復讐の行く末
魔法球に閉じ込められ、竜のつま先にぶら下げられて、しかも望まぬ衣服や宝飾品を身に着けさせられているといるというのに、なおアスラは思わざるをえなかった。
――世界とは、こんなにも広かったのか……!
遥か下の大地はどこまでも広く、人の足で回るにはあまりにも広い。竜の言う、ヒトの命の短さが、言わんとする意味が見えるようだった。
「あ。いたいたー」
竜が言った。顔をあげると、魔法球の透明な幕を越して四匹の綺羅びやかな龍の姿が見えた。いずれも星竜と柄は違えど、美しい鱗を太陽に見せつけ、今を生きているように見えた。
「ちぃーっすぅ」
と竜が右の前足を立てて近づき、他の竜と打ち合わせた。
そして、すぐに。
「ちょ! ウケるんですけど! ヒト! ヒト持ってくるとか反則でしょ!」
竜の仲間たちがケラケラ笑った。
星竜は自慢げにアスラの入る魔法球を見せつけるように掲げて尋ねた。
「いいしょ? 可愛いっしょ? アスラっちってゆーんだって」
「おー、アスラっちー。ちぃーっす」
竜が次々に魔法球に手を触れ、アスラもまた幕越しに手を当てた。
しばしまた村が消えただの婆ちゃんがうるさいだのといった歓談が終わるのを待っていると、小一時間ほど経ったころ、竜の一匹が楽しげに言った。
「――てか、本題それじゃなくない?」
「あ、そう! それ! このさー? アスラっちがさー復讐相手を探してるんだってー。なんか最近、村とか襲った子知らない?」
星竜が訊ねると、竜たちは一様に沈黙し、呆れたと言わんばかりに口を開いた。
「ないわー……ヒトは襲わんっしょ。めんどいし」
「あとダルそうじゃんね。てか襲う意味なくない?」
「ねー。あーでもボケちゃったらあるかも?」
「なんかアスラっち可哀想でさ? 復讐はともかくさー、やっぱごめんなさいさせなきゃじゃん?」
星竜の言葉に、竜たちは顔を見合わせた。
「まー……それはそうかもだね」
「ねー。じゃあウチ友達に聞いてみるわ」
「ってもいるかなー……ヤバそうなの教える感じになるかもだけど平気?」
「あー、私は平気かなー」
呑気に言う星竜に、他の竜が呆れたような目を見せた。
「いや、アスラっちの方の心配ですけど?」
「え」
竜たちの憐れむような眼差しに、そして世界の広さに打ちのめされながら、アスラは愛想笑いで答えた。
「たぶん、大丈夫です……」
「たぶんじゃダメじゃーん!」
声を揃えるようにして竜たちは笑い合っていた。
それからアスラの旅は奇妙な形に変わった。
竜のつま先にぶら下がり天を駆け、様々な竜と出会った。なかには友好的とは言えない竜もいたが、いずれもヒトにそれほどの関心をもっていなかった。
星竜が曰くボケちゃった竜くらいのものだ。
あるいは粗暴にすぎて最初から話を聞こうともしない竜。諍いになればヒトであるアスラにできることはない。命の危機すら感じる争いも星竜がバーカバーカと唱えると流星が現れ不心得者を打ち据えた。
ヒトである以上、常に竜とともにいられるわけではない。夜のうちに人目のないところを選んで降り立ち、アスラが街に入ることもあった。
着せられた衣服や宝飾のせいか、はたまた国が違うからか、誰もアスラを騎士と認識することはなかった。
そうして、星竜の趣味にアスラの着せ替えが加わりはじめたころ。
アスラは魔法球の薄膜越しに大地を見て言った。
「もう、終わりにしよう」
「へ?」
竜が空中で静止した。
「復讐は、もういい。最後に私の村に降りてくれないか」
「いいけど……いいん?」
「いいんだ」
夜になり、竜は村の跡地に降り立った。
アスラは自分が目覚めた家の前で呟くように言った。
「あちこちの竜を見てよく分かった。ヒトがどうにかできる相手じゃない。ようやく諦めがついたんだと思う。ありがとう。君のおかげだ」
アスラは礼を言い、竜に振り向く。
「――ああ、でも……こうしてみると……本当に……」
夜空と見紛う巨躯。星の光。あのとき目にした竜にそっくりだった。
竜が、下顎を地につけるほど低く下げ、申し訳無さそうに言った。
「あの……私もちょっといい?」
「なに?」
「たぶんアスラっちの仇って私だなって……」
「……は?」
アスラの眉が歪み、竜の星色の瞳が潤む。
「ごめん。忘れてた。いま思い出した」
不思議と怒りは湧いてこなかった。
「どういうことなんだ……?」
「あんね? 前ここらへん――っていうかここ飛んでるとき、なんか明るくなってて。私ほらこんな躰だしさ、お祭りかなーって。夜だし、上から見てたらバレないかなーって。したらヒトがめっちゃ喧嘩してて。めっちゃ家とか燃やしてて」
「喧嘩? 燃やすって」
「ぅん……で、私、ヤバーって。ヒトすぐ死んじゃうし喧嘩とか嫌じゃん。脅かしたらやめるかなーって。だから……バカー! って叫んだ」
アスラの記憶の片隅で、雷声が再び轟いた。
竜は語る。
「あんまし思いっきりやると死んじゃうじゃん? ケガしちゃうじゃん? だから散るの待ってから降りてさ。火ぃ消して……でも……ごめんなさいだよ、アスラっち。私ぜんぜん遅かったじゃんね。みんな死んじゃってて――」
「……あのときの……竜……」
全身で浴びた身の毛もよだつ音圧。火を吹き消した声。
アスラは膝から崩れ落ちた。
「あ、あー! ごめん! ごめんてー! アスラっちー!」
ずりずりと近づいてくる竜の鼻先に触れ、アスラは肩を揺らした。
「なんで、いままで……」
「ごめんごめんごめんー! 私イヤなこととか秒で忘れちゃうからさー? ほんと、どーしよ……ごめんー……」
なおもすり寄ってくる鼻先に額を当て、アスラは静かに息をついた。
村を襲った竜などいなかったのだ。
いたのは、誰も殺さずに村を救おうとした竜。
山の麓にあった遺跡。愛されドラゴン。記憶がつながっていく。竜はこの世界に住まう隣人として争いを諌めにきたにすぎない。
そして、間に合わず、そのことを恨まれていると思っているのだ。
「――フッ、フフフフ……」
アスラは思わず吹き出していた。何のための十年だったのか。勘違いから復讐を誓い駆けずり回った十年か。
「……アスラっち?」
気遣わしげな竜の声。アスラは鼻先を撫で擦った。
「ありがとう、教えてくれて。ありがとう。助けに来てくれて」
「……アスラっちー!」
ぐりぐりと鼻先を押し付けてくる竜を撫でながらアスラは思う。
礼を言うための十年だったと思おう。
それが幸せ――。
「待って」
はっ、とアスラは躰を離した。
「さっき、喧嘩って言った?」
「え? ……ぅん」
竜にも涙声というのがあるのかといささか感心しながら、アスラは記憶を辿る。
――なぜ、村に剣があった?
魔物や獣から村を守るための武器。違う。剣は扱いが難しい。村では長柄の武器しかなかったはずだ。たとえば、槍。斧。弓もあった。だが、剣は。
「剣は、兵士しか使わない……」
「……どしたん? アスラっち」
「……復讐の相手が分かった」
「え!? でも、私……」
「君じゃない」
アスラは遠く地平線の向こうを見やった。
「手を貸してくれ」
数日後、エイルーン王国王城にアスラは現れた。綺羅びやかな衣装を身にまとい、様々な宝飾で自らを飾り立て、片手に折れた剣を携えていた。
場内ではさっそく帰還の報を受けるべく、また叙任の儀を執り行うべく、玉座の間に騎士たちが集った。
エイルーン王国、現王エイダス三世は玉座の間に入ると、ひとり立ち尽くすアスラに片眉をあげた。すかさず臣下の騎士が跪くよう促すが、王は悠々と制して言った。
「よくぞ戻ったアスラよ。復讐は果たせたか?」
「……いえ。未だ」
玉座の間がざわついた。
王は厳かに言う。
「ではなぜ戻った? もういいのか?」
「いえ。仇を討つために戻りました」
「……何?」
「この剣はお返ししよう。貴様に捧げる魂なぞ持ち合わせていない」
言って、アスラは折れた剣を王の足元に投げ捨てた。
俄に騎士たちが殺気立ち、剣を抜き放つと、速やかにアスラを取り囲んだ。
「どういうことか分かりかねるな」
王は言う。
「話してもらおうか」
「……話すのはお前だ! エイダス!!」
アスラが叫ぶのとほとんど同時、雷鳴を思わせる咆哮が轟き、玉座の間が崩れ落ちた。混乱を極めるそこに、星色の竜が舞い降りた。
「……すべて話してもらう。貴様が、私の村にしたことを」
アスラの声に応え、星色の竜が大口を開いた。
そして。
夕日にくれる空を星色の竜が飛ぶ。その手に、王国初の女騎士をぶら下げて飛ぶ。
「マージヤバかったんですけどー! アスラっち殺しちゃうかと思ったー!」
竜が吠えた。
アスラは苦笑交じりに答える。
「またその話……? しないよ、もう。どうでもいい」
「ねー。私そういうのマジ無理だし。よかったーって」
「うん」
「でさー? アスラっちこれからどうするん?」
「分からない」
アスラは魔法球の薄膜越しに竜の住処を捉え、微笑んだ。
「とりあえず……おしゃれしてみようかな」
「ヤバ。ウケる」
星色の竜がカラカラと笑った。
復讐の騎士とギャルドラゴン λμ @ramdomyu
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