第5話 移動式タワマン、ファックヒルズ
■■■
「いぎゃあああああ! スゴっスッゴい憎悪いぎゃあああああ!」
「む。あれは!」
天かけるソリの前方に、ついに威容を誇るファックヒルズの姿が現れは。
初めは巨大すぎて、それが動いていることに気づかなかった。
「なにっ」
近づくにつれてはっきりした。
歩いている。セレブ要塞ファックヒルズは変形式自立要塞だったのだ。一頃でいうとロボである。二足歩行でこちらに向かっている。
「臨戦態勢というわけか。望むところ」
「こんな大っぴらには手は貸さんぞ! こんなことが国際サンタ線ターンしれたら――うおぉおおおッ危ねえ!」
サンタが慌ててソリを旋回させる。
ファックヒルズロボから放たれたミサイルだ。弧を描きながら次々に飛んでくる。
「とにかく距離を詰めろ、サンタ」
「馬鹿かァ!」
「このままではキサマも死ぬことになるぞ」
「くっ。畜生……ええい。こうなったらヤケじゃ! 儂からのクリスマスプレゼントを食らえぇえええ!」
サンタはソリを加速させる。
そしてプレゼント袋からバズーカ砲を取り出した。
それを次々に撃ちこみ始める。
ファックヒルズの窓ガラスが吹っ飛び、血だらけになったセレブたちが転がり落ちていくのが遠目から確認できた。
「おほっオホホホホホ! カスどもが死んでいくぅ~。クリスマスを舐めた罰じゃあ~」
距離を詰めるソリに対してミサイルが迫る。
「シャーガガガガガガ!」
左腕のサメくんが激しく震える。
同時に迫ってきたミサイルが撃ち落とされていく。
サメくんが牙を飛ばして撃墜したのだ。
口内の牙をすべて撃ち尽くすと、ジャコン! という音と共に新しい歯が生えてくる。次々に牙を撃つ。
サメの歯がほぼ無限に生え替わることは有名であるが、それを飛ばせることはあまり知られていない。
水の抵抗があるせいで、水中ではめったに使用しないが、地上ではこの威力である。
「シャガガガガガガ!」
「おほっいいねえ~!」
バズを使い切ったサンタもマシンガンを取り出し、両腕で撃ちだした。
「殺せェエエエエ! キヒッキヒヒヒヒヒィ~メリィ~クリスマぁああス!」
もはやファックヒルズロボは目の前だった。
ミサイルが当たらないと悟ったロボは、右腕のパンチを繰り出してきた。
新幹線の超特急のような一撃をソリは木の葉のように躱した。
これで飛び移る事が可能な距離まで近づけた。後は侵入のための入り口をつくるだけである。
「いくぞサメくん」
「シャー!」
片腕シャークは飛んだ。
ソリを突っこませ穴を空けようというのだ。
「キヒッキヒッキヒッ」
サンタはソリに取り残されたままだ。壊れたように笑い続けている。殺戮に酔ったのか、己の今後を考え絶望しているのかは不明である。
そのままソリはファックヒルズの外壁へ突っこんで爆発した。プレゼント袋の中の弾薬に火がついたのだ。
それにより壁に大穴が開いた。
「シャガガガガガ!」
サメ歯マシンガンの反動で速度を殺しながら、ぼっちはついにファックヒルズへ転がりこんだ。
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突入したのはファックロボの操縦席に近い区間だった。
侵入してすぐ、ぼっちはくろこげになった数名の彼ピと、セレブ、さらにサンタを見つけた。
ドブの目をしたサンタ、死亡。その顔は笑っているようでもあった。
「でてこいブラックドラゴン!」
「シャーガガガガガガ!」
サメ歯ガトリングを掃射しながら、ぼっちはファックヒルズ内を練り歩いた。
「うぁぁぁぁぁ! サンタが、うわああああ」
「な、なんでファックヒルズにクリぼっちが!?」
操縦ルームへ到着した時点で、左腕のサメが弾切れを教えてきた。
「シャカカカカ……」
歯の再生速度に限界が来たのだ。残った牙はカラテのために温存すべきだ。
ぼっちは操縦席に乗りこむ。
操縦係らしい彼ピが慌てて立ち上がる。
「殺す」
「なんで!」
「クリスマスだからだ」
「ひでえじゃねえかよ! 俺たちは楽しくやっているだけじゃねえか! 人殺し!」
「ぬかしおる。逆恨みとはまさにこのこと」
盆地は問答無用で二人の彼ピをサツガイした。
「くそう……くそう……ひでえ……おっ俺だって上位彼ピだ、ガチンコが不得手ってわけじゃないッ」
潔白無実のぼっちへ、三人目の彼ピが迫る。当然即座に心臓をくりぬいた。
「ここにもいない。ブラックドラゴン。一体ドコにいる」
ぼっちは念のため操縦席を破壊しておいた。
ところで、ブラックドラゴンはどこにいるのか。
実は、彼はエネルギーのチャージ中であった。ファックキャノンのチャージと体の修繕のため、現在行動不能なのだ。
彼を斃すなら今がチャンスなのだが、ぼっちはそれを知らない。
「どこだブラックドラゴン! 出てこないとお仲間のセレブたちが死ぬことになるぞ!」
「やめろおおおお!」
駆けつけてきたのはブラックドラゴンではなく彼ピたちである。
「俺たちが相手だ、悪い怪人め! 俺たちは彼ピトップランカーの――ギャアアアア!」
上位ランカーの三人が爆発した。
やったのはぼっちではない。死んだ三人の背後に老人が立っている。
「五位より後の彼ピでは相手にならん。じゃまだ」
老人は素手である。素手の指から空気の塊を飛ばして彼ピたちを撃ち殺したのだ。
「フォッフォッフォッ。儂は彼ピランキング二位のタイガーファック。一〇八人の孫にかけてまだまだ若いもんには――」
口上の途中で、老人の体は斜めに切断されていた。ヨーコの腕を食ってパワーしたセビレソードのキレは老練の彼ピをも上回る。
「馬鹿な……儂は彼ピランク……二位……」
「遅すぎる。お前もさっさとかかってこい
ぼっちがそう告げるや、通風口の多いが吹っ飛んで、ゴムの如き変幻自在のパンチが襲ってきた。
ぼっちはそれのすべてを躱した。
「見抜かれていたとはね……うん。この短時間にパワーアップしているんだな……うん」
最後の聖☆汁。ヨガインストラクター
彼は得意のヨガで通風路に潜み、暗殺の好きを狙い続けていたのだ。
「匂いだ。お前からただよう最高のカレースパイス臭は、クリスマスにおいてあまりに異質。ヨガがアダになったな」
「お、おのれ~」
ヨガについて忠告されたのがプライドに障ったらしい。ヨガインストラクターは怒りに顔を歪めたが、すぐに笑顔になった。
「……なんだ?」
「みごとだよ、ぼっちくん」
「なんだと?」
「どうだろう? うん。君も彼ピにならないか? モー子には俺から掛け合ってやるんだな」
「なにっ」
なんと彼は勧誘を仕掛けてきたのだ。
「ぼっちが我々を恨む理由はわかるんだな。結局、寂しいんだな、うん。俺もそうだった」
「は? 詭弁をいうな。は? ワケが分からんのだが? は?」
「怒るな。仲間になってみればわかること。キサマは強い。モー子もセレブの女たちもキサマを歓迎することだろう。強い男はモテるぞ~」
「何だと……くっ理に……かなっている!」
「さあ、パーティー会場へ行くんだな。みんなの前でキサマを紹介しよう。美女たちと一緒にシャンパンタワーをやろうじゃないか?」
シャンパンタワー! 自分の人生には縁がないと思っていたシャンパンタワー!
「キサマ……もしかして敵ではないのか?」
ぼっちは迷った。ヨガインストラクターの態度には真摯さを感じる。嘘はいっていないように見えるのだ。
「頼む、この通りだぼっちくん!」
そういってヨガインストラクターは頭を下げ、のみならず逆立ちの姿勢となった。
ぼっちは思った。土下座の最上級かな?
それがいけなかった。
「馬鹿め! 隙だらけだわ!」
ヨガインストラクターは逆立ちの姿勢から鋭い蹴りを放った。
すべては油断させるための嘘だったのだ。
「なに!」
無防備な姿勢。
さらに逆立ちになったことで姿勢も逆、教科書似ない動きで軌道が読めない。
「勝った!」
ヨガインストラクターが勝ち誇った瞬間、ぼっちの姿が彼の視界から消えていた。
「心を入れ替えたのかと思ったが……やはりカスはカスか……!」
ぼっちはインストラクターの目の前にいた。ただし自身も逆立ちになって。
逆立ちの攻撃を見切るには、自分自身も逆立ちをすればいい。
頭部への蹴りを躱しつつ、相手の心理を読む高等戦略だ。
「許さん。キサマだけは」
ぼっちは逆立ちの状態から鋭い蹴りを放った。
ヨガインストラクターが飛び退くがもう遅い。
蹴りとともに放たれた真空刃が、彼を真っ二つに斬り裂いていた。
「ひ、一つだけ教えてくれなんだな……ぼっち」
「黙れカス」
さらにもう一撃、もう一撃と、無数の真空の刃を受けてヨガインストラクターはバラバラになって散らばった。
彼ピランキング四位、ヨガインストラクター
「マジでカスだったわこいつ。地獄で腐り果てろ。ところでブラックドラゴンの居場所を聞きそびれてしまった」
「シャす!」
そのときサメくんが異変をキャッチした。
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「シャベエ!」
「どうした――これはまさか」
ぼっち男は遅れて気づく。操作室を破壊したのにファックヒルズの行進が止まっていない。暴走しているのだ。
サンタが乱射したバズーカのためか、ブレーキ機構に異常が生じたのだ。
ぼっちが操縦室を破壊したのが原因では? としたり顔にいう者がいるかもしれないが気にしてはいけない。そんな事を気にするから君はモテないのだ。
「街へ入っていくぞ!」
「ファックヒルズが街をファックしちまうぜー!」
セレブたちが騒ぎ出す。
彼らのいうとおり、ファックヒルズロボは街へ突入し、車を、信号機を、ラブホテルや教会やラブホテルを踏み潰して進んでいく。
「ゆッ揺れる!」
「ファックされているのは俺たちの方では?」
ファックヒルズ全体が激しく揺れて、セレブたちを窓から振り落とした。
さすがの片腕シャークも足場がこれではどうにもならない。
「これでは、ブラックドラゴンと戦うどころではない。どうする? 動力炉を破壊するか? だがどこに?」
その時である。
閃光がファックヒルズロボの正中線を縦に裂いた。
一瞬の静寂の後、建物が傾く。
ファックヒルズは左右に両断されていた。
あの御立派なファックヒルズが縦に真っ二つになって左右に倒れていく。
「今の光は……」
完全に倒壊する前にぼっちはヒルズから飛びおりている。
彼の目の前に凄惨な光景が広がっていた。
賑わっていたはずの繁華街は破壊し尽くされ、無数のケーキ売りたちが逃げ惑っている。
労働者たちが帰ってくハズだったアパートも、ファミレスも、牛丼屋も、コンビニも潰されている。
「こんな……こんなことに誰がした……!」
「シャア!」
ぼっちたちの口から怒りの声が漏れる。
「クリスマスさえなければ、こんな事にはならなかった……!」
その通りである。
すべてはクリスマスのせいで起きた事件だ。
イベント事にうつつを抜かす愚かな人類は、その象徴であるファックヒルズにより大破壊を被ったのだ。
支配者たちに問いたい。
これだけの犠牲を払ってまでクリスマスを存続させる意義はありますか?
全世界に訴えたい。
クリスマスを放置したあなたがた一人一人が、この街を破壊したのだ。タカがクリスマスのために。
「そして、その諸悪の根源は――お前だ、ブラックドラゴン」
そう。あの男がやったのだ。
ファックヒルズを斬り裂いたあの光をぼっちは知っている。
あのファックキャノンの閃光だ。
「でてこいブラックドラゴン!」
瓦礫の一部が爆発するかのように吹っ飛んだ。
土煙のなかから、モー子を抱いたブラックドラゴンが姿を現す。
二人を見た瞬間、ぼっちの胸に正義の怒りが燃えた。
「満足か? これがはお前たちの招いた結末だ。ブラックドラゴン!」
ぼっちは追い続けてきた男と再び対峙したのだ。
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「やはり追ってきたか……クリスマスぼっちの男よ」
ブラックドラゴンの肉体は充電と修理も終えてビンビンであった。
ファックヒルズを斬り裂いたファックキャノンは、彼のエネルギーを毛ほども損なっていないようである。
「下がっていてくれ。モー子」
ブラックドラゴンがぼっちへと歩みを進める。
「パーティーは終わりだ、ブラックドラゴン」
「お前いにいいたいことがある」
「殺す」
「NO……ひとついわせてくれ強く勇敢な男よ」
「聞こう、ライバルよ」
「お前とは生身の人間だった頃に戦いたかった……。だが不治の病に冒されていた俺は、マウント財閥のおかげで生きている。彼女の望みとあれば俺は――」
「ブラックドラゴン……」
「だが、ぼっちよ。飛行艇でお前と戦ったのあの瞬間、俺はモー子への義理も、己のふがいなさもすべてを忘れたのだ。お前が強く、そして全力で向かってきてくれたからだ」
「ブラックドラゴン」
「ぼっちよ。俺たちも何故もっと早く出会えなかったのであろうな」
「ブラック……ドラゴン……」
「いや! いうまい。俺たちは今宵は敵なのだ!」
「ブラック、ドラゴン」
「決着を受けよう」
「ひとつだけ訊きたい、ブラックドラゴン」
「なんだ、ぼっちの男、いや
「ブラックドラゴン……。あのサイバネティックス研究所の主任、ヨーコとはは、その……どんな関係なのだ?」
「え? セックスしたけど?」
「ブラックドラゴン!」
かたや彼ピランキング一位。
かたや片腕シャーククリスマスぼっち。
避けられぬ二人の最終決戦が始まった。
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「殺す!」
「ファック! ファック! ファック! ファック、アパカッ」
激しい打ち合いが繰り広げられた。
「コイツらいきなりクライマックスだぜーー!」
観客のケーキ売りたちが一斉に湧く。そこには彼ピもクリぼっちもない強き者への純粋な賞賛があった。
ぼっちもまた目の前のブラックドラゴンに対して同様の感覚を抱いていた。
やはりこの男は強い。もしかしたら師匠よりも。
カラテとサメ両方を敵に回してここまで戦える男が存在するのか。
俺はこうして、この男と戦っているこの時間を愛し始めているのかも知れないな。
お前もか? ブラックドラゴン。
ブラックドラゴン、飲みに行こうぜ。
この戦いが終わったら……。
でも終わりたくない。
そうだろブラックドラゴン。
――それな。
その時確かに聞いた。
幻聴だろうか?
そうではない。戦いの中で男たちは確かにお互いの声を聞いた。
『そういうことは、ある』
確か師匠もいっていた。『あの餓狼伝であるやつな』と。あるのだ。そういうことは。
ぼっちとブラックドラゴンは拳とともに心を交わした。
――ブラックドラゴン、お前なのか。
――ぼっちよ。なあ。ホントのことをいえよ。
――ホントのこと?
――お前はぼっちを気取るが、もうすでに一人ではないのでは?
――どういう意味だブラックドラゴン?
――お前たちは強いということさ。クリぼっちとサメと一心同体になって俺を追い詰めている。かたや俺のサイボーグの体は俺の言葉に何も応えてはくれぬ。
――どういう意味だブラックドラゴン?
――クリスマスにどんなパーティを催しても、俺は真の意味では孤独だった。他の彼ピたちは誰一人俺のことを理解できなかった。俺はお前たちのジョイントがうらやましい。
――どういう意味だブラックドラゴン?
――だからあ。お前にはサメという最高のパートナーがいるじゃない、っていってんの。お前たちはもうクリスマスぼっちじゃないじゃん。知ってだろ、自分で。正直いえよ。
――ブラックドラゴンよ……。
――なんだ? 片腕シャーク・クリスマスぼっちよ。
――そういう事じゃないんだが? は? それは意味が違くね?
――えっ?
――そういう話してねえよな? クリスマスに何いってんだ? ぶち殺すぞ。
――シャシャシャー!
ぼっちは激怒した。シャークも激怒した。このカス、俺たちのいうことがまったくわかっていない。
受験を失敗した知り合いのところで青春ロックをかけて「わかるぜ」といってくるような愚行。
飼い猫を亡くした少女のところへカブトムシをプレゼントするような筋違い。
寿司を食いながら寿司屋の店員に「寿司屋のバイトって無限に寿司が食えるじゃん、うらやまし~」というタイプのカス。
クリスマスぼっちへ向かって「でも家族と過ごせてうらやましいわ」などとのたまう人間はすべて死ぬべきである。
「殺す!」
「シャす!」
今、怒りによってぼっちとサメの心が完全にひとつになった。
「無駄だ、ドリルといえども俺の倉庫は――なにィ!」
「……右わき。肩から三センチ下へ。そこから内側へ五センチの位置」
燃え上がる怒りの一撃が、ガードの腕を貫き、装甲の弱いところに突き刺さっていた。
「お前、俺の弱点をなぜ――」
「外道が! 腐り果てろ!」
脇腹に突き刺さったサメの口から、エネルギー波がほとばしった。
カラテの気功とサメ特有のビームが合わさった、必殺の一撃である。カラテ使いとサメの心がひとつになった今だからこそ放てる、まさに人間を超えた一撃であった。
衝撃がブラックドラゴンの背中まで抜けた。
「ブラックドラゴン!」
モー子の悲痛な声が響き渡る。
ブラックドラゴンは――立っていた。
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「殺す!」
「ファック! ファック! ファック! ファック、アパカッ」
「す、スゲエ! あいつらもう一時間も殴り合ってやがる!」
ぼっちとブラックドラゴンの戦いはまだ続いていた。
急所を貫かれてなお、ブラックドラゴンの戦闘の力は凄まじい。
二人が拳を交わすごとに、地形が破壊されその形を変えていく。
だが、ブラックドラゴンの急所からは火花が散り、おそらくは生命維持に重要であろう液体がボトボトこぼれている。
「殺す。二度とファックというな!」
ぼっちのパンチが正確にアゴを捉えた。
ブラックドラゴンの体が大きく吹っ飛ぶ。
「ドラゴン!」
その彼へモー子が駆けよる。
彼女はぼっちを睨むと、痰を吐き、中指を立てた。
ブラックドラゴンはその意図を察したようだ。
「モー子……止めろ……俺はこの男と一対一で……!」
「ファック承認!」
拒むブラックドラゴンのケツに、モー子は問答無用で拳を叩きこむ。
「――最終セーフティ解除。イグニッション!」
モー子は挿入した腕をねじる。
「グワアアアアアアアア!」
ブラックドラゴンの体がこれまでにない輝きを放つ。
その体に搭載されたすべての破壊能力が開放されたのだ。
そのエネルギーが彼の全面に集まり、ぼっちへ向かって発射される。
そのエネルギーの大きさ、力、卑猥なショッキングピンクの輝きまで、これまでのファックビームとは比べものにならない。
「波ァ!」
とっさに片腕シャークビームで切り返したが、威力の差は歴然としている。向かってくる列車を水鉄砲で押し返そうとするようなものだった。
死。
ぼっちは濃厚な死の気配を感じた。
「勝って……! ブラックドラゴン!」
モー子の悲痛な叫びが響く。空から雪が降り始めた。まるで二人のためであるかのように。
そのドラマチックな感じもぼっちの精神を折った。
クリスマスにおいてサメとぼっちは孤独であった。
「師匠……」
それは死ぬ前の走馬灯か、彼はは亡き師匠のことを思い出した。
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『稽古を付ける前に訊く。お前たちは何のためにカラテを学ぶのか。もし、いい格好をしたい。異性に好かれたいという理由でここにいるのならば結構。このまま回れ右をして出て行くがいい』
あるとき、彼の師匠は弟子たちを集めてこういった。
結果、すべての新弟子が出て行きった。残ったのは彼と師匠だけだった。道場は滅んだ。
その後すぐ、師匠は心労から病に倒れた。
三人兄妹とってもいいあいだ柄だった、幼なじみの二人が、師匠の知らないところで、付き合い、ペッティングをし、テンポ良く着床、「式は身内だけですませました」みたいな結婚報告を送ってきたのだ。
師匠は生涯童貞であった。
亡くなる直前、唯一の弟子であるぼっちを呼びつけ、あらゆる穴から血を噴出させつつ、こういった。
『いいよね? 殺してもいいよね? あいつら? 儂はカラテに一生を捧げて一筋に生きてきました。生きてきましたけども、なんも幸せじゃないよね。じゃあ殺してもいいよね? 儂のやってきた一生懸命ゲージの分だけ、他の幸せなやつらブッ殺してもいいよね? 儂なにか間違ってる?』
その言葉を最後に師匠は死んだ。
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ショッキングピンクの光の中で、ぼっちは目を覚ました。
極大ファックビームは、今まさに彼を飲みこむところだった。
「俺は、夢を視ていたのか? 最後に見るのが死んだ師匠の顔だったとはな」
こうして最後の抵抗をしているあいだにも、ぼっちの頭には師匠の断末魔が、まだ生々しくエコーしている。彼は笑った。
『儂、何か間違ってる? 殺してもいいよね? そうでしょ? ねえ』
師匠。
カラテに人生を費やした師匠。
童貞だった師匠。
幼なじみに身内と思われていなかった師匠。
『儂、何か間違ってる?』
師匠。間違っています。
「――だがクリスマスなので正しい」
「シャーシャシャシャー!」
クリスマスぼっちのカラテ男は叫んだ。
童貞のサメくんも怒った。
クリぼっちとサメ、さらに生涯童貞師匠。三人の心がひとつになった。
まさに三位一体。ドブ川のような闇が瞳に宿り、そのドロドロした輝きが、ドブ川の奥に睡るさらなる力をイグニッションする。
「すべてのクリスマスを殺す。俺たち三人で!」
祈りにもにた所作から、片腕シャーククリスマスぼっちはビームを放った。それはファックキャノンにも劣らないドブ川の如き氾濫だった。
ケーキ売りたちが叫ぶ。
「ファックとぼっちの力比べというわけかぁ!」
ショッキングピンクとドブ川の凄まじいぶつかりに街全体が震えた。ラブホテルが倒壊し、教会の十字架が腐る。
「頑張れドブ男!」
「そのちんこでかそうな男をぶっころせ!」
周囲の声も掻き消されがちであったが、モー子の声ははっきり聞こえた。
「負けないでブラックドラゴン! 抱いて!」
その言葉か聞こえた瞬間。
三位一体片腕シャークの中で最後のリミットが外れた。殺す。
「――師匠……みんな! クリスマスを終わらせる力を!」
「なにっうぉおおおおおおおお!」
最大のドブ川がファックキャノンごとブラックドラゴンを飲みこんだ。
光が収まると、ブラックドラゴンの姿が現れる。
彼は唇を歪めて笑うと、ゆっくりと膝を折ってくずおれた。
「勝った……?」
ぼっちの男は、思わずサメの腕を掲げて叫んだ。
「俺たちの憎悪が勝ったぁああああ!」
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「ドラゴン! 私のドラゴン!」
モー子がブラックドラゴンへ駆け寄った。
ブラックドラゴンは右半身のほとんどを喪失していた。人工臓器が溢れ、中枢部からバチバチと火花が散っている。
「ドラゴン、死なないで。だってまだセックスしてない!」
小さくなったブラックドラゴンをモー子は膝枕する。
「離れていろ、モー子」
ブラックドラゴンが最後の力を振り絞って、モー子を突き離す。
彼の体はもうすぐ爆発する。その破壊に巻きこまぬようにという心遣いなのだ。
「ドラゴン……」
拳を握りしめているモー子へブラックドラゴンは最後の別れを告げる。
「すまないモー子……彼の憎悪は……君のイグニッションよりずっと逞しくて……おっきいかったん……だ」
その言葉を最後にブラックドラゴンの体は爆発四散。一片の欠片も残さずこの夜から消えた。
彼ピッピランキング一位。ブラックドラゴン、死亡。
「終わった……」
どこかで教会の鐘が鳴った。後には雪が降るばかりである。
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「パリピの親玉が倒れたぞー!」
「いままで労働者を散々馬鹿にしやがってよお!」
「もう恐れることはなねえ。クリスマスごとぶっ壊してやるぜ!」
「ノーモア・クリスマス!」
「ノーモア・クリスマス!」
虐げられていた労働者たちが一斉に立ち上がり、街のパリピたちを一掃し始めた。
これが後の「クリスマステロル・ケーキ食わねえのか事変」の引き金になるとは、この時のぼっちには予想できるはずもない。
だが、世界が良い方向に変わるであろうことは、その場の空気で感じていた。
彼は、最後の標的、モー子へ向かって歩みを進めた。
彼女は呆然とへたりこんでいた。
「すべてを……奪われた……」
「そうだ。今は、お前がぼっちになったのだ」
「くっ抱け!」
そういうや否や、彼女はパーティードレスの胸もとを引き裂いた。
「一人でクリスマスを過ごすなど死にも勝る屈辱。ならばお前にでも抱かれた方がマシだ!」
何というどエロい体をしているのだろう。
ぼっちは欲望が動くのを感じた。
彼は来ていたサンタ服を、脱ぎ捨てる。
そして、びくりと震えたモー子のそばをいったん素通りして、ケーキ売りのケーキを手に戻ってきた。
「メリー・クリスマス」
そういうと、彼はモー子の顔面にケーキを叩きつけた。
それで終わり。
彼はこの女への一切の興味を投げ捨てると、背を向けて歩きだした。雪の夜を一人で。サンタ帽子も投げ捨てて悠々と。
ときどきパリピたちの顔面へケーキを叩きつけながら。
「そういえばほとんど飲まず食わずだったな」
歩きながら彼が呟く。
「シャ」
すると、左腕のサメが歯のマシンガンで、停まっていたパリピリムジンを破壊、中にある冷蔵庫を露わにした。
「気が利くな相棒。俺とお前と、案外上手くやっていけるのかもな。そうだろ? クリスマスを別にすれば、だけどな」
「シャア」
こうして一人と一匹は、シャンパンはしゃらくさいので叩き割り、キンキンに冷えたコークをゲットする。
そうして二人と一匹、最高の一口を喉へ流しこみながら、お家へ帰っていくのだった。
――終劇。
片腕シャークリスマスぼっち VS 一〇〇人の超力彼ピ兵団 羊蔵 @Yozoberg
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