弐節
アルコールというものは、一瀉千里なる弁舌の潤滑油である。1杯150円の酎ハイは私の散財に対する罪悪感を幾ばくか緩やかにし、いつも以上に酔いの高揚感へと誘った。平時であれば歯牙にもかけぬであろう世情や世界動向の議論を友人と交わしている内に世は徐々に更けていく。ただでさえ鋭い私の言の葉には酔いにまかせた勢いと説得力が増し、酔いの渦に呑み込まれた赤ら顔の若ハゲと、不毛なる議論に巻き込まれた哀れな従業員をことごとく論破していった。実に気分の良い夜である。
我が盟友若ハゲは、新卒の時分より一貫して大手自動車メーカーの代理店にて所謂ディーラーを生業としている。
「ひ弱な貴様が営業だと?鉄の猪を売るなど正気の沙汰とは思えんな」
「でも他に内定貰えなかったんだよ…」
当時、希望した通りの企業から内定を得ていた私は有頂天であった。複数の企業を受けていながら一社のみの内定で終わった若ハゲを哀れに思ったものだ。因みに私は一社のみを受け、その一社に受かっているため実質内定率は100%、実に良い響きである。しかし私と若ハゲの社会人生活はまるで真逆に進行していった。
私が魔の巣窟にて過ごした数年間は前述のとおりであるが、若ハゲは思いの外、営業というものが肌に合ったようである。その後着実に販売実績を上げ、体脂肪率を上げ、今では店舗の係長として若手育成にも携わり、社会人生活にて培った恰幅の良さはもはや貫禄を感じる。給与に関しても実に私の倍以上はあるはずだ。その上職場で知り合った同僚の女と意気投合し、数年の間懇ろな関係にあると言う。実にけしからん事である。不純極まりない。しかしながら、大きな差のある我々であるが、私は若ハゲを羨ましいと思った事は一度たりとも無い。
全ての幸福という概念は幻影であり、皆等しく苦しみの中に生きている。人の数だけ生き方がある。それぞれの生き方を私は否定しない。無論肯定もしないのだが。世に言う順風満帆な人生や、転落人生も最終的には死という無の境地に帰結する。遅かれ早かれいずれは同じ結果に行き着く。どの様に生きようが、私も若ハゲもいずれ土に帰る。ならば他人に迷惑を掛けない限り、自身の好きなように傍若無人に生きれば良い。繰り返し言うが、他人に迷惑を掛けない限りである。念の為。
「諦めないで欲しいなぁ小説。前に少し読ませて貰った時すごい面白かったもん」
「急にどうした」
返事は返ってこない。どうやら今日は奴が先に酔い潰れたらしい。そろそろ潮時か。今日のところは私が払っておこう。勿論貴様の分まで払った事は言うまい。私の在り方を肯定した報いとでも思ってもらおうか。今は、毛根を含めた全ての面で私の先を行く貴様に奢ってやったという優越感に浸らせてもらうとしよう。
因果応報ポリリズム 百川アキセ @akise_momokawa
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