第37話 悪夢の勇者

 俺はまず、声を上げた。


「騎士団の皆さん、敵味方が分からないのが、我々の大きな障害でした。ですが、もう気にせずともいいでしょう。適当に殺してください」


「は、何言って」


「ナップ」


 強化されたナップが、時間を巻き戻す。ハウレス支配領域による混乱で死んだ騎士たちが殺される前まで、時間が巻き戻る。


「は……? え……?」


 死んだはずの騎士たちが、自らの足で立っていることに驚いた。俺は朗々と説明を続ける。


「皆さんが見ていたのは、ささいな悪夢です。仲間を斬るような悲劇は、すべてそうなります。未来として確定するのは、悪魔を殺した事実だけ」


「貴様ァ! 悪夢の勇者!」


「ハハハハハ! 踊らせてたって言ったろ、ハウレス!? 人命を犠牲にしてまでお前を踊らせるかよバカがぁ!」


 強化されたナップは、俺の予知夢を領域内の全員に共有する。効果時間も相当に延長され、領域内の出来事は俺の許可なく確定しない。


「だから、みなさん。ハウレスの支配領域に恐れを抱く必要はありません。奴の嘘も扇動も、俺が認めなければただの夢。味方を斬ってもそれは夢です。悪い夢だ」


 俺は嗤う。


「だから躊躇わず殺しましょう。魔人に、死を」


 支配領域内に、静寂が広がる。普通なら取れない策だ。『斬っても復活するから仲間を斬れ』と言われて、すんなり納得する人間は少ない。


 それはやはり、痛み、その恐怖ゆえ。だが、俺の愛した討魔騎士団なら、違う。魔人がほとんど抜け、覚悟の決まった騎士団ならば―――


「なるほど、分かりやすい」


 いの一番に動いたのは、ミラージュ団長だ。広範囲にわたって、衝撃波を発生させ一掃する。敵味方が分からない中でも、騎士団だけがキョトンとしながら蘇る。


「これはいいな。好き勝手暴れればいいというわけだ」


 団長の攻撃を受けた連中が、ゲラゲラと笑い声を上げた。


「団長の一撃、いってー!」「いやぁこれが死か! 死なずに体験できるとは有り難い!」「なんだ、こんなもんか。死なないなら恐れるに足りんな」「よっしゃ、これならいけるぞ」


 俺はニヤリとする。流石は討魔騎士団だ。他人の痛みに敏感な弱者の守り手。だが、自分の痛みには驚くほど鈍感な狂戦士たち。


 団長が大きく息を吸う。


「―――総員ッ! メアンドレア従騎士のお蔭で、多少味方を斬っても問題ない! 魔人を討伐するぞッ!」


『おぉぉぉおおおおおおお!』


 団長の命令一つで、騎士団の指揮は息を抜き返す。躊躇わなくなった騎士団の勢いはすさまじい。ハウレスの支配領域以前よりも勢いよく、騎士団は魔人を殺しまわる。


「クソォォオオオオオ!」


 吠えるのはハウレスだ。


「ナイト・メアンドレア! ナイト・メアンドレア! いつもお前だ! お前がすべてぶち壊しにする! お前さえいなければ、魔王軍はとっくに世界征服をなし、平和だったのに!」


「は―――――? お前らの平和なんか知るかよバ――――カ! むしろ嬉しいね! お前らの平和をぶち壊しにできたと思うと、胸がスカッとするぜ!」


「クソクソクソクソッ! だが! だがだ! 悪夢の勇者、お前は今、全盛期の力を失っているはずだ! ならば私でもお前に勝てる! 直接お前をねじ伏せればいいだけだッ!」


 ハウレスは手元に炎を顕現させ、振るった。現れるは炎の剣。見る者の精神を歪ませる、歪な炎の剣だ。


「ハ、やってみろよ。ただし―――だ」


 俺の横に、みんなが集まる。ジーニャ、キュアリー、ミニンの三人が。


「当然一対一じゃあやってやんねぇよ。俺はか弱いからな。天才美少女たちに力を借りて、お前をボコボコにしてやるさ」


「て、てててててて、天才美少女!? だっ、誰のこと? ええっ?」


「まぁ、ナイト様はわたくしのことを、そんな風に想ってくれていたんですね」


「軽口ばっかり叩いちゃって。良いからやるわよ。口説きたいなら終わらせてから」


 俺は肩を竦めて三者三様の言葉を受け流し、息を吐く。


「いつも通りに陣形を組んでくれ。ハウレスを殺すぞ」


「「「了解」」」


 ジーニャとキュアリーが前衛に出る。俺の後ろにミニンが下がり、後衛を務める。


「なめ腐りやがってぇえええええええ!」


 ハウレスが、剣を掲げた。


 剣に炎の竜巻が渦巻いた。薙ぎ払うだけで俺たちは死ぬだろう。なので俺は、にっこりと笑って言う。


「ナップ」


 ハウレスの剣が炎の竜巻を纏う前に戻る。ハウレスは息をのんで「はっ?」と声を上げる。


「ジーニャ、キュアリー」


 俺に呼ばれ、二人は駆け出した。


 まずジーニャが急先鋒を務めた。瞬時に肉薄し、剣閃を翻す。金属音。ジーニャの剣とハウレスの剣が打ち合う。


「なぁっ、お前は―――奇跡の勇者ッ!?」


「言ってることはよく分かんないけど、ナイトくんの敵なら倒すよ」


 ジーニャとハウレスは剣戟を交わす。流石のジーニャとて、最低限しか鍛えられていない今はハウレスと互角が関の山か。


 とはいえ生身で俺が行ったら、それこそ斬られて終わりだ。量産品の剣だけで、まだ未熟もいいところのジーニャが、大悪魔とやり合えているだけで十分だろう。


 そこで加勢に入るのがキュアリーだ。


「わたくしも混ぜていただけますか?」


 メイスで殴り掛かる様は、たおやかな少女にしては堂が入り過ぎている。ジーニャとの打ち合いで出来た隙を逃さずに突くのは、悪夢の未来の経験ゆえか。


「ぐぅっ、しゃらくさい!」


 キュアリーの攻撃に、口に血をにじませたハウレスは炎をまき散らした。ジーニャは炎にまかれ、寸でのところで距離を取る。


 ここで退かないのが、キュアリーの恐ろしさだ。


「逃しません」


 自らに無数の回復魔法を注ぎながら、キュアリーは怒涛の勢いで殴打を繰り返す。キュアリーは魔法で腕を斬り飛ばされても、腹を内側から燃やされても、なおも前に進む。


「なんだ貴様はッ! 何故そこまで傷つきながら前に出られる! 痛みはないのか! なんなのだッ!」


「ふふふ、うふふふふふふっ。この程度が痛み? ナイト様の拷問の夢に比べたら、こんなものは児戯も同然。快感すらありません」


 ハウレスの攻撃でキュアリーは見るも無残に傷ついていくが、瞬時に回復し五体満足で突き進む。……まぁね。あのくらいは確かにキュアリーには児戯だろう。


「そっちばかりにかまけてていいの?」


 キュアリーに圧倒されるハウレスに、ジーニャが再び食らいつく。キュアリー一人ではハウレス相手にほとんどダメージを与えられないが、ジーニャがいれば違う。


 二人のコンビネーションは、ハウレスという大悪魔に迫るものがあった。剣劇においてジーニャはハウレスと同等。キュアリーはハウレスにどれほど焼かれても怯まず進む。


 そこに、ミニンが追撃を入れるのだ。


「ナイト、今のアタシの狙いは?」


「地雷は二人の邪魔をする。要所要所でハウレスの頭を狙撃だ。ダメージとしてはほとんど意味がないだろうが、ハウレスを俺たちに縫い付けることに意味がある」


「分かったわ」


 ジーニャとキュアリーが同時にハウレスに攻撃を加えるタイミングで、ミニンは狙撃を放ち、さらにハウレスの思考リソースを奪う。


 避けなくてもいい攻撃でも、テンパったハウレスは思わず避けようと動くのだ。だから体力を使う。集中力はかき乱される。いずれ限界が来る。


 だからその限界に俺の最高潮を持っていくために、俺はさらに策を打つ。


「プロフェティックドリーム」


 俺は予知夢の魔法を展開し、それを悪魔どもに与えた。奴らに与えるのは、奴ら自身の死の予知夢だ。奴らはむざむざ殺される予知夢を脳裏に浮かべ、死の恐怖に震える。


 その恐怖こそが、俺をさらにさらに強くするのだ。


「みんなに、みんなに感謝だな」


 騎士団がいるから、魔人たちは死の予知夢に恐怖する。ミニン班がいるから、ハウレスは騎士団を薙ぎ払わずに防戦一方になる。


 そうして時間をかけて集まった恐怖が、俺を強く、強くする。


 とうとう、俺の支配領域がハウレスの支配領域を飲み込むほどに。


「――――成った」


 とぷん、と。


 悪夢の闇が。白痴盲目の宮殿が、閉ざされた。


「あ……?」


 ハウレスが、真っ先にそれに気づいて声を漏らした。ハウレスの支配領域が効果を喪失し、魔人たちと騎士団の区別が明確となる。


 俺は直後に、すべての人間を支配領域の外に追い出した。もはやここから先は、彼らには関係ない。俺の悪趣味な魔人いじめは、騎士団の誰も見なくていい。


 そうして、悪夢の中に魔人のみが残される。ぽつんと奴らは、闇の中に立っている。


「あ、ああ、終わった、終わった、ああ、あああああ、終わってしまった! 終わりだ! 悪夢がやってくる! 悪夢が、悪夢の神が我らを殺す!」


 ハウレスが叫ぶ。炎の剣を投げ出して、一目散に逃げようとする。だが、俺はそれを許さない。「ナップ」の一言で、ハウレスは元の立ち位置に戻る。


「ハウレス、並びに魔人、魔女ども。お前らの抵抗はむなしく終わった」


 俺の声が響く。それ以外は何もない。取り残された魔人たちが、魔女たちが、ここに至っても死ねなかったことを呪う。自らの奮闘を悔やむ。


「これから始まるのは悪夢だ。お前らの恐怖が、そのまま顕現する。お前たちは死ぬ。何度も、何度も、死ぬ。お前らが『殺してください』と祈るまで繰り返される」


 静寂の中に、緑の炎ばかりが揺らぐ。闇の中に影が揺れ、悪夢が万華鏡のように姿を変える。


「どんな死に方がいい? 体の内側からたくさんの剣で貫かれるのがいいか? マグマに落とされるのは? 巨大な手に体をねじ切られるのはどうだ?」


 魔人たちは動けない。震えるしか奴らにできることはない。俺はとうに姿をなくし、この悪夢の主として語りかけている。


 俺は、頷いた。


「そうだな。全部やろう。まずは、体の内側からたくさんの剣で貫かれる、だ」


 すべての魔人たちが、爆ぜた。


 奴らはすべて、体の中心から剣で貫かれていた。脆いものは体が千切れ、頑丈なものは可哀そうにそれでも死ねないでいる。


「ナップ」


 そしてそれが帳消しになる。奴らは恐怖の意味を知る。悪夢が何かを理解する。


「う、嘘だ」「い、今のは?」「痛い、いやだ。痛かったんだ、痛かったんだ!」「これが、これが繰り返されるの?」「助けてくれ! 助けてくれ!」「ああぁぁぁぁああああ!」


 魔人たちが阿鼻叫喚になる。俺の姿を探して、殺せば終わると叫ぶ。だが意味はない。そこに俺はもういない。俺が、俺こそが悪夢なのだから。


「次は、マグマ」


 魔人たちの足元にマグマが現れる。奴らは一人残らず飲まれる。足を生きたまま焼かれ、爆発し、消し飛び、悲鳴が散乱する。


「手」


 魔人たちが巨大な手に千切られる。まるで粘土のように簡単にバラバラにされる。


 俺は、微笑みと共に、思いつく限りの言葉を連ねた。


「血」「指」「泥」「重石」「犬」「電気」「水」「孤独」「虫」「牛」「幽霊」「椅子」「鞭」「壁」「火」「フォーク」「ゆりかご」「皮」「鉄」


 今の魔人たちにとって、俺の存在こそが恐怖そのものだ。だから、俺が言ったことすべてが恐怖として顕現する。奴らは俺の言葉一つで、自分で恐怖を想像し、それに壊されていく。


 俺は途中から適当を言っているだけだ。俺は拷問にさして詳しい訳じゃない。なら何故こうなるかと言えば、魔人たちこそが拷問に長けている証拠。


 すなわち、奴らが他者に―――人間にやってきたことが、そのまま返ってきているだけのこと。


 一人、また一人と「殺してください」と魔人が言う。そう言った奴から、拷問を終えてその生を終わらせてやる。魔人と俺だけの、永遠に近い時間が淡々と過ぎていく。


 そして最後に残ったのは、ハウレスだった。


「あ……あ……」


 肉体的な損傷は、ナップによって一つも残っていないはずなのに、ハウレスは極度のストレスで毛並みのすべてを失っていた。


 俺が現れ、奴の下に近寄ると、奴は俺を見上げて手を伸ばした。


「たす、助けて、ください……。どうか、どうかご慈悲を、悪夢の神よ……。私は、心を入れ替えます。人間を害虫などと思いません。せめて彼らを家畜のように、隣人として」


 俺はその額に、銃を突きつける。悪夢の中で強化された銃ならば、ハウレスのような大悪魔にも十分通じる。


「ハウレス」


 俺は最後、笑みすら消してこう告げた。


「お前に朝日は昇らない」


 銃声が響く。ハウレスの頭蓋を砕いて、弾丸が飛び出した。

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