トウキョウもう一度2020 / 3000文字短編

2023年1月6日金曜日

「東京オリンピックまであと200日。新橋の街角からお送りしました」

テレビのニュースの声で目が覚めた。

「続いてのニュース。昨年末から中国の武漢市で発生していると思われる肺炎患者の大量発生について、中国政府は公式な発表を行っておりません。現在武漢市には外国人ジャーナリストの立ち入りが制限され……」

　ニュースも再放送？正月が終わったばかりだからってテレビ局も手を抜きすぎじゃないか。もう三年前のニュースじゃないか。それともドキュメンタリーかな。

　仕事から帰ってビール飲んだままコタツで寝落ちしていたみたいだ。明日は土曜日だしのんびりしようと思ってたんだけど寝てしまうともったいない気がする。

「いま何時だろう？」

　こたつの上のスマホで時間を確認すると「2020年1月6日（月）」になっている。あれ？

　アパートの壁に掛けられたカレンダーをちらっと見ると、2023年1月と書いてある。そうだよね。今日は１月６日金曜日だ。

　スマホでニュースサイトを見て回る。東京オリンピックまであと200日とある。

　どうなってるんだ？

　上着を着こんで外に出ると夜だった。僕の記憶だと金曜日の夜のはずなんだけど。コンビニに行って、雑誌と新聞のコーナーを見てみるが……

　やはり、2020年1月6日の月曜日になっていた。部屋の外は3年前の世界らしい。となると明日も会社？っていうか、そんなことじゃなくて！

　どうしよう？

・・・・・・

　僕は会社では友達を作らないし、大学の友達も住んでいる場所が違うし彼女もいない。家族にこんなこと聞いても頭おかしくなったと思われそう。

　とりあえず帰って、ノートにこの三年間に起きたはずのニュースを書いてみるが、あんまり覚えていないもんだな。このあとダイヤモンドプリンセス号が来て、ロックダウンで、リモートワークで、オリンピックが延期になったのと安部首相退陣と。あとトランプ大統領が負けたとか。

　だんだん思い出してきた。僕の勤め先は一応上場企業なので一年目とはいえ年末賞与はそれなりに出たんだけど、使い道も特になかったのでFXに突っ込んだんだ。ネットの記事を鵜呑みにしてドル円をレバレッジ最大でロング（買い）して。そのあとコロナ騒ぎが全世界に広まって……

　あの時は、2月の112円から102円前半まで落ちて、見事に天井買いの底値ロスカットだったんだよな。まさか10円も動くとは思わなかったし逆指値入れてなかったら丸ごと食らって。そのあと二週間ぐらいは食欲が全然なくて、もうこの金はなかったものと記憶から封印してFXも証券口座も解約したんだった。

・・・・・・

　銀行口座、証券口座、FX口座、有り金合わせて100万円ちょっとあった。これではまだ足りない。引越しをするからと言って親から50万円だけ借りることができた。これに一月二月の給料を足してなるべく金を使わないようにして……もっと必要だな。

　銀行に行ってカードローンを上限まで借りる。その後クレジットカードで上限までキャッシングしてあとは消費者金融か。社会人一年目だから枠は小さそうだけど。

　最終的には300万円用意することができた。これをFX口座に入れる。来月には借金返済が始まるのだけど。

　2020年2月下旬。レバレッジ25倍で112円台にてドル円「売り」を開始。祈るような気持ちで毎日ニュースを見る。やっぱり食欲がない。会社でも顔色が青いといわれる。

・・・・・・

　2020年3月9日、ドル円相場は大暴落した。いわゆるフラッシュクラッシュという現象だ。売りが売りを呼んで市場を雪だるま式に転げ落ちる。PCのモニターを見ているが心臓がバクバクしている。マウスをクリックしようとするが指が震えて押せない。

　左手で右手の指を掴んで、ポジションクローズをクリック。元金は300万円だが25倍のレバレッジがかかっているのでポジションは66万ドル。決済は102円10銭だから取れた値幅は10円。確定した利益は660万円。ただし年末に確定申告で利益の二割を納税するんだけど。

　口座の証拠金（元金）は300万円+660万円で960万円になった。

　祝杯を挙げたい気分だけどすぐにやることがある。そのまま今度は「買い」を選ぶ。レバレッジはやはり25倍だから、960万円で張れるポジションは235万ドルになる。２億4000万円だ。社会人一年目で張っていい相場じゃない。震える手で「実行」をクリック。

　毎日利益を確定したい気持ちを必死で抑える。会社ではやっぱり顔色が悪いといわれる。

　3月中に110円を超えた時点でポジションはクローズした。今度はあまり手が震えなかった。取れた利幅は８円。ポジションは235万ドルだから利益は1880万円となった。これも年末には税金が二割。

　元金と合わせて2840万円が証拠金としてFX口座に入った。

　で、どうしようか。

・・・・・・

　これ以上のドル円の動きは覚えていない。あとは2022年の1月からのドル大幅上昇まで待つか……いや、待つわけないだろ。

　チキンなので借金は全部返すことにした。残りの2700万円をFXから証券口座に移す。

・・・・・・

　2020年3月の世界の話題はコロナで埋め尽くされている。ニュースに乗るのは「ワクチンを作ることができるのか」だけど、ワクチンを作るのは通常、開発から生産まで10年かかるわけで。

　ところで、アメリカ株にMRNAという銘柄がある。一株25ドルだ。証券口座には2700万円入っているから、一万株買うことができる。僕は迷わずこのモデルナ株（MRNA）を一万株購入した。いや、本当はアップルとかzoomも迷ったんだけどね。

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　一年四か月後、延期された東京オリンピックが開催されている時点で、モデルナ株は400ドルを超えた。確かこの辺が上限だったはず。毎日利益を確定したい気持ちでいっぱいだったけど、もういいよね。「売却！」

　400ドルが一万株だから400万ドルだ。実際はFXの税金を払うためにちょっと換金しているんだけど、もはや大勢には影響ない。一ドルは110円だったので四億四千万円になる。年末には9000万円近く税金を払うんだけど。

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　税引き後の三億五千万円をFXの口座に移し替えた。今度はレバレッジは10倍程度にしてドル円を買う。普通は10倍でも十分高いんだけど・・・。ポジションにして320万ドルの10倍だから3200万ドル。

　2022年秋。ロシアのウクライナ侵攻と米国の利上げに端を発したドル高はピークを迎え、一ドルは150円に達した。ここでポジションを決済する。

　利幅は40円だから3200万ドルポジションの利益は十二億八千万円になる。元金を足すと十六億三千万円になった。そのうち二億五千六百万円が税金。

　税金の分を残して十三億七千万円を銀行から引き出す。銀行では散々もめたけど「現金が必要なんです」と言って、なんとか引き出した。億単位で引き出すときは事前に連絡が必要とのこと。そりゃそうだ。

　一万円札は重さにして一グラムある。十三億七千万円は137キログラムだ。カート無しでは運ぶことはできない。警備業者を雇って銀行から運んでもらった。

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　そして2023年の正月が過ぎた。1月6日の夜。僕はスマホの画面をじっと見る。スマートフォンの時計は基地局の電波で更新されるから外の世界に連動している。

　スマートフォンの表示は2020年1月6日になった。

　部屋にある十三億七千万円を眺める。

　どうしよう？

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作者新作のラブコメです。ぜひ読んでいただければと。

「双子の義妹のどちらかがベッドにもぐりこんでくる」

https://kakuyomu.jp/works/16817330667406755788

ファンタジー長編（完結）もよかったらどうぞ。

「妹ダン〜転生チートで妹にレベル譲渡してダンジョンを攻略します！」https://kakuyomu.jp/works/16817139559030247252