勝手に命を神様に捧げられたわたし
金色の麦畑
勝手に命を神様に捧げられたわたし
四歳の時、家族で出掛けた街から村へ戻る途中で盗賊に襲われた。
馭者席にいた父が弓矢に胸を射られて地面に倒れ落ち、驚いた馬が暴れ出したが誰かが飛び乗ると鼻息を荒らげながら馬車を止めた。
幌のない馬車の周りを大勢の男達が下卑びた笑みを浮かべながら囲んだ。
荷台に固まって一緒に座っていたはずの母は震えながら二つ上の姉を胸に、一つ上の兄を左腕に抱き寄せると、末っ子のわたしを指差して盗賊に向かって叫んだ。
「荷物とこの娘を差し上げますから私とこの子達の命は助けてください!」
ついさっきまで笑い合ってお喋りをしていた母の口から発せられたその酷い言葉が信じられなかった。
その意味を幼いながらに理解してしまった瞬間、何故かわたしの中から恐怖がすっと遠ざかった。
母の言葉を聞いた盗賊達は一瞬静かになったがすぐに大きな声で笑い出した。
笑いながらその中の一人で髭をはやした大きな男が言った。
「はっ!俺が言うのもなんだが見下げた母親だぜ。あぁ、そうかい。抱え込んでる子供だけが大事なんだな。そういう反吐が出るような希望はしっかり打ち砕いてやらなきゃ俺らの名が廃るわけよ!だから、この子だけ生かしといてやるよ!」
そうしてその日わたしは目の前で家族を失った。
盗賊が去った後に通りかかった商会の一団に拾われたわたしは、日常的な食事の支度や後片付けや掃除、洗濯などのお手伝いをすることで一緒にいろんなところへ行かせてもらった。
そして十歳の時、いつものように商団で町から町へと移動していたのだが、暗く大きな森に近い街道でたくさんの狼の群れに商団の馬車が襲われた。
あちこちから聞こえてくる大きな悲鳴に驚いたわたしは頭をかかえて小さくなっていたけれど、次第に周りが静かになってきた。
乗っていた荷馬車に積まれたテントの影からそっと顔を覗かせると、ちょうどそこには腰を抜かしかけて荷馬車にしがみつく商会長と、その向かい側に今にも飛びかかって来そうな二頭の狼がいた。
荷馬車から顔を出したわたしに横目で気付いた商会長は、わたしの腕を強く引っ張って荷馬車からずり落とすと、自分の体の前にぐいっと立たせて耳の後ろで囁やいた。
「頼む!今まで世話をした恩を返してくれ!私は商会の為にも、まだこんなところで死ぬわけにはいかないんだ!」
商会長はそう言ってわたしを一度引き寄せると、今度は狼達に向かってドンッと押し出した。
まただ…。
押し出された瞬間、胸の奥に閉じ込めていた過去の痛みがぶり返したが、わたしの心はまたすぐ静かになった。
そしてわたしは押された勢いのまま狼達の前に向かって倒れ込んだ。
しかし、目の前にいた狼達はするりとわたしの両側に分かれて避けると、逃げ出していた商会長の後を追いかけていった。
既に悲鳴は全て途絶え、残っていた狼達はそれぞれ成果を引き摺って去っていく。
鉄臭い臭いが充満するその場所で、何故かまた生きているのは座り込んだわたしだけだった。
わたしはまた一人で残された。
前回の盗賊達の時と違うのは、わたしだけではなく周りに商会の商品が全て残されていること。
ぼんやり空を仰ぐ。
空は薄暗くなり始め、街道を通る旅人はもういなくなる時間だった。
わたしは二度も自分の命を勝手に捧げられた。
わたしの命はわたしのものなのに。
母も商会長もわたしには何もわからないとでも思ったんだろうか。
わたしがこれからも生きていくためには人を簡単に信じないほうがいいんだと思う。
そんなことをごちゃごちゃ考えながら、立ち上がることなく座り込んでいるうちにかなりの時間が経っていたと思う。
闇色の森の中から馬の嘶きがしてすぐ、三頭の立派な体躯をした馬が姿を現した。
そして馬たちはどうやったのか器用に三台の荷馬車を一台ずつひき始めた。
そのうちの一頭だけたてがみと尻尾がキラキラしている馬が脚を止めてわたしを振り返ると嘶いた。
『乗りなさい』
頭に女性の声が直接聞こえて驚いたわたしは思わずその声の指示に従ってしまった。
キラキラの馬がひいている荷馬車の荷台の後ろ端に乗った私は、荷馬車の揺れに身を任せて足をブラブラさせていた。
行き先は暗い森の中。
もうなるようにしかならないだろう。
二度も命を捧げることになってしまったわたしは、その都度わたしとは別の人が代わりに生贄になったことで生き延びた。
そのせい?そのお陰?で〈神の守護〉の重ねがけをされたために神様本人(本神)の興味をひいてしまったらしい。
そんな説明をわたしはわたしが乗っている馬車の後ろを付いて来ている馬から聞いた。
と言うか頭の中に直接聞かされた。
その馬とは向き合ってたから、暇そうなわたしの暇つぶしのつもりで相手をしてくれたのかも知れない。
そして〈神の守護〉は重ねがけされたことによって〈神の愛着〉に変化したということを、このあと神様本人(本神)から聞くことになった。
ちなみに優しい笑顔でわたしを迎えてくれた神様は若くてたくましい体つきの男性の姿でした。
紫色の髪と閉じられたままの目蓋。
教会で見たことのある神様の絵画や彫刻ってほっそりした姿ばかりだったので、神様に会ったことよりもたくましさに驚いたと言ったら大笑いされてしまった。
しばらくして笑うのを止めた神様はお腹を抱えていた手を私の頭の上に乗せて優しく撫でてくれた。
「人が人を信じないで生き続けることはとてもつらいことだと僕は思うんだ。でも、二度も私に捧げられて放り出されてしまった時、ほんのわずかな瞬間ではあったけれど、きみの魂が軋んだ音が聞こえたんだ。だから今はそれでも仕方ないかとも思ってしまうんだよ」
神様は頭を撫でるのを止めると大きな体でゆっくりしゃがんだ。
そして閉じていた目蓋を上げてわたしの目を見つめた。
その瞳は二つ。
え?
一つの目の中に瞳が横並びにくっついて二つずつ。
びっくりした。
じっと見返していると神様は今度はわたしの両手を一緒に大きな手で包んでくれた。
「きみの魂はさっきほどではないけれど、今も悲鳴をあげているんだよ。うん、自覚はなさそうだね。とりあえず今は眠りなさい」
言い終えた神様の目蓋が閉じられるのにつられてわたしも眠たくなって寝てしまった。
目が覚めてからはしばらく神様のお手伝いなんかをしていたんだけど、どれくらい時間が経ったのかはわからない。
神様が見るものを見て、聞こえてくるものを聞いて、たまにあの時の馬に乗せてもらったりしてた。
馬は大きな神様とわたしが一緒に乗っても余裕で速く走れるみたいで、わたし達が走った後は空に白い雲が一本出来てた。
馬達が運んできた荷物は神様がわたしのものだと言って保管してくれているけど、興味がないからその部屋に入ったことはない。
神様から何度か人の世界に帰りたいかと聞かれたけど、もうあれからずいぶん経ったしもともと知ってる人がほとんどいない。
そもそもわたしは他人が信じられないから帰らないと答えた。
その度に神様は悲しそうな顔をしたけど、最後には「じゃあずっと僕といるかい?」と聞かれたから「はい!ずっと神様と一緒にいます!」と答えた。
勝手に二回も捧げられた命だけど、三回目は自分から捧げることにした。
でもどうやら捧げるのは命だけではなく、わたし自身、わたしという存在そのものになるみたい。
人を信じることは今はまだ出来ないけれど、神様と一緒にたくさんの人の生活を見たり聞いたりしていたら、いつかは少しでも信じることが出来る日がくるかもしれない。
神様がわたしにそうなって欲しいと思って待ってくれているからね。
でもほら、またあの人達と同じ身勝手な声が聞こえてきた。
「……………!」
だからその日はまだずっと先かな。
神様はわたしの隣でやっぱり少し悲しそうに微笑んだ。
うん、でもいつかはきっと。
勝手に命を神様に捧げられたわたし 金色の麦畑 @CHOROMATSU
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