第3話 無限ジョイント列車


「悪いお待たせ~。不倫セックスしてたら遅くなっちゃった」

「遅いよ~。乱交パーティーが始まっちまうゾッ」

「タハハ。俺ってほんとドジ」

「不倫も乱交も好きにするがいい。だがクリスマスなので許さん」

「ぎゃああ。ぎゃああああ! え? そんなに? ぎゃああああああ!」

 廃墟と化したクラブ「NAKAYUBI」を去った後、ぼっちは折よく一般パリピを発見、運転手と車を手に入れていた。

 ハゲから受けた毒が原因で、結局ヨガインストラクター顔色ガンショクを逃がしてしまった。

 ヤツの乗るチュッチュトレインに追いつかなくてはならない。

「スピードを上げろ。チュッチュトレインは平均時速一〇〇キロだ」

「は……はいぃい」

「恋人つなぎの通行人を轢くと一〇〇〇ポインツだ」

「ハイィイイイ! ここまでしたんだから俺は助けてもらえますよ……ネ!?」

「口調がイラつくから駄目だ」

 前方にチュッチュトレインのピンク色の姿をとらえた。


 ■■■


 チュッチュトレインへ飛び移り、屋根上の非常口から列車内へ忍びこんだ。

 豪奢な客席には、マウント財閥縁のセレブたちが乗りこんでいる。こいつらが全員、これから淫猥なパーティーを催す予定なのだ。殺したい。

 超力彼ピッピの姿はない。すでに先の便で目的地に到着しているのだろう。ブラックドラゴンとの決着は先延ばしだ。

 だがこの列車にはヨガインストラクターが乗っている。終着駅までにヤツを殺す。それまで騒ぎは避けた方がいい。

「今日も日経平均株価をファックしてやりました」

「儲かりすぎて毎日ノーパンしゃぶしゃぶですわ」

「かくゆう私の美人秘書もノーパンでね」

 などといっているカスどもにドリルをぶちこむのは慎むべきだ。

 左手のサメを隠してサンタさんの振りをすればセレブの目はごまかせるだろう。ここ最後尾から先頭へ向かい、ヨガインストラクターを殺す。


 前進しようとしたとき、バン。という音が響いた。

 窓を叩いたような音で、ぼっちは思わずそちらを見る。

 バン。

 外から列車の窓に何かがぶつかっているらしい。

 一瞬、肌色の何かが跳ね返って見えなくなる。

「何でんがな。お尻かな?」

 セレブの一人が気づいた。彼は不用意に窓に顔を寄せた。

 バン。

「うわあっ!」

 セレブは尻餅をつく。

 手だ。人間の手が窓を叩いている。しかも外側から。

 それも一人や二人ではない。手に続いて、無数の青白い顔が窓に。窓に。

「うわああああっでんがな!」

 バン。

 バン。

 バン。

 高速で走るチュッチュトレインに飛び移ることのできる人間が、ぼっち以外に存在するのか?

「ギャアアアア! でんがなっ!」

 ついにガラスが砕け散った。セレブの顔面がハリネズミになる。

 だが、次の瞬間には手と顔は引っこんでいた。

 チュッチュトレインの速度に耐えられず振り落とされたのだろうか? 

「何やったんや一体……しゃあかて血だらけでんがな」

 セレブが近づいて確認しようとした。

「でんがな!」

 そこへ男が跳び蹴りで飛びこんできたのだ。顔に刺さっていたガラスが脳にまで達し、セレブは絶命した。

「逃がさねえぇぜぇ~~! みんなの、大切な仲間の仇だ~!」

「貴様は……!」

 ぼっちは侵入者の顔を知っている。悪霊保管庫、関である。死んだと思われた彼ピッピが追ってきていたのだ。


 ■■■


 経緯はこうだ。

 瓦礫の中からファックサインを取りつつ這い出した彼は、通行人に、犬やチーター、およびターボ婆ちゃんの霊を憑依させ、おのれを運ばせたのだ。ターボ婆ちゃんの脚力なら列車にも並走可能だ。

 その上で、彼らに列車の窓を破らせ、さらに自分も投げこませたのだ。


「殺す~。恨み晴らさでおくべきか~」

 関は繰り返す。血まみれのうえ青ざめた凄まじい顔であった。

「ターボ。たぁあああ~ぼ~」

 窓からはターボ婆ちゃんに憑かれた一般人たちが入りこんでくる。

 サメが敵を食い殺そうとするのを、ぼっちは慌ててたしなめた。

 悪霊憑きの中には、普通の勤め人も混じっている。彼らを傷つけるべきではない。ぼっちは思った。セックスでもおっ始めてくれればぶっ殺せるのに。

「……街の人から憑依をとけ……関!」

「ひひっ。無駄だよ~」

 ぼっちは関へ向かってヒレのカッターを振るう。が、彼は片腕に深手を受けてもがむしゃらに迫ってくるのだ。

「死んでいったみんなの痛みに比べればこんなもの!」

 彼は止まらない。

 もはや関を仕留めるしかない。

 だがやるべきか?

 この夜で初めてクリぼっちは迷った。

 殺すべきは幸福なカスどもである。聖夜にセックスをするな。

 しかし、関が戦うのはセックスのためではない。仲間のカタキを討つために挑んできているのだ。

 クリスマスに性欲は許さない。愛も殺す。しかし友情。友情は美しいものではないのか?

 ぼっちの心が揺らいだ。左腕のサメもまた、闘志の矛先を見失い、歯を咬み鳴らすばかりである。

「モー子とみんなのために死ねえええ!」

 関がガラス片で斬りかかってくる。その身のこなしはさすが超力彼ピ。軽くいなせるものではない。ぼっちには幸福なカスどもを殺すという使命がある。

「――やむを得ん。しゃあっセビレ・ソード!」

 目にもとまらぬ速度で左腕を一閃した。

 ぞっとするようなサメ肌の光が走って、関の喉笛を掻き斬った。

 鮮血がシャワーの様に降りそそぐ――はずだった。

「なにっ!」

 関の首からは一滴後も流れない。

 しかも半ば断ち斬られぐらぐらする首の上で、関は笑っている。

「無駄だよ~。カタキをとるまではさぁ~僕は死なないって決めたんだぁ~」

 よく見ると、その顔には一切血の気がない。

「まさか……関……お前は!」

「そうだよ死体だよぉ! みんなのカタキを取るために地獄の底から蘇ってきたんだ!」


 そう。関はクラブの倒壊に巻きこまれて、すでに死んでいる。

 そして悪霊となって、己の死体を操っているのだ。

「なんという執念だ、怖い」

 ぼっちは立て続けにセビレ・ソードを繰り出した。

 だが、死者をもう一度殺すことはできない。

 配下の憑依セレブとともに、迫ってくる。

 なんという強い恨みだろうか。彼にとってハゲたちはそこまで大切な仲間だったとでもいうのだろうか?

「関! お前ほどの男がなぜそこまでヤツらに肩入れする。乱交とかするカスを!」

「カスとかいうな。君は職場でもそんな言葉遣いをしているのか」

「すまない。ごめんなさい」

「お前の殺したみんなは僕の兄弟といってもいい存在だったんだ!」

「兄弟……!いかん……こいつのカスなところを探さねば……俺の自尊心が保たない!」

「僕は死んでも兄弟の仇を討つ。他の兄弟も守る! 兄弟を諦めない!」

「くっ……博愛精神が眩しい……俺は……間違っているのか?」

「だって乱交したから! 僕らはかけがえのない穴兄弟だったんだ!」

「墜ちたな関。ゲスな彼ピの心に」

 良し。関の攻撃をしゃがんで躱すと、ぼっちは下段のセビレ・ソードを一閃させた。

 関の足を膝から斬り飛んだ。不死身だろうと動けなければ戦えはしない。

「終わりだ、関。地獄に帰ってすべてのクリぼっちに詫び続けろ」

「野郎、味な真似をしやがって! 一生乱交することのないぼっち野郎がよお!」

 地べたを転がりまわりながら、関は罵倒の限りを尽くす。

「ヒヒッ。墜ちる? 勝った気になるなよぉ。動けなくてもテメエを道連れにする方法はあるぜ~!」

 関はさらに繰霊術を展開させた。

「でんがな!」

「まんがな!」

「ターボでんがな!」

 列車のすみで震えていたセレブたちが、全員白目を剥むくと、ぼっちへ向かって、襲いかかり始める。

「関! 仲間であるセレブたちまで!」

 ぼっちはセレブの鼻面をグーで殴る。

「ターボでんがな!」

「ファックでんがな!」

「今宵もジュディとターボでんがな」

 が、キリがない。毒と疲労もある。彼は次の車両へ、さらに前へ、前へと退避せざるを得なかった。

「殺す~。みんなのために殺す~」

 関は車両のセレブたちを取りこみながら追ってくる。

「関。キサマまさか列車獣の人間を……!」

「乱交! 乱交! 僕は乱交が大好きだ~」

「死後強まる性欲! 言葉を慎め関!」

「さあ~みんなで乱交ジョイントしようよ~!」

 列車じゅうからターボ婆ちゃんの声が上がる。

 具体的な描写は避けるが、列車全体でセレブたちの性行為が始まっていることは間違いない。乱交である。しかもターボなのだ。

 さらに車体が一度大きく揺れたかと思うと、加速度が増した。

「乱交! 乱交! みんなでジョイントすれば地獄も天国に早変わりだぁ~」

「関ッ! やめないか!」

 ぼっちには関の作戦が戦闘経験でわかった。

 こいつは自分を道連れにしようとしているのだ。

 おそらくは列車ごと自爆するきだ。繰霊術を使って。

 また一度チュッチュトレインが揺れた。

 関の支配下にあるセレブたちが、動力部に侵入したのだ。

難解になるので専門的な説明は省くが、列車が乱交に参加した、といえばおわかりいただけるだろうか。

 動力部がエレクト、かつオーバードライブしたのだ。

 つまりチュッチュトレインは停止不能。限界を超えて加速し始めた。この先に待つのは爆発、あるいは脱線、というよりその両方であろう。

「ヒヒッ。メリークリスマァああああス! 無限乱交列車のお通りだよ~。みんなで地獄に落ちようよ~」

「喝っ」

 ぼっちのセビレ・ソードが関の顔面を十字に断ち割った。

 しかし、すでに死者である関は死なず、繰霊術は止まらない。

 その時、別の声がした。

「ああ。これは駄目だね。うん。騒ぎを見てもしやと思ったけれど、うん。関がこうなったら誰も留められないね。うん」

 立っていたのはヨガインストラクター顔色ガンショクである。同じ列車内での戦闘に彼が気づかないはずはない。

「ヨガインストラクター!」

「おっと――」

 彼はここでも潔く撤退を選択した。

「俺は逃げるよ。うん。君は地獄で関の乱交に付き合ってあげてくれたまえ、うん。アデュウ」

 彼は高速で走る列車の窓を割って、こともあろうか外へ飛び出した。

 通常なら自殺行為だが、彼は超力ヨガインストラクター。体側面の皮膚をひっぱり、ムササビの様な形態になって滑空できるのだ。

 地獄行きの無限乱交列車から、事もなげに脱出したのである。


 ぼっちは消えていくヨガインストラクターを見送る。

 その背に、割れた顔面の関が嘲笑を投げかける。

「アバッ。もう……ガバッ……無理だよ~。この列車はすぐにマッハまで加速する……! アガガッ。いかに片腕シャークだろうと生き残れるはずがないッ。アババっお前は終わりなんだよォ! やったねぼっち、君も乱交ができるよ!」

 これに対して、ぼっちはこう言い放った。

「構わん。速度が上がるということは、それだけ速く目的地へ迎えるということだ。ブラックドラゴンの居場所へ」

 本音である。彼は最短でブラックドラゴンへ辿り着こうとしている。逃がしたヨガインストラクターも目的地で殺せばいい。


 だが、しかし。このオーバードライブしたチュッチュトレインが終点まで持つのか? もつはずもない。

 最後のカーブを前に、最前列車両すなわち動力部が爆発した。

 ぼっちたちの車両が真横に回転する。脱線したのだ。

「でんがな!」

「ものごっついターボでんがな!」

 慣性に従って、セレブたちがつぎつぎに窓を突き破る。

 ぼっちの体も、マッハで車外に投げ出された。

「絶対に死なぬ。クリスマスが終わるまでは!」

 地面と水平にふっ飛んだぼっちが、ラブホテルへ突っこむ。ガラスが舞った。

 通常なら即死であろう。

 が、彼が破ったのはガラス部分だけだった。

 ガラスを割ってラブホテル内へ侵入し、セックスする客たちに危うくぶつかりかけながら、反対側のガラスを破って抜けたのだ。

 つまり、ガラスを割っただけの衝撃に過ぎない。

 さらにその先のマンションへ、ベランダガラスから突入、台所のガラスを破る。以下同様であった。

 ラブホテル。

 民家。

 ラブホテル。

 ノーパン食堂。

 ラブホテル。

 すべてガラスだけを突き抜けた。

 最終的に教会のステンドガラスを破って、クリスマスウエディング中の客、新郎新婦、牧師を弾き飛ばしたところで、ぼっちはみごと十字架へ着地した。

 マッハで吹き飛んだにもかかわらずほぼ無傷である。

 一枚ガラスを割り、やや衝撃を殺す。それをX回繰り返していけば、ガラスに当たっただけのダメージで慣性を殺しきれる。そういう理屈である。

 もちろん、偶然ではない。

 ぼっちは窓からの視覚情報から地形を推測。窓ガラスだけを貫通できるルートを選んで、チュッチュトレインから飛び出したのだ。

 確実な方法とはいえないが、彼は覚悟によって一か八かの賭に勝ったのだ。

 すべては幸せにクリスマスを過ごす彼ピッピを殺すため。

 後方で第二第三の爆音が響いた。脱線した車両が爆発炎上したのだ。不死身の関も焔に焼けて灰になった。


――彼ピッピランキング三位、悪霊保管庫、関。完全死亡。

 ここまでのサツガイ数。100(101)人中、75ピッピ。

 その他セレブたち多数。


■■■


「というわけで空港に辿り着いたのだ」

「シャシャシャー!」

 チュッチュトレインの行き先は目と目立つ建物で、教会の目と鼻の先に簡単に見つけることができた。

 それはマウント財閥のプライベート飛行場だ。

 発着場には超大型飛行艇が発車寸前でスタンバイ中であり、まさにモー子とブラックドラゴン、ヨガインストラクター顔色ガンショクが乗りこむところだった。

 ぼっちは駆けた。

「ブラックドラゴン!」


 ■■■


 ぼっちを乗せたまま、飛行艇は上昇していった。

「綺麗な夜景」

 ダンスホールほどもある展望ホールに、クラッシック音楽とモー子の穏やかな声が響く。

 長い戦いを経て、ぼっちはモー子とブラックドラゴンに到達したのである。

 パーティドレスに身を包んだモー子の左右に、二人の超力彼ピが控えていた。

 彼ピッピランキング四位、ヨガインストラクター顔色ガンショク

 そして一位――。

「ブラックドラゴン!」

 ぼっちの闘争心ははち切れんばかりだ。

「シャシャシャー!」サメくんも猛る。

「YES。ここまで来るとはな。クリスマスぼっちの男」

 いぶし銀のような、そしてペニスのデカそうなブラックドラゴンの声が届く。

「もう逃げ場はないぞ。ブラックドラゴン。そしてビッチ」

「言葉を慎むんだな。うん」

「NO。下がっていろ」

 超力ヨガインストラクターが進み出る。ブラックドラゴンはこれを下がらせて、自分が前に出た。

「――俺がやる」

 これにモー子がわずかな感情を見せた。

「ドラゴン……」

「大丈夫だ。すぐに終わらせる」

 見つめ合う二人の瞳に愛情のきらめきがあった。

「殺す。クリスマスに見つめ合う者を片腕シャークは許さん」

 正義の怒りを胸に、片腕シャーク・クリぼっちは即座に飛びかかった。

 跳び蹴り。

 セビレ・ソード。

 正拳突き。

 足刀蹴り。

 裏拳。

 鉤突きから始まる四十八手のコンビネーション。

 金的蹴り。

 金的蹴り。

 金的蹴り。

 ぼっちは果敢に攻めた。疲労と毒に侵された体では短期決戦より他にないと悟っての特攻である。

 ブラックドラゴンはこれをすべて受けた。恐ろしい防御技術。そして体の頑丈さである。

「だがこれはどうかな?」

「シャーク!」

 左腕のサメが一声鳴いたかと思うと、ドリル状に回転を始める。

 ぼっちのフェイバリット。ドリルの回転を加えた左回転突きだ。

 回転は鋼のようなアームクロスガードをも弾いて、ブラックドラゴンの胸へ突き刺さった。

「ああっ! シャークドリルが完全に入ったんだな! うん!」

 あまりの熱戦に興奮したヨガインストラクターが叫んだ。

「ドラゴン!」

 モー子も叫ぶ。

 だが、ぼっちとサメは手応えで技の失敗を悟っていた。

 ドリルが心臓まで届いていない。

 腕に返ってくるのは鉄の感覚。いや。それ以上。

 ブラックドラゴンの胸は、皮膚一枚隔てて人工筋肉と超強化セラミックの骨格に守られていたのだ。

「――サイボーグ」

「卑怯というか?」

「構わん。それも強さだ。だがクリスマスには許さん」

 男は再び構えをとった。

「その様な事をいった者は初めてだ。根限り戦おう……!」

 彼を見るブラックドラゴンの顔に、わずかに賞賛の色が浮かんだ。

「ダメよドラゴン!」

 二人の戦いを遮ったのは、モー子の厳しい声である。

 ブラックドラゴンが振り返る。

「すぐに仕留めて。コイツは危険」

「……YES。モー子、君がいうなら」

 そういうドラゴンへ向かって、モー子はキレのある動きで中指を立てた。

 そして驚いたことに、中指をブラックドラゴンの尾てい骨の辺りへぶちこんだのだ。

「イグニッション!」

「YESイグニッション」

 ドラゴンが機械的にいい、モー子は挿入した指を半回転する。

 ブラックドラゴンの肉体が輝きを放った。

 中指の挿入は、彼の最強の破壊技を実行する為の認証キーだったのである。

「OKドラゴン」

「YES、OK」

 モー子にならって、ブラックドラゴンも中指を立てた。

 そこに凄まじいエネルギーが集約する。

 ブラックドラゴンの輝く指先がぼっちの方へ向いた。腰を深く落としている。これから受ける多大なる反動に備えているのだ。

「残念だ。ぼっちシャーク――Fire」

 それはまるで一条の流れ星。あるいは神様のぶちまけた修正液か。

 光が一閃した。

 音すら消えた。

 光が去った後には、ぼっちの姿はもちろん、展望ラウンジの半分が消滅していた。

「終わった」

 とヨガインストラクター。

「NO」

 とブラックドラゴン。

「確認してきて」

 モー子がヨガインストラクターに指示を飛ばした。

「――なんと。確かに……生きてるんだな、うん。辛うじてだが」

 ぼっちは飛行艇の外、垂れ下がったワイヤーに、しがみついていた。全身が焼け焦げ、意識があるのかも怪しい。

 光を受けた瞬間、サメのヒレでガードしていたのだ。

 モー子は冷たく言い捨てる。

「振り落として」

「それじゃ生温いんだな、うん」

 ヨガインストラクターの男は躊躇なく跳んだ。

 ムササビ滑空をしつつ腕を伸ばして、攻撃を加えていく。

 ついにぼっちの手がワイヤーから離れた。

「まだ。まだまだまだなんだな。うん」

 墜ちていく彼へさえ、ヨガインストラクターは追撃を続けた。

 空中で何度も切り返しながら、すれ違いざまに打撃を加えていく。

 宙を舞うぼっちの姿は、無数の魚についばまれる無抵抗なミミズのようだ。

 ついにぼっちは、頭から、高級ホテルへ突っこんで見えなくなった。

「さすがにこれでは生きていられないな。うん」

 ヨガインストラクターは皮を広げ、地表すれすれで切り返すと、その場を去って行った。


 クリぼっちは死んだ。

 この夜は幸福なカスどもに蹂躙されるしかないのか?

 そうではない。

 それは呪いか祝福か、過酷な運命が彼を生かしていた。

 半死半生の彼を発見し連れ去った者がいる。

 完全に意識を失う直前、ぼっちはエキゾチックな香水の匂いをかいだ気がした。

「ハーイ。生きてる? 生きてるなら助けてあげる。アンタにはブラックドラゴンを斃してもらわなくちゃ」

 彼を助けたこの声はいったい何者なのか。神か? それともビッチか?



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る