第13話:装甲戦闘二輪

 次々に傭兵たちが乗り込まれた車が地下駐車場を出ていく。

 多大な排気音を吹き鳴らし、品性の欠片を捨て置いたエンジン音は雨音さえも吹き飛ばしていく。

 悪魔的な音楽は重低音の物と高音の物がバラバラに存在し、単体で聞けば単なる騒音でしかない車両たちは銃器を持った者たちを腹に収めて走り出していった。


依頼主クライアントは現実に避難するほうが普通じゃないか?」

「昔はね。今では見えないウイルス攻撃をされてハッキングされるより、実際に対応するほうが堅実だとされている」

「物量が違うだろうに。今の出ていった車両がこの地下駐車場に手配していた最後の車だろう?」


 雨が降る外へと出ていく車は出た直後から弾丸の雨が驟雨しゅううの如く降り注いでいる。

 マズルフラッシュによって輝く外は待ち構えるトリガーハッピーが多いことを教えてくれていた。

 その連射性から判断するに最低でも軽機関銃。もしくは設置した重機関銃も含まれているかもしれない。

 しかし依頼人の男は「問題ない」と一言だけ言って駐車場の一角へと歩いていく。

 白線の中には何もなく、奥まった角だからか照明さえも碌に当たらない場所に立つと男は何もない空間に手を伸ばす。


「我々はこれで行く」


 男が空間を掴んだかのように見えたそれは、周囲の風景に溶け込んでいた布にノイズが奔ったことでようやく何かがあると認識できた。

 剥ぎ取られた光学迷彩が施された布に隠されていたのは、今まで見てきた男の趣味とは一線を画す二輪車バイクだった。

 男が近づき車体に取り付けられたスイッチを押すと、落雷の如き轟音が駐車場内に響く。

 4つのマフラーから吹き鳴らされた音は最初だけなのか、始動し安定し始めると二つの管から排気音は流される。

 エンジン部分さえ隠すフルカウル使用のそれは、正面に三つの燃えるような目を持ち、カウル全体は暗黒よりも黒く、されど血管のように配色されたラインが印象的だった。

 そして現実のバイクとは違うものが後部の両脇に搭載されているのも禍々しい。明らかにそれは銃器であり、形としては軽機関銃の部類に属する物だろう。


「……これは?」

「機動性を確保し、少人数を怪物級な速さで離脱。または戦場へと送り込むために開発されたアーマード・スポーツ・バイク。正式名称は長いので割愛するが、通称Nyaナイアと呼ばれている」

「……見ただけで分かる。これは現実では作れそうにないな」

「当然だとも。排気量は換算するなら八千を有に超えている。最大加速させるために水素を安定的に爆発させることさえ可能とし、その瞬間加速は100キロを超える」


 明らかに怪物というべきバイクの加速度を超えており、その在り方は現存する車両をも置いていく規格外さだろう。

 人類が未だ操作を可能とすること許さない領分のバイクのライトに照らされて、燃えるような目に真正面から見つめ返す。

 そこにはこちらを品定めし試すような誘うような危険な雰囲気を醸し出している。


「それで、こんな化け物染みた……いや、化物モンスターバイクを用意して乗れというのか?」

「二輪の免許は持っているのだろう?」


 こちらの素性は把握しているといった風情で男は喋り、また当然だが事実として免許の取得はしており操作が不明ということはない。

 それでも名前すら知らない相手に情報が筒抜けなのは決していい気分ではなかった。


「自分で運転する気はないのか?」

「私が? 残念ながら私の恋人は昔から決めていてね。それ以外は運転したくないんだ」


 男がスクリーンショットで見せてきたのは米国で有名な世界的なクルーザーバイクだ。

 女性にも人気なバイクであり、その歴史は世界恐慌さえも生き残った企業として有名であり現在でもバイクを生産し続けている。

 そんなバイクを恋人だと言い切る男はすでに後部座席に陣取り、スマートキーを投げ渡してくる。

 すでにエンジンがかかり、そのサウンドは狂ったフルートよりも悍ましくも心地よい音色を奏でている。

 恐らくそれは狂気を誘発させる冒涜的な音楽。運転する者に常識を捨てさせ速度を求めさせる外なる理屈でもって創られた怪物的二輪車。

 それでもなお、悪魔の手招きのようにハンドルに手をかけ跨がれば、まるでそれは自分の身体の一部であったかのようなフィット感を得る。

 右足のブレーキペダル、左足のギアペダル、ハンドルの位置やブレーキとクラッチレバー。ミラーの位置さえも自分で用意したかのようだ。


「……私のバイクも調査したのか?」

「No,comment。レディの情報は他言無用なのが紳士の嗜みだろう?」

「はぁ、不愉快な奴だ。落ちても拾う余裕は無いぞ」


 車体を起こしてサイドスタンドを払い上げる。地面につけた足で支え、アクセルを吹かせばあの狂気的音色が地下駐車場に響き渡る。

 反響する音色は悪魔の笑い声にも聞こえ、速度を出す喜びに運転手を破滅へと導こうとするが、その声を聴けば自然と口角が上がり感情を昂らせる。

 安全運転をさせるつもりのない機械の悍馬かんばいななきが三度鳴き、未熟な運転手ならば轍の一部にさせようとする意志をバイクから感じた。

 振り落とされた瞬間に死が確定するバイクのクラッチを握りギアを入れ―――


「……行くぞ、舌を噛むなよ!」


 ―――狂気の神馬しんめが悪魔の笑い声と共に火を吹いた。

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