裏名古屋駅(メイエキ)カラ脱出セヨ
shinobu | 偲 凪生
前編 金時計の正体は美少女だった
Q.もしも目の前で無機物が人間に変化する瞬間を見たら、どんなリアクションをしますか?
A.びっくりして何もできないと思います!
「あ、あ、あ……」
しゅぅぅぅ、と白い煙が立ち昇る。
その煙の奥に見えるのは、人の輪郭。
腰を抜かしてへたりこんでしまった僕はうまく声を出すことができない。
だからこそ、目の前で起きたことを脳内で整理しようとしていた。
ここは、JR名古屋駅の構内。多くの人間でごった返していて賑やか。
そして僕は、構内の端にある金時計の前で友人を待っているところだった。
金時計とは名前の通り、金色の時計だ。
四面に文字盤があるだけで、時報が鳴ったりすることはない。
待ち合わせ場所に使われることが多く、僕もまたそのひとりだった。
金時計に背を向けて、目の前の大きなエスカレーターを見上げながら立っていた。
ぶるるっ。
スマホが振動して画面に友人の名前が表示される。
「はい」
『ごめん、草薙。もうすぐ着くから!』
分かった、と返事しようとしたとき。
ぐらっ!!
誰かが叫んだ、地震だ、と。同時に、誰かのスマホがけたたましく地震を告げた。まるで下手な合唱のようだった。
揺れは収まらない。立っていられずに地面に腰をつく。金時計の下にある花壇に背中を打って、顔をしかめる。
「い、痛ぇ……」
三十秒、いや、一分以上経っていたかもしれない。
背後から冷気のようなものを感じて振り返ると、さっきまで待ち合わせのシンボルだったはずの金時計が。
白い煙に包まれて。
みるみるうちに、輪郭を変えていったのだ、人間の形に。
しかも、そのラインは明らかに女性のものだった。
しゅぅぅぅ……。
煙がだんだん薄くなっていくにつれて、輪郭はよりくっきりとしたものになっていった。
髪の色は、金。けっこう長い。パーマがかかっている。
着ているものは、昨日読んでいたマンガの登場人物みたいな、ちょっとだけ露出度が高い戦闘服。たぶん。
そんな金時計が変身したとしか思えない
「……!」
どきん、と何かが大きく動く音が聴こえた。
どきん? いや違う、ばくばくだ。これは、僕の心臓の音だ。
金時計が人間になる瞬間を目撃してしまったからじゃない。
彼女が、あまりにもきれいだったからだ。
その唇が、ゆっくりと開いた。
「わたしは」
透明で、澄んだ声だった。
次に紡がれる言葉は彼女の正体。
ごくり、と唾を飲み込み、待つ。
「……誰?」
ずこっ。
よし、今度は反応できたぞ、じゃなくて。
きっと金時計にはボケもツッコミも理解してもらえないだろうから、僕は驚いていないフリを装ってみる。
「金時計じゃないの?」
「きん、どけい?」
「少なくとも僕は、君がさっきまで金時計だったと思っているんだけど……」
金時計は、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
何がどうしてこうなっているのかは本人にも分からないらしい。
そしてそのおかげかどうかは分からないけれど、ようやく周りを確認する余裕が生まれてきた僕は辺りを見渡した。
「――!」
見渡して、今度は別の意味で声を出せなくなった。
さっきまであんなにたくさんの人間がいたはずの名古屋駅構内は、まるで、爆撃を受けたような廃墟と化していたのだ。
訳が分からない。
他の人たちは無事なんだろうか。
それとも、僕だけがこの異常な状況に置かれているのだろうか。
ぞわり。背筋が粟立つという感覚を生まれて初めて理解する。
「うしろ」
「えっ?」
金時計が指差したのでエスカレーターの方へ振り返った。
ガラスの向こう、ビル街が並んでいるはずの外は真っ暗になっている。
夜というよりは、無理やり黒で塗りつぶしたような色。
おかしい。明らかに、すべてがおかしい。
「な、なんだかよく分からないけれど、逃げるぞっ!」
勢いで金時計の手を取って立ち上がらせる。
エスカレーターとは逆方向へ走り出す。
金時計も僕に合わせて走ってくれた。
「地下へ行こうっ!」
進行方向に口を開けているのは下り階段。
構内ど真ん中の階段を駆け下りて、地下街へ入る。
ひやり、と冷たい風が頬を撫でていった。
どっどっど、と心臓がさっきとは違う打ち方をしている。
息が切れそうだ。深く息を吸って、吐き出した。
「なんなんだよ……。一体、何が起きているんだ。あっ、ごめん」
我に返った僕はとっさに金時計の手を離した。
金時計は大きな金色の瞳で僕を見つめて、ぱっと微笑んできた。
「ありがとう。あなた、いいひと」
「どっ、どういたし、まして」
……どもってしまった。これだから陰キャは。
うーん。顔を見なければちゃんと話せるだろうか。
「僕は、
よし、最低限の自己紹介はできた。この作戦は成功だ。
「イクヤス、覚えた。いいひと」
見ていなくても分かる。かわいい。いちいち、反応がかわいい。
「君は……金時計だから、キンでいいかな……。いや、おばあちゃんっぽいから、ゴールドにしようかな……。いや、言いにくいからやっぱりキンで」
「わたしは、キン」
……金時計をキンと名付けてしまったけれど、大丈夫だろうか。
「とりあえず、元の世界に戻る方法を見つけなきゃ」
地下街は廃墟っぽくなってはいないものの、すべての店のシャッターが下りている。
照明はついているのに人の気配がまったく感じられない。
「イクヤス、イクヤス」
つんつん。
キンが僕の制服の袖をつついてきた。
近いぞ、キン。
「あっちに、何か、いる」
「何か……? 行ってみるか」
キンがこくこくと頷く。
僕たちは横並びになって歩きながら新幹線側の
「やっぱりエスカの店もシャッターが下りている。エスカレーターも止まってる。うーん、何か手がかりを見つけられたらいいんだけど」
エスカは新幹線側ということもあって、お土産屋さんや名物料理の店が多い。
探索していると、不意にキンが尋ねてきた。
「イクヤスは、どんな人間?」
「えっ。……高校一年生で、えーと……どこにでもいるような普通の高校一年生で。成績も中の中で。うん。たぶんこんな状況に巻き込まれるようなタイプの人間じゃないんだよ、僕は」
……自分で言っておいて悲しくなってきた。
他に説明できることが特に思いつかない。ゲームもするしマンガも読むけど、世の中にはもっと沼にハマっている奴らだっている。
それなのに異常事態に順応して、金時計をキンと名付けて、なんとかしようとしている。なんだか、不思議だ。
「そうかもしれないわね。君は、主人公になれる器じゃないかもしれない」
「……誰だ?!」
かつん、かつん。
ピンヒールの音が、地上へ繋がるエスカレーター前の空間に響いた。
どんどんこちらに近づいてくる。
「はじめまして、イクヤス」
エスカレーターの前に立ったのは、ひとりの女性だった。
銀色の髪は、キンとは違ってまっすぐなストレート。
キンと同じくらいの長さ。
恰好はキンに似ているけれど、キンと違ってすらりとしている。
「あたしの名前は、そうね。キンに
「つまり、銀時計……?」
ふふっ、とギンは口元に笑みを浮かべた。
銀時計。
これもJR名古屋駅構内の待ち合わせスポットで、金時計とは逆方向にある。
新幹線の改札に挟まれているので、遠方から来る人との待ち合わせに使われることが多い。
自画自賛しないとやっていられない。この数分の僕の順応力の伸びがすさまじい。
「ふたつだけ教えてあげるわ。あたしたちの正体は付喪神」
「つくも……がみ……? それって、何百年もしないとならないやつだろ? 金時計も銀時計も平成に入ってからのものじゃないのか」
「若いのによく知ってるわね。その通り、あたしは1988年製、金時計は2002年製。神の時間で考えれば一瞬にすぎない」
キンは怯えているのか、いつの間にか僕の後ろに隠れてしまった。
「だけど、この場所には多くの人間が集まる。多くの人々の思念を浴びて、あたしたちはあっという間に付喪神へと変化したの」
教えてあげるもうひとつはね、とギンが続ける。
「そしてこの空間は、神々の世界。名古屋駅の裏側、つまりは裏
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