第6話 あとがき

 史上最悪の客もなんとかやりこなし、その後もタクシー運転手を続けていた私ですが、ある出来事がきっかけで、四年半に亘るタクシー生活にピリオドを打つことになります。

 今から、その出来事について語ろうと思います。


 ある日の朝、街中を流している途中に無線配車された私は、すぐに指定された場所へ向かいました。


 やがてその場所に着くと、その家にはなぜか呼び鈴が二つ付いていました。

 

──なんで呼び鈴が二つあるんだ? まあ、いいか。とりあえず、こっちを押そう。


 私はあまり深く考えず、適当に押しました。

 そしたら……




「うるさい、こらっ!」と男性に怒鳴られ、その後「もう一つの方のベルを押せ!」と命令され、私はよく分からないまま、となりのベルを押しました。

 すると、「は一い。今から出まーす」という能天気な声とともに、中年女性が何食わぬ顔で家から出てきました。


 怒鳴られたことに苛立っていた私は、そのことを女性に伝えると、最初に私が押したベルは御主人の部屋に直通で、夜勤明けでちょうど眠りについたばかりの彼は、結果的に私が間違えてベルを押したことで目が覚め、怒って怒鳴ったのではないかと、悪びれもせず言いました。


「それなら、配車する時に、その旨をちゃんと伝えてください」と指摘すると、女性は「なんでそんなことまで言わないといけないんですか」と、半ば開き直ったような態度を見せたため、私はそれ以上何も言いませんでした。


 やがて目的地に着き女性を降ろすと、無線で帰社するよう命じられ、心当たりがないまま、私は会社に向かって車を走らせました。


 やがて会社に着くと、社長が鬼のような形相で待っていました。


「さっき、○○さんからクレームの電話があった。君、○○さんに文句を言ったらしいな」


「いや社長、ちょっと聞いてください。あれは……」


「言い訳はしなくていい。お客様に文句を言うような奴はウチには必要ない。よって君はクビだ」


 社長は私に有無を言わさず、クビを言い渡しました。

 こんな人に何を言っても無駄だと思った私は、割とあっさりそれを受け入れました。

 タクシー運転手を辞めて二十数年経ちますが、身体のことを考えると、今はあの時辞めて良かったと思っています。


  了

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タクシー稼業は楽じゃない 丸子稔 @kyuukomu

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