第35話 一斉捜査は婚約破棄の後で

 一斉捜査が決まり、作戦会議が始まるまでの十数分の間に、軽く返り血を浴びたケイオス副団長がこう言った。


「あ、そうだ。残りの魔人ちゃんたち、見つかったから殺しておいたよ」


 くふふ、と笑って、ケイオス副団長は「この服洗わなきゃなぁ」と言いながら口を尖らせる。


 実力に関しては、間違いなくミラージュ団長が討魔騎士団でも最高だ。だが、底知れなさ、鋭さ、という面では、いくらかケイオス副団長に軍配が上がる。


 団長は、表情を崩さずに問う。


「そうか。死骸は処理室に運んだか?」


「うん。従騎士くんたちがその辺にいたから、任せちゃった」


「分かった、後で見に行く」


 団長も団長で、副団長に全幅の信頼を置いているのだろう。追及もその辺りで収めて、作戦会議に移った。


 作戦は、ミニンの提言で大きく形作られた。


「数日後、ハウレスは人道協会会館で社交パーティを開く予定となっています。恐らく、多くの魔人や魔女が集まることが予想されます」


「なるほど、ならば、その日がいい。できるだけ多くの魔人を殺すべきだ」


 ミラージュ団長は、迷いなく断言した。内側に魔人が入り込んでいた危機感もあって、隊長会議に参加する面々の面持ちは真剣だ。


 具体的な作戦はこうだ。


 ミニン班メンバーは、ミニンの紹介という形で客としてパーティに参列する。その内ミニンはハウレスに接触し、魔人である確証を本人から取る。俺たちはそのフォローだ。


 ミニン班は特殊な効果を持つ魔道具、アーティファクトを持たされ、会話を常に騎士団の本体に聞かれる形になる。確証が取れ、ミニンが合図を出したら、一斉に検挙、討伐だ。


 作戦会議が終わって、会議室から出た俺たちを小隊長たちは労ってくれた。


「まさか班だけでここまでやるとはな」「将来有望な若者がいてくれて嬉しいよ」「君たちの年で、ここまで大きな事件を取り扱うとは」「大仕事だ。気張って行こうぜ」


 ミニンは騎士団の面々から優しくされたことなどなかったらしく、キョトンとした顔でその労いを受け取っていた。その内、ミニン直属の小隊長が現れ、言った。


「ミニン班長。……君は立派だ。私から、君の父上に伝えておく」


 彼は通り過ぎる際、小さく「今まで、すまなかった」と告げた。ミニンはそれに涙をにじませ、しかし零さずに拭い、俺たちに言う。


「―――やり遂げましょう。魔人ハウレスを、討伐するのよ」


 俺たちは、深く頷く。











 当日の夜、俺たちは上流階級の服装を身に纏って会場を前にしていた。


 この数日の準備は、地味だが大変なものだった。騎士団全員で作戦のための物資を整え、作戦を気取られないように密やかに人員を集め、集中訓練を施すなどなど。てんてこ舞いだ。


 その途中、どこかのタイミングでハウレスから苦情も入っていたらしい。『メアンドレアという従騎士から無礼な態度を取られた』と。


 通常公爵家からの苦情などかなり重い圧力になってくる。従騎士程度なら、この手紙一つで解雇まで視野に入ってくるような圧力だ。


 だがすでにここまで話が進んでいる以上、丁重に手紙を返すだけにとどめられた。討伐対象からの苦情をまともに聞くわけがない、ということだ。


 そんな訳で、俺は無事解雇の憂き目に遭わず、当日に置いてもミニンの付き添いの一人という、重役を任されていた。


 俺は人生で初めて燕尾服なんてものを着たので、ミニンにずいぶんと世話になった。前回の悪夢でも、こんな事にはならなかったのだ。


 他女性陣も、ドレスをミニンに着せてもらった直後は、ずいぶんとはしゃいでいた。


「な、ナイトくん、どどどどど、どう、かな……? 変じゃ、ない……?」


「ナイト様を思って選びました。お気に召して、いただけましたか?」


「あなたにドレス姿を見せたのは、そういえば初めてね。……褒めてくれてもいいのよ?」


 ジーニャは濃い青を基調とした淑やかなドレス、キュアリーは薄い黄色を基調とした扇情的なドレス、ミニンは深いピンクを基調とした落ち着いたドレス。


 俺はみんながちょっと驚くほど美しく見えて、面食らった。それから言葉を探して、見つからず、口を曲げ、頬を掻く。


「……可愛いよ。似合ってる。いつもみたいに、軽く流せないくらいに」


 俺はそれ以上言葉を紡げなくて、早足で外に出た。春の外の空気は、まだ肌寒い。俺は自分がこんなに不器用だったかと眉根を寄せながら、縮こまって腕を組む。


「え? えっ、か、かわ……ナイトくん、可愛い……」


「ナイト様の赤面なんて初めて見ました……! なんて愛らしいんでしょう……」


「……驚いたわ。彼、あんな顔するのね。ふふ、可愛いじゃない」


 俺は不名誉なことを言われている気がしたが、無視して少し離れた場所でみんなが出てくるのを待った。


 それからみんな揃って馬車に乗り込んで、会場に訪れたのだ。ミニンが受付で簡単な手続きをして、会場に進む。


「その服装、フレデリック様はお気に召さないでしょうね。今からでも着替えてはいかがですか?」


 受付でそんなことを言われたが、ミニンは相手にしなかった。


 俺たち四人は、お互いに視線を交わして散らばった。俺は以前ハウレスと接触してしまったので、見つからないように人ごみの中に紛れる。適当に食事でも摘まんでおく。


 ハウレスが出てきたのは、しばらくしてからだった。


「お集まりの皆さん、今回の懇親パーティはお楽しみいただけていますか?」


 一番目立つ階段から降りてきて、ハウレスはいくらか演説をしていた。騎士団の差別がどうの、孤児の自立支援数がどうのという、空虚な内容だ。嘘と扇動。聞く価値もない。


 それから演説が終わり、満を持してミニンが近づいていく。俺は指輪の通信アーティファクト、コーリングリングをこすり、「ミニン班長が対象に接触」と短く伝えた。


『承知した。ミニン班長の通信状態は良好。引き続き補佐を務めよ』


「了解」


 俺は人ごみの端に移動して、目立たない場所で中止を続ける。


 ミニンが、ハウレスに声をかけた。


「ごきげんよう、ハウレス様」


「おや、ミニン! 来てくれたのか。ここ最近のパーティには来てくれないから、寂しく感じていたところだ」


 一旦ハウレスは、まともにミニンを歓待した。俺がそれをそっと監視していると、周囲で声が聞こえてくる。


「アレがハウレス様の魔女候補か……」「いや、美しい、いいメスじゃないか」「手慰みにすれば、良い声で鳴きそうだ」「魔法も強いぞ。魔術に変えたときどこまで開花するか」


 老紳士や中年、若者からすらこんな声が聞こえてくるのだから、よほど魔人が集まっている会合なのだと分かる。付き添いの女も微笑んで聞いている辺り、魔女なのだろう。


 見ていろ。すぐに皆殺しにしてやる。


 俺は表情を崩さずに、立ち位置を維持する。


 ミニンとハウレスはしばらく、辺り障りのない話をしていたようだった。やれミニンの父親は古いだとか、権威ある教会から褒められたとか、そんなこと。


 話の流れで、ハウレスは言った。


「しかし、先日の君の来訪には驚いたよ。例の彼。君の部隊の子かな?」


「ええ、そうです」


 俺を解雇させるような圧力をしておいて、白々しい物言いだ。ハウレスは鷹揚な口調を保ちながら続ける。


「随分な聞かん坊で、驚いてしまったよ。相当な跳ねっ返りだ。日頃から苦労させられているんだろう?」


「……いいえ。ナイトは、アタシをよく支えてくれていますよ」


 今まで愛想笑いと緩やかな肯定ばかりしていたミニンが、初めて会話で否定を示した。それに、ハウレスの雰囲気が変わる。


「……ずいぶんと、前回から仲良くなったんだね。先日は、苗字と役職で呼んでいたはずだ」


「そうですね。あの一件をきっかけに、近づきました。傷ついたアタシに手を差し伸べてくれた。あの時、思ったんです。人を好きになるって、こう言う事なんだって」


 場の雰囲気が、明らかにおかしくなる。っていうかさらりと大胆な告白をするな。俺の周りの女子全員不意を突いてこない? タイミングが強すぎる。


「す、好き、だって? は、ハハ。何を言っているのか。気が動転しているのだね、ミニン。あんな平民の男と君が結ばれるのは、土台無理な話だろう」


「そうかしら。彼は有能よ。きっと大きな功績を上げる。当代で貴族くらいにはなってしまうかもしれないわよ。例えば―――魔王討伐、とか」


 くす、と微笑むミニンは、もはや丁寧語すら崩してハウレスを見る。だが、ハウレスの変化はそれどころではなかった。


「魔王、討伐」


 ギ、と人間味を感じさせない動きで、ハウレスは首を傾げる。ビー玉のように無機質な目で、奴はミニンを見下ろしている。


 周囲の声も、明確にざわついていた。


「魔王様を討伐……?」「なんと不敬な……」「あんな女、魔女には到底ふさわしくないぞ……」「ハウレス様の魔女候補ではないのか……」


 キュアリーとジーニャが、雰囲気を感じ取って俺の近くに近づいてくる。俺たちは視線を交わし、コーリングリングに「準備を」と短く告げる。


 ハウレスは、まるで何かを確かめように問う。


「……ミニン。君、その服は何だ。女性らしい、不自由な服をしている。君にふさわしくないよ。すぐに、着替えて来なさい。みっともない」


 ミニンは、鋭く言い返す。


「不自由? アタシは自由意志でこの服を着ているの。『自由な女性らしい服』とか、意味の分からないイメージを押し付けないで。その押し付けが、何よりアタシの不自由よ」


「わがままばかり言うのはやめなさい。それとも、私が嫌いか? ならば、婚約も破棄しよう。君の父上は大変残念がることだろうが、仕方ないね」


 ミニンは、鼻で笑う。


「なら、破棄していただいて結構よ」


 その一言が、決定的だった。ハウレスの瞳が炎のように吊り上がる。周囲の参加者たちが、体の一部を人間から魔人のそれに変え始める。


「ミニン……君は……」


「ああ、清々したわ! あなたにずっと言いたかったこと、やっと言えた! そうよ、アタシ、あなたとの婚約、ずっと嫌だったの。だってあなた、押しつけがましいんだもの」


 ミニンの振る舞いは、鮮烈なほどに生き生きしていた。自由で、のびのびしていて、美しいまでに活力に満ちている。


「何がアタシにとって自由かは、あなたが決めることじゃないわ。アタシ自身が決めること。『これが自由だ』なんて押し付けは初めから要らないのよ。それは何も自由じゃない」


 ミニンは胸に手を当て、強く宣言する。


「本当の自由はね、アタシに選択権があることを言うの。だからアタシは好きに生きる。好きな服を着て! 自分の才能を磨いて! 好きな人と一緒に!」


 ミニンが、ハウレスを睨んだ。


「あなたとじゃ、ないっ!」


 会場が沈黙する。ミニンの声が残響する。最後まで聞いていたハウレスは、それからわずかな時間を置いて、ふ、と歪に笑った。


「ミニン、残念だよ。君は聡明で、強い魔女になると思っていたのに」


 ハウレスが指を鳴らす。同時に、俺たち以外のほぼすべての参加者が魔人へと変わった。


 異形。異形。異形。男どもが魔人へ変貌し、女どもがドレスを剥いで魔女の本性を現す。数少ない参加者たちが近くの魔人たちにつかまり、頭からバリボリ貪り食われていく。


 その中心で、ハウレスは豹の魔人の姿になっていた。忘れもしない、俺を欺いた悪魔。『嘘と扇動』のハウレスの姿に。


「ギャハハハハ! ミニン、お前が大人しく帰るまでは魔宴を始めないでおいてやろうと思ったのに、残念だったなァ。魔女にならないのなら、お前はただの供物だ」


 悪魔ハウレスはゲタゲタと嗤う。一歩踏み出し、ミニンをその爪で切り裂こうとする。


 ミニンは、言った。


「みんな、アタシを守ってくれる?」


「騎士団各位、突入を」


 俺は突入の合図を出しつつ、懐から銃を取り出した。ジーニャとキュアリーはそれぞれスカートの中から、剣とメイスを振るい出す。


 動きは決まっていた。俺は予知の銃撃でハウレスの爪をへし折り、ジーニャは一瞬でミニンとハウレスの間に割って入った。キュアリーは万一に備え、一瞬遅れて並び立つ。


「なァッ! 貴様らッ!」


「総員突入! 魔人を狩れ! 一匹たりとも生かして返すな!」


 同時、多くの足跡と共に騎士団が流れ込んだ。団長の指揮の下、様々な武器を手に騎士たちが入り口に殺到する。


「ミニン……! 貴様、すべて仕組んでいたなァ……!?」


「当然でしょう? あなたのような下衆を相手に、一人で来るわけがないじゃない」


 ミニンはふ、と微笑む。通り過がりの騎士が、「これを使えっ!」と俺たちに不足分の武器を投げ渡す。


 俺には長剣、ミニンには銃剣を。


 ミニンが、俺たちに問う。


「ミニン班、準備は十分かしら。武器は揃ってる? 覚悟は足りている? 辛い任務で鍛えた腕を披露することへの、胸の高鳴りは?」


「「「十分」だよっ」です」


「それはよかったわ。さぁ大舞台よ。盛大に、やりましょう」


 俺たちは、獰猛に一歩を踏み出した。

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