第38話 今日も朝がやってくる
『
「な、何だ……? 何があった? ハウレスが支配領域を広げたと思ったら、いつの間にか奴らが消えていた……」
俺の支配領域の本質は悪夢だ。夢は忘れ去られるもの。だからあの空間に囚われたとしても、生還すれば俺以外の誰一人としてその記憶を保持できない。
だから騎士団にとって、今は『ハウレスが必殺技を出してきた瞬間に、全部終わっていた』と言う状況だ。そりゃあ当惑もする。
だから、勝利を示すものは必要だろう。俺は手に掴んだハウレスの首を地面に置いて、会場、階段上の隅っこで腕を組んでいた。
「さて、ここからどう収集を付けるか」
問題はここから。ハウレスの首があれば勝利そのものは皆が信じるだろう。だが、疑問は間違いなく噴出する。
どうやってあの状況からハウレスを討伐できたのか。
俺はあまり目立ちたくない。俺の魔法である夢魔法は、魔王軍を一度は崩壊させた強力な魔法だ。それを、魔法が未熟な状態で露見すれば命に係わる。
「街中でちょっと目立つのと、組織ごと魔人のトドメを刺したじゃあ雲泥の差だからな……」
ちょっと目立つことをするくらいならいい。人道協会の活動に銃を持ちだしても、俺の名前が世間に広がることはない。
だが人道協会ごと魔人をつぶした英雄は、民間にも名が知れてしまう。新聞社はその英雄を取り上げるだろう。
今の、物理戦闘においては一般騎士の領域を出ない俺がそうなるのは、致命的だ。
「俺がちゃんと強ければなぁ……。魔人どもも直で狙うのはリスクだと思って、謀略を練ってくれるだろうが、弱けりゃ正面から狙われるんだよなぁ」
俺の魔法の強みは情報戦、心理戦だ。敵が嘘をつき、扇動していればいるほど強い。しかし何のてらいもなく捨て身で来られれば、それ時点で詰む。簡単に俺は負けるだろう。
逆に、俺以外の実力者が、俺の手柄を持って行ってくれれば。実力者相手に正面から挑むような真似を、魔王軍はしない。そうすれば、俺が情報で先手を打って勝ちに行ける。
そこで、ジーニャが俺のそばに現れた。
「わっ、ナイトくん! そ、それ、敵の……」
「シーッ! シーッ!」
俺は口に人差し指を当てて、必死にジーニャに訴える。ジーニャは慌てて口を閉ざし、それから俺の様子を見た。
「……それは、ナイトくんが?」
「あ、ああ……まぁ、ボチボチな」
「でも、相変わらず目立ちたくないの?」
「ああ。困る……っておい!」
俺からハウレスの首をとって、ジーニャは言った。
「私は、ナイトくんを守りたいの。危険はもちろん、嫌なことからも」
優しげに微笑んで、ジーニャは首を掲げて名乗りを上げた。
「あっ、悪魔ハウレス! 討伐いたしました!」
震える声で、緊張を隠せないまま、ジーニャは高らかに宣言した。
「すっ、隙を見て背後から、敵の首を刈り取りました! こ、こう、ズバーッっと! が、頑張りました!」
完全に自分が何を言っているか分からないパニック顔で、ジーニャは訴える。それを見た騎士団たちは「え……?」「あんな女の子が……?」とざわつき始める。
そこで、反応を示す人がいた。
「すごいねぇジーニャくん! 君、模擬戦でも伝説作ってたのに、ここでもか!」
ケイオス副団長が、くふふふっ、と笑った。その言葉に騎士団の面々は噂を思い出したのか、「ああ、あの子が例の……」「逸材というか、いや、恐ろしいなぁ……」と納得し始める。
そうして、騎士団はひとまずの納得と共に、終戦と剣をおさめ始めた。何とか名乗りを終えたジーニャは、緊張のあまり涙を流しながら、俺を見る。
「な、ナイトくんっ、わ、私、頑張ったよ!」
「……ああ、ありがとうな、ジーニャ。本当に頑張ってくれたよ」
人前に立つのが苦手なジーニャが、こうもしてくれる。その成長と俺への好意が、じんわりと胸に広がるのだった。
後日、俺はミラージュ団長、ケイオス副団長との三人での査問を済ませていた。
「なるほど、夢魔法、か」
「珍しい魔法とは思っていたけれど、そこまでのものだとはね」
団長と副団長は、俺の説明をすんなりと受け入れてくれた。本当に物分かりのいい人たちだな、と改めて感心する。
「じゃあ、了解。君の魔法、及び『未来情報』については、騎士団でも特一級の機密情報として扱うよ。……資料とかは作んない方がいいよね? 団長」
「そうだな。我々だけで把握していればいい。上もこの騒ぎを鑑みるに、いくらかきな臭い。報告を上げるのは致命傷になりかねないだろうな」
「なら、この件はこれでおしまいっ! お疲れさまでした、メアンドレア従騎士」
「ありがとうございます」
俺は礼を言って立ち上がる。もうずっと、うずうずしていたのだ。それを見越して、ケイオス副団長は言う。
「では! 君は早速宴会に合流するといい! ここから先は、ワタシたちで受け持とう~」
「そうだな。本件の立派な立役者だ、楽しんでこい」
「―――はいっ」
俺は査問室から解放され、騎士団の大広間へと向かう。
騎士団の本拠地中でも、最も広い空間。それが大広間だ。大きな仕事が終わると、騎士団は決まって大宴会を開催する。
俺が会場に足を踏み入れると、事情を知っている騎士たちが「おぉぉおおお!」と声を上げた。
「今回の立役者、ナイト従騎士だな!? お前は一番奥のミニン班席だ! たくさん飲んで食って楽しめよ! 今回の宴会は、お前たちのためにあるようなもんだからな!」
「ありがとうございます! 行ってきます!」
俺は案内に従って、駆け足で奥へと向かった。途中途中で「よっ! やっときたな!」とか「楽しめよ!」とか声をかけられるたびに嬉しくなる。
「あっ! ナイトくん! 待ってたよ!」
いの一番に俺を見付けてくれたジーニャに、俺は近づいていく。
「よっ、お待たせ。いやー査問がちょっと長引いてな」
「ふふふっ、お疲れさまでした。ナイト様がいないと始まりませんものね」
「そうね。じゃあ全体ではとっくに済ませたけど、改めて。―――ミニン班の活躍を祝って」
俺たちは杯を掲げる。
「「「「カンパーイ!」」」」
カラーン、と杯をぶつけ合う。それからぐびぐびと飲み下す。
「かぁーっ! いやー仕事明けの一杯は格別だな!」
「ふふっ、ナイトくん、そんなお酒じゃないんだから」
「わたくしたちはまだですからね。羨ましいです。お酒大好きなのに……」
「キュアリー、さもいつもから飲んでる、みたいな物言いじゃない。ダメよ? お酒はもう少ししてから」
「承知しておりますよ、ミニン様。戻ってからはまだ、一滴も飲んでおりませんから」
「戻ってから……?」
二人がやいのやいの言っているのを聞きながら、俺は目の前の皿を手に取る。
並べられているのは、これでもか、というくらい大きな鳥の丸焼きだ。こんなご馳走は悪夢の未来を含めても久しぶりで、俺は頬を綻ばせて、大口で食らいつく。
「うぉぉおおおお! うっめぇ!」
鶏肉のうまみと塩気が絶妙にまじりあって、頬が落ちそうな思いをする。それを隣で見ていたジーニャが「もーナイトくん、がっつき過ぎー」と俺の頬の汚れを拭う。
「おっと悪いな。いやちょっと浮かれてるわ。色々最近忙しかったから」
「こんなときくらいはいいと思いますよ、ナイト様。わたくしもナイト様と浮かれたいです」
「隙あらばぶっこむな」
「まぁ♡ ナイト様、ぶっこむなんて……。そちらも問題ございませんが、乙女心としてはまずはぶっこんで頂かないと……♡」
「っ!? 返しが一度で終わらない!?」
「これは隙を見せたナイトが悪いわね」
いやんいやん、とお淑やかで柔和な雰囲気のあるはずのキュアリーは、分かりやすく身悶えしている。キュアリーはそうかと思っていると、しゅぽっと椅子の下にもぐった。
「ナイト様♡ 来ちゃいました」
そんでもってジーニャの反対側。俺の隣にすぽっと姿を現して、俺の腕に抱き着いてくる。
「来ちゃいましたじゃないっての」
「ナイト様、わたくしご褒美をいただきたいです。わたくし、頑張ってハウレスに魔法をかけました。起死回生の一手になったかと思います。その、ご褒美をいただきたいです」
目を潤ませて、上目遣いで俺を見るキュアリーに、俺は何も言えなくなる。そう、俺もかなり頑張ったが、キュアリーの努力もかなりのものだ。それで言えばみんな頑張ったが。
「……無理のない範囲で」
「! 嬉しいです、ナイト様……♡ でしたら、わたくしの処」
「わー! わー! キュアリーちゃん! 今度は私と話そ! ね! ナイトくんはミニンちゃんの隣に行って!」
「恩に着る……!」
俺は割って入ったジーニャに救われ、椅子の下から移動する。顔を出すと、むくれた顔で「ジーニャ様、ひどいです~」とキュアリーが駄々をこねている。
それから俺は椅子に座りなおすと、隣になったミニンが俺を見ていた。
「こんにちは。モテ男は大変ね」
「モテ……? モテるってことでいいのか、これは? だってこの距離感だぜ?」
「んー……確かに、ちょっと違うのかしら? でも、二人ともあなたのこと大好きじゃない」
「俺だって二人のこと大好きだぞ」
「何の反論よ。っていうか今流れ弾で二人が死んだわよ」
ミニンの視線をたどってジーニャとキュアリーを見ると、顔を真っ赤にして湯気を上げている。
すると、しなを作ってミニンは言った。
「ねぇ、ナイト。アタシは? 二人とは前からの仲だって知ってるけど、班長の機嫌は取っておいた方がいいんじゃない?」
「ん? ミニンのことも俺大好きだぞ。機嫌取るとか取らないとかじゃなく」
「……なるほど、これは照れるわね……」
流し目で俺を見ていたはずのミニンは、視線を逸らして顔を真っ赤にしていく。
「ミニンの自爆芸可愛くて好き」
「追い打ちを掛けないの! っていうか芸じゃないわよ! 何よ自爆芸って! もう!」
恥ずかしいのを怒鳴って誤魔化しているのが分かるので、俺は和やかな気持ちでミニンの大暴れを見守る。
俺は自分の皿を取って、肉の続きを楽しむ。ツーンと口を尖らせながら、ミニンは俺のことを観察している。
「……今回は、ありがと」
「何が?」
「自分に正直に生きろって、言ってくれて。一緒にハウレスを倒そうって、言ってくれて。きっとね、アタシはあなたがいなかったら、ハウレスの言う通りになってた」
ミニンは言う。
「好きな服一つ着れなくても、人生こんなものだって、絶望してたと思う。でも、違うのね。欲しがって、抗って、戦えば、手に入る。いきなり全部は難しくても、一つずつ」
「……うん。嘘はダメだ。他人への嘘はもちろん、自分への嘘が一番ダメだ」
俺たちは言葉を合わせる。
「「正直に」」
それから、くくっと笑う。
「ナイト、あなたは不思議な人。最初は軽薄な人かと思ったけど、違ったわ。軽薄さは振舞ってるだけの処世術。あなたは誰よりも誠実な人」
「褒めても何も出ないぞ。……ちょっとくらいは出るかもしれないが」
「ふふっ。そういう愛嬌のある所も好き」
面と向かって好きとか言われたのは初めてで、以前の大胆な告白を見ていてもドキリとする。
「アタシね、この班が好き」
ミニンは続ける。
「ずっと、みんなで居られたらいいなって思う。けど、ハウレスがいなくなっても、アタシは貴族だから、いずれまた勝手に婚約させられてしまう。ミニン班はいつか終わる」
だからね、お願いがあるの。
ミニンは、俺を見る。真剣な目で。恋の熱だけではない、勇ましい戦いの熱にも浮かされた顔で。
「魔王を、殺さない?」
その言葉は、俺とミニンの間だけで、静かに心に染み込んできた。周囲の喧騒が遠く感じる。俺は目を剥いて、ミニンを見る。
「……ミニン?」
「冗談で言ってるわけじゃないわ。アタシたちは強い。揃って、多分騎士団の仲でも一、二を争うような才能の持ち主だと思ってる。多分、できると思うの。魔王討伐」
するとね、とミニンは続ける。
「魔王討伐をなした者は、皇帝から『勇者』の称号と、侯爵家に認定される。一代で大貴族になれるの。アタシの家も侯爵家だから、同じ家格ね」
俺はミニンが言わんとすることをやっと理解してきて「な、なるほど?」と相槌を打ちので精いっぱいだ。
「アタシね、人を好きになるって、もっとドロドロした気持ちだと思ってた」
ミニンは手慰みにフォークを食べ物に突き刺す。
「好きな人は独占したい、とか。誰かに奪われたくない、とか。でも、ジーニャとキュアリーには、そういう気持ちが湧かないの。不思議ね。アタシ、二人のことも大好きみたい」
「ええと、その、つまり、何と言いますか」
俺が困惑と共に話の落としどころを探っていると、ミニンは言った。
「男なら愛する女のことくらい責任を持つものよ。それとも見込み違いだったかしら」
「―――魔王を討伐して勇者になるッ! ジーニャもキュアリーもミニンも嫁にするッ! それでいいか!」
俺が吹っ切れて言うと、話を聞いていなかったジーニャとキュアリーが「「えぇぇえええ!」と揃って声を上げた。ミニンは吹き出し、「あははははっ!」と屈託なく笑う。
「えっ、ええっ、えええ、な、何!? わ、私、私ナイトくんのお嫁さんになるのっ!? ど、どうしようどうしよう! お父さんお母さんに手紙書かなきゃ!」
「わ、わわ、な、なんてことでしょう。も、もしや夢ですか? ナイト様? ここまで幸せな夢を見せて、また拷問の悪夢なんてことはありませんよね?」
周りも俺たちの騒ぎを聞きつけて「お!? 何だキレイどころ揃えて! 贅沢もんめ!」「よっ! それでこそ男の甲斐性だ!」とか適当にはやし立てる。
「ふふふっ。やっぱり度胸あるのね、ナイト。見直したわ」
「自分で乗せておいて……」
「あ、そうだ、忘れてた」
「え?」
ミニンは俺に顔を近づけて、そっと頬に口づけをした。ジーニャとキュアリーは口を押さえ、周りは「ヒューヒュー!」と盛り上がる。
「ナイト、アタシもあなたのこと、大好きよ」
頬を紅潮させて、相当に恥ずかしいはずなのに余裕ぶって言うミニン。俺はその姿に、今のキスにすっかりやられてしまって、キスをされた辺りに手を当てながら、ポツリと言った。
「これは将来、尻に敷かれそうだ」
「大切に敷いてあげる♡」
冗談めかした返しに俺は言葉もなくて、ただただ幸福な敗北感に、両手を挙げて屈したのだった。
――――――――――――――――――
今回の連続更新はここまでとなります!
面白ければ是非フォロー、評価の方をお願いします!
幼馴染を失った夢魔法使い。居眠り魔法と馬鹿にされた【夢魔法】で二周目世界をやり直す。〜その攻撃は効きません。夢魔法で全部夢オチにするので〜 一森 一輝 @Ichimori_nyaru666
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます