後編 金時計は名古屋を守っていた
「裏
信じたくないけれど、信じるしかない要素ばかりだ。
「えぇ。そして、元の世界に戻りたければ、キンに記憶を取り戻させること」
キンをちらりと見る。
僕の後ろで、明らかに戸惑っていた。
確かに人間の姿になったとき、キンは、自分が誰だか分かっていなかった……。
「あなたは名古屋市の市章を知っているかしら」
ギンが薄く微笑んだ。
「い、いきなり何だよ」
ギンは、人差し指でくるりと宙に円を描いた。そのなかに漢数字の八を描く。
「○の中に、八の字。この形には意味がある。○というのが名古屋市の輪郭を、八というのはヤマタノオロチを意味している。つまり、名古屋市というのはヤマタノオロチを封印するための土地なの」
ヤマタノオロチって島根じゃないのか?
それはさておき。
キンの記憶を取り戻すヒントが、ヤマタノオロチってことで合ってるんだろうか。
「そこまでの時間稼ぎはしてあげるから」
ギンの手には銀色の銃が握られていた。
しかも銃口は僕たちに向いていた。
「ギン!?」
ギンが薄く笑みを浮かべて引き金を引いた。
――!
違う。
僕たちの後ろに向かって銃弾は放たれた。
肩越しに振り返ると、真っ黒に塗りつぶされた人間の形をした何かが迫ってきていた。
「うわあああ!?」
一体じゃない。二体、三体と、どんどん増えていく……。
「エスカレーターを上がって地上へ戻りなさい。健闘を祈っているわ」
「あ、ありがとう! 行こう、キン!!」
僕たちは止まったままのエスカレーターを全力で駆け上がった。
JR名古屋駅の構内へと繋がる道だ。
「はぁ、はぁ、……」
息を切らしながらなんとか地上に戻ってきた。
空はやっぱり、違和感のある黒色。
しかもそれだけじゃない。
「高速バスが宙に浮いてる……!?」
まるで重さなんかないみたいに。
まるで、竜巻に吸い上げられているかのようだった。
どうしよう、じゃない。
僕がしっかりしなきゃ。
深呼吸をしてから、もう一度キンの手を取る。
「一旦、構内へ入ろうか」
「うん」
構内に、銀時計はなかった。
付喪神として人型になっていたから当然のことかもしれない。
歩いて行くと、金時計も消えていた。
というか、隣にいるのが金時計の付喪神なのだ。
「キン。ヤマタノオロチに、心当たりってある?」
キンはぷるぷると首を横に振った。
スマホは圏外だ。検索もできない。
「どうする、イクヤス」
「ちょっとその発言は権利的にひやっとする……ううん何でもない」
「ごめんなさい」
キンの眉が心なしか下がっていた。
「わたしのせいで、イクヤス、困ってる」
うっ。
美少女の困り顔は、ちくちくと良心が痛む。
「キンが気にすることは何もないよ。むしろ、ちょっとだけ楽しくなってきたかもしれない。だってまるで剣と魔法の世界みたいじゃな――あ!」
閃いた!
「そうだよ! ヤマタノオロチは名古屋と関係ないって思っていたけど、関係があった!
「イ、イクヤス?」
急にテンションの上がった僕に若干キンが引いている。
歴史や神話には詳しくないけれど、苗字が草薙だからって両親が
「だけど、金時計と
僕は構内の外へ顔を向けた。
最初はびっくりしたけれど、不自然な黒色にもちょっとずつ慣れてきた。
余裕が出てこれば、考えることもできるようになる。
さっきエスカで襲ってきた黒い人影も、ヤマタノオロチと関係があるんだろうか。
「ギンは無事かな……」
「えぇ、この通り」
「わっ!?」
いつの間にか背後にはギンが立っていた。
手には銀色の銃を持っている。どうやら怪我はなさそうだ。
「あの変なやつらを退治できたのか」
「ふふふ。だからこうしてあなたたちのところまで来ることができたのよ」
不敵な笑みを浮かべるギン。
だけど、どうやらキンはギンが苦手のようで、やっぱり、さっと僕の後ろに隠れてしまった。
「どう? キンの記憶は」
「全然。だけど、ヤマタノオロチでひとつ気づいたことがある。
「そこまで気づけたなら十分ね。時間もなくなってきたから、答えを教えてあげましょう」
ギンが銃を構える。
黒い人影が、構内にゆっくりと向かってきているのが、見えた。
「2000年に起こった東海集中豪雨では、この辺り一帯で多数の浸水被害が起きた。そのとき、ヤマタノオロチの封印が緩んでしまったの」
東海集中豪雨。
生まれる前の話だけど、両親から聞いたことがある。
地下鉄の駅もいくつか水没してすごく大変だったらしい。
「豪雨で緩んだヤマタノオロチの封印を強くするための存在が金時計――つまり、
「何だって……?」
ぴかっ!
雷が黒い空を走る。
ガラスの向こう。
巨大な人形が、地面に膝をついて僕たちを見ていた。
ただ、その顔に目はついてない。
真っ白な人形。彼女の名前はよーく知っているけれど、こわくて口に出すことはできなかった。
「キンには封印の呪文を思い出してもらわないと、ヤマタノオロチが人間世界へ顕現してしまう」
「いやいやいやいや」
黒い人影がちょっとずつ僕たちに迫ってくる。
巨大な白い人形が腕を伸ばしてくる。
出入り口から、にゅっと。
「いやいやいやいや!? 普通にホラーなんだけど!?」
僕は反射的にキンとギンの前に立って、両腕を広げた。
ぶわぁぁぁっ!
「……!」
目を瞑ってしまって数秒後、恐る恐る目を開ける。
「僕たちを……助けてくれたのか……」
白い人形が掴んだのは黒い人影たちだった。
そのまま腕を引っ込める。
ぺたん。
腰が抜けてしまって、思わず、床にへたり込んでしまった。
キンがしゃがみ込んで、僕の顔を覗き込んでくる。
「イクヤス。ありがとう」
大きな瞳は淡い青。きらきらしていて、宝石みたいだ。
さらさらでふわふわの金髪。
透き通るように白い肌。
きれいだ。
不謹慎ながら、心の底から思った。
「おかげで思い出した。今度は、わたしががんばる番」
ふわっ、とキンが僕に顔を近づけて――
「!?」
頬に、キスして、……え!? えええええ!?
……すくっと立ち上がったキンは、僕に背中を向けた。
「わたしが
キンの輪郭が淡く輝きはじめる。
やがて、剣のような形に変わり――
「待ってくれ、キン!」
呼び止めたってどうにもならないのは分かっていた。
いつの間にか巨大な白い人形が僕の目の前に立っていた。
しゅぱっ!
その手に、金色の剣が握られる。
「キーーーーーン!!!」
金色の剣はあるべき場所に向かって深く刺される。
ぐらっ!
地面が、世界が、揺れる。
*
*
*
『ごめん、草薙。もうすぐ着くから! ……どうした? 草薙?』
「えっ。あ、聞いてる聞いてる。待ってるよ」
……戻ってこられたのか?
元の、世界に?
僕は辺りを見渡した。
混雑するJR名古屋駅の構内。
立っていたのは、金時計の前。
「キン……」
金時計は、ただの金時計に戻っていた。
「名古屋を守ってくれて、ありがとう」
金時計を見上げる。
心なしか、いつもより輝いて見える気がした。
おしまい。
裏名古屋駅(メイエキ)カラ脱出セヨ shinobu | 偲 凪生 @heartrium
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