第三章⑧『市立葉後高校 女子生徒飛び降り自殺事件(前編)』



 歌河うたがわ 針月しづきは、不幸な人間だった。

 


 両親は、彼が一歳の頃に他界した。いわゆる"駆け落ち"というヤツで、彼を見知らぬ児童養護施設に置き去りにした後、行方を眩ませたのだそうだ。その一ヶ月後、天罰と言わんばかりに、むごたらしくバラバラにされた二人の死体が山奥で発見されたのだという。


 そんなことも知らず、針月は施設でスクスクと育った。しかし、親の愛情というものを知らない彼にとって、施設での生活は地獄そのものだった。

 というのも、彼が預けられた施設というのは、身寄りのない子供を保護する場所ではなく、犯罪を犯した子供たちの更正施設……すなわち、"非行少年少女"たちの集まる場所だったのだ。



 当然のように、彼はいじめられた。



「テメーみたいなナヨナヨしたヤツと誰がしゃべんだよ。 あっち行け!」


「おら、お前はそこの大便器で顔洗うんだろ? とっとと顔突っ込めよ! また蹴り入れられてぇのか? あ?」


「うわ、臭ぇコイツww 下痢みてぇな顔して鼻から水出してんじゃんキッショwwwww」


 子供たちは、彼の事情など知る由もない。つまり、自分たちと同じように犯罪を犯した者だと、皆が勘違いしていたということだ。

 でも、臆病な性格の彼は、暴行などの罪で連れてこられたような輩と対等に話せるはずもなく、誰とも仲良くできずにいた。その結果、同じ非行少年たちから"弱いヤツ"と見下され、酷い扱いを受けていたのだ。


「あ……アイツよアイツ! 例の施設に通ってるっていう……!」


「本当だぁ……見た目めっちゃチー牛って感じよね。 アザとかヤバイし……どんな犯罪したんだろ……」


「どーせ下着泥棒とかダサい感じのでしょ? フフフッ……」


 施設外では、"施設通い"というレッテルが彼についてまわった。近所に住む同年代の子だけでなく、その親たちなんかも彼の陰口を話してばかりいた。挙げ句の果てには、「あの子には近づくな」という暗黙のルールが、周囲で自然に出来上がっていったぐらいだった。



(あぁ……そうか)



 八歳になる頃に、彼は悟った。



(僕は……神様から愛されてない、生まれてきちゃダメな人だったんだ……)



 彼が施設の園長をハサミで殺害し、正真正銘の"非行少年"となったのは、その翌日であった。



 ***




 十五歳の時、針月は市立の高校に通うことが決まった。

 彼が自ら望んだ訳ではない。ただ、そこの高校の校長がそうした慈善事業に精通した人物だとか何とかで、「"過去の過ち"によって行き場を失った子供たちにも、教育と成長の場を与えたい」とのことで決まった話だったのだ。


 当然、その校長の言葉も"学校"という場所そのものも信用していなかった針月は、開口一番、


「お前ら大人の善行オナニーに巻き込むなよ、気色悪い」


 と拒否した。

 当然、大人たちは苦い顔をしたが、校長の方針は揺らがなかった。また、施設のスタッフとしても、この問題児の面倒をこれ以上見ることが嫌だったこともあり、話し合いはスムーズに進んだ。結果、彼は春から、『葉後ようご高校』という学校の新入生として迎え入れられたのだ。



***



「───どこ行ったって一緒だよ。 ゴミクズはゴミクズのまま変われない。 ……変わりたくもないしね」


 記念すべき一回目の授業を躊躇ちゅうちょなく蹴って、針月は学校の屋上に来ていた。当然、周囲には誰もいない。学校で友情を育むつもりなんてなかった彼にとって、この場所はありがたいものだった。……とはいえ、休み時間になれば生徒らがやって来る可能性はあるし、今も針月を探して先生らが廊下を行ったり来たりしているから、ここに居られなくなるのは時間の問題だろう。


「はぁ……」


 ため息を吐きつつ、針月は人目のつかなさそうな給水塔の裏へと移動した。ごろんと、新品の制服をこけで汚しながら寝転がる。そして、今後のことを考えた。


「あの施設ろうやから出られたのはラッキーだったけど……こんな人の多い場所で空気吸うとか有り得ないし。 まずは、食べ物をどうするかだけど……ま、三日に一回ぐらい食ってれば死にはしないか」


 と、考えている内にウトウトしてきたのか、針月はそのまま給水塔の影の下で目を閉じてしまった。授業の声も、生徒らの喧騒も、ここには届かない。途中、屋上の扉が何度か開く音がしたものの、結局彼が先生らに見つかることはなかった。



***


 それから数日。

 先生らは、施設のスタッフと協議した結果、「ノータッチでいく」という結論を出した。歌河くんが自分から授業に参加するまで、干渉せずそっと見守る、という方針だ。


 そして、その悪名は生徒らにもたちまち広がった。"屋上を占有してるヤバいヤツがいる"という噂は瞬く間に有名になり、いつしか屋上に近づく者はいなくなった。


 ……皮肉なことに、針月が最も心地よく過ごせる空間が、そうしてできあがってしまったのだ。



「結局、"触らぬ神に祟りなし"ってことだよね。 ま、こっちは助かるけど」


 そう呟いて、施設のスタッフから貰ったパンを頬張る。

 説教まがいの声かけをスタッフ達から喰らうこと以外、今の生活は針月にとって楽なものだった。何にも縛られない……誰にも苦しめられない生活。このまま、与えられた三年間という時間をむさぼるのも悪くない。後のことなど知らない……今はとにかく、苦痛から逃れられればそれでいい。


 そう思っていた針月だったが、




「───君、いつもここにいるよね?

よかったら私も、ここで一緒に食べていい?」



「…………」



 それは、突然の出来事だった。

 今まで、誰にも見つけられることがなかった。否、見つけられたとて声をかけられることはなかったはずの針月が、何者かに声をかけられたのだ。


 胸焼けするほどの苛立ちを、針月はため息に込めた。そして、声の主を見ようともしないまま、


「死ねよ偽善者。 お前の自己満足に付き合わされるぐらいなら自殺する方がマシだ。 話すことなんて何もない」


 それで終わるはずだった。

 このまま向こうが腹を立てて帰ってくれれば、それで済む。そう、針月は思っていた。


 しかし、


「……別に、無理に話さなくても良いよ。 言葉にするのが難しいなら、言葉が出てくるまで一緒に待つし。 言いたくないなら、それは秘めていていい。 だから、私が力になれそうなことだけ、手伝わせて」


 

 ───虫酸むしずが走るほどのクサい台詞だ、と彼は思った。


 絵に描いたような真人間の言葉。それを、目の前に立つコイツは平然と言ってのけている。今まで、何十何百もの偽善と悪に触れてきた針月にとって、このタイプは初めてだった。


 だから、針月はつい顔を上げてしまった。

 給水塔の影から、見上げるように。光の当たる場所に立って微笑む一人の女子生徒の姿を、彼は目の当たりにする。


 

 

 顔つきは少し幼く、見た目から何となく一年生だと察しがついた。真っ直ぐにのびた濃い銀色の髪は、右側で軽く留められていて、サイドアップのような見た目になっている。手を後ろに組む彼女の胸元では、オレンジ色の宝石のようなペンダントがキラリと輝いていた。

 女神のような、どこかノスタルジックな感覚すら覚える美しさをようする彼女。その姿から、針月はしばらくの間目を離すことができなかった。

 


「私は、日向ひなた 花心かさね。 よろしくね」


 

 ニコリと、屈託のない笑顔で微笑む彼女。

 今まで誰からも笑顔を向けられたことなどない針月にとって、その笑顔は、一生忘れることのできないものとなるのだった。



***



 針月しづき花心かさねの不思議な交流は、それからしばらくの間続いた。

 交流といっても、絡みたくなさそうな針月のもとに、花心がふらっと声をかけにくる、というものだ。


「ね、歌河くんラインとかやってないの?」


「……やる訳ないだろ。 あんなの馴れ合いだけのツールだよ。 人との繋がりがなきゃ生きていけないような弱いヤツらのためのね」


「んー、そうかな? ムキムキで強そうな人とかでも結構やってるよ、ライン」


 と、いつもこの調子である。針月からすれば、その皮肉混じりの返しは拒否の表れなのだが、花心は全く気にしていない。こうなると、調子を崩される針月からすればフラストレーションが溜まっていく訳で。



「…………いい加減にしろよ」


ついに、そう言い放った。

針月と花心が交流しはじめてから、一週間後の出来事である。


「いつまでお前の偽善者ごっこに付き合わなきゃいけないんだ。 僕はすごく迷惑してるんだってこと、気づかない? 頼むから消えてくれよ」


 対する花心は、少し驚いたように目を丸くした後、すぐに、少し悲しそうな表情を浮かべた。



「そっか……。 君に迷惑をかけちゃってたのなら、それは謝らなきゃだね」


 ごめんね……と素直に謝罪されることさえも、針月の調子を狂わせた。


「"偽善"……っていうのは、確かにそうかも。 私はね、君のことを思って声をかけてたんじゃなくて、私自身のために、君に声をかけてたんだ」


「はぁ? 何それ……」


「私……ちょっと特殊な力を持っててね。 人の心が視える・・・・・んだ。 ……だから悲しんでたり、困ってたりする人の心を見つけると、どうしても放っておけなくなっちゃうの」


 人の心が視える……そう言った時点で、針月は会話をシャットアウトした。下らない……まるで小学生のような妄想癖だ。偽善、と自分で認めた所は変わっているが、結局の所コイツも他のヤツらと変わらない。「弱者に手を差し伸べる」……そんな自分に酔いたいだけの、中身のない連中と一緒なのだ。


 ……そう結論づけた針月だったが、



「───歌河くんは、何も悪くないよ」



「…………は?」



 聞き捨てならない台詞だった。

 望まれず産まれ、施設でゴミ同然に扱われ、施設の園長を殺し、学校さえも今サボっているこの僕が……悪くない?

 花心が何を言いたいのか、まるで理解できない。そんな訝しげな視線を針月から向けられながら、花心はなお笑顔で続けた。



「『罪を憎んで人を憎まず』って言葉があるでしょ? 歌河くんのバックボーンは詳しく知らないけど……。 でも、貴方が与えた傷も、受けた傷も……全部、貴方を取り巻く環境や、衝動がそうさせたもの。 だから、罪への責任はあったとしても、貴方自身に罪はない。 ……それを伝えたくって」


「……ふざけんなよ」


 震えた声で呟き、ゆっくりと立ち上がる針月。座ったままの花心からは、影になった彼の表情はうかがえない。



「知ったような口聞くなよ詐欺師うそつきが! 宗教勧誘か何かか!? 気ン持ち悪ぃ!! そんな薄っぺらい言葉で僕を馬鹿にして、楽しいかよ!?」


「馬鹿にしてないよ。 ただ……私は、君にもう傷ついて欲しくないの」


「知るかよンな事!! 僕が傷つこうが自殺しようが人を殺そうが、お前には関係ねぇ! 僕みたいな生きる価値もないゴミクズなんざ、傷ついて当然だろ!? 元々生きる意味も生まれる価値もなかった空っぽの障害者なんかに同情して何になる!? 健常者は、ただの下等生物なんざ気にせず、腐って死んでいくのを高みから眺めてれば良いだろ!!」


 まくし立てるように言い放つ針月の言葉を、花心はただじっとしながら聞いていた。そして、彼が息を切らして言葉を終えたタイミングで、スッと静かに立ち上がる。そして……



「…………関係あるよ。 だって、心配だもん」


「っ……!?」


 それは、針月にとって初めての感触。


 ───誰かから抱きしめられるという感触だった。


「歌河くんを一番傷つけているのは……歌河くん自身なんだよ。 君は、自分で自分の心を傷つけてる。 そうやって痛みで麻痺してないと、心が潰れちゃうから。 ……でも、そんなの辛すぎる」


 茫然とする針月の身体からそっと離れ、花心はまた優しく微笑んだ。


「傷つけるものが必要なら、私を使って? 苦しみや悲しみを吐き出したいなら、私に言って? ……私が、君の受けるべきじゃなかった痛みを受け止める。

 そうやって、少しずつ心を解きほぐしていけばきっと…………君は救われる」


 嘘偽りなんかじゃない。彼女は本気で、自分を受け止めようとしている。……そう、針月は感じ取った。

 人から優しくされたことなんて無かった。こんな馬鹿みたいな、あり得ない底抜けの優しさを、針月は初めて知った。



「私の夢はね…………みんなが、心から幸せになれる世界を作ることなの。 だから、悩んだり苦しんだりしてる人を、誰一人見捨てたくないんだ」



 彼女は、まるで女神様のような人物だった。


 


「っと、もう昼休み終わっちゃう! じゃあ、私はこれで!」


 そう言って、花心はあっさりとその場を去ってしまった。

 茫然としたまま、声すらかけることが出来ず立ち尽くす針月。だが程なくして、両目をグチャグチャに掻きむしりながら、彼はその場に座り込んだ。影に身を隠すようにしつつ、ガン! と給水塔を殴りつけてから、彼は叫ぶ。


「クソが……何ッなんだよ! アイツはぁ……!」


 昼休みの終わり。

 初夏の湿った風は、彼には少し涼しく感じられた。




***



 その後も、花心と針月の交流は続いた。

 時間は、決まって昼休み。花心は昼休みになると、他のクラスメイトや友人に目もくれず、真っ先に屋上へと向かうのだ。

 一方、屋上にしか自分の居場所がない針月は、逃げることもできず……いや、逃げることもせず花心の襲来を受け入れていた。


「また来た……お人好しもここまで来るとバカとしか言いようがないな」


「ふっふーん……そんな馬鹿でも、学校のテストでは優秀なんだよー? ……ほら見て、国語のテスト九十七点! 学年トップだったんだって」


「はいはい、狭い世界で狭い学を誇れて幸せだね」


 針月の憎まれ口は相変わらずだったが、何も気にせず楽しげに話す花心の方も相変わらずだった。

 端から見れば、仲の良さそうなコンビ。だが、針月の悪評はそこに少なからず影響を及ぼしているようで……



「……おい、見ろよあそこ。 やっぱり針月と一緒にいる。 ウワサじゃなかったんだな、アレ」


「花心ちゃん、あんなのとまで仲良くしようとするとか、人が良すぎない? 逆に引くんだけど……」



 寄りつかなくなっていたはずの生徒たちが、花心の影響か、次第に屋上へ上がってくるようになっていた。しかし、それはお弁当を食べに来たとか、友達としゃべりに来たとかではない。

 ウワサを聞きつけて、針月と花心を見に来た……いわゆる、野次馬連中だ。



「…………人気者だね。 こんな所に居座ってないで、"みんながいる明るい場所"に帰れば?」


 当然、針月はそのことに気づいていた。悪意だらけの環境で育ってきた彼だからこそ分かる、邪気のようなもの……それを針月は感じ取れるのだ。

 しかし、花心はまたキョトンとした素振りで、


「うん? だって、今は私歌河くんとおしゃべりしてるんだよ?」


「…………はぁ」


 何も分かっていない、というため息だった。


「アンタ、人の心が視えるんだろ? ……だったら僕の考えてること察せよ。 じゃなきゃ……」




「───うん。 歌河くんは、自分のせいで私も悪目立ちしちゃうんじゃないか、って心配してるんだよね?」


「なっ……」


 ゾクリ、と悪寒のようなものが針月の身体を走った。

 あまり認めたくないような善人的考察ではあったが、それは確かに針月が考えていたことだったからだ。


「でも大丈夫。 きっとみんな、最後には分かってくれるよ。 誤解が生まれるなら、解けばいいだけでしょ?」


 そう言って、花心はおもむろに立ち上がる。


「……ちょっと場所移そっか。 こっち来て」


「え? ちょ、おい! どこ行くんだよ……!?」


 花心は、軽やかにジャンプして針月の背後を通り抜けると、そのままフェンスによじ登り、生徒が立ち入れない入り口塔の裏へと回り込んでしまった。一瞬、フワリと浮き上がるスカートが目に留まり、慌てて目を逸らす針月だったが、再び顔を上げた時にはもう彼女の姿はなかった。周りにいた生徒らも、そのことに気づいていない。はぁ……とため息をつきながら、針月は同じようにフェンスに手をかけてヒョイと向こう側へ跳び移った。


「落ちないように気をつけてね」


「……別に、落っこちたって何の未練もないけど」


「私はあるよ。 今まさに、歌河くんに話したいことあった訳だし」


 花心は、校舎の縁に座って足をプラプラさせていた。真下は、昇降口のあるアスファルトの地面。怖くないのだろうか……と思いつつ、針月も隣に腰かける。



「私には人の心が視える……前にそう話したよね?」


「……あぁ。 信じてなかったけど、今さっき披露されて正直引いた」


「うん。 ……これは、他の人には内緒にしてて欲しいんだけど」


 そこで一度言葉を切って、花心はそっと首の後ろに手を回した。何をするつもりなのか、と針月が見ていると、彼女は首からかけていたペンダントを取り外し、針月の前に掲げた。


「───これ、心眼石しんがんせきって言ってね。 人の心を具現化した、精神騎スピリットっていうのが視えるようになるんだよ」


「……はぁ?」


「人の心はね、生きてるの。 精神騎スピリットっていう小さな生き物が、皆それぞれの側にいて、私たちの心と同じように動いている。 ……私はね、その子たちと自分の精神騎スピリットを通じてコミュニケーションを取ってるんだよ」



 意味が分からない、と針月は思った。心が読めるだけならまだしも、精神騎スピリットとかいう売れない異能モノのラノベみたいな設定を出されると、針月としても頭が痛くなる。もしかすると彼女は、ただの妄想癖が強いヤバい奴なのかもしれない、とさえ考えた。

 そんな彼の気持ちさえ読み取ったのか、花心は針月の手をそっと取り、心眼石と呼んだペンダントをその手に置いて握らせた。


「……何のつもり、これ」


「御守り。 君にあげようと思って。 ……実は私、もう心眼石の力が無くても、精神騎スピリットのこと視れるんだよね」


「……僕がこれを持った時点で、何も起きないんだけど?」


「今はまだ、ね。 ……でも、きっと君にも視えるようになる。 そうしたら、歌河くんも自分の心と向き合えるはずだから」


 ニコリと微笑む花心。


「……僕なんかに何を期待してるのさ」


「ううん、そんなプレッシャーを与えるみたいなことじゃなくってさ。

 ……私はやっぱり、君に傷ついて欲しくない、って思いを捨てきれないの。 だから、この心眼石が、君にとって何か良い未来に繋がってくれないかなぁ、って……そんな私のエゴみたいなものだよ」


「…………」


 精神騎スピリットとかいう妄想以上に、針月には、なぜ彼女がここまで自分に優しくするのかが分からなかった。……勿論、彼女は針月にだけ優しくしている訳ではない。高校に入ってまだ僅かしか経っていないのに、日向花心の評判はどこへ行っても聞こえてくる。誰彼構わず優しくて、本当に女神のような存在。だからこそ、彼女は自分のような腫れ物にも優しく接するのだと、そう思っていた。


 けど、どうしてここまで…………




「───心配しないで」



 ふいに、花心が呟く。

 その笑顔は、昼下がりの太陽をいっぱいに浴びて、キラキラと輝いていた。



「たとえ、君自身が君のこと許せなかったとしても、私は君の味方だよ。 ……私は、君のことできるだけ理解したいって思ってるからさ。 それだけは、忘れないで」



 そのうち、針月は考えるのを止めた。

 彼女の笑顔を見ている間は、過去のしがらみとか、嫌なこととかを忘れられる気がしたから。


 差しのべられた救いの手。


 その手を取って掴んだ、心眼石。


 それは、生まれてきて初めてできた味方・・との、絆の証だった。


 ……その事実そのものが、針月の心を何よりも救っていたのだった。





***




 その翌週の出来事だった。



 いつもよりも少しだけ早く学校に訪れた針月。別に、授業に参加しようと心変わりした訳ではないのだが、何となく、学校に行きたい気分だったのだ。


 そんな、何てことのない曇り空の月曜日。



 校門を過ぎた辺りで、針月は、昇降口付近が何やら騒がしくなっていることに気づく。

 たくさんの生徒が、呆然と立ち尽くしている。その視線の先には、大きく広げられたブルーシートと、それを取り囲む警察の姿。

 ……何か事件があったのだと、すぐに分かった。



 ───嫌な予感がした。


 

 鞄を投げ捨て、真っ直ぐにブルーシートの方へと駆け寄っていく針月。刑事の一人が、「おい、ここは立ち入り禁止だ!」と言って制止するも、彼は聞かない。

 生徒らが、針月の姿を見てどよめく。一帯の騒がしさが増す。しかし、そんなことは気にも留めずに、針月はブルーシートの中へと潜り込んだ。




「………………………………は……?」



 

 そこで、針月は目にしてしまう。



 暗く、青く隔たれた空間の中に、一人の見知った少女の姿をしたそれ・・は転がっていた。


 赤黒い楕円形のシミのその真ん中の、原型を留めない人形。


 ついこの間まで、針月に笑いかけてくれていた、女神の亡骸。



「な…………う、あ……………」


 

 日向花心の死体・・・・・・・が、そこにはあった。




「……ぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」






つづく

 

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深層心理の精神騎(スピリット) 彁面ライターUFO @ufo-wings

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