第2章第4節 白雪姫

 メル達はカナダの西部に到着した。〝小人使い〟の居住地である。

 

「地図で見てたけど、本当にここにいるのか?」

 

 そこは平坦で広大な森林地帯。最新の地図を見る限り、240万 haの面積を誇っている。ギルドからの提供情報では、この森の中心に工房を構えているらしい。


「この森の中心……。」


 つまり、工房に辿り着くまでに相応の距離を移動する必要がある。ざっと見積もって87.4 kmの《旅》になる。しかし問題があった。


「木々の生育密度が高すぎる。クレイオス通れなくない?」


 そう、84.7 kmの《旅》に徒歩で挑むことを強いられている。


「いやいやいやいや、徒歩は無理だろ……。」

「こんなこともあろうかと。じゃん!」


 珍しくテンションの高いウルが取り出したるは正八面体の結晶。それを地面に放った。放物線を描いて着地する。


〝EMETH〟石像錬成


 すると、地面が陥没と隆起を繰り返し、その大きさがおよそ大型犬程の石像が現れた。よく見ると、4つの車輪で自立している。


「まさか!?」

「そう! 小型原動機付きゴーレム〝ケルベロス〟です!」

 

 ネーミングが多少気になったが、今一番欲しかったソリューションだ。

 

「苦戦してた気がしたけど大丈夫だったのか?」

「ええ。錬成波をエネルギーとして焼べるコンセプトは決まってたのですが、どう動力に変換するかアイディアがなかったんです。」

 

 ウルは左上を仰ぎながら話す。

 

「そこに雲耀さんの技術が刺さりまして! このケルベロスは電力駆動です! モーターなんて初めて聞きましたが!」

 

 モーター。電力と動力を変換するエネルギーデバイスである。回転軸に取り付けた電磁石を挟むように、一対の永久磁石あるいは電磁石を設置する。この時、中心の電磁石に流れる電流が回転によって切り替わるように電極をずらすことによって、外側の磁石と内側の磁石が反発し続け、回転する仕組み。

 

「なんかコソコソやってると思ったら。いつのまに共同研究してんだ!」

「んー? それはお師も同じでは?」

「ん!?」

 

 メルは図星を突かれ狼狽える。

 

「あとで教えて下さいね。」

 

 ウルは悪戯に笑った。

 

 

 兎にも烏にも、長旅の足は手に入れた。

 

「2人乗りか……そりゃそうか。錬金術で動くんだもんな。」

 

 ここには、錬金術師が2人、非錬金術師が2人。

 

「アダマス、ママと乗る!」

「おっしゃ! トばすぜマイソン!」

 

 組み合わせの数は順列2P1の2通り。

 

「わ、私走っても行けますよ!」

「どうしてそうなるんですか? 折角なんで乗ってください。」

「は、はい!」

 

 そこでメルが舌を鳴らす。指差す先には、一見すると木の実のような球体が木にぶら下がっている。表面は小さな穴が複数見える。

 

「これは……監視用のゴーレム?」

 

 メルが頷く。

 

「〝小人使い〟は恥ずかしがり屋みたいだな。今時そうあるべきだが。奇襲されるとは考えづらいが、用心してトばすぞ。」

 

 一行はケルベロスに乗り込み、走り出そうとした。その時、出走を遮るように機械的な声が響いた。

 

『さすがは名前持ちネームド錬金術師殿。下手な迷彩カモフラージュは失礼でした。』

 

 監視ゴーレムから流れる抑揚の無い音声にメルが噛み付く。監視されていたことも好意的には捉えていなかった様だ。

 

「合成音声のお世辞なんて聞くに耐えないな。」

「お師。喧嘩しにここまで来たんじゃないんですよ?」

 

 メルは諌められて我に返る。

 

「そうだった。ごめんな〝小人使い〟。」

『いいえ。私は〝小人使い〟ではありません。重ね重ね失礼を、しかし、お許し下さい。この声にも、マザーが代理を立てるのも、それなりの理由があります故。』

 

 ウルとベルは怪訝な表情を浮かべた。対して、メルは特に気にも留めない様子だ。焦点の合わない瞳で監視ゴーレムの方を向きながら、アダマスをケロベロスの後部座席に載せている。

 

「いきゃあ解る、ってことだろ?」

 

 メルはケルベロスに跨がり、ハンドルを捻った。ケルベロスからベアリングが回転する摩擦音が響く。


「お茶の準備でもしててくれ。アップルティーだと最高だ。」


 2基のケルベロスが走り出した。

 森の中は同じ様な風景が続いていた。恐らく、未踏のこの地でまだ見ぬ工房ラボを見つけるのにひと月は掛かっていただろう。

 

『進路をもう少し東に向けてください。崖がありますので迂回致します。』

 

 この合成音声による道案内ナビゲーションが無ければ。

 

「森の真ん中にあるんじゃないんだな?」

 

 一行は森の中心から少し東にずれた地点を目指していた。

 

『ええ。中心部は盆地になっています。何の指針も無ければまず中心に向かうと予想されますので、その盆地を一望で出来る崖上に工房ラボを構えています。』

「ふむ。解るには解るが。」

 

 メルにはひとつの疑問があった。

 

「なんでこんなに警戒してるんだ?」


 その疑問を口にした直後、合成音声の返答を遮るようにウルが叫んだ。


「こ、これは……!?」

「……!? 敵襲か!!」


 後方を確認すると、ウルが何かの手前でケロベロスを停めている。


「小型の小人憑きか!?」


 メルはホルスターから雷銀弩を取り出し構えた。引き金に置いた人差し指に力を入れた時、ウルがまた叫ぶ。


「お師!! ステイ!!」

「ス、ステイ!?」


 メルは慌てて銃口を上に向け、人差し指の力を緩める。一息吐き、ウルの前に立っている何かに焦点を合わせる。

 子供くらいの身長で、四肢がやけに細い、無機物の様な表面。


「まさか、ゴーレムか……?」

「その様です。しかも。」


 そのゴーレムはウルを見上げている。ウルが屈むと、ウルの瞳を追うように目線を下げた。


「認識と動作が並行してる。誰かが操作して……?」


 周りを見渡すが、それらしき影はない。


「自律してるのか?」


 ウルはメルの呟きを無視する。ベルは胸の前で手を組んで固唾を飲んでいる。


「君、お名前は?」

 

 メルは、ウルが話し掛けたこと自体に驚いた。ゴーレムに対話を試みている。つまり、ウルの見立ては、ゴーレムがしている可能性がある、ということ。


 従来、ゴーレムには簡単な命令コーディングしか出来なかった。それが、薔薇十字団ローゼン・クロイツとの闘いの最中で容量増大を果たした。そして実現したのが半自動運転セミオートパイロット。それでも、ゴーレムがして動作するには程遠い。少なく見積もっても、必要な容量に9桁程の差がある。


 メルも固唾を飲んで見守る。

 

「ぼくはタト。あなたたちが〝最初の7基セブンス〟の言ってたお客さま?」

 

 メルは目をさらに見開いて固まった。ベルは、メルとウルを交互に視線を移し、結論を待っている。

 すると、いつの間にかアダマスがタトと名乗ったゴーレムの前に立った。

 

「僕はアダマス。タト、よろしくね。」

「うん! よろしくねあだます!」

 

 中身が生物こびとである可能性を残して、このゴーレムの核が人工知能AIであることが解った。そして、錬成波による透過像の取得によって、前者の可能性も否定された。


 人工知能(Artificial Intelligence)とは、計算機を使って実行されるのことであり、ここで言うとは、認知、推論、言語運用および創造を行う能力を指す。つまり端的に、である。

 

「〝人工知能AI〟……。おいおい、有り得るのか?」

 

 メルが小さく呟く。すると、ウルが呟きを拾って返す。

 

「〝有り得ることはImaginable will be成し得る〟Realizable.……と言っても、先走りすぎですね。」

 

 ウルが興奮の中に呆気と悲壮の色が漂う。

 

「〝小人使い〟は人間なのでしょうか? そういう権能の神だったり……?」

「こういう分野で鍛冶神かんぜんの上がいて堪るか。上だとするなら人間ふかんぜんなんだろうよ。」



 一行はタトと別れた。タト曰く、人工知能AIを搭載したゴーレムは他にもいるらしい。その数、現状で108体。


「俄然興味が湧いてきた。」


 メル達はケルベロスを走らせる。

 

『お疲れ様です。工房ラボは目と鼻の先です。』

 

 最後の登り坂。ケルベロスのモーターが悲鳴を上げる。この傾斜角は想定されていない様だ。

 

「ここまでありがとう、ナビゲーターさん。直接会えば解るだろうが、お前もゴーレムなんだな?」

 

 監視ゴーレムは一時沈黙する。返答を待っていると、視界が急に開けた。森の屋根に遮られて分からなかったが、強い陽射しが照りつけていた。

 そこには花を思わせる造形の真っ白な建築物があった。

 

『ご明察です、〝狼狩り〟のメル様。私は、マザーが鋳造したゴーレムの1基、サーズと申します。』

 

 メル達がケルベロスから降りると、白い建物の正面にある扉が開いた。

 

『〝狼狩り〟のメル様とそのご一行様方。どうぞ中へお入り下さいませ。』

 

 一行は白壁に空いた穴をくぐっていく。

 建物の中も迷路の様に入り組み、侵入者の侵攻を阻む構造になっていた。


「近代的通り越して未来的だな……。」


 その内装は無機質で、木造の建築物とは一線を画している。


「それに、恥ずかしがり屋は極まれりだな。」


 至るところに監視ゴーレムが設置されている。錬成波で干渉してみると、可視光だけでなく赤外やX線も発している。隠れた熱源や凶器に対しての警戒を意味している。

 

「お待ちしておりました。遠隔での会話では失礼致しました。私がサーズです。〝最初の7基セブンス〟の3番目、という意味です。」

 

 そこには、鉱物というより金属光沢のある体躯を持つ、恐らくゴーレムであるモノが立っていた。

 腕の先には同心円上に4本の指、指には2つずつ関節がある。足は後ろに折れる構造になっており、ヒトというより獣のそれに近い。

 

「ひとつ訊きたい。〝最初の7基セブンス〟ってことは、お前みたいのが他に6基いるのか?」


 導かれるまま歩きながら、メルがサーズに質問を投げる。


「仰る通りです。長男がファースト、末っ子がラストです。我々、性別はありませんが。」

 

 冗談なのか図りかねる蛇足だが横に流した。

 

「なるほど。それで解らないんだが、〝最初の7基セブンス〟が特筆されるってことは、それ以外は後発なんだろう? だとしても、呼称を分ける程何か特別なのか? 階級的な?」

 

 サーズが、首と思われる部分を120度回転させてこちらに振り向いた。一同は多少飛び上がりながらも驚きをなんとか隠した。

 ゴーレムと解っていても、ヒトに近い形のモノの首がここまで回るのには慣れていない。

 

「いいえ。我々は平等ですよ。ただ、創られた経緯と与えられた権限Permissionが異なるのみです。」

「創られた経緯? 〝小人使い〟に創られた時期ってことか?」


 サーズは首を横に振る。


「ラストまではマザーに創造されました。それ以降は、我々最初の7基セブンスが代理で創造したモノです。」

「え? ゴーレムがゴーレムを!?」


 ウルの口が開いたまま閉じなくなった。


「自分のコピーを創ることが出来るゴーレム。定義上、生物とは何が違うんだろうな。」


 思考停止フリーズしたウルの代わりにメルが話を続ける。


「じゃあ、権限ってのはゴーレムを創ることが出来る権限?」


 メルは疑問を1つずつ投げ掛ける。

 サーズは1つずつ返していく。


「概ねそうですが、人工知能AIに対する編集権限です。これに関してはウル様も明るいのでは?」


 ウルは、突然名指しされて少し狼狽える。言葉の準備をしていなかったが、頭の中で言葉を選んでいく。


「ゴーレムの命令系は、いくつかの設定ファイルとメインの実行ファイルで構成されていることが殆どなんです。」

「なんで1つに合体させないんだ?」

「それは、可変性を持たせるためです。」


 ウルは、右手を握り、左手の人差し指を立てた。そして、右の拳に左手の人差し指を向けた。


「実行ファイルにはいくつか変数を持たせておくんです。そして、設定ファイルから変数を受け取って実行する。そうすると、実行ファイルを書き換えることなく、実行内容をマイナーチェンジ出来る。」


 メルは、ウルの右手と左手から頭の中でフローチャートを描いている。拳が実行ファイル。人差し指が設定ファイルの変数入力。


「この設定ファイルの中身を書き換える権限が編集Writeで実行ファイルを起動する権限が実行Execです。」

「実行ファイルは書き換えられないのか?」

「実行ファイルを創れる以上、編集も可能です。ですが、ソースコードを編集Write権限と実行ファイルに組み立てるためのコンパイラーを起動する実行Exec権限が必要になります。」


 メルは、なんとなく解った、状態には至った。ベルはおおよそ解らなかった。あとは各自勉強だ。


「大半のゴーレム達は〝閲覧〟Readしか許可されていません。〝最初の7基セブンス〟にのみ編集Writeが許可されています。」

「とすると、誰が実行Execするんだ?」


 サーズは、再び頭をぐるりと回すと正面に向き直った。一同は、一度目よりは小さく身を強ばらせた。


「そして、実行Execマザーのみの特権になります。さあ、彼女が我々のマザーです。」


 扉が自動で開き、ひときわ広い部屋に入った。

 白い壁に囲われたその部屋に入ると、水のせせらぎが聞こえてきた。周りを見渡すと、床の至るところに水路が掘ってあり、淀みなく水が流れている。

 水路からスラリと茎が伸びている。その先端には、翼を大きく広げた朱鷺の様な花弁。


「白い……彼岸花?」

マザーの好きな花なのです。」


 サーズが指差す方に視線を移すと、純白の彼岸花に囲まれた純白のベッドの上に、その部屋の何よりも白いと錯覚する程、雪のように透き通った肌と髪の少女が横たわっている。今にも融けて消え入りそうな儚さを感じる。


「あの娘が……マザー?」

「そうです。我々のマザーであり、創造主クリエイターです。」


 マザーと呼ばれた少女は、母と呼ぶには若く、多く見積もっても10代前半である。彼女の容姿に気を取られていたが、彼女の身体からはいくつもの管が延びている。


「植物状態……というやつか?」


 メルの問いに、サーズは少し考えてから返答した。


「所謂植物状態とは異なるのです。マザーは〝緑石板エメラルド・タブレット〟を読んでしまったのです。」


 思わぬ単語を耳にして思考が滞る。緑石板エメラルド・タブレット? それを読んだ? 植物状態の原因?

 

「簡潔に経緯を。」

 

 サーズは構わず続けた。

 

マザーは5歳の時、初めて錬金術を行使しました。野鳥の傷口を塞ぐための錬成だったとか。」

 

 理解が追い付かない。錬金術は、化学反応における反応経路への理解が第一歩となる。それを、たった5歳の子供が成し得たということ。

 それは、文献による理解だったのか、はたまた、錬成波を使った測定によるものなのか。何れにせよ、驚異的である。

 

「それ以降、マザーはままごと感覚で研究を続けたそうです。そしてある時、透き通る、緑色のリンゴを見付けた。それが、緑石板エメラルド・タブレットでした。」

 

 メルは黙って次の言葉を待っている。

 

マザーも最初はただのオブジェとしか思っていませんでした。しかし、錬成波による微細構造解析によって、原子レベルの、しかも周期的な格子欠陥が存在することに気付きました。」

 

 メルは黙っていられなくなった。

 

「つまり、その格子欠陥で情報を記述してた訳だな。〝小人使い〟はそれを解読出来たのか?」

「ええ。出来ました。」

 

 サーズはメルを真っ直ぐ見据えた。

 

「出来ましたが、それはヒトに余る情報量でした。マザーは脳の記憶容量の大半を緑石板エメラルド・タブレットに占有され、さらに足りない分を生命維持に使う部分以外で贖う必要に迫られました。」

 

 サーズはマザーに視線を移す。

 

「その結果、緑石板エメラルド・タブレットを消化するために眠り続けているのです。彼女は夢を見続けている。今日で丁度7年になります。」

 

 しばらく沈黙が流れた。

 メルは少し考えてから話し始める。

 

「経緯は理解した。しかし、実行Execは〝小人使い〟の特権だったよな? つまり、実行Execは封印されてるのか?」

「いいえ。我々最初の7基セブンスだけは脳波によるマザーとの交信が行えます。勿論、多重に制約がありますが。」

 

 メルはまた少し考え、次の質問を投げた。

 

緑石板エメラルド・タブレットは今ここにあるのか?」

「はい。現物はこの工房ラボに封印してあります。これはマザーの意志です。ヒトには余る術具だと。」

 

 メルは、青石灯サファイア・トーチに対する赫耀の反応を思い出した。


(な、なんて危ないもん持ってんだ!? )

 

 ヒトには余る。果たして、自分が成そうとしていることは正しいのだろうか。

 

「サーズさん。緑石板エメラルド・タブレット、譲ってもらえませんか?」

 

 ベルが躊躇いなく提案した。

 メルは目を見開いた。メルの視線を感じ、察したベルが応える。

 

「無いよりは、有った方がいいでしょ?」

 

 朗らかに笑う、ベル。

 確かに、結論付ける段階にはない。

 

「どうなんだ? サーズ。」

「そうですね。私の一存ではなんとも。マザーに直接訊いてみて下さい。」

 

 メルは〝小人使い〟に視線を移す。

 

「制約があるって言ってたけど、今出来るのか?」

「条件はいくつかありますが、まずは最初の7基セブンスが全て揃う必要があります。直ちに呼び戻しましょう。」


 サーズが沈黙する。他の最初の7基セブンスへの通信を試みている様だ。しかし、長らく動きがない。

 しばらくして、サーズがスピーカーを開く。


「皆様、申し訳ありません。緊急事態です。」

「ん? どうした?」


 緊急事態という単語の強さは理解できたが、サーズが発する合成音声に抑揚が感じられないからか、緊張感を共有出来ない。サーズは淡々と状況報告する。


「敵襲です。しかも、前例の無い方法で。」

「敵襲!?」

 

 敵襲という単語によって緊急性が理解できた。

 

「これは……我々のシステムを外部から書き換える命令コード……こんな方法があるのですね。」

 

 サーズは淡々と続ける。

 

「類似の現象で呼称するならば……そう、〝小人憑き〟。」

「ゴーレムの感染症ってことか? 人為的に?」

 

 メルはここまで言うと、ウルの顔色を確認する。ウルは難しい表情をしている。そして、すぐに口を開いた。

 

「状況を確認しましょう。監視ゴーレムで実行犯を写せますか?」

 

 サーズが頷く。サーズの掌に似た部分から光が照射され、白い壁に外部の映像が写し出された。

 そこには、見覚えのある少年の姿。

 

「毒使い!? あいつがゴーレムを感染させたのか!?」

『そうだよ。』

 

 一方通行の筈の映像から返答が聞こえた。すかさず、メルがサーズに指示を飛ばす。


「サーズ! 回線を切れ! いますぐ!」

「承知しました。」


 投影は消えた。

 一時沈黙が流れる。それを破ったのはウル。


「これは病原性コードによる侵食ハッキング。相違無いですね?」

「如何にも。どうやら、監視ゴーレムを感染源にして、現在、フォース、フィフス、ラスト、および他35体のゴーレムに感染している様です。尚も増加中ですが。」

 

 この事態を解決しないとならない理由はひとつではない。

 メル達およびゴーレム達の生存はもとより、最初の7基セブンスが欠ければ〝小人使い〟との交信経路が断たれる。そうなった場合、緑石板エメラルド・タブレットの入手は可能なのか。

 その問いを口に出せないでいる。


「状況を整理しよう。病原体を〝ゴーレムウィルス〟と仮称する。被害の拡大速度は?」


 メルがサーズに問う。


「現在は、全ゴーレムに回線切断の指示を通達しました。一旦、感染拡大は防げています。しかし、あの少年が直接感染させたり、回線を開くコードを書き上げれば、状況は悪化するでしょう。」

「解った。ウル。」

 

 メルはウルに向き直る。

 

「オレは門外漢過ぎる。どうにかなるか?」

 

 ウルは不敵に笑う。掌の汗を隠しながら。

 

「珍しく僕の出番ですね。張り切っていきましょう。」

 

 

 ウルはまず、持参したゴーレムを立ち上げ、命令コードを書き換え始めた。

 

「感染してしまったゴーレムは一旦放置します。心苦しいですが。」

 

 ウルは横目でサーズに視線を送る。

 

「我々は機能の殆どにバックアップがあり、冗長化されています。例え欠けることがあっても何も問題にはなりません。最初の7基セブンス以外は、ですが。」

「いえ……そうではないんですが……。」

 

 ウルは続きを打ち切り、作業に戻った。

 

「感染してしまったゴーレムのコードを正常に書き直すには時間が掛かります。そこで、まだ感染していないゴーレムにを書き加えます。」

「そんなこと出来るのか……?」

 

 ウルは心配そうなメルに笑みを送る。

 

「無茶でも、お師ならやるでしょ?」


 メルは呆れ顔をする。少し気が紛れた。

 

「サーズさん。まだ感染していないゴーレムで、感染しているゴーレムを回収出来ませんか? ウィルスのコードを解析したい。」

「ええ。直ちに。」

「待て。オレが出る。」

「お師!?」

「メルちゃん!?」


 メルの発言に、驚きとお惑いが広がる。

 

「感染していないゴーレムを送るなんて、あいつの思う壺だろ。任せろ。ついでにのしてくる。」

「しかし、危険すぎます……!」

「それなら私も……!」

「だめだ。」

 

 メルが掌で制止する。

 

「あいつは毒使いだぞ? オレ以外の誰が太刀打ち出来る?」

「それは……。」

「大丈夫。何も準備してない訳じゃない。行ってくる!」

 

 メルは白璧から飛び出した。

 感染したゴーレムはすぐに見付かった。タトである。しかし、コードを書き換えられた影響は大きかった。

 

「敵性体発見。直チニ駆逐シマス。」

「……少し我慢な。」

 

 メルはタトを捕縛し、抱えて走った。

 他のゴーレム達も、メルを見るや否や敵対行動をとってくる。メルは戦闘を避けながら、工房ラボへ向かう。

 メルが工房ラボの前に到着し、白い扉が開いた時だった。硫黄の香り。

 

「解らないように感染させたゴーレムを侵入させようと思ってたのに。余計なことするなぁ。」

 

 あの少年が立っていた。すでに瘴気が立ち込めている。

 

「サーズ聞こえるな? タトをここに置いておく。扉を閉めろ。」

『宜しいので?』

 

 奥の方から、ウルとベルの抗議が聞こえる。

 

「いいから。閉めてくれ。」

『……ご武運を。』

 

 扉が閉まる。

 

「また喧嘩かよ。今日はに来たんだけどな。まぁ遊ぼうか、〝狼狩り〟のメル。」

 

 少年はニタニタと笑う。

 

「悠長だなぁ。だからモテないんだそ、チビッ子。」

「てめぇもチビだろが。名前もある。トキシだ。覚えなくていいぞ。死ぬんだからな。」

 

 明らかに不機嫌になったトキシは、懐から薔薇の装飾が入ったブローチを取り出した。

 

「GO! MY BROS!」

 

 森の奥から夥しい数の蠍……型の小人憑きが現れた。

 

「何がゆっくりだよ。だからモテないんだぞ。」

 

 

 ウルは作業を続けていた。

 回収されたタトのコードを解析したところ、ウィルスに書かれたコードの断片をゴーレムのコードの中にコピーし発症させる仕組みらしい。

 発症すると外部回線に対してフルオープンになり、外部からの命令コードを無条件に受け入れてしまうらしい。

 

「それで。どうされるのです?」

「パターンマッチングでプロテクトコードを書きます。そのためには、ウィルス特有のコードパターンを洗い出す必要がある。」

「成る程。解りました。」

 

 サーズがタトに向けて回線を繋ごうとしている。

 

「サーズ! 貴方が感染してしまう。」

「ええ。そのつもりです。感染前後での私のコードに変化がある箇所、そこがウィルス特有のコードなのでしょ?」

「それは……。」

 

 ウルは返答を戸惑う。

 

「一刻を争います。我々の使命はマザー緑石板エメラルド・タブレットをお守りすること。それだけなのです。」

 

 ウルは目を瞑り、少し考えた後、頷いた。

 

「分かりました。やりましょう。」

 

 

 一方、建物の外。

 

「GO! MY BROS!」

 

 蠍型の小人憑きがメルに迫る。

 メルは雷銀弩をホルスターから抜いた。

 

「STOP! 距離を取ったままだ。」

 

 小人憑き達は接近を止め、一定の距離を旋回しながら、尻尾から毒液を噴射した。丁度、前回の襲撃の際、足を撃ち抜かれた距離の一歩手前。

 

「さあさあ。それなら貫通炸裂弾も届かないだろ?」

 

 メルは、噴射された毒液を大きく躱す。

 強まる腐卵臭。

 

「ついでだ。硫化水素でも吸って死ね。」

 

 メルが口元を押さえる。

 その隙を逃さず小人憑きが突進する。尻尾の先端、鋭利な毒針がメルに迫る。針は地面を抉り、土煙が立った。

 トキシが溜め息を吐く。

 

「終わり? つまんないなぁ。失望だ。」

 

 トキシは舌を出して吐き捨てた。

 

「勝手に期待しては失望する。だからモテないんだぞ。チビッ子。」

 

 土煙の中からメルの声。煙が晴れると、脳天にショーテルを突き立てられ果てた小人憑きと、嘴の様なマスクを装着したメルが立っていた。

 

「マスクだぁ? またありきたりな。」

「そうそう。ありきたりなだ。ありきたりだが、これで充分。」

 

 メルはショーテルを小人憑きから引き抜く。

 

「お前、毒ガス撒くのに限界濃度があるな? 自分の分解速度に限界があるんかな? だから、前回もギリギリ死なずに済んだ。この濃度なら皮膚からの吸収はごく微量。だから、防毒マスクこれで充分。」

 

 トキシが焦りを見せた。

 

「余裕こきやがって。こっちにはまだまだMY BROSが……。」

 

 トキシがそう言い終わる前に、金色の線分が、トキシの左後ろにいた小人憑きを捉える。外殻に大きな穴が空き、沈黙する小人憑き。

 

「は?」

「この前は間に合わなかったが、今回は万全だ。あんな射程のまま放っておく訳ないだろ。先読み下手マンか。」

 

 メルの雷銀弩を良く見ると、長い銃身の下にボックスが追加されている。


「雷金弾。金の原子量は銀の約1.8倍。質量の増加に伴って貫通力が増大したが、同じ投射力では射程が足りなかった。解決法は簡単。投射力強化だ。」


 メルは銃身に取り付けられたボックスを指差す。

 

「そして、これは電磁力投射式雷銀弩。所謂コイルガンだ。張力投射式よりも高速で弾を撃ち出せる。共同研究の賜物さ。」

 

 そう言うと、メルは雷金弾を連射し、小人憑きを無力化していく。その光景を見ながら、トキシは奥歯を噛み締めている。

 

「は! 喧嘩がなんであれ関係ない。そろそろ回線を強制的に繋いで……。」

『お師! ワクチン完成しました! 未感染のゴーレムはこれ以上感染しません!』

 

 それを聞き、トキシは肩を落とす。

 

「なんだクソが。あの優男ごときに破られるとは。」

 

 トキシは溜め息を吐いて引き返そうとした。

 

「おいおい。逃がすと思うか?」

 

 メルの煽りに、一瞥をくれるトキシ。

 

「もう一悶着起こす体力があるなら、付き合ってもいい。ただ、今日は飽きた。じゃあな。」

 

 トキシと生き残った小人憑きは森の暗がりに消えていった。



 一難去り、事態の収集にあたるメル達。

 大きな問題は、感染してしまったゴーレムの復旧に目処が立たないこと。


「申し訳ない。サーズさんを人柱にしてまで解析したのですが。そもそも、ゴーレム達のコードが複雑すぎて、僕には読むことすら出来ない……。」

 

 これは、ゴーレム使いあるあるである。

 他人が書いたコードを読むのは至難の業である。それが、自分より格上の高度なコード程顕著である。


「これは、〝小人使い〟さんに訊かないことには……。」

「そんなこと言っても、最初の7基セブンスが健在じゃないと交信できないんだろ? ……最悪待つか?」


 〝小人使い〟の覚醒時期についてファーストとメルが思案していた頃、アダマスは〝小人使い〟の上に座っていた。


「頭の中がいっぱいいっぱいなんだね。僕も少しだけ知ってあげる。」


 アダマスは口にあたる部分で〝小人使い〟の額に優しく触れた。すると、いくつもの若葉色の光の矢が〝小人使い〟から放たれた。それは、部屋の中をぐるぐると旋回し、一つずつアダマスの頭部に吸い込まれていく。


「なななな、なんだ!?」

「アダマスくん!? 大丈夫!?」


 混乱する一同を余所に、光の矢は全てアダマスに収束した。すると〝小人使い〟の肌に生気が宿った。


「嗚呼。マザー……。なんてことでしょうか。」

 

 〝小人使い〟が目を開いた。ファーストが〝小人使い〟を優しく抱き起こす。

 

「〝小人使い〟が目を醒ました!? なんで!?」

「コホッ……コホッ……。」

 

 〝小人使い〟は声を発しようとしたが、7年の眠りに阻害された。〝小人使い〟はファーストを通じて話し出した。

 

『馴れ馴れしい娘ね。私はマイア。〝小人使い〟なんて無粋な呼び名は止めて頂戴。』


 見た目に削ぐわぬ舌鋒。

 

 

 その後、マイアの命令コーディングにより、全てのゴーレムが復旧し、感染前の状態に戻った。これにより、封印されていた緑石板エメラルド・タブレットの解放も可能になった。

 

「だけど、ここに置いていってもいいか? こんなに安全な場所もないし。通信機を置いてくからさ、また連絡させてくれ。」

『お願いする態度ではないわね。もっと取引先にするみたいにしなさい。』

「な……なにを……!」

 

 眉間に皺を寄せて煽るマイア。煮えくり返りそうになるメルの横からアダマスが顔を出す。

 

「マイア。ママのお願い聴いてあげて?」

 

 すると、マイアは90度の角度で笑顔になる。

 

『アダマス様のお願いなら何でも聴きますわ! さあ、アダマス様のお口から、さあ。』

「なんなんだ、こいつ……。」

 

 一行は、〝小人使い〟のマイアからの助力を得ると共に、緑石板エメラルド・タブレットの所在を掴んだ。次なるは、賢者石を残すのみ。その筈であった。

 

「ん? 赫耀から連絡だ。もしもしー?」

『すまん……青石灯サファイア・トーチを持ってかれた……。』

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あるあるアルケミスト 國手薫乃 (くにでかるの) @Dr-Carnot

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