第3話 

 クリスマスは無礼講だと聞いていたが、その話の通り、イベントの開会式を終えると生徒達は各々自由に動き出す。


 冷たく殺風景だった大講堂は華やかに飾り付けられて姿を変えていて、等間隔に並べられた長いテーブルには雪のように白いクロスが掛けられて沢山の料理が並べられている。


 ミスティアも好きな物を取り皿に取り、講堂の隅から巨大なモミの木を見上げながら料理に舌鼓を打っていた。


 学院側に強い猜疑心を持っているミスティアはこのクリスマスパーティーにも何か裏があるのではないかと疑ってしまうし、こんな娯楽イベント一つで自分達が受けた仕打ちをチャラにされては堪らないという気持ちもあり、一般生徒ほど素直に楽しむことができない。


 壁の花になっているのは自分だけではなく、講堂の隅で楽しくはしゃいでいる生徒を冷ややかな視線を送っている生徒はミスティアと同じ側の編入生達だ。


 こういう場で一人でいると流石に目立つな……。


 ちらちらとこちらを窺う視線がどうにも居心地が悪い。


 流石に一人では味気ないので見知った生徒に声を掛けに行こうかと思った所で背後から声が掛かる。


「やぁ、ミスティア」


 振り向くとそこにいたのは友人のシャマル・オースティンである。


 彼もミスティアと同じく不遇な扱いを受ける編入生の一人だ。

 この学院の編入生は特殊な事情があり、学院側から厳しい監視下に置かれている者が多く、ミスティアもシャマルもその中に入っている。


 他の生徒から見れば変わり者が多い編入生達だが、その中でもシャマルはかなり変わっている。


 今日もその変人ぶりを発揮し、周囲から注目を浴びている。

 

「あら、そちらは?」


 ミスティアはシャマルに連れ添う女性に視線を向けた。


「あぁ、ミスティアは初めて会うのかな? 紹介するね」


 そう言ってシャマルは連れ添う女性に愛おし気な視線を向けて言った。


「彼女はクリスティーナ。折角のイベントだからどうしてもエスコートしたくてね」


 頑張って口説いたんだ、と誇らしげにシャマルは胸を張って言う。


「へぇ、そうなの。素敵な人ね」


 ミスティアはやや棒読みになりながらもなるべく感情を込めてその女性を褒めた。


「そうなんだよ、彼女のような美しく、スタイルの良い女性はなかなかいないからね」


 先日も真剣に美術室の石膏像に似たようなことを言っていた気がするが、気のせいだろうか。


 白い肌、艶やかで滑らかな肌、たおやかに微笑むその女性の表情は温かみがあるがどこか冷たそうだ。


 冷たそうというか、おそらく冷たい。


 何故ならその女性は陶器でできている像だからだ。


 陶器の裸婦像、クリスティーナとそれを大事に胸に抱き、甘い言葉を掛けるシャマルに痛々しい視線が注がれている。


 そしてそれを当然のように享受しているミスティアも巻き込まれて痛々しい視線が背中にグサグサと刺さっている。


「今回は彼女とイベントを見て回ることにしたんだ」


 確かに、他の石膏像は重すぎて一緒にイベントを回るには不向きだ。

 

「この人はどこの出身なの?」


 ミスティアはこの像の出所をそれとなく尋ねる。


 自分の記憶では美術室にこの像はなかった。

 一体どこから持ってきたのだろうか。


「出身は北方地方、今は理事長室で退屈な生活を送っているそうだよ」


 材質は北方の鉱物、現在は理事長室に置かれているらしい。


 勝手に持ち出したのなら早く返して来いと言いたいが、言ったところでシャマルには通用しないのでどんな事態になっても自己責任だ。


「ラストダンスも彼女と踊るの?」

「勿論さ」


 手に持てる大きさの裸婦像を大事そうにしながら当然の如く言うシャマルにミスティアは良いことを思いついた。


 ミスティアはポケットからハンカチを出し、それを裸婦像クリスティーナに衣服っぽく巻き付ける。


「何してるんだい?」

「まぁ、見てなよ」


 首を傾げるシャマルにミスティアは言う。


「これをこうして……よし」


 ミスティアは自分が身に着けていたブローチを外して、ハンカチの結び目に飾り付ける。


「どう? これでラストダンスの申し込みもできるし、彼女から好意の証としてブローチを求めることもできるわよ」


 そこにはハンカチとブローチによって先ほどよりも少しだけ華やかになったクリスティーナの姿があった。


 それを目にしたシャマルの瞳がキラキラと輝き、頬は興奮で紅潮する。


「なんて素晴らしいんだ! 最高だよ! 他の生徒みたいにブローチをもらうのは諦めていたんだ! でも……そうすると君のブローチは……」


 シャマルの言う通り、ミスティアのブローチはなくなる。


「別に特に誰と踊るつもりもないし、欲しがる人もいないし、必要ないから」


 食べたい物を食べたら一足早く寮に戻るつもりだ。

 ブローチは必要ない。


「ちょっといいかしら?」


 シャマルと会話をしていると背後から声が掛かる。


 振り向くとそこには昨日キースと共にいた女子生徒がいた。


 用があるのは自分ではなく別の誰かかと思ったが、女子生徒の視線はしっかりとミスティアを捕えている。


「何か御用ですか?」

「話があるのよ。来てもらえない?」


 彼女から感じる敵意にミスティアは溜息をついた。

 キースと親しくしていると時折、こういう女子からのやっかみを受ける。


「時間を取れないので要件はここでお願いします」


 ミスティアはが言うと女子生徒は鼻で笑った。


「あら、役員でもないのに随分忙しいのね?」

「えぇ。役員だけやってればいい人はいいですね」


 挑発的な言葉にミスティア言い返す。

 

 ミスティアの言葉に女子生徒は顔を歪ませてキッと目尻を吊り上げた。


「あら、貴女。ブローチがないわね」


 ミスティアの胸にブローチがないことに気付き、女子生徒は指摘する。


「えぇ。私よりも必要な女性にお譲りしましたので」


 そう言ってミスティアはシャマルの腕に抱かれたクリスティーナを示す。


 すると女子生徒は気味の悪い物を見るような目をミスティア達に向けてくるりと踵を返した。


 どうにもシャマルとミスティアの行動が彼女の理解の範疇を超えてしまったようだ。


 何はともあれ、大事にならずに良かった。


 ミスティアはほっと胸を撫でおろす。


「じゃあ、私は寮に戻るから。素敵な一日を」


 ミスティアはシャマルに一言告げて会場を後にした。


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る