遺書(エピローグ)

この手記は私、山部東次郎がなぜ6人を殺害したのか、その理由とその方法をまとめたものである。


まず語らねばならないのは、半年前の冬山の宝玉岳登山での出来事だ。

山小屋を出て下山を始めた私は、運悪くホワイトアウトにあってしまい。巨岩群の狭間に身を隠した。

そこにその祠はあったのだ。

私はその祠の中央の石に猛烈な興味を抱いた。あろう事か、それを持ち帰ってしまった。

これが全ての悲劇の始まりだ。


2日後、私が経営する医院から帰宅しようとすると、ある大学病院から電話があった。

妻の澄子が死亡し、愛娘の美桜子は意識不明の重体だと連絡があった。

この時、‪✕‬‪✕‬‪✕‬(判読不能)の声が脳内に聞こえた。

「聖なる石を返せ。娘の命が惜しければ石を返せ。」

そう言うのだ。

私は単なる幻聴だと本気に受け止め無かった。


しかし、その日から私に不運なことが続いた。親戚の死。病院内の事故。私自身も危険に襲われた。

その度に‪✕‬‪✕‬‪✕‬が私に語りかけた。

「聖なる石を返せ。さもなくば貴様に関わる全ての者に危機が迫る。」

私は精神に異常をきたし始めた。

脳内に響く‪✕‬‪✕‬‪✕‬に対して、罵詈雑言を吐きつけ、家の中でのたうち回った。


私は、一人山に登った。まだ雪の残る春のことだった。もちろん、石を祠に返すためだ。

祠に石を置こうとすると、脳内に声が聞こえた。

「聖なる石だけでは足りない。貴様は罪の代償を払わなければならない。」

私は私にしか聞こえていない声に対して、質問した。頭がおかしかったのだ。

「なんだ!何を望む。」

すると‪✕‬‪✕‬‪✕‬はこう答えた。

「6人の人間の死。そしてその6人の人間の血と眼球ひとつづつを代償として払え。そうすれば、娘の命は助けてやろう。だが、長くは待てない。」と。

私は、結局石を持ち帰って来ていた。

様々な思案をした。職業柄、血液なら何とかなった。しかし6人の眼球。これは手に入れられなかった。


娘の見舞いに行く度、‪✕‬‪✕‬‪✕‬は私にその言葉を聞かせた。

私は追い込まれた。

そして、毎年私が隊長として同行する登山ツアーを利用することにした。

例年は10数名集める登山者を5人とした。そいつらを生贄として捧げるのだ。

もう1人は既に決まっていた。

主催者である向山だ。会社の経営が上手くいっているからと、私に嫌味を言い連ね。旧友である事を理由に過去に私から借金をしている。また、向山が裏でしている闇取引についても私は知っていた。

やつのような人間は生贄にふさわしい。


5人の応募者について調べた。徹底的にだ。

こうして立てた私の作戦はこうだ。

まず、登山経験者である中村典夫を殺す必要がある。

そのために妻に毒入りに飴を食べさせる。まだ引き返せる地点での話だ。

1つ目の難所を越えたあとがちょうど良いだろう。

そして、2人を部隊から十分引き離してから殺害する。殺害方法は全員に共通するが、麻酔で眠らせ、血を頂き、ナイフで心臓を突く。


次はもちろん向山だ。

広場の近くに谷がある。先程書いた殺害方法をしてか谷に落とせば、事故に見せかけることが出来るだろう。

ここで、トランシーバーもリュックと共に落下させる。

残った私を含めた4人は山小屋を目指さざるを得なくなる。


そこで次だ。かなりのハイペースで行けば岸谷はバテるだろう。もしバテなければ、高山病の症状が出ているとでも言って止まらせる。

ここで、山小屋まで1本道なので成田か木曽に先に進んで欲しいと頼む。

私の調査によると、成田と岸谷は交際している。おそらく、木曽が山小屋に向かうだろう。

木曽がいなくなってすぐに、岸谷、成田を殺害する。


そして、最後の木曽だが、宝玉岳は初登山だと分かっている。従順に登山道を通り、山小屋を目指すだろう。

私はこの山を知り尽くしている。20分程の遅れなら、取り戻し追い越すことが出来るルートを知っている。

追いつき、木曽を殺害する。


すると巨岩群周辺のはずなので、木曽の死体を隠し、私の罪の代償とやらを清算するという計画だ。


登山届は改竄し、偽名を使う予定だ。私は、事件が発覚し犯人を探し戸惑う警察を横目に、娘と日本を出る。

そして名前を変え、新たな人生を始める。

この手記はこれから私が起こす事件が、変な憶測や都市伝説として語られることを防ぐために記す。

必ず公開してくれ。





状況が変わった。

どうすればいい。

成田がツアーに不参加だと言う。

まずい。人数が、血が、目が足りない。

どうすれば。



リュックを見られる訳には行かない。

注意しなければ。




中村夫妻と向山を殺害した。

もう止められない。

他の登山客に偶然出会うことは不可能だろう。

‪✕‬‪✕‬‪✕‬の声がうるさい。

頭が割れそうだ。




岸谷、木曽を殺した。木曽が私の計画に気づきかけていたようだ。岸谷殺しがあと少し遅れていたら逃げられていたかもしれない。

覚悟は決めた。

いや、参加者が私を含めて6人と知った時点で決まっていたかもしれない。

娘のためだ仕方ない。



愛する美桜子よ。

もしかしたら、‪✕‬‪✕‬‪✕‬は私が死ななければならない状況を作ったのではないだろうか。

だとしたら、父は娘のためこの命を捨てる。

覚悟は出来た。

‪✕‬‪✕‬‪✕‬の声はますます大きくなっている。

娘よ。

幸せになってくれ。

愚かな父を許せ。



[完]

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死への登山 栗亀夏月 @orion222

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