聖なる日に結ぶ~時計師ミスティア番外編~

千賀春里

第1話

 アイシャンベルク学院で最も盛り上がる行事がクリスマスパーティーだと聞いた時、ミスティア・ロンサーファスは『何かの間違いでは?』と首を傾げた。


 国と結びつきの強いこの学校が能ある生徒に狡いことをさせているのは自分自身が身をもって体験しているためよく知っている。

 生徒を自分達の利益のための道具と考えている連中がほとんどの学校で『クリスマス』なんて可愛らしい行事は笑えるほど似合わないと思った。




「ロンサーファスさん、どう? そろそろ良いんじゃない?」


 大講堂の中心に置かれた巨大なモミの木には一本の梯子が立てかけられており、その一番高い場所に上って剪定鋏で枝塗れになっているミスティアにモミの木の下から声が掛かる。


「もう少し」


 モミの木の枝を剪定していたミスティアは短く答えた。


 他の人にとっては大して気にならないことなのだが、どうにも枝の長さと葉の伸び具合が気になってしまい、ツリー担当クラスのミスティアは我慢出来ずに鋏を取ることにした。


 ミスティアが切り落とした枝や葉をクラスメイトがせっせと箒と塵取りで集め、ツリーにつける飾りを準備して待っている。


「こんなもんか」


 ミスティアは自分で納得できるところで手を止め、梯子を降りようとした時だ。


「ミスティア」


 聞き馴染んだ声がモミの木の根元から聞こえてくる。

 見下ろすとそこには見知った顔がミスティアの方を見上げていた。


 煌びやかな金色の髪、宝石のエメラルドのような瞳、色白で整った顔立ち、成績優秀で品性方向、育ちも良い彼はどこにいても女子生徒の視線を奪うことができる。


 できれば人がいる前では話しかけないで欲しい……。


 特に女子の前では。


 ミスティアは内心で溜息をつき、その場を離れる様子を見せない彼に諦めを覚えて、ゆっくりと梯子を降りた。


「調子はどう?」


 梯子を降りて床に足をつくとクラスメイトのキース・リオネイラが話しかけてきた。


「特に問題ない。剪定も終わった」


 モミの木を下から見上げて達成感の混じる声でミスティアは答えた。

 

 我ながら良い仕事をしたと思う。

 枝と葉のが整えばすっきりとして、飾りつけした時に見栄えする。


 飾りつけのセンスはないので、そこは他のクラスメイトに丸投げする予定だ。


「ごめんね、僕もできれば手伝いたいんだけど……」

「君は役員の仕事で忙しいでしょ」


 申し訳なさそうに言うキースにミスティアは言った。


 彼はこの行事の役員として借り出されていてとても忙しそうだ。

 行事の準備期間は休み時間も放課後も教室にいないことが多く、朝の挨拶ぐらいはするが、久しぶりにこんな風に言葉を交わした気がする。


「無理してない?」


 キースから発せられた言葉にミスティアは首を振って答えた。


 この学院に来てからというもの、精神的にも肉体的にも辛く、塞込んでいたミスティアをキースはいつも気にしてくれている。


 人から距離を取り、人と関わることが苦手なミスティアを気にして今の言葉を掛けてくれたのだと察した。


「大丈夫。ツリーの係は割と楽しいし」


 行事の準備はクラスごとで担当することになっており、ツリーの係を取ってきてくれたはキースだ。


「それは良かった」


 安堵したようにキースは微笑む。


 植物が好きな自分のためにこの係を持ってきてくれたのだろうか、と何度脳裏によぎったことか。


 そこまで自分の世話を焼く必要はないのに。


 それでも彼の笑顔にミスティアは癒されるし、彼の存在で心が救われているのだと最近自覚し始めていた。


 けれども。


「リオネイラ君、仕事押してるから行こう?」


 キースの陰から女子生徒が現れた。

 

 キースの腕を掴み、意味深な視線をこちらに送って来る。

 それが自分への威嚇と牽制なのだと気付かないほど馬鹿ではない。


「……忙しそうだね。こっちはとりあえず間に合ってるから、役員の方に行きなよ」


 ミスティアの言葉に名前も知らない女子生徒は口元に笑みを浮かべた。


「ほら、こう言ってくれてるし、行こう?」

「あ……う、うん……ミスティア、また」


 ほとんど強引にその女子生徒に引き摺られた状態でキースはその場を後にする。


 キースと親し気にしていると名前も知らない女子生徒からやっかみを受けることが多々あるのだ。


 だから人前で親しく話しかけないで欲しいのだが、それを口にするのは凄く惜しい気がして言葉にはできていない。


「今の、同じ役員の先輩だよ。ロンサーファスさん、どうするの?」

「どうって……どうもしないけど」


 クラスメイトの女子に耳打ちされてミスティアは言う。


 胸の中はどうにももやもやするが、それを解消する手段は今の所ない。


「もう、そんな呑気なこと言ってると、リオネイラ君みたいな大人しい男の子なんて食べられちゃうよ」


「大人しいか?」


 興奮気味で言うクラスメイトにミスティアは心の声が漏れる。


 彼は穏やかで一見大人しそうに見えるが結構強引で芯が強く、しつこい質だ。

 ミスティアを襲おうとした悪漢を何の躊躇もなくその美しく、切れのある剣捌きで撃退するほど強く、容赦のない一面もある。


 大人しい人ではないと思うのだけど……。


 こう考えると彼は見た目と中身でかなりギャップがあるように思う。


「ちゃんとラストダンスの約束した?」

「ラストダンス?」


 何のことだろうか。

 ミスティアが首を傾げているとクラスメイトは丁寧に、しかし興奮気味に説明を始めたのである。

 




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