第34話 隊長会議
ジーニャとキュアリーが集めてきた証拠は、ちょっと決定的に過ぎるものだった。
「えっと、ね? そ、その、気持ち悪かったらごめんね……っ」
自分がもう気持ち悪い、という顔でジーニャが取り出したのは、一抱えほどの袋だった。直接『儀式用』と書かれている。
「これは?」
「……お目目」
は?
俺は袋の口を緩めて中身を確認し、「なるほど……」とだけ言って口を固く締めた。一応精査は必要だろうが、もうこの時点でクロでいいだろ。
だが、それで終わりではなかった。
「その、ね? 他にも、あ、怪しそうなもの、片っ端からもって来たから、使えそうなもの使ってくれれば、というか……」
ジーニャは言いながら、さらに続々と証拠を取り出した。腕のレプリカ。山羊の頭蓋骨。怪しげな薬。様々な悪魔崇拝っぽいアイテムが、俺たちの宿舎のテーブルに広がる。
「わたくしからは、いくらか書類を」
ジーニャの報告でもうドン引きしていた俺に、キュアリーはさらに書類を出してくる。
「これが今期の会計書類ですね。流れを整理していたら、明らかに不明な用途に使われている資金があります。また、人道協会の実績と過去の行方不明者の人数が一致しています」
「クロだな!」
真っ黒! こんなに黒いことある? 誰がどう見ても明らかじゃん。
「よくここまで集められたな……」
俺が証拠の数々を見ながら言うと、照れながらジーニャが言う。
「わ、私はキュアリーちゃんみたいに騎士の身分は強く使えなかったから、孤児の振りして忍び込んだんだ……っ。それで祭壇の間? に連れられて拘束されたから、蹴散らして」
「ジーニャじゃなきゃできないムーブしてる……」
確かに俺も悪人なら、しめしめとジーニャを良いように扱うだろう。そんでもって返り討ちというわけだ。下手したら行方不明者の仲間入りじゃん。すごいことするな。
「わたくしは普通に騎士として、ナイト様たちの陽動を活かして資料を提出するように要請しました。問題ない資料と思っていたのでしょうね。ふふふ、助かりました」
キュアリーはキュアリーで分からん殺ししてるし、有能だなぁと俺は思う。正直俺も解説されないとパッと分からんしな、この手のは。
「となると、ここからもスピード勝負だな。今日中に騎士団内をまとめよう。多分隊長格は本拠地で書類仕事だろ。掛け合って説き伏せる」
俺は頷いて、「ミニン班長」と声をかける。
「隊長への呼びかけへの先導をお願いします。一隊員では発信力が弱いですから」
「分かったわ。……ただ、その、それ、やめてよ」
「はい?」
「だっ、だからっ」
ミニン班長は、顔を真っ赤にして言った。
「さ、さっき呼び捨てとタメ口だったでしょ!? 何で戻しちゃうのよ! いまさら戻されると、何か、仲間外れみたいで嫌なのよっ!」
「何この可愛い生物……」
ミニン班長あらためミニンは、班長兼マスコットという扱いが決まった瞬間だった。
今まで不遇だった分、ミニンの意見の通し方は堂が入っていた。
まず小隊長に話を通す。ミニン一人ではなく、俺たちの班全員で。話しても渋い顔をするから、目の袋を見せる。動揺しているところに、会計の話をする。
「だが、貴族の捜査ともなると私の権限では判断できないぞ」
「分かっています。だから、中隊長に報告するのに付き合ってください。中隊長も抱き込んで、団長に報告し、隊長会議に持ち込みます」
ミニンのハキハキとした物言いに、小隊長は頷いた。まったく同じ流れで中隊長も説き伏せた。生の人体というのは、それだけ衝撃だったのだろう。
緊急収集からの隊長会議に持ち込むまで、トントン拍子だった。信用できる小隊長、中隊長は、前回の記憶を元に俺が選定したのが効いたのだろう。
「だが、ここからは一筋縄じゃ行かないぜ」
会議室の前で俺が言うと、班に緊張が走った。
「隊長会議は隊長全員が集まる。だから、揉める。これは絶対だ。そこでパフォーマンスをする。意地でも今日即決させる。じゃなきゃ、俺たちの負けだ。俺たちは権力に潰される」
俺は言って、みんなを見る。
「俺は、ちょっと派手なことをするかもしれない。だが、信じて俺を守ってくれ」
「うん……っ! ナイトくんのこと、信じるよっ」「任せてください。元より、わたくしはナイト様のシモベです。間違いなど何の意味もございません」
ジーニャとキュアリーが頷く。ミニンは、俺の手を掴んだ。
「アタシは、もう迷わないわ。ナイト、あなたについていく」
「ありがとう、みんな」
俺は深呼吸して、隊長会議の扉を開く。
大きな会議室だった。そこには、十数人の小隊長以上の人間がずらりと座っていた。その最奥には、ミラージュ団長と、ケイオス副団長が並んで座っている。
「ミニン・シャイニング班だな。証言台へ」
「はい、ミラージュ団長殿」
ミニンが代表して答える。形式的な、格式ばった空気。奥では、ケイオス副団長が俺に気付いて手をひらひらさせている。
「人道協会に対する資料、証拠についての資料を読んだ。その上で、君たちの言葉で聞かせてほしい」
えっ、誰がそんなまとめの資料作ったの、と俺は驚く。するとこっそり、話を通した中隊長が親指を立てた。うわー! メチャクチャ助かります! 恩に着ます!
ミニンが、口を開く。
「資料の通り、フレデリック・ヴァン・ハウレス公爵の運営する人権団体『人道協会』は、慈善活動を隠れ蓑にした魔人の拠点でした」
俺たちは持って来られるだけの証拠を、証言台の上に広げた。グロテスクなものが並ぶさまは、それだけで存在感を放っている。
「これは、ジーニャ・スレイン従騎士が孤児を装って潜入捜査した際に、回収した物品となります。スレイン従騎士は、その際、襲われかけたと説明しています」
「は、は、は、はいぃ……」
俺はそれだけ言わせたら「頑張ったな」と言ってジーニャを下がらせた。衆目が集まる中で発言するのは、ジーニャには辛かろう。あ、気絶した。キュアリーが介抱する。
「この通り、非常に恐ろしい儀式を、人道協会は行っています。また、書類上の証拠としては近辺の浮浪者等の行方不明者数が、人道協会の実績数と一致しているなどの不審点が」
ジーニャの気絶を利用して、ミニンは説明を続ける。そうすることでジーニャに同情的な目が寄せられる。ミニンうまいな。
そこで、荒々しい声が上がった。
「ばかばかしい! 公爵家ともあろう人が、そのような悪魔崇拝に傾倒するはずがない!」
葉巻を吸いながら怒鳴るのは、肥満体の、ひげを蓄えた中隊長だった。あいつ覚えがあるな。確か結構貴族の上の階級じゃなかったか。
「どうせその忌々しい証拠物も、適当にでっち上げたものなのだろう!? これだから平民は嫌なのだ! 貴族を何だと思っている!」
メチャクチャなことを言って、場をかき乱す。それに、「そうだ! 何で班長騎士ごときの報告に、わざわざ隊長会議を開かなければならない!」と数人が同調する。
「キュアリー、ジーニャを起こしてくれ」
「っ。はい、承りました、ナイト様」
俺の小声の指示に、キュアリーが急いでジーニャを揺すり起こす。ミニンが気づいたように脇にのく。俺は深呼吸をする。
さぁ、一瞬で勝負を決めるぞ。
「第一、どこまでその証拠が信じられたものか――――ッ!?」
俺が突如として証言台を飛び出して剣を抜いたから、貴族中隊長は瞠目してのけぞった。俺は瞬時にトップスピードに乗って、机の上を素早く駆け上がり奴を襲撃する。
「なァッ!?」「とっ、止めろッ!」「その従騎士を止めろッ!」
隊長以上の人間が集まる場所だ。魔法などを行使する躊躇いが少なく、瞬時に俺の邪魔に入ろうとする者は多い。だが俺は怯まない。肥満体の貴族中隊長の首を迷わず狙う。
だって俺には、最強の味方がいる。
「ナイトくんは、私が守るの」
剣閃が翻る。俺に向けられた魔法も、銃口も、剣も、すべてがジーニャの一太刀の内に無力化された。
「だから、邪魔しちゃダメだよ」
「ひぃっ!? た、助けろ! 誰か助け―――ッ!」
俺は告げる。
「魔人は死ね。苦しんで死ね」
首を、掻き切る。
血が飛び散った。返り血を一身に浴びる。だが俺は手を止めない。さらに力を籠め、その首肉を切って切って、体重をかけて骨をへし折る。
周囲の人間はもはや救出や阻止を諦めて、防御を固めて俺を警戒の下に睨みつけている。ミラージュ団長は険しい顔で俺を見、ケイオス副団長興味深そうな顔で俺を観察する。
俺は血まみれの姿で、貴族中隊長の首を掲げた。その姿に、隊長会議内に動揺が走る。
俺が掲げた首は、見る見るうちに人間のそれから魔人のそれに変わった。肌の色が藍色に染まり、イノシシのような牙と山羊のような角が生える。
「これが魔人だ」
俺は言う。
「魔人は嘘つきだ。聞こえのいい言葉で周囲を操る。捜査するまでが騎士団の仕事なのに、捜査もするなと言い始めたら、それは疑いようのない嘘つき魔人だ」
俺は、返り血にまみれながら、犬歯をむき出しにして唸る。
「他に、魔人はいるか。今すぐ、殺してやる」
シン、と隊長会議の場が静寂に包まれた。この豚魔人に同調する奴がいたはずだが、さて。
そこで、俺に声をかける者が居た。
「―――。貴様は、メアンドレア従騎士だったな」
「はい、ミラージュ団長」
団長に呼ばれ、俺は背筋を伸ばして受け答えをする。
「その中隊長が、魔人だと知っていたのか?」
「いいえ、知りませんでした。ですが、魔人は分かりやすいですから」
「ほう……。この場で反対意見を上げる時点で、怪しいと」
「はい」
「人間だったならどうするつもりだった」
団長に問われ、俺は答える。
「この場で理由は言えませんが、人と魔人を間違えるということはあり得ません。ただその上で、万が一間違っていたなら、私の首を差し出す所存でした」
―――夢魔法の未来予知は、嘘を操る魔人にとって真っ先に殺さねばならない理由になる。
だから大勢が集まる場所では言えない。信頼できる人にしか教えられない。その上で、俺は覚悟を示す。
多くが、『そんなでたらめを』と口にしたくなったことだろう。それは魔人に限らず、人間もだ。だが、ミラージュ団長は俺の真意を読み取った。
「よろしい。メアンドレア従騎士、貴様は事が終わったら少人数での査問にかける。だが、ひとまずは報告に対し返答を述べよう」
「流石のフットワークだねぇ。団長のそういうところ、好きだよ~ワタシ」
くつくつと横で軽口を叩くケイオス副団長に文句ありげな視線をよこしてから、ミラージュ団長は宣言した。
「人道協会は十分に疑わしいものとして、一斉捜査に踏み切る。反対意見は、ないな?」
俺が豚魔人の首を落とすと、誰も反対意見を挙げなかった。団長は深く頷く。
「では、決定とする。各自配下騎士への伝達を行うように。なお、この件について緘口令を敷く。作戦会議は、そうだな、一度そこの血だまりを掃除をしてから再開とする」
「あ、言うまでもないけど、ワタシの確率魔法で緘口令を破った人は分かるからね~。潜んでる魔人ちゃんも、人間の背信者ちゃんも、やめときなよ。くふふ」
場の風向きが、はっきりと俺たちに向いた。俺は班の仲間たちに向き直り、ニッと笑みを向ける。
それから俺がゆっくりと証言台に戻り、「とりあえずやり遂げた」と報告すると、ミニンが言った。
「それじゃあひとまず、掃除の間にあなたもシャワーを浴びなきゃね」
「違いない」
俺たちは肩をすくめ合い、くっくと笑う。
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