第4話 SMルームあと
ぼっちが一命を取り留めたのは、皮肉なことであるがヨガインストラクターのおかげも大きかった。
空中で何度も攻撃を食らったおかげで、落下方向への慣性が減退されたのだ。さらに無意識のうちに繰り出していたサメドリルがいい方向へ作用。結果、体全体がフリスビーのような横回転をはじめ、これも落下速度を落とすことに付与した。
しかも墜ちた先はプールであった。サメが水に落ちて死ぬところを見たことがある、という方がいたらご一報いただきたい。
そうした様々なファクターがあって彼は一命を取り留めていた。
恐るべき執念と幸運。クリスマスでなければ死んでいた。
ただ、受けたダメージは凄まじく、追っ手を恐れて落下地点から遠ざかるので精一杯だった。
そして吐瀉物も凍る雪の路地裏に倒れ伏していたところを、この女に助けられたのだった。
という顛末を、死にかけていたぼっちはまったく憶えていない。
■■■
「気がついた? 可愛い寝顔だったわよ」
その声と、マニキュア駅の匂いでぼっちは目覚めた。
女。
ぼやけた視界が戻って、自分を見下ろす若い女の顔に像を結ぶ。
女は椅子を二つ使って座り、ミニスカートの素足にペディキュアを塗っている。
「ここは?」
ぼっちは女の足をチラチラ見ているなどという誤解を受けないよう、高速でチラチラしつつ、尋ねた。俺は一体何時間寝ていた?
「一時間ほどってところかな」
「ならばクリスマスは終わっていないな」
「ああ動かないで、あなたが良くても私のペディキュアがまだ乾いていないんだから」
「言っていることが分からない」
ぼっちがチラチラ尋ねるが、女意味深に笑うばかりだった。
やがてマニキュアまで塗り始め、それが乾いたのは、ぼっちにつながっていた点滴の終了と同時だった。
部屋はどうやら使われなくなったSMクラブらしい。そのなかに医療器具やコンピュータ。入り組んだ機械などがひしめき合っている。
「ここは私のラボってわけ」
女はいった。
「恩着せがましい上、専門的な言い方になるけれど、あなたはスゴい毒とスゴい熱線に全細胞をファックされて常人なら百億回は死んでいるほどのダメージを受けていたのよ。それを私がだいたい何とかしてあげた」
ぼっちはいぶかしんだ。
「聖☆汁の毒とあの毒をだいたい何とかするとは……いったい何者だ? ともかく治療は感謝する、いずれ生きていたら例を――」
そういって今度こそ立ち上がろうとしたところへ、女の言葉が突き刺さる。
「行ってどうするつもり? ブラックドラゴンの装甲を貫けなかったのでしょう? それで負けた」
「――何者だ。まさか女タイプの彼ピッピか!?」
「落ち着いてって。マウント財閥の彼ピがあなたを治療するわけないでしょう」
「ではいったい?」
ぼっちは思った。もしかして、この美しい女は俺のことが好きなのでは?
「あなたを愛してるから助けるってワケじゃないのよ――だから行こうとしないでって。あなたが飛行艇から墜ちてきたのを見たのよ」
「……だからといってブラックドラゴンと戦ったとなぜわかる」
「夜空を貫くファックキャノンの光を私が見間違うはずがない」
「ファックキャノン!」
「ファックキャノンは私が搭載した」
「なにっ」
「申し遅れたわね。私はマウント財閥サイバネティックス機関主任ヨーコという者よ。元、主任だけどね」
女はそういった。
■■■
「さあ。毒はあらかた取り除いたし、新しいサンタ服も調達したわ。次にブラックドラゴンの弱点を教えてあげる」
ヨーコそういうと人体模型を持ってきた。
「いい? ブラックドラゴンは全身をサイバネティックスで強化してあるけれど、その装甲には構造上どうしようもない、弱い部分が存在する。これを知っているのは私だけ」
そういってヨーコはマニキュアを塗った指で人形を撫で回しつつこう説明した。
動きがエッチなのでは? 誘っているのか? ぼっちはいぶかしんだが口には出さなかった。
「右わき。正確には肩から三センチ下へ。そこから内側へ五センチの位置にある。ここを突くのよ。一気に。聞いてる?」
「――ああ」
ぼっちはチラチラ見つつ頷いた。
「だがなぜだ。なぜそんな事を俺に教える? ブラックドラゴンはお前の患者ではないのか?」
女の顔が一気に険しくなった。
「恨みよ……解雇され研究成果を奪われただけじゃない。ブラックドラゴンは私よりモー子を選んだ。あんなに良くしてあげた私を……。本当ならファックキャノンの認証ボタンを激しくイグニッションするのは私のハズだったのに!」
「……そうですか。今回はありがとうございました」
あまりの形相に恐怖し、ぼっちは帰りたくなった。だがその時、肝心の左腕が動かないのに気づく。
あの逞しかったサメくんが、解凍三日目サバのようにぐったりしているのだ。
「サメくん!」
「ファックキャノンを全身でガードしたのだから、そうなって当然だわ。全身の九〇パーセントの細胞とビフィズス菌が死滅しつつある。もうダメね」
「なんだと!」
「ただし方法はある。サメくんのエネルギー元は人肉。それもパリピたちを憎む人間の肉が最高でしょうね」
「理解した。さあ噛め。俺と生きてカスどもを殺すんだ」
ぼっちは自分の無事な腕、つまり右腕をサメくんの歯へこすりつけた。流れ出た血の臭いによってサメの意識がわずかに戻る。
ヨーコは慌てて止めた。
「待って。驚いた……躊躇いもなく残りの腕を捧げようとするなんて」
「一刻を争うのだろう?」
「だから待って。ステイ。あなたにケガをされてはブラックドラゴンに勝てなくなる。パリピを憎む人間ならここにもう一人いる」
「どこだ」
「私よ。心配しないで、腕の一本くらい平気よ。私にはサイバネティックスがあるのだから。自分用の義手くらい常備してる」
「だが……」
そのとき、建物内に声が響いた。
「どこだクリぼっち! 逃げても無駄だあ」
「庇ってるやつがいるなら出頭しろお! コンドーム一年分をくれてやる!」
死体が見つからないことを聞いて送り込まれた彼ピッピたちである。
「追っ手が来たみたいね。急がないと」
「……君はそれでいいのか?」
「察してよ。クリスマスにこんなところに一人でいる時点で」
すぐ後、SMルームの壁がぶち破られた。
「見つけた~!」
「俺たち上級彼ピから一時でも逃げられると思ったかよォ~」
それが彼ピたちの最後の言葉である。
ドアを破った時点で、彼ピたちは首をはねられ、宙を舞った頭部だけでそういったのだ。
彼らの目に最後に映ったのは、両腕を振りかざした片腕シャーククリスマスぼっちの姿である。
その左腕は確かに起動していた。
「シャアアアアア」
サメくんが高らかに鳴いた。
最上の肉を食べたおかげで完全復活。ヒレもビンビンだ。
「元気そうで何より」
血を流しながらもヨーコは笑った。
「この礼はかならず」
ぼっちがそういったとき、新たな彼ピの足音が近づいて来た。
「私はいいからドラゴンを追って! ヤツらがセックスする前に!」
ヨーコは彼を窓から押し出した。
「ヤツらの居場所はきっと、セレブ要塞ファックヒルズよ。そこへ向かって。ヤツの弱点を忘れないで。脇の下。脇の下に挿入するのよ」
ぼっちは、一度振り返ったが後はそのまま駆けていった。
だから彼は、ヨーコがこのあとどんな顔をしたのか見ていない。
彼女は口の端を吊り上げて笑っていた。
「行けぇ……行って殺せ。クリスマスにいちゃくカスどもを……お前らみたいな生臭い童貞とサメを助けたのもそのためなんだからよォオオオオオオ!」
その目はドブのように濁った黒だった。
新たな彼ピたちが踏みこんでくる。
「ぼっち野郎は逃げた後か……」
「あっお前は、サイバネティックス部門元主任! 来い。キサマには反逆の容疑がかかっている!」
「あーあ。片腕は残しておいて正解ってことね」
そういうヨーコの手には、ナースコールの如きボタンが握られている。いざという場面にそなえての自爆ボタンである。
「なにっ」
「ビッチの最後がこの目で見られないのは残念だけど、あのむっつりとスケベとサメならやってくれる気がするわ」
彼ピたちが反応するよりも早く、ヨーコは自爆ボタンを押した。
爆発音を背後に片腕シャークは駆ける。
ビルを駆け上がり、屋上から屋上へ飛び移た。
そこで、例のサンタの乗る浮遊ソリを上空に発見した。
彼はさらに高くジャンプして、ソリに飛び乗った。
「やはり高みの見物を決めこんでいたな。ドブサンタ」
「げえ! お前は」
「ファックヒルズまで乗せていってもらおう」
「馬鹿野郎、サンタは人間世界の出来事にあんまり関与しちゃならねえ決まりなんだよ、これ以上ぎゃあああああ! すごい殺意。首がああああ。いいぞ~その殺意ぎゃあああああ!」
ぼっちはソリを使いファックヒルズへ向かう
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