第3話




「せ、先輩、何やってんすか……?」


 千駄木は腕の肉を嚙み千切ると、味わうようにゆっくりと咀嚼して口を開いた。


「ん、絵師を殺して、腕を食べただけやで?」


 ただ食事をしただけ。

 

 必要な殺生。


 何がおかしいのか。


 そう言わんばかりに、可愛らしく首を傾げた。


「うっ、う、腕を食べたんすよ? リコ、殺して……腕、うぅ、リコの腕っす、よ? 殺したんすよ?」


 コハルは地面に横たわるリコの身体に視線を動かす。つい数時間前まで話をしていた彼女の香り、声、仕草、その全てが脳裏に浮かんでは消えていく。


 千駄木は、やはり平然の様子で、自分のスクールバッグからタブレット端末を取り出した。


「せやな。絵師の腕や。これでウチも画力あがんで」


 そう言ってタブレット端末にくっ付いていたペンを取り外すと、画面に当てた。


「なに、やってんすか?」


「何をって、絵描いとるに決まっとるやない」


 コハルに冷ややかな視線を送ってから、何事も無かったようにペンを走らせる。


「……通報」


「ん?」


「警察に通報します」


 ようやく目の前の現実を理解し始めたコハルは、急いでポケットに突っ込んでいたスマホを取り出す。


「別にええけど、そないしたらキミのこと殺して、キミの腕食うけど」


「え」


 その言葉にコハルの手が止まった。


「まぁ食ったところでたかが知れとるがな」


 ガハハハと豪快に笑う。


「……本当に…………『神絵師』の腕を食べたら、絵が上手くなるんですか?」


「嘘やったら食っとらんがな。ジブンもどうや?」


「…………ッ」


 普通の人間であれば、ここでリコの腕を食べるという選択肢は無いだろう。


 だが、コハルはどうしても『神絵師』に成りたかった。


 目の前に夢を叶える道具があれば、常軌を逸したモノあっても喉から手が出るほど欲するのではないか。


 悪魔に魂を売ることが邪道だと思っているのでは、叶えたい夢なんてものは、本当の夢ではないのだ。


「――食べます」


「おぉ、よく言ったわ! 男ならそれぐらいビシッと決めてや!」


 千駄木は大きく一口リコの腕を齧ってから、コハルに差し出した。


「ほら」


 コハルは恐る恐るリコの腕を受け取る。


「最初はガブっとや! ガブっと!」


 千駄木に促され、とりあえず頷く。


 改めてリコの腕を見返すと、華奢な腕だなという感想が頭に浮かんだ。


 こんな腕で絵を描いてたのかよ。


「ふっ……それだけか」


 自虐的に呟くと、息を止めてリコの腕だったものに前歯を当てる。


 柔らかい。血生臭い。温かい。


 これが今からコハルの糧となり『神絵師』へ近づく大きな一歩になるのだ。


「いただきます」


 感謝の言葉と共に飲み込んだリコの右腕は、鼻水と涙と血の味だった。



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神絵師の腕を喰らう 四志・零御・フォーファウンド @lalvandad123

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