたすらに美しい微笑であった。そしてその目はレオナルドのものとは比べ物にならないほど、深く、吸い込まれるように、紅い眼だった。レオナルドの本能は叫んだ。ここに踏み込んではならない。待つのは、死。だからあの一撃は寸止めに終わった。

 その後は振り払ったはずの恐怖と確信、そして一撃の最中で見たアイニィの紅い瞳の美しい微笑が離れず、悪寒が収まらない。勝てない。しかし、相対した後に、まだ俺は生きている。見逃してくれたのだ。そこに感謝しなければならない、と。

 だから一騎打ちの勝負は、自身の心臓にショートソードを突きつけられ、アイニィに「まいった」と言わせることができなかった、レオナルドの負けなのである。

 極めつけに、投げたナイフの最後の2本、魔力を宿したナイフが勝負の終わった後、込められていた魔術により空中で軌道を変え、アイニィを背後上空から狙って飛んできたが、アイニィはまったく意に介さず軽く自然にかわした。これにはレオナルドも目を見張ってしまった。全く無駄のない美しい動作だった。今までの偶然や奇跡の回避ではない。アイニィが実力の一端を垣間見せたのだ。目撃者は、レオナルドとバーグだけ。

(俺は、負けた…すまない…みんな…)

「お頭さんお頭さん、約束、忘れてないよね?」

「あ、ああ…おほん!アイニィ…ちゃん。もし…もしアイニィちゃんが勝ってたら!どんなお願いをするつもりだったんだ?」

 団員の皆にも聞こえるような声で尋ねるレオナルド。実際の勝敗はレオナルドの負けなので、この後アイニィが口にする願いを聞かなければならない。はたしてこの子供は何を言うのか…その緊張の一瞬。

「ふふーん、よくぞ聞いてくれました!」

 団員たちの注目も集まっていることを大仰に確認し、アイニィはもったいつけながら言った。

「レッドアイ盗賊団を…」

「お、俺たちを…?」

 固唾をのむレオナルド。何を言い出すのか純粋な好奇心で聞く団員達。

「レッドアイ冒険団に、生まれ変わらせます!」

「え…ええぇえええええぇえええ!?」


第3話に続く

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アインルルグの瞳 西樹 伽那月(Us/t) @ookka91

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