第14話:強盗団と屍山帝都

 地下駐車場より飛び出すように出てきたのは悪魔の悲鳴にも、邪神の嘲笑にも似た排気音を轟かせる暗黒色の三つの目を持つ自動二輪車だった。

 エンジン部のピストンを動かすのは水素と空気が混合したもの。そして爆発することによって動力を成す。

 その仕組みはガソリン車と変わらないものだが、ピストンの大きさは元来あったガソリンの物とは明らかに口径が違い、マフラーから排出される煙は悪魔の口から漏れ出る吐息のように敵には見えたことだろう。


「「「なっ、なんだ!?」」」


 カウルには血管染みた文様が浮かび、駐車場に様子を見に来た哀れな敵の身体を肉塊に変えて地面の染みと変えた。

 爆音とともに現れた狂気の悍馬によって仲間を見るも無惨な姿に変えられながらも、襲撃犯たちはそのマシンに、その操縦者に恐れ戦いていた。

 白く長い髪を舞わせ、血風を吹き荒らす正体不明のマシンを駆るPKKの姿に。


「は、白死だぁあああ!?」


 道路へと飛び出し、人影らしきモノを容易く吹き飛ばし、踏みつけ、轍に変えたマシンで無事に着地が出来た瞬間にこちらに銃を構える奴らの姿を捉える。が、彼らが引き金を引く前に落雷の如き音を轟かせたマシンはその場から姿を消した。

 アクセルを回し、二速でありながら速度は八十キロを簡単に超える怪物から投げ出されないようバイクに身体を添わせる。

 瞬間的速度が明らかに違う物であり、画一的な物や平均的な物、世に普及された物とは違う唯一の物でしか許されない危険性がこの二輪車の標準だった。

 口を開こうとしてもギアを上げれば速度は百キロを簡単に超えてしまい、もはや後ろとの会話すら儘ならない。


「『やはりキミならば乗りこなせると思っていたよ』」


 道路を走る車を追い抜き、追い越し、後方の石粒に変えていきながら不満のひとつでも後部座席に座る男に漏らそうとしていた時、メーターが表示されていたモニターに文字が映る。


「『これは?』」

「『このマシンでツーリングを楽しめる者はいない。だから喋った言葉を表示させる機能を搭載してある』」


 どのような技術を用いているのかは不明だが、タイムラグなしに表示される文字は自分の喋った言葉も男のヘルメットにつけられたARグラスに表示されるらしい。


「『乗り心地はどうかね?』」

「『製品化は諦めろ』」


 三速から四速へとギアを変えれば、瞬時に百九十キロを超えていく。

 まるでどこまでも加速させられる気さえするが、もはやこの速度に達するとブレーキなど意味をなさないだろう。

 人間とぶつかれば瞬時にバラバラに引き裂かれるだろう。壁や車にぶつかれば車体も運転者である自分たちも染みへと変わるに違いない。


「『安心したまえ。試験運用した際に何名かが運転することも出来ないほどのトラウマを抱えたが機械は無事だった。仮に我々が死のうとも機械は無事だろう』」

「『そうか……それなら、安心だなッ!』」


 道路を走る車両を追い越していたが、嫌な予感のような寒気がバイクを傾かせる。

 一瞬だけ傾かせた車体はその速度によって道路の中央を走っていたというのに壁際まで追いやられる。

 すぐにブレーキとギアを駆使して速度を殺し、加えて体重移動によって体制を整える。一秒の判断ミスによって壁に消えることになるところだったが無事に回避することが出来た。


「『な、なんだ!? 突然!?』」

「『襲撃だ』」


 すでに遥か後方に位置する場所で爆発炎上するのは近付いていた車からだった。

 歩道を走り、百キロ近くで走りギアを落とすことになったがそれでも爆発に巻き込まれて死ぬよりかは上等だろう。

 ギアを二速まで落とし、八十キロ程度まで速度を下げて道路へと戻れば上空から聞こえたのは癇に障るような嗤い声だった。


「ハハハッ! 今の避けるのかよ、白死ぃ!」


 降り止むことのない雨雲の中から現れるのは、時代遅れのカウボーイハットを被る髑髏の意匠が特徴的な羽のないヘリだった。

 風を切り裂くような尖ったデザインのヘリは、膨大な空気を吐き出すことで音速の壁を突き破ることさえも可能とするものだ。


「『あれは……ネイキッド・カーリーのヘリだな?』」

「『ヘリはな。だがさっきの声は奴ではない。ハイジャックでもされたな』」

「『なら誰だ?』」

「『ダムアスバカだ』」

「誰がダムアスだぁあ!? 俺はデュマだ!」


 こちらの会話を盗聴しているらしいヘリからの反論は後部ハッチを開けて怒り狂う男の顔を見て確信に至る。

 そこには銃口が熱で赤く染まる重機関銃ほどの大きさの白いレーザー銃を片手で担ぐ筋肉の塊のような男がいた。

 顔から上半身にかけて弄び殺した女性PLの名を刻んでいるクズであり、またそれを見て悦に浸っている有名なPKだ。


「オレをバカにしやがった奴はぜってぇ許さねぇって決めてんだ。お前だって例外じゃねぇんだぞぉ? 瀕死になるまで殴って犯して、回復させて刺しながらまた犯してやる。飽きたら部下たちの便所行きだ。テメェのスカした面が娼婦よりもひでぇ馬鹿面になるまでなぁあ!」

「『……なるほど。品も無さそうだ』」

「金魚の糞が誰に向かって言ってんだ? テメェは男しか興味のねぇ変態共のエサにしてやるよ。糞尿を朝から晩まで食わされて犯されてりゃあいい」


 後部ハッチから向けられたレーザー銃に光りが集まりだす。収束する光の粒子は発射されれば光の速度で向かうため目では見えない。

 また貫通力が高く、装甲版など簡単に貫いてしまう。言ってしまえば貫通力の高い落雷というべきか。

 しかしその重さは固定砲台を持ち上げるようなものであり、馬鹿力なくして個人で使おうとする者はいない。


「『掴まってろ。舌を噛むなよ』」


 返事さえも聞かず、アクセルを回してギアを上げる。瞬間的に速度は跳ね上がり前輪が上がりウィリー走行となったことで頭があった部分に一瞬光が瞬いた。

 後方の車を焼く光銃の弾丸は当たらず、次弾を撃たれる前に前輪を地面に叩きつけて走り出した。

 その後ろに幾つものバイクやトラック、上空からヘリに付け狙われながら。

 轟くエンジン音と排気音が幾重にも連なり、もしも現実で見ようものなら世紀末の様相を呈していよう。

 車の窓から乗り出して銃を連射する者。バイクは後部座席に乗っている者が。ヘリからは考えなしにレーザーを撃ち続ける大馬鹿の姿がある。

 あの調子では周囲の被害など考えずに機銃やミサイルすら使い始める可能性も考えなければならないだろう。


「『これほど狙われるとは……有名人だな』」

「『捕まりたくなかったら反撃でもしたらどうだ? 後ろの銃は飾りか?』」

「『残念ながら私は防御力と耐久値にしかステータスは振っていなくてね。射撃は上手くない。あとは現実リアルのスキルしかないのさ』」

「『現実で撃ったことがないのか?』」

「『まあ……拳銃ぐらいはあるがねっ!』」


 依頼人の手に拳銃が生成され、常に襲い来る強風に耐えながら構え発砲する。

 構えた所でまともに照準などつけられない強風の中で撃ち続けたとしても、定まらない照準と強風によって弾丸は流されてしまう。

 狙った相手に中たることは決してないが、それでも後続に中たる確率は零ではなく、威嚇目的であるのなら撃つこと自体に意味はある。

 何発もの弾が無意味に消費されるなか、その数倍か数十倍以上の弾薬が敵の銃器から無為に放たれている。


「チッ! 当たらねえぞ!?」

「撃て撃て撃て! 撃ちまくれっ!」

「トップランカー殺しになりゃあ最高に名が売れるんだっ!」

「バカが捕まえろッ! PKKのAVは高値で売れんだろうが!」


 幾つもの男たちの魔の手に握られた欲望の代弁者が火を吹き、穢らわしい悪意をぶつけてきたが無数の弾丸は道路や壁、偶然前を走っていた車に中たるばかりだった。

 その速度は抑えて走っていても百キロは超えており、待ち構えていた男たちは数十発の弾丸を放つことしか出来ずに遠く後方へと消えていく。


「『弾が無くなったッ』」

「『なら付いてる物を撃てっ! 後ろに撃てば誰かには中たる』」

「『……分かった。こいつの銃は使いたくなかったが、仕方がない!』」


 不穏な言葉を口走りつつも、依頼人は後部座席の横に取り付けられた銃に手をかける。

 すると速度が表示されている画面に突然赤い文字で【ALERT】の文字が画面を埋め尽くていく。

 そして画面に広がったアラートの文字群が散らばり、三つの燃えるような目と口角まで大きく切り裂かれたような口が黒い液晶に現れて奇天烈な嘲笑い声を上げて消える。

 機械音声のようでありながら女の叫び声にも男の笑い声にも聞こえる奇妙な声とともに【wearing装着】の文字が浮かぶ。


「『ぐっ……!』」

「『何が起きた!?』」

「『大したことではない。このバイクの銃は装備すると撃ち尽くすまで外れない使用になっているだけだ。耐久値が低いと撃った衝撃で腕が折れるのが……難点でねっ!』」


 依頼人から説明されるこのバイクに装着された銃器の恐ろしい仕様に言葉を失っていると、周囲の音をも置き去りする速度で疾走するこのバイクから狂気のラッパが吹き鳴らされる。

 それは連続する戦車の砲弾のように。凄惨なる舞台を作り上げる発射装置だった。


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Black‐Utopia‐Online セントホワイト @Stwhite

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