第三章⑦『聞き込み調査』
そうして、僕たちはいつも通りに翌日を迎えた。
昇降口を行き交う生徒たち。人間と車が織り成す小さな喧騒。曇天の下、乾ききらずに残った水たまりを、誰かがピシャンと踏みつける音。そのどれもが、当たり前の日常だ。
……でも、僕にとっては違う。
生徒らの
当たり前なはずなのに、当たり前じゃない光景。視界に映る生物の姿がきっかり半減したかのような世界で、僕は寂しさと不安に駆られながら、とぼとぼと歩いていた。
ドサッと鞄を下ろし、脱いだ靴を下駄箱に入れた所で、奥から聞き覚えのある声がした。
……
辺りには、彼女を取り囲むように集まる生徒たち。学年を問わず交友関係が広い彼女が、こうして朝から色んな人に声をかけられている様子もまた、いつも通りの光景だった。が、なんだか今日はちょっと困っているようにも見える。いつもの彼女なら、その
「…………あ、
と、僕の姿を見つけた風晴さんが、人ごみを無視して僕に手招きをした。えっ……? と思わず声をあげる。突然の出来事と、周囲の嫌な視線に困惑しながらも、上靴のかかとを踏んだまま慌てて向かう。すると風晴さんは、僕の制服の袖をギュッと掴んで、そのまま人の少ない壁際へと引っ張っていった。
「ちょちょちょ、ど、どうしたの……」
「どーしたもこーしたもねーってばよ……!! コレのせいで昨日から皆の
そう言って、風晴さんはポケットから
「あはは……そうだよね。 けど、
「いやまぁ……それは分かってるんだけどさ……。 ……ってか、剣悟くん今までこんな感じで生活してたの? 気が散るどころの話じゃなくない……?」
「うーん……多分、数日もすれば慣れてくると思うよ」
「慣れるのっ!?」
「あ……まぁ、慣れもあるけど、多分風晴さんの場合、
これは、心理学で言うところの『選択的注意』に当たる。選択的注意とは、意図的にある特定の情報や刺激に注意を向けること。一九五三年齢にイギリスのコリン・チェリーという心理学者が提唱した『カクテルパーティー効果』がその最たる例だろう。
授業中ボーッとしていると、不意に先生から名前を呼ばれてハッとすること。また、大勢の人が居る中で、ふと自分の好きなドラマやアニメの話が聞こえてくること。このように、喧騒の中でも自分の名前や自分に関係する話題などは、よく聞き取れるというような現象を、『カクテルパーティー効果』と呼ぶのだ。
要するに、自分が意識を向けていればいるほど、そこに注意が向きやすくなるということ。逆に、注意を向けていない状態では、物事に気づきにくくなるという『
「……つまり、風晴さんはちゃんと周りの人に意識を向けて、気を配れる人だから、より
「お、おぅ……なんか、そういう風に言われると、まぁ、悪い気はしないかなぁ~?
……んでも、普段から無意識に気ぃ遣いまくっちゃうのも考え物なんだよ~?」
そう文句を言う風晴さんだったが、不機嫌って感じではなさそうだ。
「ところで~……さっき剣悟くん、心の中で心理学講義してたっしょ?」
「えっ……な、え!? 何で……!?」
「いやぁ、さっき剣悟くんの
問題が解けた時のように、嬉しそうな表情を浮かべる風晴さん。対する僕は、自分の
「……あ、あのさ。 ちなみに、なんだけどさ……」
「? どうしたの?」
「あ、いや! 大したことじゃないんだけどね。 その……今までの、その、私の
───キーン、コーン、カーン、コーン……
鳴り響くチャイム。と同時に、校門側から十数名ほどの生徒が駆け足でこちらへ向かってくる。
ホームルーム開始五分前のチャイムのようだ。
「っと、もうこんな時間……ごめん風晴さん、歩きながら話しても良いかな?」
「あ、ううん! いーのいーの気にしないで! ……それよりほら、急いで教室向かうよー! ダッシュダッシュ!」
「え? いやまだ五分あるし……ちょ、風晴さん待ってって!」
そう言って、僕は意気揚々と廊下を駆ける風晴さんに手を引かれながら、教室へと向かうのだった。
***
昨日のことは、クラス内外でも相当話題になっていたようで、教室に入って早々に皆が僕の元に集まってきた。「もう怪我は大丈夫なの?」とか、「昨日何があったの?」とか、「何で風晴と手ェ繋いで登校してんだテメェ」とか。まるで転校初日の時のような盛況ぶりだ。
しかも、一時間目の開始前に、生徒指導部の
職員室の隣にある談話室に連れられ、そこから戸越先生と二人きりの時間が始まる。五十代前半ぐらいの戸越先生。女性ながら、怒ると生徒会長の次に怖いとかで有名らしい。席につくと開口一番、「全く、最近の若い子は本当に……」という謎のお説教から会話がスタートした。そんな、イマイチ芯を食ってないお小言が十分近く続いた後、
「で、一体あそこで何があったんです?」
と、ヒアリングのターンに入った。そこで、僕は結論から突くように、
「
そう聞くと、戸越先生はあからさまに顔をしかめた。
やはり、先生側にも彼の悪名は伝わっているのだろう。まぁ、授業を平気でサボッていたり、放送室を乗っ取って勝手に放送をしたり等、好き勝手やっている人物なのだから、生徒指導部にその名が知られていないはずがない。
「……なるほど、歌河くん絡みでしたか」
「あ、えっと……僕、彼のことをよく知らなくて。 でも、向こうから勝手に因縁をつけられたものですから……」
先生は、大きなため息をつき、持っていた手帳をパラパラとめくりながら、
「彼は、今までにも何度も問題を起こしていましてね。 正直、学校側としても手を焼いているんです」
「確か、停学処分になっている途中だったんじゃ……」
「えぇ。 ただ彼は家庭の事情により、児童養護施設で生活をしているんですよ。
……しかし、施設の職員の目を盗んで抜け出し、こうして無許可で学校に訪れる行為を繰り返しているとか。 ちょうど先日、施設から連絡があったところでして」
知らなかった。歌河にそんなバックグラウンドがあったなんて。そもそも、ヤツの素性を知る機会なんて今まで一度たりとも無かったから、こういう話は新鮮だ。
「問題行動が目立つ彼ですが、生徒らの自由と成長を重んじる我が校で、退学者を出すわけにはいかないという意向で……全く、校長先生は何を考えているんだか」
「そもそも、彼は何故停学処分に……?」
「───きっかけは、一年前に起こった事件です」
「っ……!?」
一瞬、ドクンと心臓が跳ねるのを感じた。
一年前の事件……恐らく、歌河が言及していた、
「貴方は、まだ入学していなかったから知らないでしょうけど……この学校で大きな問題があったんです。 彼が荒れ始めたのは、その時からでした。
しばらく不登校が続いたかと思えば、急に学校に戻ってきて。 そしてあろうことか、窓ガラスを割ったり、先生の自家用車に傷をつけたり、生徒たちの机にドブを仕込んで教科書をダメにしたりと……とにかく、無茶苦茶なことばかり起こしていたんです」
「あ、あの! その、一年前にあった大きな問題というのは……?」
「あぁ、それは……」
ゴクリ、と唾を飲み込む。見た感じ、長いことこの学校に勤めてそうな先生だ。もしかすると、核心に迫るような大きな情報を入手できるかもしれない。そう期待していたのだが、先生から返ってきたのは、意外な返事だった。
「───正直、私もよく知らないんですよ」
「え……?」
「一年前、うちの学校の生徒が、校舎の屋上から飛び降りて自殺した、例の事件。 警察も介入するほどの大きな事件だったんですが、私は詳しい事情も何も教えて貰えなかったので。 ただ漠然と、そういう事件があったということぐらいしか」
「ちょ、ちょっと待って下さい! 今の時代、そんな大きな事件があっておいて、そんな簡単に水に流されるはずがない! 歌河だって、その事件に何かしら関わりを持っているかもしれないじゃないですか!」
「関わり……といわれれば、そうなのかもしれませんね。 ですが、この件に関して言えば、彼は"被害者"なのです」
「被害者……?」
それってどういう……と、質問を重ねようとしたところで、戸越先生がピシャン! と手帳を強く閉じる音が響いた。
「…………
問答無用、という圧のかかった目だった。
その時はもう、「はい……」と大人しく引き下がることしかできなかったけど、胸のうちに出来たモヤモヤは晴れなかった。
……何かがおかしい。先生でさえ知らない……いや、皆に知られていない事情がきっとある。それが分かっただけでも、大きな収穫だ。
先生がペンを走らせる音以外何も聞こえない中で、僕は静かに反逆の精神を
***
「一年前の事件……ですか?」
「うん。 資料の情報でも何でもいい。 何か、知ってることがあれば教えてくれないかな?」
昼休み。僕は
「そう、ですね……学級委員の会議があった日に、資料室でそのような記録を見た、というだけなんですけど……」
「それだよそれ! そこで見た資料について知りたいの!」
風晴さんが詰め寄るも、霧谷さんは申し訳なさそうな顔でうつむき、
「……すみません。 学級委員が管理する記録は、生徒会の記録でもあるんです。 一般生徒に漏洩することはおろか、私たちがその情報を見ることも、本来であれば禁止事項になっていて……」
「そんな……」
「それに、私も詳しく知っているわけではないんです。 あくまで、資料の中で一瞬見たというだけで、それ以上の情報を得るには……いえ、きっと手に入れられないと思います」
先生間だけじゃなく、生徒会でも情報の規制が行われているというのか。確かに、ウチの生徒会長は規則に厳しいことで有名だが、その余波が情報統制にも及んでいるなんて……。ますます、この事件の闇の深さが感じられる。
「……でも、前にその事件のことを教えてくれたのは、霧谷さんだったよね? あの時はどうして……?」
「あ、あれはその……私もパニックで
……あ、でも今思えばすごく打算的ですよね、それ。 こちらから協力をお願いしているのに、そんなことを考えて剣悟くんを操ろうと考えている魂胆がそもそも不純ですし……あぁしかもそんなことで私は生徒会や学級委員のルールを犯してしまっている訳ですし……どうしましょうどうしましょうどうしましょうどうしましょう……」
「ちょちょ、落ち着け
自分が『インポスター症候群』であると認知して以降、僕らの前で仮面を被らなくなった霧谷さんは、いつもこんな感じだった。以前と違い、壁のなくなった彼女とは、すごく話しやすい。それに、パニック障害に陥ることも、最近では少なくなったそうだ。……まぁ、まだネガティブシンキングは完治していないみたいだけど。
「あの、私では力になれないかもしれませんが……もしかすると、
「え、
突然、梓内さんの名前が出てきたことに首を傾げる風晴さん。最初は僕もその意図が分からなかった。が、すぐにピンと来て、
「……そうか! 梓内さんの中にいる、
僕の言葉に、霧谷さんがコクリと頷く。風晴さんも、そこでようやく合点がいったらしかった。
梓内凛桜。彼女は、『
「椿ちゃん超ファインプレー! そうと決まれば~……剣悟くん!」
「うん。 梓内さんに、話を聞きに行こう!」
***
しかし、
「───ごめんね。 あの日以来、私もその……紫陽ちゃんとお話できてないんだ」
二階の踊り場で梓内さんと出くわした僕たちだったが、梓内さん側から返ってきたのは、申し訳なさそうな伏し目と、謝罪の言葉だった。
『
「私が意識を失う時間も、前より減ってて……多分だけど、紫陽ちゃんが出てこようとしてないんだと思うの」
「そっか……。 ……もしかすると、この前のことで気を病んでいるというか、引け目を感じてるのかもしれないね」
「うぅ……私だけ紫陽ちゃんって子とエンカウントしたことないんだよねぇ。 いいな~、私もおしゃべりした~い!」
「ふふっ……紫陽ちゃんの気が向いたら、だね」
しかし、彼女とコミュニケーションが取れないとなると、新情報は見込めそうにないかもな……。歌河の存在は、生徒たちの間ではほとんど"ウワサ話"レベルのものだった。すなわち、「聞いたことはあるけど、実際に会ったことはない」という人がほとんどなのだ。僕と同等か、それ以上の時間、歌河と接触したことのある人物を探すというのは、かなり難しいことかもしれない。
「多分、紫陽ちゃんや他の子たちも、今の話は聞いてくれてると思うから。 もし、誰かが何か知ってる、って教えてくれたら、その時は
「うん、ありがとう。 ……って」
お礼を言いかけて、ふと思考が行き留まる。
「え……? 梓内さんの中の人格って、二つだけじゃなかったんだっけ……?」
「うん。 ……あれ、もしかして話してなかったかな?」
あはは……と苦笑いを浮かべてから、梓内さんは鞄からスマホを取り出し、メモ帳らしき画面を見せてくれた。そこには、「凛桜」や「紫陽」の他に、いくつか聞き覚えのない名前の項目が並んでいる。
「一番多い時は、七人居たんだよ。 けど、最近は統合しちゃったり、変わっちゃったりなんかが続いて……今は、主人格の私と、紫陽ちゃんの二人がほとんど。 後は、
「え、男の子の人格も入っちゃってるの!?」
「そうだよ~。 性別は、結構曖昧なことも多いんだけどね」
笑顔で、快く説明してくれる梓内さん。この様子だと、今は結構うまくやれているようだ。……いや、きっと以前から、こうして凛桜さんが主人格として皆と共存できるよう頑張ってくれていたのだろう。その様子が感じられて、なんだかちょっと安心した。
「……ちなみに、凛桜ちゃんは何か知らない? 歌河って人のこととか、一年前の事件のこととか……」
「うん……私は何も。 その、一年前の事件のことだって、今初めて知ったぐらいだし……」
「───もしかして……一年前の事件って、
「「っ……!?」」
僕と風晴さんが、同時にビクッ!? と肩を震わせた。後ろから割り込んできたその声に振り向くと、そこには、意外な人物が立っていた。
「えっと……
「お? ようやく覚えてくれたのね。 なんか嬉しいなぁ」
中学時代の僕の先輩……だったという人物。ただ、僕は中学時代のことをあんまり覚えていなかったため、昨日話して初めて名前を覚えたというだけなのだが。
「一之瀬先輩、その事件のことについて知ってるんですか……!? それに、
「っと。 その前に」
風晴さんの言葉を遮り、一之瀬先輩は、僕たちの前にグイッと顔を近づける。そして、人差し指を唇に軽く当てて「しーっ」というポーズをとった。
「日向 花心のことも、一年前の事件のことも。 この学校では基本的に"
言われて、僕らは顔を見合わせた。
生徒指導の先生や、霧谷さんに話を聞いた時にも感じたことだったが、やはりそうか。この学校では、日向 花心に起きた事件のことを
「え……"
梓内さんが尋ねる。
「んー……まぁ、皆触れたがらないってだけのことよ。 知らん顔っていうか……その話を持ち出すこと自体が不謹慎だ、みたいな感じでね。 それで、誰も話さなくなったし、君たちみたいな一年生には、そういう情報さえも渡らなくなった」
なるほど、学校側の隠蔽工作ではなく……皆が「不謹慎だから触れない」という、一種の同調性バイアスによるものか。それにしたって、情報の共有が一切されない、というのはどうなんだろう……と、僕は顔をしかめながら思った。
それに……と、一之瀬先輩は声を潜めて続ける。
「彼女の話をすると……出るらしいよ? 彼女の"幽霊"が」
「っ……!」
"幽霊"という言葉を聞いて、風晴さんと梓内さんが、ほんの少し顔を
……しかし、僕だけは二人と違う反応をしていた。
『───『
そうやって発生したのが、『
『───今君が心を繋げてるお仲間は、過去に『
……死に損ないの"
歌河の声が、嫌な形でフラッシュバックする。
学内でウワサされていた"幽霊"。そして、一之瀬先輩が言及した"幽霊"というのは、恐らく……ハナコのことだろう。まさか、彼女の存在までもが、事件の秘匿に繋がっていたなんて……。日向さんや、ハナコ自身のことを思うと、なんともやるせない気持ちを抱いてしまう。
「……お願いします。 その事件のこと、詳しく教えて下さい」
改めて、僕は一之瀬先輩にお願いした。風晴さんと梓内さんが、後ろで不安げに見つめている。一方、先輩はニヤリと不敵な笑みを浮かべて、
「いいの? ……彼女の霊に呪われるかもしれないよ?」
「……大丈夫です。 僕も……それに、きっと歌河も、もう呪いにかけられてるようなものですから」
「ふぅん……ま、いいでしょう。 他言無用って約束してくれるなら、話しても良いわ。 それから……」
と、先輩はふと後ろの二人に目をやった。
「藤鳥と
「えっ……?」
サシ……つまり、一之瀬先輩と二人で、ってことか。やはり、大勢に情報が行き届くのを警戒しているのだろうか。
すると、後ろの二人……特に風晴さんが、あからさまに不服そうな顔をして、
「な、なんで私たちはダメなんですか!? 私、剣悟くんと一緒に調査隊やってる者なんですよ! 聞きたい聞きたい私たちも聞きた~いっ!」
風晴さんには、日向花心の"心霊"がハナコである、という話まではまだしていない。だから、事件のことを詳しく知って、ハナコの正体を勘づかれるのはマズい。
「ダーメ。 この件は割とトップシークレットなんだから。 …………あ、もしかして、私に剣悟くんを取られちゃったから怒ってる?」
「なぁっ!? あ、や、いや!! 別にそーいう意味で怒ってるんじゃなくってですね~……!
だからその……仲間外れになってる感がこう? ちょっと不本意かな~っていう、その、若者心の一端で~……」
何故か、いきなり慌てだす風晴さん。その様子を隣で見ながら、梓内さんは苦笑いを浮かべている。……正直、僕には何のことかサッパリだけど。
───キーン、コーン、カーン、コーン……
ちょうどその時、昼休み終了五分前を告げるチャイムが鳴り響いた。廊下に出て喋っていた生徒たちが、ゾロゾロと教室に戻っていく。
「じゃ、放課後に放送室前で集合ね。 ……ちゃんと一人で来ること、分かった?」
「……はい」
僕の返事を聞いて、一之瀬先輩は満足気に
踊り場に残された僕たち三人は、複雑な表情のまま顔を見合わせることしかできなかった。
***
そして、放課後。
「一之瀬先輩」
「待ってたわ。 ちゃんと一人で来……」
先輩の指示通り、放送室前に一人で訪れた僕。しかし、僕の制服の胸ポケットには、これ見よがしにスマホが仕舞われている。
画面には、「通話中」の文字。
そう……風晴さんと電話が繋がっていて、こちらの会話が聞こえるようにしてあるのだ。ちなみに、彼女の側には、霧谷さんと梓内さんも控えている。
「どうしても事件の話を聞きたい」という、風晴さんからの要望だった。僕もかなり悩んだが……結局、最後まで付き合ってもらうことにした。僕までもが、彼女にハナコの秘密を隠すとなれば、それは、事件のことを
「あー……なるほどね。 確かに、ルール違反はしてない、か……」
「すみません、先輩……でも、向こうで聞いている彼女たち以外には、絶対に口外したりしません。 約束します」
通話状態であることを先輩にバラしたのは、ほんの少し罪悪感があったから。それと、風晴さんたちが聞いていると意識させることで、敢えて情報をセーブさせるという
じっと、真っ直ぐに一之瀬先輩と目を合わせる。すると、先輩が観念したのか、はぁ……と小さくため息をついて、
「まぁ、仕方ないか。
……けど、ここで話したことで、貴方たちが何らかの被害を被ったとしても、私は一切責任を取らない。 それでオーケー?」
「はい、覚悟の上です」
少しの沈黙の後、一之瀬先輩はニヤッとまた不敵な笑みを浮かべた。そして、放送室のドアを開くと、「入って」と言うかのように首を振るように動かす。
「さて……じゃあ、どこから話そうかな」
カチャ……と、先輩が後ろ手で静かに部屋の鍵を閉める。緊張感のある静寂に包まれながら、僕は、部屋奥のパイプ椅子にそっと腰を下ろした。先輩はというと、壁に手をつきながらヒョイッと長机の端に腰かけ、そのまま足を組んで座った。ちょうど、僕と先輩が斜め向かいになるような構図だ。
「まぁ、事件当日の話よりも先に、彼の話をしておかなきゃね」
「彼……というのは、歌河のことですか?」
ピンポーン、と気の抜ける効果音を返しながら、一之瀬先輩はゆっくりと顔をこちらに向けた。
そうして、僕はここで知ることになる。
日向花心の過去を。
歌河針月の過去を。
───事件に隠された、驚くべき真実を。
「───歌河はね、入学する前からひどい
つづく
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