第36話 ナイトメア
ハウレスは、表情を怒りに歪めて吠えていた。
「人間のごとき下等生物がァ! 我々を罠にハメて、勝った気になるなよッ!」
奴の周囲に二つの炎が渦巻く。それは大きく巻き上がり、中から闘牛のような魔人、暴れ馬のような魔人が現れる。
「「ハウレス様、お呼びでしょうか」」
「騎士団どもを蹂躙しろッ! 特に……特に、お前だ」
ハウレスは、怒りに歪んだ顔で俺を指さす。
「お前だ、お前が来てから、すべてが狂ったのだ、ナイト・メアンドレア……ッ! クソガキの分際で、愚かで矮小な人間の分際でッ! 私に楯突いた!」
俺はニンマリ笑って返す。
「お? 効いてる効いてる。ハウレスぅ。お前のその顔が見たくてやったんだ。だが、これで終わらせないぜ。お前をこれから、絶望の淵に立たせてやる」
「ほざけェッ! このクソガキがァ……! 牛頭、馬頭、お前らは奴を嬲り殺せッ! ミニン含む、周りのメスガキどもも犯して食い散らかせッ! 奴のすべてを冒涜しろッ!」
「「かしこまりました、ハウレス様」」
ハウレスは踵を返す。俺は追おうとしたが、二人の魔人がそれを止めた。ハウレスは雑踏の中に溶け込み、分からなくなる。
「クソ、まずはこいつらを殺すしかないか」
「「後悔せよ、少年少女。そなたらは、今より無様に死ぬのだ」」
「あ? 下級魔人ごときが適当ほざいてんじゃねぇぞ。みんな、いいや、こいつらもムカつくからさっさとぶち殺そうぜ」
お互いが武器を構える。俺たちは定番の装備だ。俺の長剣と拳銃。ジーニャの長剣。キュアリーのメイス。ミニンの銃剣。
一方牛頭馬頭は、両方巨大な二振りの湾刀を、両手に握っている。人間ならば到底片手で握れないような、人間大の湾刀だ。
俺は言った。
「魔人は皆殺しだ。苦しめて殺してやる」
同時、俺の両サイドからジーニャ、キュアリーが飛び出した。
激突。牛頭馬頭に、ジーニャとキュアリーが鍔迫り合う。ジーニャは非力なので一瞬で牛頭の湾刀を受け流して一太刀入れ、キュアリーは驚いたことに鍔迫り合いで押している。
「ガァッ……!?」
「ごめんね。大口叩くから強いかと思ったけど、もう少し手加減してあげればよかった」
ジーニャが牛頭の首を刎ねる。圧倒的だ。下級魔人では相手にすらならない。
一方キュアリーと馬頭の戦いだ。キュアリーはメイスで、明らかに剛腕なはずの馬頭を抑え込んでいる。
「ぐ、ぅ……! 何故、何故ここまでの力が出せる、少女よ……!」
「魔法の力です。わたくし、回復もできますが、力を引き出すこともできるんですよ」
「だと、しても……! この力は……ッ!」
「ふふふっ。治癒魔法使いとして、自分で戦える、というのは大事なことなのですよ」
キュアリーは語る。
「何せ、最も優れた治癒とは、そもそも怪我をさせないことですから。わたくし一人で敵を殲滅できれば、それが最もよいのです。直接の治癒や回復は、力不足ゆえ」
「やめ……ッ! やめろッ! も、もう、力、が」
「ですから、わたくしは、崇拝するナイト様の盾となりたいのです。まず盾。次に薬。怪我一つ負わないことを祈ってこそ、愛でしょう?」
ぐしゃっ、というつぶれる音と共に、キュアリーはそのまま馬頭を潰してしまった。だがキュアリーは油断しない。残心で何度も馬頭を叩き潰し、徹底的に殺してやっと止まった。
「ふぅ、こちらも終わりました、ナイト様♡」
「お、おう。よし、早々に捌けたし、俺の方も準備が出来た。もっと殺すぞ。ジーニャとキュアリーはいつでも俺たちの元に戻れる場所で暴れてくれ。ミニン、援護頼む」
「わ、分かったよ!」「はい、行ってまいります」
二人は飛び出していく。一方ミニンは銃剣を構えて俺を見た。
「分かったわ、何をすればいい?」
「銃で狙撃してくれ。頭狙いは要らない。動きが止まればいい。なるべく敵が固まる形で動きを止めてくれ」
「了解したわ」
ミニンはアイアンサイトをのぞき込んで、淡々と魔人や魔女たちを撃ち始めた。連中は頑丈だから一瞬止まるだけだが、それで問題ない。
俺はミニンのそばに立って、入り乱れる騎士団と悪魔の乱闘に片手を伸ばした。
「スリーピングミスト」
眠りの霧が、弾となって飛ぶ。
それは、一種の爆弾のようなものだった。遅い弾速で発射し、投げ物のように弧を描いて地面に落ち、爆ぜる。
爆ぜると周囲の催眠効果のある霧が広がる。戦闘中にもかかわらず、連中は睡魔に襲われ倒れる。
そこを、騎士団の面々が刈り取るのだ。
敵を前にして、刃を前にして、魔人どもは眠る。騎士団の面々は、それをいいことにトドメを刺せばいい。
この魔法のことは、あらかじめ団長に相談してあった。だから騎士団の面々は、少し吸い込む程度では問題ないように抗睡眠薬を飲んでもらっている。
「クソッ! あのガキを殺せッ! 奴が俺たちを眠らせているッ!」
魔人の一人が叫ぶ。奴とその周囲が俺たちに駆け寄ってくる。ミニンは銃での狙撃をやめ、連中の足元を指さした。
「マイン」
地雷魔法が発動する。奴らはまんまと踏み、爆炎に吹き飛ばされる。
状況は、優勢と言ってよかった。騎士団は十分に個として強かったし、俺とミニンには乱闘での戦場操作能力があった。魔人たちは生物として強いが、それで覆る戦況ではない。
そこで、高らかに声が上がった。
「随分と好き勝手してくれたな、討魔騎士団」
会場の中心奥の階段の上に、ハウレスが立っていた。奴はゲタゲタと嗤いながら、俺たちを見下ろしている。
「……」
ミニンがハウレスを狙う。だが俺は、それを諫めた。同時キュアリーを呼び寄せ、指示を出す。
「っ。何で!」
「いいんだ。どうせ奴に銃は効かない。それに策はある。踊らせてやれ」
他の騎士団からもハウレスに銃撃がいく。しかし高位の魔人、悪魔たるハウレスには、銃弾は豆鉄砲にしかならない。
ハウレスは手を広げた。
「だが、貴様らはもう終わりだ。終わりだとも。どこで終わったか? そんなもの、悪魔の公爵、この『嘘と扇動』のハウレスに楯突いた瞬間に決まっている!」
ハウレスは悪魔のように嗤って、手で妙なマークを作った左手の人差し指に、右手の人差し指、中指を当てて三角形を作る。
「さぁ、絶望しろ。これが私にのみ許された大魔術」
ハウレスは、言った。
「『
炎が、会場すべてを覆いつくす。
その炎には、体を焼くような熱はなかった。だが頭のゆだるような熱が判断力を低下させ、揺らぐ陽炎が景色を歪ませて敵味方の判別をつかなくさせる。
「ギャハハハハハ! 初めて見たか、『支配領域』を! だろうなァ! 神の奴隷たる人間には、『自分の世界を創造する』魔にあたる『支配領域』は許されない!」
ゲタゲタとハウレスは哄笑を上げる。騎士団は敵味方の区別を失い、困惑している。
そこに、魔人たちが殺到した。戸惑う騎士団たちが捕まり、食われていく。騎士団が討伐者から被食者に様変わりする。
「地獄への招待状代わりに、教えてやろう。『支配領域』とは、この世界に『自らの世界を創造』し、領域内のすべてを『世界のルールで支配する』魔!」
そして! とハウレスは騎士団を見下す。
「このハウレスの支配領域は『
つまりだ。ハウレスは勝ち誇る。
「お前らは同士討ちしながら死んでいくのだ、討魔騎士団! みじめに、何もできず! お前らは家畜の豚のように殺されていくのだよッ! ギャハハハハ!」
魔人たちが嗤う。魔女たちが嗤う。騎士たちは魔人たちに抵抗するつもりで剣を振るい、味方を斬って後悔に叫ぶ。
「チッ……厄介だな。オレが死ぬことはないだろうが、手出しが出来ん」
「んー、ワタシ一人が戦う分には問題ないけど、この量は手に余るなぁ……」
ミラージュ団長とケイオス副団長の声がどこかから聞こえてくる。騎士団のトップたるこの二人でもこの始末だ。一般の騎士などどうしようもないだろう。
だから、俺は一歩踏み出した。周囲に催眠の霧をまき散らして、魔人も騎士も俺に近づけないように、かつハウレスから見付けられるように、会場の中心に立つ。
「よう、ハウレス」
「……貴様、ナイト・メアンドレアか」
ハウレスは俺を見下ろし、俺は挑むように見上げる。奴は不可解そうに、不敵に微笑む俺を睨む。
「このクソガキが……。状況が分かっていないのか? お前らは全滅する。すべて死ぬのだぞ。何を笑っている! この絶望が分からないほど、貴様はバカなのか?」
俺は答えない。じっと奴を見返す。それがハウレスを堪らなくいらだたせる。
「分からないならもう一度教えてやろうか! お前はなァ! お前の騎士団はなァ! 負けたんだよッ! 私の支配領域に支配され、手の打ちようもなく死に絶えるんだッ!」
ハウレスは、そこまで言って、ふ、と口端をゆがめる。
「この説明で分からないなら、私が直接、お前を縊り殺してくれる。そうすれば現実も見えるだろう? そうして無力化してから、お仲間全員の死を見せつけ、最後に殺して―――」
俺は、そこで耐え切れなくなった。
「―――ぷっ、くく、はは、アッハハハハハハハハハハハハハハハ!」
俺が腹を抱えて爆笑し始めたものだから、ハウレスを含めた何もかもが言葉を失った。俺は「ひーっ、ひーっ」と腹のよじれるのに耐える。にじんだ涙をぬぐう。
「……何がおかしい」
「アッハハハハ! ぷっ、ははははははは!」
「何がおかしいッ!」
「ハハハハハハ! アッハハハハハハハハハハハハハハハ!」
「答えろッ! ナイト・メアンドレア! 何がおかしいかと、聞いているんだッ!」
俺はようやく笑いのツボから抜け出して、「はーっ、はーっ」と呼吸荒く答えた。
「そ、そんなの、くくっ、お前の滑稽さに決まってんだろ。ハウレスぅ」
俺は、嗤う。
「お前は、とことん図に乗ってくれたよ。それだ。それが必要なんだ。感情の落差が、恐怖の大きさになる。お前みたいに驕り高ぶってくれる奴がいるから、俺は成長できる」
「何を……?」
「俺の夢魔法の神、『悪夢の神アザトース』はさ、敵の恐怖と絶望を求める。いやぁよく俺の掌の上で踊ってくれた。嬉しいよ、ハウレス。だから―――」
俺は、ニッと笑う。
「キュアリー、悪夢の未来を思い出させてやれ」
「はい、ナイト様」
いつの間にかハウレスの背後に回っていたキュアリーが、ハウレスの頭に触れた。「キュア」の一言で魔法が発動する。
それは状態異常を打ち消す魔法。俺がかつてなかったことにした『悪夢の未来』の忘却効果を、取り払う魔法。
「……え……?」
途端、ハウレスが呆然とした声を上げた。周囲を見回し、何事が起ったのかを掴もうとしている。
「な、何だ。ここは、どこだ。人道協会の会場? ここは数年前に改装したはず。何だ、何が起こっている。『
そうして視線を巡らせる中で、自然と目立つ場所に立っていた俺を、ハウレスは見つけた。
「―――――ひ」
ハウレスの喉が、かすれた悲鳴を上げる。
ガクガクと奴のあごが上下する。恐怖にカチカチと歯が噛み合い、全身が震え、その瞳には涙さえ溜まる。
「な、なななな、何故、何故、お前が、いる。魔王軍の悪夢、魔人虐殺者、悪夢の勇者ッ! ナイト・メアンドレアッ!」
「アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
俺は哄笑を上げる。ハウレスの反応に、周囲のすべての存在が俺に恐怖を向ける。
「ああ! 会いたかったぜハウレスぅ! ずっと! ずっと俺は後悔してたんだ! お前を悪夢の未来で殺したとき、簡単に殺し過ぎたってな! もっと! もっと苦しめて殺してやればよかったってずっと後悔してたんだ!」
俺は一歩踏み出す。それだけで、ハウレスの全身が恐怖に竦み上がる。
「何せお前は、ジーニャを肉塊にかえ、俺を嘲笑った! 悪夢の勇者たる俺が、お前に悪夢を見せられた! その仕返しがあんなにあっさりしてるなんて許せるか!? だからこのシチュエーションを整えてやったんだ!」
「ああ、そんな、そんな、クソ、クソクソクソクソッ! お前さえいなければッ! お前さえいなければッ!」
「そうだなぁ!? 俺さえいなければ、魔王軍はすんなり人類を滅ぼしてたのになぁ! でももうダメだぜ! 俺は魔王軍の悲願を夢に変えた! ここから始まるのは、お前らの悪夢だ!」
俺は足を踏み鳴らす。腕をまくり、成長した魔法印を見せつける。
「ハウレスぅ……! お前の恐怖はいつだって俺を成長させてくれる。ありがとよ、これでお前ら魔人どもを、一方的になぶり殺しにする準備が整った。冥途の土産に、お前らに良いことを教えてやる」
俺は、ニタと三日月のような口で嗤った。
「人間に興味のない神の魔法には、普通に支配領域はあるんだぜ?」
俺はゆっくり右手を眼前にもっていき、目の辺りを覆った。まるで手で目隠しするように。そこから人差し指を上げて、隙間から目が覗くようにする。
そして俺は、新たに目覚めた第四の魔法を発動させた。
「ナイトメア」
直後。
俺の背後から、闇が会場すべてを覆いつくした。
「あ……ああ……!」
ハウレスが絶望に声を漏らす。俺は穏やかに説明する。
「支配領域は、高位の大魔法だ。破るには、世界崩しの大魔法に類する手段を用いるか、同じ支配領域を展開し、相手のものを飲み込むしかない」
闇の中に、柱のように緑の炎が上がった。俺は武器を手に、腕を広げる。
「俺の支配領域『
ハウレス、と俺は奴の名を呼んだ。
「俺とお前の一騎打ちだ。支配領域同士の浸食力の強い方が勝つ。楽しいな、ハウレス。俺とお前の一騎打ちだとよ。魔王すらおもちゃにしてやった俺と、一悪魔に過ぎないお前のだ」
ハウレスは、顔を激しく恐怖で歪めて俺を見る。恐怖のあまり豹の体毛から色が抜け、その視線は俺に釘付けになっている。
その恐怖は、奴の配下の魔人にも伝播していた。魔人も魔女も、俺に強い恐怖を寄せている。それが俺の糧となり、俺を強くすると分かっていてもなお、恐怖するのをやめられない。
俺は、嗤う。
「さぁ、悪魔ども。震えあがれ、血も凍れ」
俺は静かに静かに、殺意を振りまく。
「お前は今から、悪夢を見るんだぜ」
恐怖と絶望の闇が、悪魔たちを包み込む。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます