第四話:信言は美ならず、美言は信ならず





            ※※ 04 ※※



 「め……めめ、めっそうもないッ! 確かにわが父信西しんぜいは日頃の行いから誤解ごかいを招いても致し方ございませぬし、さらに学問で負けて以来、左府を目のかたきにしてるばかりか、野心家の生臭なまぐさ坊主なのは私も認めるところです。

 しかし、皇族方の病があつい中、わざわざ宸襟しんきんわずらわせるようなことをどうしてできましょうや? 法皇様と美福門院びふくもんいん様は同じ御殿に住まわれてるので、自然とそういったうわさが流れたのでしょう」


 しどろもどろに父親の信西しんぜい入道を弁明するが、成憲なりのり自身も言葉に説得力がないことを自覚しているせいか、声に力がない。心の何処どこかで、父なら腹いせまぎれにやりかねない、成憲なりのりはそんな思いをかくし切れずに顔を強張こわばらせ、御簾みす越しの胤子たねこを見つめていた。


 「胤子たねこ。そのような物言いは成憲なりのり卿に失礼ではないか?」


 それまで張りめていた空気が清盛の一言で、胤子たねこは脱力した。我が背の君ながら高陽院かやのいんの不予に対して機微を読まないにもほどがある。おまけに信西しんぜい入道の嫡男である成憲なりのりまで引き連れて。比企遠宗とおむねら郎党が危惧きぐしたことにいまだ気が付いていないのか。

 普段の清盛きよもりなら思索してもよさそうなはずなのに、という胤子たねこ苛立いらだちがそのまま言葉に出た。


 「喪に服してる最中の我が家に不予の話を持ち込むあんたが悪いのよ。うちのけがれが原因だ、なんて左府に付け込まれたら言い訳出来ないわ。それが成憲なりのり卿にまで及んだらどうするつもりッ!? 」


 遠回しに成憲なりのりを帯同したことを難詰すると、清盛きよもりは表情を強張こわばらせ絶句した。ようやく自分がしてきた言動の意味を理解したようで、たちまち顔が青くなる。この時期に皇后・多子まさるこの養父である左府・頼長と対立するような火種を持ち込まれては困るのだ。


 「お許しください。小侍従こじじゅう殿」


 成憲なりのりうなるように声を上げた。拾い上げた蝙蝠かわほりを顔の前にかざして動揺を隠し、事態を説明するための言葉を探しながら、ゆっくりと続ける。


 「私が安芸守殿に無理を言って便乗させていただいたのです。何せ内裏では大っぴらに弘徽殿こきでんへ渡ることは出来ません。里下がりされてる機会を狙っておりました。身から出た錆とはいえ、是非とも父・信西しんぜい蠢動しゅんどうを阻止し、左府との衝突を避ける策をご教授願いたい」


 胤子たねこは、ほんの少しだけ表情を厳しくして目をすがめた。


 (私の耳に入れなければならない、とか言って澄まし顔で現れたけど、しれっと父親の事を話して私に知恵を出させようとしてたのね。左府との衝突を避けたいともっともらしく言って、菅原家と平氏を利用する腹積もりでいるのではないかしら。さっきの脅しはそれなりに効果があったのしれないわね)


 結果論だが清盛きよもりがせっついたことで、頼盛よりもりが先に信西しんぜい入道の噂を話題にし、胤子たねこがそれを強く非難した。成憲なりのりにとって大きな誤算だったに違いない。



 「……信西しんぜい入道の噂、あながち嘘ではないと認めるということですわね。しかしながら私は『腹黒はらぐろ小侍従』だの『姥童うばわらわの女軍師』だのと世間の風評は良くありません。ご期待には沿えないと思いますよ」


 成憲なりのりが内心で自分も清盛きよもりぎょしやすいと思っているのでは? 胤子たねこは不快の念も加わって、わりと強めの皮肉を言った。戸惑いながら、しどろもどろに成憲なりのりが言葉を返す。


 「い、いや……それでも、何卒ご教授願います」

 「累代るいだい、清和源氏の軍師を務める大江氏を訪ねてみられては? きっと妙案を授けて頂けると思いますわ」


 ともすれば冷ややかとも取れるほど、涼やかな笑いをこぼして胤子たねこは告げた。取り付く島もないと諦めてくれればそれでも良いが、成憲なりのりの真意を探るためにも、もう少し攻めてみるか。

 成憲なりのりは黙り込んだが、胤子たねこはかまわず続ける。


 「左府は奥州征伐以降、朝廷軍の主軸である源氏を私物化しています。成憲なりのり卿は信西しんぜい入道の折衝せっしょうに平氏の武力を手に入れたいとお考えなのでしょうか。

 平氏は葛原親王かずらわらしんのうの第三王子・高望王たかもちおうを祖とし、天神様が宇多帝の勅により、高望王たかもちおうの臣籍降下の折に国司として、あるいは国人として生きていけるように菅原家の学問・武芸を伝授したことから始まります。

 いわば菅原家と平氏は一心同体。成憲なりのり卿と信西しんぜい入道は左府のみならず、北野長者である私も敵に回すおつもりかしら」


 これ以上ないほど険のある口調で、直接的な言葉をいた。成憲なりのりはもはや色を失って呆然となった。沈黙が流れる。


 「姉上」


 見かねて呼びかけたのは頼盛よりもりだった。これが『腹黒はらぐろ小侍従』と揶揄やゆされる所以ゆえんだと再認識の嘆息をき、成憲なりのりから毒を抜こうと試みる。


 「成憲なりのり卿。姉上に駆け引きは無謀です。ここに至っては何も隠さず全てをお話しください」


 頼盛よりもりの優しくさとす言葉に、


 「――も、申し訳ございませんッ」


 成憲なりのりはとつぜん額を床になすり付けるように頭を下げた。清盛きよもりは何が起きたのかという顔になり、胤子たねこ御簾みす奥で途方に暮れて嘆息した。  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

太皇太后様の悪役女房は待宵の女軍師《ロリババア》 武田 信頼 @wutian06

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画